(原作コミカライズ7巻発売記念) 後日談 その1 (アレン視点) 元町人Aは元悪役令嬢と新婚旅行に出かける (第4話)
このエピソードは、本編終了後の物語になります。
ヒロインが悪役令嬢の味方に付いた場合の
本編終了後のストーリーを、お楽しみ頂けたら幸いです。
背中に蝶のように美しい羽を生やし、神聖な美しさと童女の愛らしさを一片の矛盾だになく併存させた稀有な容姿。光の精霊神ローの、それが姿であった。
更に言えば、こいつの前世は呪文無詠唱のスキルを編み出し、そのスキルによって数多の魔法を自由自在に操り人々を助けて回ったことによって無私の大賢者と讃えられ、尊崇と敬慕を一身に集めた偉大なる賢者、ロリンガス様である。…俺に言わせれば、ただのロリコンの変態に過ぎねぇがな…
その光の精霊神ロー様は、俺に対して憤りの視線を向けている。
『ここの村人たちの噂話を聞いたお?アレン氏、アナスタシアと結婚して、その報告に来てくれたんだお?それだのに、何でボクチンに挨拶してくれなかったんだお?アレン氏は、そんな友だち甲斐のない人間じゃなかった筈だお?』
「あぁ…そのことか。申し訳なかったな、新婚初夜と変態を天秤にかけたら、お前への挨拶は後回しでいいや、って思っちまったんだ。…って言うか、お前こそ何だって俺やアナの前に姿を現さなかったんだよ?」
『ちょうどその時、ミリィたんがおねむだったんだお。でもって、ボクチンはミリィたんの寝顔を拝むのに忙しくてアレン氏と会えなかったんだお。もう本当に、ミリィたんの寝顔は天使の寝顔だお!眼福ってレベルじゃねぇんだお!!』
…エイミーが “無私の聖女” の加護を授かった時にも思ったが、こんな奴が無私の大賢者様で光の精霊神様なんだぞ?あぁもう、本当に世も末だ…
なお、こいつがミリィたん、と呼んでいるのは、エルフの女王様の第二王女様でシェリルラルラさんの妹に当たるミリルレルラちゃんだ。この変態は、ミリルレルラちゃんと契約することによって光の精霊神となり果せたそうだ。
そのミリィちゃんは、今では女王様やアナ、それにシェリルラルラさんと一緒に湯浴みしているそうなので、こいつはミリィちゃんから離れているそうだ。『淑女の湯浴み姿を覗くのは、紳士の嗜みに外れるんだお』だそうだ。
…その淑女ってのは、女王様でもアナでもシェリルラルラさんでもない、ミリィちゃんなんだろ?…エイミーもそうだが、こいつも本当ブレねぇな。
ドヤりながら紳士の嗜みを説いていた変態が、急ににちゃついた笑みを俺に向けた。たおやかな右手で握り拳を作り、俺に示して見せる。尤も、その握り拳は普通のものと異なり人差し指と中指の間から親指をはみ出させているものであった。
『おっ?アレン氏、昨日が新婚初夜だったのかお?それじゃぁアレン氏、昨日はお楽しみだった、ということなのかお?おっおっ?』
…返す返すも、こんなのが無私の大賢者で光の精霊神様なんだぞ…
…それはそれと、そう言えば初めて出会った時、こいつは『魔法使い』という単語に過剰に反応していたな…つまり、だ。こいつはDTのままで『迷いの森』で行き倒れてしまい、そのことに起因する怨念に導かれるままに悪霊と化して『合法ロリ』のエルフや精霊たちを追い回していた、ということになるのだ。
成程成程…こいつは、いいネタを思い付いた。そう考える俺の顔は、眼前の変態が伝染ったようににちゃついていたことだろう。
『おっ?何なんだお?アレン氏、何を悪い笑みを浮かべてるんだお?』
「…いやな、清いお身体のまま世を辞して、そのまま光の精霊神様にお成りあそばしたお方の御前に、俺みたく女陰に触れて穢れちまった男が在るのは余りに畏れ多いんじゃねぇかと思ったんだよ…ケッ…ケケケッ…ケケケケケッ…!!」
眼前の変態は、その俺の言葉に対して覿面に愕然たる狼狽を示した。
『…なっ…ど…どっ…魔法使いちゃうわ!!』
「…ほう。だったら、お前は女陰に触れたことがあるってぇのか?お前が成熟した女性と情交を交わしたとも思えねぇし、だったら…まさかとは思うが、お前はロリに対して自分の欲望をぶち撒けるような真似をしたということか?」
その俺の言葉に対し、変態は愕然たる憤激を顕した。
『…なっ…!!幾らアレン氏と雖も、その発言は到底赦し難いものだお!!ロリを心から愛する者として、手を出すことは絶ッ対に赦されないことなんだお!!Yes ロリータ、No Touch、これはロリを愛する者の金科玉条なんだおッ!!!』
「…済まない、悪い冗談だった。お前はそんな真似をするような奴では決してないことは、よく判っているよ」
そう、変態ではあってもこいつは無害な変態で、かつアナに聖なる祝福を授けてくれたいい変態なのだ。亡エスト帝国の、昨年秋に『不幸な事故』に遭って地獄に堕ちた最低最悪の変態とは、全くものが違うのだ。
え?その『不幸な事故』とやらを起こした張本人が、何をほざいてるかって?
