(原作コミカライズ7巻発売記念) 後日談 その1 (アレン視点) 元町人Aは元悪役令嬢と新婚旅行に出かける (第16話)
このエピソードは、本編終了後の物語になります。
ヒロインが悪役令嬢の味方に付いた場合の
本編終了後のストーリーを、お楽しみ頂けたら幸いです。
得心が行ったような表情をミリィちゃんの可愛い顔に作らせて、変態はエイミーに対し握手を求めて右手を差し出した。
「エイミー・フォン・ブレイエス、今日は私の我儘に付き合って頂いてありがとうございました。お蔭で、あなたが聖なる祝福を授かることなく聖女となり果せることが叶った理由が、朧げながら判った気が致します」
ミリィちゃんの紅葉のような愛らしい手を、痩せて骨と血管が浮き出た纖手で握り、エイミーは可憐な美貌を優しく笑ませた。
「こちらこそ、光の精霊神様と親しく会話を交わす機会をお与え下さいましたこと、人の身に過ぎた光栄にございます。このこと、誠に勿体なく、ありがたい仕儀と心よりお礼申し上げる次第にございます」
…猫被りに定評のある変態は流石だが、エイミーの猫被りも彼女には似合わない見事なものだった。普段俺たちにさんざっぱら見せている諸々のボロを、殆ど出さずにこの会話を凌ぎ切ったのだから。
…普段からそういう態度を示していたら、凄腕のヒーラーとしてだけでなく淑女としても周囲の尊崇や敬慕を集めることができるだろうに…
「それじゃ、わたしはそろそろ東部冒険者ギルドに戻りますね」
「エイミー様、今日はありがとうございました」
俺が “練金” で作った、導きの杖のレプリカを大事に持ち、エイミーは俺に変わらぬ笑顔を向けて礼を言ってくれた。
「アレンさん、今日はこの杖を下さって、それと貴重な体験をさせて頂いてありがとうございました。あ、あとケーキとお茶もご馳走様でした」
「こちらこそ、急な話だったのにご快諾頂きまして…」
そこに、扉をノックする音がした。それに続くのは、アナの声。
「アレン、会話は終わりましたか?」「うん、ちょうど今終わったよ」
その声を合図に、扉を開けてアナが入ってきた。その後ろには、義母上が穏やかな笑みを落ち着いた美貌に浮かべて立っている。
「エイミー女史、せっかく来てくれたのですからお茶でも飲んで行かれますか?」
言われて、エイミーはスーツのポケットから懐中時計を取り出し、それに眼鏡越しの視線を向けて時間を確かめた。「4時くらいに戻るって言ったから…まだ十分余裕があるか」と独り言つと、アナに笑みを向ける。
「アナ様、ありがとうございます。ご馳走になります」
さっきケーキを二つとお茶を二杯飲んだのに、まだ食えるんかい…それだけ健啖なくせに、その難民の子供体型はどういうことなのか…
「それではエイミーさん、アナと一緒に私の部屋までいらして下さいな」
そうして義母上とアナ、そしてエイミーはこの応接室を出て行った。後に残るのは、ミリィちゃんの中の人となった変態と俺。
改めて、俺は変態に声を向けた。
「おい変態」『…その言い方は、やめて欲しいって言ったお?』
「変態を変態と呼ばずして、どう呼べばいいんだよ?それでどうなんだ?エイミー様が、聖なる祝福を授かることなく聖女になることができた理由は判ったか?」
変態は既にミリィちゃんの体から抜け出ている。ミリィちゃんは、応接室のソファに体を預けてぐっすりとおねむであった。
『…おそらく、あの合法ロリの覚悟が、彼女を聖女に仕立て上げたんだお』
「覚悟?アナ…いや、『アナスタシア』への贖罪の覚悟か?」『その通りだお』
変態は、これまで俺に見せた中で最も真剣な表情を作った。
◇◆◇
『あの合法ロリの、【アナスタシア】に対する贖罪の意思、それは半端なものじゃなかったんだお。しれっと言っていたけど、【アナスタシア】の救済と幸福の達成のために身命を擲つ覚悟がガン極まっていた…いや、あれを例えるとしたらガン極まりという言葉でも、あまりにも軽すぎるんだお』
…エイミーの、『アナスタシア』への贖罪の覚悟はそこまでのものだったか…そういえば、かつてエイミーに言われたことがあったな…『万一俺がアナを不幸にしたら、自分の全てを懸けて俺を生き地獄に叩き堕としてやる』って。
もとより俺はそんなつもりは更々ないが、垓が一そんなことをしてしまったら…とんでもないものを想像して、俺は慌ててその想像を打ち消した。
『あの合法ロリ、【アナスタシア】への贖罪のためだったら…ならず者どもの慰み者にされてしまうことだって、甘んじて受け入れ兼ねねぇお』「…はぁっ!?」
…おいちょっと待て!幾ら何でも、それはやりすぎだろ!?
