おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第18話)
このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。
インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。
年の瀬も押し迫った12月26日の午後、セントラーレン貴族の中でも十指の中に入るほどの名門貴族家の当主とその寄子貴族とまたその婚約者が、5人連れ立って予への謁見を願い出てきた。またその面子が、予にとって甚だ意外な代物であった。
ラムズレット公とウィムレット侯、またリッテンブルグ侯、そしてラムズレット公の寄子であるドラゴラント伯と、彼の婚約者であるアナスタシア嬢である。
ラムズレット公とウィムレット候は、盟友関係を結んでいる上にアナスタシア嬢が立案した貧民街の再開発事業に協力関係を築いて関与しているから不思議はない。はたまた、ドラゴラント伯とアナスタシア嬢もラムズレット公の身内だ。
だが、リッテンブルグ候はラムズレット公ともウィムレット候とも縁はない。寧ろ、シュレースタイン公の派閥の重鎮の一人だ。となると、彼らに共通点は…
『国王陛下には、謁見をお許しくださいましたこと、誠にありがたく、臣が代表して、心よりお礼申し上げます』
ラムズレット公が、随伴者たちを従えて臣下の礼を執ったまま礼を述べた。言うまでもないが侯爵家当主二名と公の寄子は臣下の礼を、またアナスタシア嬢は淑女の礼を執っている。それに対し、予は玉座に座し、短い足を組んで答えた。
『苦しゅうない、ラムズレット公、ウィムレット候、リッテンブルグ候、ドラゴラント伯、アナスタシア嬢、大儀である。礼を解いて、楽に就いて良いぞ』
予がそう言うと同時に、眼前の貴顕の者たちが礼を解いて直立不動になる。気分が良いが、努努これに溺れてはならぬ。これは、先王陛下が崩御されて予が玉座に座するに至った際に心に決めた、予の初心だ。
『して公よ、今日は如何様な件にて謁見を求めたのかな?』
『国王陛下にお答え申し上げます。此度謁見をお求め申し上げた件につきましては、愚女とドラゴラント伯からお聞き下されたく』
公がそう言うと、公と二人の侯爵の後ろに控えていたドラゴラント伯は臣下の礼を、またアナスタシア嬢は淑女の礼を執り直した。
『さし許す。ドラゴラント伯にアナスタシア嬢、何事があったのだ?』
ラムズレット公とウィムレット、リッテンブルグの両侯爵はスーツ姿であるが、ドラゴラント伯とアナスタシア嬢は王立高等学園の制服姿である。…うむ、学園の女子用制服はいつ見ても眼福であるな。重畳重畳。
え?男子用制服?…予は、人の道に外れた性的嗜好は持たぬわ。それはともかく。
『陛下には発言をお許し下さり、誠にありがたく、心よりお礼申し上げます。この度、学園にて到底許し難き事態が生じましたるを報告させて頂きたく』
そう言うアナスタシア嬢の、抜群のプロポーションを持つ肢体からは、いつしかじわり、と冷気―否、地獄の業火すらも凍らしめるほどの凍気が滲み出ていた。…うわぁ…これは相当に怒って…というよりも、激怒しておるな…
『…アナスタシア嬢、何があったのだ?』
『そのご下問にお答え申し上げる前に、今からドラゴラント伯アレンが皆様にお配り申し上げるものを、まずはご覧下さいまし』
アナスタシア嬢のその言葉を合図にドラゴラント伯が進み出て、封筒に包まれた何かを侍従に委ねた。その侍従から、予はそれを受け取る。…これは、何か?
ドラゴラント伯が他の者にも同じものを手渡すのを見て、アナスタシア嬢はもう一度薄桃色の唇から硬質の美しさを保った声を発した。
『先ほどドラゴラント伯が皆様にお渡し申し上げた封筒の中には、昨日と今日に行われた王立高等学園の2年次後期末試験の答案用紙、その写しが入っております。皆様、一度内容をお確かめ下さいまし』
アナスタシア嬢に促されて封筒から中身を出し、その内容を確認した予とラムズレット公、そしてウィムレット侯とリッテンブルグ候は…文字通り絶句した。
◇◆◇
『何だ…これは…』ラムズレット公の呻くような声に、予の掠れた声が続いた。
『アナスタシア嬢…ドラゴラント伯…予が学園を卒業したのはかれこれ30年近くも前だが…今の学園では、これほど難易度の高い内容を教えておるのか…?』
…初めて聞くような魔法学理論の説明?難解すぎて何を言いたいのか訳が判らぬ文章について『論述』させる文章読解?生まれてよりこのかた、見たことも聞いたこともないような記号が出てくる自然科学全般や高等算術?ウィムレット地方で鉄鉱石が豊富に算出される理由の説明?
