おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第19話)
このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。
インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。
昨年は、まさに多事多端と言うべき一年であった。
あの変態の愚か者の廃太子とルートヴィッヒの再太子、また亡エスト帝国からのアナスタシア嬢とウラディミール第四皇子との婚約打診、それに端を発したエストの侵攻、それをアレンがほぼ独力で退けたのみならずブルゼーニ全域掌握の立役者となり、あまつさえ帝都内の皇宮にまで攻撃をかけ、完璧にエストを無力化してしまったこと、それに伴いザウス王国までも無害化したためこれまで外患対策のために割いていたリソースを活かしてのルールデンの貧民街の再開発、そして戦場での大功績によるアレンのドラゴラント伯爵陞爵…
物語なら多事多端であればあるほど読者も喜ぶであろうが、現実の多事多端は本当に勘弁して欲しい。とにかく、疲れるのだ。
その多事多端な一年が終わり、数日前に新たな年が明けた。今年こそは、何事もない平穏無事な一年であって欲しいものだ。
その日の執務が一段落すると、予は王妃の執務室に向かうことを侍従長に伝えた。もう一つ、ルートヴィッヒにもそこに行くように伝えよと。
アレン―ドラゴラント伯の陞爵祝賀晩餐会でアナスタシア嬢の挨拶を受けた際に思いついたこと。…そう、その当時はただの思いつきだった。
今では違う。予の中では、必ず為さねばならぬことだ。そしてそれは、国王として為すべき公事であり同時に、セントラーレン王家という家庭内の私事でもある。
…予が今からクラリスとルートヴィッヒに伝えることは、クラリスにとってはお腹を痛めて産んだ子を、またルートヴィッヒにとっては血を分けた兄を、それぞれ『消す』ことだ。彼女たちにとっては惨いことかも知れぬが、そうされても致し方ないことをあの変態の愚か者はやり続けてきた。
彼奴がやったことは、どれもこれも到底赦し難いことである。
まず、アナスタシア嬢への一方的かつ理不尽な婚約破棄である。これにより、セントラーレン王家とラムズレット公爵家の間に隙が生じかねず、その結果国内で内戦すら起きかねなかったのだ。
そればかりではなく、そのことによって建国以来の敵国たるエスト帝国の手に、汎用人型決戦兵器たる暗黒騎士すら渡りかねなかった。
結果、セントラーレン王国は内戦で国力がガタ落ちしたところにエスト帝国の侵攻を受け、その結果国が滅んでしまっても決しておかしくはなかった。
本来敵国から国を、そして民草を護るべき王族が、絶対にやってはならないことである。本来、彼奴はその一事のみで廃太子されてもおかしくはなかったのだ。停太子に留めたのは、彼奴の母親たるクラリスへの気遣いと、 “英雄” と “炎魔法” の二つの加護を授かっていた彼奴を人材として惜しむ心があったためだ。
反省し、改心して励めばきっと彼奴はセントラーレンを託すに足る賢王となってくれるであろう…予のその期待は、いっそ清々しいほどに裏切られた。
彼奴は反省するどころか、アナスタシア嬢やアレン、更にはエイミー・フォン・ブレイエス嬢に対してすら逆怨みを向け、そしてアナスタシア嬢やエイミー嬢を穢さんとすら致しおったのだ。挙句の果てに、それを咎めたウィムレット公子を危うく死に至らしめるところであった。
もはや、救いようがない。彼奴を廃太子し、後顧の憂いを断たねばならなかった。その、彼奴に呷らしめる毒酒の任は、アレンが担ってくれたが。
そして、予がこの行動を取ることにより、少なくとも二つのメリットがある。
一つには、このことによりアナスタシア嬢への謝罪の意思を示すことができることだ。あの変態の愚か者のせいで、アナスタシア嬢には何らの瑕疵もないというのに『婚約が解消に至ってしまった貴族令嬢』というレッテルを貼られてしまった。
そのレッテルを、この挙によって引っ剥がすことができる。彼奴が『いなかったこと』になってしまえば、アナスタシア嬢とあの変態の愚か者の婚約も『なかったこと』になる。そのことにより、アナスタシア嬢は貴族令嬢としての体面、名誉を回復することができるのだ。そうしておけば、ラムズレット公の腹の虫も治ろうて。
そしてもう一つには…そうすることによって予の腹の虫を宥めることができることだ!あの変態の愚か者のせいで、セントラーレン王家はアナスタシア嬢とドラゴラント伯、この二大偉才をむざむざとラムズレットに囲い込まれてしまったのだ!!