『あの合法ロリが言っていた物語の中では、【「アナスタシア」がそうされてしまった】んだお?だとしたら、その姿を見てざまぁしていた自分も、そういう目に遭わされても因果応報だと、彼女が考えても無理はねぇんだお』
変態が言うことは確かに理屈だが…エイミーがそんなことになっちまったら、悲しむ人間がどれだけいることか…もう、彼女の贖罪は果たされたんだから、そんなことは絶対に考えないで欲しい。贖罪とは、自己断罪ではないのだから。
『それだけ極まったものを持ってたら、そりゃ導きの杖だって認めるんだお』
「それで、聖なる祝福を授かることなく “無私の聖女” の加護を授かった、と」
『ボクチンはそう考えてるんだお』
…だが、それだけの覚悟を持っていたにしては、三クズトリオどもがエイミーへの逆怨みと劣情を吐露していた、その録音を聞いた際にエイミーは酷く嘔吐していたな…まぁ、その時の奴らの醜悪な形相と台詞には、俺も嘔気を禁じ得なかったが。
『それを批判するのは、何ぼ何でも酷ってもんだお。幾ら覚悟を決めていたって、ゲロ吐く時にはゲロ吐くもんだお』
言われてみれば、その通り。覚悟を決めたって、乗り物に酔う時は酔うわな。
◇◆◇
俺は応接室の外に控えていたメイドさんに後始末―と言っても、飲食もしていなければ部屋を汚すような真似もしていないが―を頼み、ミリィちゃんを抱っこして客室に連れて行くことにした。ちゃんとベッドで寝る方が、身体も休まるからね。
「ドラゴラント伯爵閣下、畏まりました」
まだ年若いメイドさんはそう言って、丁寧な淑女の礼を執ってくれた。それを聞いた変態が、何やら妙な視線を俺に向けてくる。
「何を変な目で見てるんだよ?」
『アレン氏が伯爵閣下かお?名前負けしてねぇかお?』
忌憚もクソもない変態の論評に、俺の口の端が苦く顰むのを自覚する。
「…しょうがねぇだろ、お貴族様になれなかったらアナと結婚できなかったんだ。それも、爵位は子爵以上、伯爵なら文句なしって義父上に言われたんだから」
『そーゆー柵は、本当に面倒臭いものだお。ボクチンも平民出だから、色々と嫌な思いをさせられたこともあるんだお。でもって、無私の大賢者と呼ばれるようになったら、それまでボクチンをいじめてたお貴族様たちが挙ってボクチンを褒め称えやがるんだお。全く以て胸糞悪いんだお。あいつらがボクチンに何をしてきたか、その場で暴露してやろうかと思ったんだお』
お貴族様の中には、平民を人間扱いしないような連中だっているからな。でも、義父上や義母上に義兄上、それにアナや彼女の親友たちはそんな貴族じゃねぇぞ?