何の事を言っているのかなー、俺にはさっぱり判らないやー。
◇◆◇
湯浴み場を出て、そこに至るまでに着ていた学園指定のブラウスもどきと下着、そしてズボンを身に付けたところに、変態が一変した真剣な顔を俺に向けた。
『アレン氏、これまであった事、キリキリ自白うんだお』
その、変態が初めて見せた気迫。認めたくないが、俺はそれに気圧された。
「自白うって…何をだよ?」『とぼけてもムダだお。ボクチンが聖なる祝福を授けたのは、アナスタシアただ一人だけだった筈だお。彼女があの後で神器とかの影響を受けて聖女になるのは判るけど、何だってもう一人聖女が生まれてるんだお?』
あぁ、成程な。エイミーが “無私の聖女” の加護を授かった、つまり聖女となり果せたことをこいつも勘付いていて、それを疑問に思ったわけか。
…言うたら悪いがな、正直俺だって訳が判らねぇよ。本来、聖なる祝福を授かっていない女性は聖女になれない筈なんだ。エイミーだって、困惑していたしな。
「質問に対して質問を返すようで申し訳ないんだが、教えてくれるか?」
『何をだお?』「聖女になるためには、聖なる祝福が必要な筈だろ?その聖なる祝福を授かっていない女性が、聖女になれるものなのか?」
俺のその質問に、変態は難しい顔をして腕組みし、黙り込んだ。…こいつは光の精霊神様になる前は大賢者様だったことだし、何か知っているかもしれないな。
『…理論上は、不可能ではないんだお』
…変態のその言葉に、俺は心底驚かされた。
…聖なる祝福なしに、聖女になることが可能だって言うのか!?だとしたら、これまでの認識が根底から引っけら返るぞ!?
『人間である以上、どうしても醜い感情や欲望から逃れることはできないんだお。でもって、そういうものを精神に内包したままでは聖女になることなんてできやしない、そのことはアレン氏も判ると思うんだお?』
まぁそりゃ何となく判る。人間が人間である以上、憎悪や嫉妬のような醜い感情、それに物欲や性欲のような醜い欲望からは無縁ではいられないことも、それらを持ったままでは聖女となり果せることなどとても覚束ないことも。
『だから、それらの感情や欲望を薄めるために、元々高潔な精神と深い愛を持っている女性に対して光の精霊神と呼ばれる存在が聖なる祝福を授けるんだお。そうすることによって、その女性は聖女となる資格を得るんだお』
流石、大賢者様と呼ばれていただけのことはある。説明が恐ろしく的確で、しかも判りやすい。やはり、こいつはただの変態ではなかったのだ。
『その結果、慈愛とか寛恕とかそういうのが先に立って、然るべき懲罰を与えるべき存在にさえも赦しを与えた結果、【甘すぎる】とか【ざまぁが足りない】とか言われて、批判されちまった聖女も過去にはいたんだお』
言わんとすることは判るが…メタ発言はやめれ。
『そんな聖女の逸話が残っているんだお。何なら、聞かせてあげるお?』
へいへい、何でも聞かせて頂こうじゃござんせんか。
◇◆◇
『これは、ボクチンよりも前の光の精霊神が聖なる祝福を授けて、そんでもって聖女になった女性の逸話だお。その聖女をやたら敵視していた魔女がいて、その魔女は事あるごとに聖女のことを【ならず者どもにぐぢゃぐぢゃにレイプされてしまえばいい】とずっと公言していたらしいんだお』
うわぁ…その魔女、女のくせにそんなこと言っていやがったのか…マヂで最低だな…女性の風上にも置けねぇよ…
