(原作コミカライズ7巻発売記念) 後日談 その1 (アレン視点) 元町人Aは元悪役令嬢と新婚旅行に出かける (第19話)
このエピソードは、本編終了後の物語になります。
ヒロインが悪役令嬢の味方に付いた場合の
本編終了後のストーリーを、お楽しみ頂けたら幸いです。
面倒臭ぇ人間が数多存在することは知っていたが、まさかエイミーがその類に入るとは想像もつかなかった。…いやだってよ、彼女は “癒し” の加護を授かった凄腕のヒーラーであり同時に善性に優れた優しい少女だが、基本おバカで単純だぞ?
まさか、彼女がアナの救済と幸福を願ってくれて、またそのために行動してくれたことが、『酷すぎる、惨すぎる目に遭わされ続けた挙句悲惨な破滅を迎えてしまった悪役令嬢アナスタシアを嘲笑してしまったこと』への贖罪にはならないのではないか、と考えているなどと、正直想像の埒外だった。
…それは幾ら何でも…そこまで言われたって、正直付き合いきれねぇぞ?
…とは思ったが、正直「付き合いきれない」と切り捨てたくない。何しろ先に言ったようにエイミーは、俺たちにとっては得難い親友であり、また俺やアナにとっては想い人と結ばれるために尽力奔走してくれた大恩人でもある。その親友にして大恩人が悩み苦しんでいるのであれば、何とかして力になってあげたい。
それに、これもさっき言ったが、彼女がそのように考えても誰も救われない。『酷すぎる、惨すぎる目に遭わされ続けた挙句悲惨な破滅を迎えてしまった悪役令嬢アナスタシアを嘲笑してしまったこと』に対する贖罪なんて、どう考えても無理だ。
御者席でゆっくりと馬車を進めながら、俺は頭が昏ついて来るのを感じた。エイミーの、不毛ではあるが深刻な悩みを何とか解決してあげたいのだが、それを考えているうちに頭痛がしてきたのだ。何しろ、コトは人間心理の話なのだ。人文科学について、全くの門外漢であった俺には荷が勝ちすぎる。
自分の不得手分野においては、他者の知恵を借りるのが一番だ。しかしながら、誰にこのことを相談したものか…優れた知性を持ち、かつエイミーが憑依転生者であることを知っている者、これがこの件で相談できるものの条件である。
第一にアナ。…前者はクリアしているが、後者はダメである。…と言うか、後者をクリアしているものの存在は俺以外にない。…参ったな、袋小路だ。
…いた!優れた知性を持ち、かつエイミーが憑依転生者であることを知っている者!ついさっき、エイミーはそいつにカミングアウトしていたじゃねぇか!
「ロリえもん!不毛だけど深刻な思考に悩み苦しんでいる女の子を、何とかして助けてあげたいんだ!頼むよ!力を貸してくれよ!!」
馬車の御者席で急に大声を張り上げてしまった俺に、街道の通行人たちからアブナイ人を見るような視線が向けられた。…恥ずかしすぎる。穴掘って埋まりたい。
◇◆◇
ラムズレットの王都邸に着いた俺を待ち受けていたのは、エイミーが搭乗する馬車を本来御する筈だった御者さんの謝罪だった。
「ドラゴラント伯爵閣下、本当に申し訳ありません。急に意識を失ってしまったせいで、エイミー・フォン・ブレイエス様を東部冒険者ギルドまでご案内することができず、おまけに伯爵閣下にその尻拭いをして頂くことになってしまって…」
恐縮しきりの御者さんを見ていると、こっちが罪悪感に苛まれてしまう。元々彼が昏倒してしまったのは、俺が一服盛ったからだ。
「お気になさらないで下さい。急に体調を崩すことは、よくあることです。俺が馬車の御者をした体験があったから、エイミー様を東部冒険者ギルドまでご案内することができたのです。俺個人としては、お役に立てて何よりです」
そう答えて、その話はこれでお開きにすることができた。
その後に、ミリィちゃんがおねむだった客室に入ると。
「あ、アレンだ。抱っこぉー」「はい、判ったよ」
既に目を覚ましていたミリィちゃんに抱っこをせがまれ、脇の下から手を遣って抱き上げる。そこにいて、ミリィちゃんを見てくれていたメイドさんにもう席を外しても構わないことを伝え、そして彼女が出ていくと。
『アレン氏、外に出てたのかお?』
「あぁ、丁度よかった。ロリえもん、お前の力を貸して欲しいんだ」
『…ロリえもん?いつものように、変態と呼ばねぇのかお?』
「そう呼んで欲しいのなら、そう呼んでやるぜ?」『…ロリえもんでいいお』
ミリィちゃんを抱っこしながら、俺はロリえもんこと変態にエイミーの件を話した。彼女が不毛ではあるが深刻な思考に悩み苦しんでいるので、何とかその悩みや苦しみを取り除いてあげたい、ということを。
『…そこまでしてやる必要があるのかお?はっきり言って、その合法ロリの考えてることは不毛だお。現実は、あの合法ロリが読んだ物語のような帰結には至っていないんだお。だとしたら、その物語のストーリーは【なかったこと】だお』