『…あぁ、そういえばゲルハルトもとんだ奸物に成り果てちまったんだお。打算を持ってミリィたんに近付こうとするなんて、ロリコンの風上にも置けねぇんだお』
「いや、貴族家の当主にとっては自家の隆盛のためなら何でも利用しようとするのは当然のことだろ?それに、義父上はロリコンじゃねぇよ」
変態は憤懣なお収まらぬ様子で、ぶつぶつと愚痴を垂れている。
『リザたんもアナスタシアも、アレン氏もそんなことはなかったのに…』
「義母上やアナは、まだそんなことを考えなくてもいい立場だからな。俺は、ミリィちゃんを籠絡しなくてもエルフと縁があったからそうしなかっただけだ」
『そんなら、ゲルハルトだってアレン氏を窓口にしてエルフと交流を持つように進めたらいい筈だお?何だって、ミリィたんを篭絡しようとしたんだお!?』
この変態にとって、そのことは余程憤ろしいものだったらしく、苦々しく吐きつける語尾が強いものになった。
「義父上は、中長期的なストラテジーを持っていたんだろうな。エルフの寿命は人間よりも遥かに長いからな。五百年から千年くらいだったか?」
『うんにゃ、そんなもんじゃねぇんだお。ミリィたんはボクチンと契約してるから、ミリィたんも光の精霊神に近付いたんだお。ミリィたんの寿命は、短く見積もっても一万年、下手すりゃ十万年くらいまで延びたんだお」
「それって…随分と残酷な話じゃねぇか?」『何がだお?』
何が残酷って…それほどの超長寿ってことは、自分の子や孫にどんどん先立たれちまうってことと同義だぞ?俺には、とても耐えられねぇよ。
『その辺については、全く問題ねぇんだお。ミリィたんはボクチンと契約して光の精霊神に近い【存在】になったから、上手くすれば生涯ボクチンみたいなロリの姿でいられるんだお!これは、本当に素晴らしいことなんだお!!』
「ますます残酷な話じゃねぇか…上手くすれば、とか言ってるんじゃねぇよ…それで、お前は生涯ロリの姿でいるミリィちゃんを見て愛でることができる…と。お前、手ェ出さないってだけでやってることは最低な煩悩塗れの変態じゃねぇか」
ちっちっち、と変態がまたあのムカつくジェスチャーを示した。
『人間の基準でエルフを論じてはダメなんだお。エルフには、ロリ崇拝と称するべきものがあって、ロリであるというだけで崇敬されるんだお。だから、ミリィたんがボクチンと契約した際にエルフの皆がミリィたんを祝福したんだお」
そいつは初耳だわ。確かに、一つの価値観を絶対的な尺度として他の価値観を論ずるってのは絶対禁忌だってことは、人文社会科学の門外漢である俺でも判るが…ロリを崇敬する文化があるとは、世の中は広いもんだ。
「それで、話を戻すぞ。ラムズレット公爵家がそれほどの長寿を持つミリィちゃんを通じてエルフと縁を結ぶことが叶えば、俺の死後も永きに亘ってその縁を活用することができる。それも、ラムズレット公爵家が独占的にだ」
『じゃぁ、もしもアレン氏がゲルハルトのような立場だったら、アレン氏も打算を持ってミリィたんに近付いたのかお?』
…変態のくせに、なかなかきついところを攻めてくるじゃねぇか。
「…その必要があったら、そうしたかも知れないな」『…アレン氏、幻滅したお』
そんな会話を交わしながら、メイドさんに客間の扉を開けて貰って俺とミリィちゃん、それに変態は客室に入った。
◇◆◇
ミリィちゃんを客室のベッドに寝かせると、『ミリィたんはボクチンが見ておくんだお』という変態の言葉を背に、俺は客室を出た。すると、客室の入り口に控えていたメイドさんが咎めるような視線を俺に向ける。
「伯爵閣下、あのような幼児を一人で寝かせておいても大丈夫なのですか?」
…困った。ミリィちゃんにはあの変態の絶対的なオート防御機構がついているから、放っておいても問題ないのだが、それを言っても納得して貰えるとも思えん。
「そ、それでは、申し訳ありませんがミリィちゃんを見ていて頂けますか?」
俺は倉皇として客間に戻り、ミリィちゃんの寝顔に異様な視線を向けてだらしない笑顔でその美貌をブチ壊しにしていた変態に、メイドさんにミリィちゃんを見て貰っていても大丈夫かどうか確認した。
『見て貰わなくても大丈夫だ、って言わなかったのかお?』
「言っても信じて貰えねぇよ。確かにお前がいるから問題ないとは思うけどよ」
変態は溜め息を吐くと、名残惜しそうに答えた。
『しょうがねぇお…そのBBAに入って貰うように伝えるんだお。…ったく、ミリィたんの寝顔はボクチンだけが独占的に見られると思っていたのに…』
この変態、独占欲まであるのかよ…ミリィちゃんの寝顔なんざ、他の人に見られて減るような代物じゃねぇだろ…?
『見られたら減るんだお!ミリィたんの寝顔は、希少価値なんだお!!』
…ミリィちゃんの寝顔はひんぬーかよ…あとステータスが抜けてるぞ…?
とまれ、そんな具合でそのメイドさんに客間内に入って貰い、ミリィちゃんを見ていて貰うことにしたのであった。
『エルフにロリ崇拝がある』という独自設定は、
原作の中の「光の精霊神とエルフの第二王女殿下が
契約した際にみんなが大喜びで祝福していた」という
描写から妄想を膨らませました。
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