『その魔女は他者を洗脳して、精神を支配する力を持っていて、その力を使って他者をいいように操って聖女を虐げていたそうだお。聖女にいじめられているような自作自演をやってみたり、聖女を公然の前で侮辱したり、挙句の果てには聖女をならず者どもに売ろうとすらしていたそうだお』
何かどっかで聞いたことがあるような話だが…
『でもって、魔女とその取り巻きどもの奸計によって聖女は敵国に売り飛ばされて、聖なる祝福のお蔭で酷いことはされなかったみたいだけど、精神的な拷問にかけられて自我崩壊一歩手前のところまで行ってしまったらしいんだお』
「それじゃぁ…その聖女は魔女の前に一敗地に塗れちまったわけなのか?」
変態はにまつきながら右の繊手の人差し指のみを立てると、それを横に振った。…何故か判らんがこいつにそのジェスチャーをやられると、何かムカつく。
『ちっちっち…アレン氏、話は最後まで聞くもんだお?その聖女には滅法頼りになる騎士が味方にいて、その騎士の力で聖女は敵国から救い出されて、でもって当時の光の精霊神の助けもあって精神を回復させて、最後にはその騎士や神獣の助けもあって魔女を打ち倒したんだお』
成程。それならめでたしめでたしだな。
『それで、聖女の力で魔女に操られていた連中の洗脳を解いたら、その連中は挙って聖女に謝ったんだお。それで、聖女はそれに対してみんな赦したんだけど、それは幾ら何でも甘いって、聖女の味方になった騎士や神獣からも批判されたんだお』
「まぁ…俺も甘いと思うわなぁ。それで、事の元凶たる魔女はどうなったんだ?相当に危険な能力を持っていたようだし、あっさりと処刑しちまったのか?」
変態は悪い笑みを浮かべた。光の精霊神たるに相応しい美貌が台無しである。
『端的に言っちまえば…その力を封じられて、鉱山送りにされて、聖女に対して散々口汚く言ってきたことがそっくりそのまま自分に跳ね返ってきたんだお。そのエピソードが、この逸話の中で唯一に近いざまぁだ、と言うことができるんだお』
流石に、聖女もその魔女に対しては復讐心を禁じ得なかったわけか?
『聖女自身の復讐心というよりも、【魔女が国中をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回して、そのせいで多くの人的物的被害が出るハメに陥った。そのことについて魔女自身が反省しなくては、命を失った者たちは浮かばれない】という理由によるものだったんだお。それで魔女に対して反省を促すために、聖女は魔女に対して女性として最も屈辱的な刑罰を課したんだお』
復讐よりも、まず反省を促す、か。この聖女が魔女に課した罰、魔女が犯した罪を考えたら妥当―寧ろ軽いくらい―の罰だが、その内容からして聖女の復讐心の発露と見る向きもあったかもしれないな。
◇◆◇
『話を戻すお。とにかくそのようにして、人間である以上逃れられない醜い感情や欲望を薄めることによって聖女の資格を与える、聖なる祝福の効能はそれに尽きるんだお。聖なる祝福を授からなくっても聖女になることは理論的に可能だ、と言ったことは、つまりそういうことなんだお』
成程。そういうことか。つまり、生来その種の感情や欲望が希薄であれば、聖なる祝福がなくても聖女の加護を得ることが―つまり、聖女となることができると。
だが…エイミーはそれに当て嵌まるだろうか?