彼奴さえアナスタシア嬢に敬意を払い、尊重しておればあの二つの偉大な人材をセントラーレンに取り込むことさえも可能であったろうに!!
おのれカールハインツめ、貴様の墓に立ち小便などと生温いことはせぬ、貴様の墓を暴いて遺骸を王城の厠に放り込んでくれる!!
◇◆◇
…はっ!…いかん、また話が進まなくなってしまうところであった。
とにかく、予は国王の執務室を出て王妃の執務室に向かった。途中でルートヴィッヒと合流し、彼の臣下の礼を受ける。
『苦しゅうない、ルートヴィッヒ。直ってよいぞ』
そこで侍従たちを従えた予とルートヴィッヒは連れ立って、王妃の執務室に向かった。その途中で王太子教育の進捗について問うと、『シュレースタイン公のお蔭で、恙なく進んでおります』と、明るい声が返ってきた。
シュレースタイン公は、王太子教育に当たって自ら指導役を買って出てくれていたのだ。一方でクラリスによると、フロレンツィア嬢の王太子妃教育も順調に進んでいるらしい。アナスタシア嬢にも王太子妃教育を受けた先輩として、フロレンツィア嬢の教育に関わって貰えるように依頼しようか…と思ったが、流石にそれはド厚かましすぎる話なのでやめにしておいた。
『フロレンツィア嬢も頑張っているのですから、私も頑張らねばなりません。…そうそう、先日フロレンツィア嬢とお茶を飲んだのですが、その際に彼女に髪飾りをプレゼントしたのです。そうしたら、とても喜んでくれて…』
はい、そこまで。そなたがフロレンツィア嬢の話をし出したら、最終的には惚気になってしまって、しかもそれがエンドレスで続くのだからな。
…しかし、フロレンツィア嬢も頑張っているのだから、自分も頑張らねばならぬ、か…あの変態の愚か者も、最初は同じようなことを言っておった。アナスタシア嬢が頑張っているのだから、自分も頑張らねばならぬ、と…
あの頃の彼奴は、確かに王太子たるの自覚を持っておった。死児の齢を数えても詮なきことではあるが、どうしてこうなってしまったのか…
そうこうしているうちに、予とルートヴィッヒは王妃の執務室に着いた。ちゃんと話を通してくれていたようで、王妃付きのメイドが扉を開けてくれる。
『クラリス、予だ。ルートヴィッヒも一緒だ。入るぞ』
『陛下、ルートヴィッヒ、どうぞお入りありゃれ』
そのクラリスの返事を受け、予とルートヴィッヒは入室した。
◇◆◇
ちょうどクラリスはティータイムに差し掛かろうとしていた頃合いで、メイドに指示して予とルートヴィッヒの茶菓も用意してくれていた。
『陛下、どのようなご用件にございますかや?』
優雅な所作でティーカップを手に取るクラリスに聞かれ、予は顔が険しくなるのを自覚した。普段とは違う様相に、クラリスもルートヴィッヒも怯んだ色を見せる。
『うむ…これは、王家の者の扱いという公事であり、同時にセントラーレン王家という家庭の話という私事なのだ。故に、廷臣たちに諮る前にそなたたちに話すことにした。…予は、カールハインツ、あの変態の愚か者をセントラーレン王家から除籍するつもりでおるが、それについてそなたたちの意見を聞かせて欲しい』
がちゃり。クラリスが、音を立ててティーカップを受け皿に置いた。ルートヴィッヒは、手に取ったクッキーをテーブルに落としてしまった。
『あの愚物めがしでかしたことは、除籍に値する大罪だ』
そう言って、予は彼奴の罪状を並べ立てた。アナスタシア嬢との婚約破棄、更にその上で彼女を賊に襲わせてならず者どもの慰み者にしようとした件、更にはそのことを咎めたドラゴラント伯やエイミー・フォン・ブレイエス嬢に対しても醜悪な逆怨みを向け、アナスタシア嬢とエイミー嬢を穢さんとすらしたこと。