変態の言うことは、確かに正論だ。『なかったこと』になってしまった未来の登場人物は、はっきり言って『いなかった人物』である。その、『いなかった人物』への贖罪なんて、ぶっちゃけた言い方をすれば無意味で不毛だ。
だが、その無意味で不毛な、だが深刻な思考に俺の親友かつ大恩人が悩まされ、苦しめられている。それを、何とかしてあげたいのだ。
そう言うと、変態は妙ににちゃついた笑みを浮かべて。
『ふぅん…アレン氏、随分とあの合法ロリに入れ上げてるんだお?まさかアレン氏、アナスタシアというものがありながらあの合法ロリに…』
「それだけはねぇよ。さっきも言っただろ?エイミー様は、俺にとって親友であり大恩人なんだ。その親友にして大恩人が苦しみ悩んでいるのを、何とかしてあげたいだけだ。お前だって、恩義のある人間が悩み苦しんでいたら何とかしてあげたいって思うだろうが?…あともう一つ、俺にとってアナ以外の女性はみんなイモかカボチャだ。性愛とか、恋愛の対象には天地が引っけら返ってもならねぇよ」
そう言うと、変態は美しい造りの顎に右の繊手を遣って考え込んだ。
『言われてみれば、全く以てその通りだお…ボクチンだって、アレン氏には大きな恩義があるんだお。アレン氏があの時、精霊樹の花びらとエルフの蜂蜜をボクチンにくれるようにエルフの女王に頼んでくれたから、ボクチンは秘薬を作ることができて光の精霊神になることができたんだお』
嘗てこいつは、『ロリの道を極めるべくまずは自分がロリになる』ため、合法ロリである精霊になろうとしてそのための秘薬を求めていた。その材料を得るための協力を俺が引き受けたことを、こいつは恩義に思ってくれているのだ。
…その割には、悪霊の姿で精霊を追いかけ回して怖がらせていたのだが。
『…判ったお。その合法ロリの説得、引き受けるんだお』
「ありがとう。そう言ってくれたこと、心から感謝するよ」
『水臭いことを言うもんじゃねぇお?ボクチンにとって、アレン氏は三千世界を穿り回しても猶得難いロリ仲間なんだお?』
…人を変態仲間に引き摺り込むんじゃねぇ!!
◇◆◇
その夜、ラムズレットの王都邸の客室で俺とアナはベッドに横になっていた。因みに、二人の間ではミリィちゃんが愛らしい寝息を立てている。今夜は、アナと俺とでミリィちゃんを挟んで『川』の字になって寝るのだ。
アナが少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうに言った。
「こうしていると、アレンと私の間に産まれた子供と一緒に寝ているようですね」
アナにそう言われて、俺の顔に血が上るのを自覚した。その様子を見た変態が、俺にしか知覚できない声で俺だけに向ける口調を発する。
『アレン氏、この場での子作りはNGだお。ミリィたんの教育に悪いんだお』
うるせぇ黙ってろ変態。ここは、アナの実家であるラムズレット公爵家の王都邸であり、つまり義父上の家なんだ。何ぼ夫婦だからって、そんな場所でそんなことするわけにはいかねぇよ。
『ふぅん…アレン氏って、存外に堅物だお』
エイミーには、ヘタレとか言われたけどな。
「アレン、アナスタシア、私の我儘を聞き入れてくれてありがとうございました」
と、変態が急に余所行きモードになった。
「ロー様のお役に立てて何よりです。ロー様には、エイミー女史が聖なる祝福を授かることなく “無私の聖女” の加護を授かった理由がお判りになりましたか?」
「はい。かの、エイミー・フォン・ブレイエスの、並々ならぬ覚悟が、彼女をして聖なる祝福を授かることなく聖女に成らしめたのです」
「並々ならぬ覚悟…どのような覚悟ですか?」
これを言っちまっていいものか…エイミーの『正体』がアナにバレちまうからなぁ…とか思っていたら、変態がフライングをやらかしやがった。
「エイミー・フォン・ブレイエスは、彼女の身命を引き換えにしてでも、あなたを…アナスタシアを救いたいと考えていました。その覚悟です」
◇◆◇
客室の灯は落とされ、今夜は新月で窓からは光も差さない。客室内は窓外から侵攻してきた夜闇に支配され、調度品はその闇に慣れた視覚にすら輪郭を示すのみ。
そんな闇の中、アナははっきりと判るほど驚愕の雰囲気を発していた。
「エイミー女史が、私を…それも、自身の身命をも引き換えにして…何故…?」
…おい何を馬鹿正直に暴露してるんだよ…それと、これどうするつもりだよ変態。この世界が物語―実際はクソゲーだが―の舞台で、エイミーがその物語の主人公で、アナはその物語の中で、延々と酷すぎる目に遭わされ続けた挙句最後は元婚約者とそれを奪った女に殺される悪役令嬢だったって馬鹿正直に言うつもりか?
「最初に聞いた際には、私も驚きました。エイミー・フォン・ブレイエスは…」
おい待てよ変態!お前、マヂでエイミーが憑依転生者だって話をするつもりか!?