その言動は少し、いやかなり、いやもんの凄ぇ、いやこの上なくアレだが、彼女は確かに善性に優れた、魅力的な女の子だ。容姿だって、乙女ゲーのヒロインを張れるくらいなのだから文句の付けようのない美少女である。…華奢を通り越して、少しからず痩せすぎのケがないでもないが。
それに、私的な欲望だって相当に希薄だ。諸々の治癒魔法や治癒関連魔法を開発したことによって取得した魔法特許について、悉く最優先使用権を除く全権利をラムズレット公爵家に譲渡してしまっていることからもそれは伺える。
いや…そうとは言えないな。彼女の制服裸足に対する執着は最早病的、この変態のロリに対する執着にも匹敵する代物だ。それもまた、立派な性欲の範疇に入る。
それに、彼女が醜い感情を持っていなかったとは、到底言えないだろう。あの最低最悪をはじめとする、この世界を舞台とした乙女ゲーの攻略対象キャラどもに対して、彼女は激甚な嫌悪と侮蔑、忌避感や憎悪すら覚えていた。
まぁそれは、その攻略対象キャラどもがアナに対して酷くて惨い仕打ちをしていたから、それに対する反感とか、怒りが募ってのことだろうな。
右手を顎に遣って考え込んでしまった俺を見て、変態は怪訝な顔を見せた。
『…おっ?その “もう一人の” 聖女について、アレン氏は知ってるのかお?』
「あぁ、彼女とは面識はあるよ。確かに善性に優れた、心優しい女の子だが…お前の言う、醜い感情や欲望は結構持ち合わせているぞ?」
女の子、という表現を受けて変態が弱からざる興味を示したので、しっかりと釘を刺しておいた。…こうしないと、こいつが誤解しかねないからな…
「言っておくが、彼女は俺やアナよりも年長だぞ」『何だ、BBAかお』
3、4ヶ月程度だがな。それに、BBAとか言ってるが、エイミーの体型はお前好みかも知れんぞ?…幼児体型というより、難民の子供体型だがな。
『まぁ聖女になったくらいだから、いいBBAかも知れないんだお。アレン氏、その聖女になったってBBAをボクチンに引き合わせることはできるかお?』
「何だよ、お前がロリじゃない女性に興味を持つとか…今は6月だが、明日は雪が降るかも知れねぇな…それとも、槍かな?」
また変態はちっちっち、と声を出し、先のように右繊手の人差し指を左右に振って見せた。…そのジェスチャー、はっきり言ってムカつくからやめてくれ。
『ボクチンだって、かつて無私の大賢者と呼ばれていたんだお。賢者たる者、知的好奇心が旺盛じゃなくちゃ務まらないんだお。その、聖なる祝福を授からずに聖女になったBBAについて、ボクチンは純粋に強い興味を惹かれたんだお』
素足をサンダルに通し、ブラウスの袖を肘下まで捲り上げた左腕に右手を遣りながら、俺は変態に声を向けた。
「まさか、彼女をここに連れて来いってんじゃないだろうな?」
『そんなこと要求しねぇお。ボクチンはミリィたんと契約してるから、ミリィたんをそのBBAがいる場所に連れてってくれたらいいんだお』
湯浴みを済ませた者のために用意されたのであろう、エルフの蜂蜜を溶かした上で氷魔法でよく冷やした蜂蜜水を右手に取り、俺は口を開いた。
「悪いが、すぐにってのは無理だ。エルフの里の他に、色々と寄りたい場所があるからな。その後でよかったら、ルールデンに帰る途中でもう一度エルフの里に寄ってミリィちゃんとお前を拾って彼女と会って貰う、それでもいいか?」
『勿論、それで構わねぇお!アレン氏、本当にありがとうだお!あぁ、本当に楽しみだお!聖なる祝福なしに聖女になることができる人間がいるなんて、こんなに知的好奇心を刺激する話はねぇお!こんなにwktkするのは、かつて呪文無詠唱のスキルを身に付けるために色々と研究してた時以来だお!!』
…やっぱり、こいつは大賢者様と呼ばれるに足るものを持っているんだよな…あの性癖さえなかったら、俺も心からこいつを尊敬できるんだけどなぁ…
聖女になる為に聖なる祝福が必要である理由を、
独自解釈ででっち上げてみました。
…ですが、ヒロインはそれに当てはまっていないので、
彼女はどうやって "無私の聖女" になれたんでしょうね?
…え?今エピの中で出てきた聖女と魔女の闘争、
何処かで見たことがあるって?
気のせいじゃないんですかー? (鼻をほじりながら棒読み)
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