王家の者としては、国を破滅に追い遣りかねぬ最大最悪の罪業であり、また私人としても婦人を己の逆怨みや劣情の餌食にせんとする赦し難い大罪だ。本来なら、前者だけでも廃太子の上『急病死』させられてもおかしくはない。
それに、そのことによってアナスタシア嬢に謝罪の意思を示すこともできる。更には、その処分を下すことによって同様に元嫡男を除籍したバインツ伯爵家とジュークス子爵家との釣り合いを取ることもできる。
…おや?エイミー嬢の『こ・く・お・う・へ・い・か?』という、鈴を鳴らすような愛らしく、而しておどろおどろしい響きに満ちた声が聞こえたような気が…これは、空耳か?…それはともかく。
予の意志は…まぁ、王たる身が私的な感情を以て刑罰を決めるは大いに問題があることだからな。それは言わずにおいた。
◇◆◇
随分と長い時間が流れた錯覚を覚えたが、後で時計を見たら1分も経っていなかった。その、主観的には長く、客観的には短い沈黙の果てに。
『妾は…陛下のお決めになられたことに賛同致します。あの愚か者が犯した、また犯さんとした数多の大罪、確かに除籍の罰に相当致します』
クラリスの後に、ルートヴィッヒが言葉を続けた。
『私も、両陛下が左様お決めになられたならば、それに従うのみにございます』
両者とも、予の決定を肯ってくれた。…しかしルートヴィッヒよ、予やクラリスを『陛下』と呼ぶのは、公の場のみでよいのだぞ?ここは家族の交流の場だ。父上、母上と呼んでくれても構わぬ。何なら、パパ、ママでもよいのだぞ?
『…そうは参りませぬ。幾ら私的な場であってもそのように呼びおりましたら、公の場でそれが出てしまいます。私は、それを最も恐れおるものでございます。どうか、【両陛下】とお呼び申し上げるをお許し下さい』
…ルートヴィッヒ、そなた立派になったな…シュレースタイン公の薫陶の賜物か…しかし、子の成長とは嬉しいものであるが、また同時に寂しいものであるな。クラリスも同様に考えおるようで、誇らしげな色と寂しげな色を同時に顔に浮かべておるわ。何とも、器用なことをするものよ。
『そなたらの意志、あい判った。ならば、そのことを廷臣に諮ることにする。クラリスよ、茶菓を馳走になった。ルートヴィッヒよ、変わらず努めるのだぞ』
それだけ言って、予はクラリスの淑女の礼とルートヴィッヒの臣下の礼を背中に受けながら、王妃の執務室を辞した。
◇◆◇
執務室に戻り、予は侍従長に命じて宰相をはじめとする諸省の尚書を執務室の横の会議室に集めるように命じた。そこで、あの愚か者の除籍を閣僚たちに諮った結果、反対の意見を出すものは誰一人とていなかった。
『では、あの者の名をセントラーレン王家の系譜から削除することに致す。なお、この発表は暫く控えて欲しい。そなたたちも、くれぐれも極秘にな』
これは完全に私的な情緒であり、王たる身が為すべきことではないかも知れぬが、これはアナスタシア嬢にサプライズで知らせてあげたいのだ。そちらの方が喜びが大きいこと、彼女自身が証明して見せてくれたからな。
それは、彼女に対する予の贖罪の意志でもある。あの変態の愚か者と婚約を結ばしめてしまったこと、本当に惨く、また申し訳ないことをしてしまった。
『一度婚約解消に至ってしまった貴族令嬢』などという、恥辱のレッテルを剥ぎ取り、それによって彼女の貴族令嬢としての名誉を回復してあげたい。
それで予の罪が消えるなどと思ってはおらぬし、アナスタシア嬢に赦して貰えるとも思ってはおらぬ。これは、一種の自己満足ではある。
まぁ、謝罪そのものが一個の自己満足に過ぎぬのだがな…
原作では、最低最悪の弟の評価もぼろくそでしたが、
拙作では賢弟愚兄の様相を見せてみました。
これも、おまけその2で説明がつく…ということにしておいて下さい。
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