「現在、2度目の人生を生きているそうです」「…はぁっ!?」
思わず変な声が出た。変態の言葉は、突拍子がなさすぎるものであった。
「…おや?アレン、あなたも聞いていた筈ですよ?エイミー・フォン・ブレイエスは一度敵国の軍勢がこの王都まで侵攻してきた際に家族諸共に殺されてしまって、でも気が付いたら子どもの頃に戻っていたと。所謂死に戻り、というものですね」
そう言って、変態は俺に目配せした。…ここは。こいつに任せた方が良さそうだ。…一方でアナは、話の余りの突拍子のなさに、更なる驚愕を示している。
「あ、あぁ、そ、そうだった。確かに、エイミー様はそう仰っておられた」
「何度聞いても突拍子のない話なので、驚くのも無理はありません。それを最初に聞いた時のアレンの驚愕は、先ほどの比ではありませんでした」
そう言って、変態はとってつけたような話を続けた。
「その、敵国軍の王都への侵攻は、王太子によるアナスタシアへの婚約破棄からの、あなたの学園からの追放が絡んでいたそうです」
そこからの変態の説明は、エイミーが説明した内容とほぼ同じものだった。つまり、アナは学園から追放された後はあの胸糞悪い運命通り酷すぎる、また惨すぎることこの上ない目に遭わされた結果精神を崩壊させてしまい、その後敵国に与えられた魔剣に精神を支配されて暗黒騎士となり、そして敵国のセントラーレン王国への侵攻の尖兵となって王都を壊滅させた。
その際に、エイミーは敵国の軍勢に殺されてしまったと、変態は説明した。
「彼女は、1回目の人生でそれを防げず、そのために回り回って命を落とすことになってしまいました。そのことを、非常に後悔していた、そう言っていました」
「あ…あの…王立高等学園の1年次の卒業進級祝賀パーティーの…」
漸く、アナが掠れた声を発した。尤も、驚愕からは完全には立ち直れていない。
「それで、彼女は2回目の人生では、決してあなたを追放させない、1回目の人生で敵国軍の兵士に殺された時に覚えた後悔は絶対に繰り返さない、その決意を固めたそうです。そのために、あなたを本来の、追放される運命から救うと」
まぁそちらの方が本来の話よりかは穏当だな。彼女は前世で『悪役令嬢アナスタシア』が悲惨な破滅を迎える姿を見て「悪役令嬢ざまぁ」とか言って嘲笑していた、などと、とてもアナに言える話ではない。アナのためにも、エイミーのためにも。
「彼女は、そのための行動をあなたへの『贖罪』だと言っていました。1回目の人生であなたの追放を阻止できなかったことへの、ね」
「成程な。それで、エイミー様は事あるごとにアナを幸せにしなくてはならない、それが自分の至上目的だ、と仰っておられたわけか」
「おそらく、アレンのその意見は正しいと思われます。エイミー・フォン・ブレイエスは、その贖罪の手段としてアナスタシアの本来の運命、学園を追放され、王都壊滅の遠因となってしまう運命から救うだけでなく、アナスタシアの幸せをも追求することにしたのでしょう。そう考えれば辻褄が合います」
ショックから未だ解放されていないアナの顔の辺りまで移動し、変態は優しく諭すようにアナの額に美しい繊手を遣って撫でた。
「アナスタシア、誤解しないであげて下さい。エイミー・フォン・ブレイエスがあなたに対して覚えていた感情は、罪悪感だけではないのです。尊崇、敬慕、友愛…ありとあらゆる好意を、彼女はあなたに対して抱いていると言っていました」
「…それは…よく…判ります…ですが…申し訳ありません…少し混乱して…」
変態がアナの額に遣った、その手が優しく光った。すると…何と!
アナは、その後間もなく瞼を閉じ、薄桃色の唇から穏やかな寝息を立て始めたのだ。おそらく、変態が魔法を用いてアナを瞬時に熟睡させたのだろう。
それを証明するように、ざーとらしく左の繊手で作った拳で右肩を叩きながら俺に向けた変態の言葉は、俺にだけ向けるこいつの『素』だった。
『あー、疲れたお。どうだおアレン氏、ボクチンの作家としての才も、そうそう捨てたもんじゃなくねぇかお?』
「よくもまぁあれだけぽんぽん嘘が出てくるわ。最初は、『エイミー様が、前世で【悪役令嬢アナスタシア】が悲惨な破滅を遂げる姿を嘲笑していた』ことをお前が言っちまうんじゃねぇかと、本当もう生きた心地がしなかったんだからな」
ちっちっち…変態が、またあのムカつくジェスチャーを見せた。
『ボクチンは【嘘を吐いた】んじゃねぇんだお。【方便を用いた】んだお』
「…ま、そういうことにしといてやるよ。じゃ、俺も寝るわ。おやすみ」
『あぁ、アレン氏、おやすみだお』
多事多端すぎるこの一日の、これが終わりの鐘となった。
後々元ヒロインと元悪役令嬢がぎくしゃくし兼ねない理由を、
些か強引に排除させて頂きました。
説得力が弱い、という批判は、甘んじてお受け致します。
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