…はっきり言って、この試験問題は難しすぎる。
…しかも、単語や数字、また記号で答えさせる問題が全くない。全て、答えを文章で説明させる、つまり論述問題なのだ。斯様な問題など、王立大学入試問題でも見たことはない。高等文官試験や、宮廷魔術師団の入団試験くらいの、スーパーエリートを選別する試験くらいでしか、お目に掛かれぬ代物だ。
『畏れながら陛下、これらの問題は現行の学園のカリキュラムから大きく逸脱した内容を取り扱っております。更に、エイミー・フォン・ブレイエス嬢によりますと、現時点で明確な結論が出ておらぬ学説について答えを問うような問題すらございます。この、魔力枯渇寸前に至った上で休息を取ると魔力が増強される原理を説明させる問題がそうだと、エイミー嬢は申しておりました』
『そのようなもの…欠陥問題ではないか…そんな問題を生徒に解かせるなどと…試験作成担当の教官は何を考えておるのだ…?』
平生の、精力的な野太い声とは全く違う、ウィムレット候の掠れた声。それに答えるアナスタシア嬢の声の冷徹さは微塵も損なわれなかったが、彼女が端麗な容姿に纏う凍気が更に強まったかのような感を覚えた。
『エイミー嬢は、わたくしの分に過ぎた婚約者たるドラゴラント伯に一泡吹かせるべく、その教員が斯様な愚行に及んだのではないかと、推察致しおります』
アナスタシア嬢の氷の冷徹が僅かにひび割れて彼女の白皙の美貌が赤らみ、その傍らにいたドラゴラント伯も端正な顔を赤らめた。…惚気は他所でやってくれ。
『エイミー嬢によりますと、貧民出でありながら期末試験では3期連続で満点を取るのみならず、非常に多彩な分野で絶大な功績を挙げて伯爵にまで至ったドラゴラント伯を、その教員は妬みおるのではないか、ということでございます』
…それで、そのドラゴラント伯に少しは痛い目を見せてやろうとして、斯様な常軌を逸した試験問題を作った、ということか。…信じられぬ話だ。その執念をもっと有意義な方向に活かせば、どれほど大きな業績を上げられたであろうか…
『…それで、愚女アンジェリカがこの世の終わりのような顔をしてリッテンブルグの王都邸に戻るなり、【お父様、愚かなわたくしを罰して下さいまし】と号泣しながら私に言ったのだな…ドラゴラント伯、アナスタシア嬢、お教え頂き感謝する』
温厚そうな丸っこい顔に似合わず、幅と厚みのある逞しい長身を持つリッテンブルグ候が、顎を撫でながら名指しした両者に礼を言った。
『リッテンブルグ侯爵閣下には勿体無いお礼のお言葉を頂き、恐縮の極みにございます。…国王陛下、此度の件は、将来のセントラーレン王国の柱石を育てるべき王立高等学園の名誉に泥を塗る、到底赦し難き犯罪行為にございます。願わくば、畏れながらこの件に関しまして、臣と臣が分に大いに過ぎたる婚約者たるアナスタシアと共に、カタを付けるをご命じ下されたく』
頬の発赤を僅かに強めながら、ドラゴラント伯が予に希った台詞を受け、アナスタシア嬢の美貌の赤みはますます強まり、彼女の肢体から漏れ出る凍気は弱まった。…だから、惚気は他所でやってくれと言っておろうが。
そして、予の前のラムズレット公の顔にげんなりした色が出たのが伺える。…ゲルハルトよ、そなた毎日このお二人さんの様子を見せられておると見えるな。…同情はせぬぞ?この二大偉材を、ラムズレットの手の内に囲い込めておるのだからな。
『さし許す。伯の申す通り、この件は私情で公事を歪めんとする重大な不正行為である。正式に勅命を下す故、暫し待つがよい』
そう言って予は鈴を鳴らして呼んだ侍従に、祐筆官を呼ばせると同時に玉璽をこの場に持って来るように命じた。長く待つこともなく現れた祐筆官は、携帯できる机を広げてその上にペンと勅命状に用いる紙を用意する。
『ドラゴラント伯アレン並びに、その婚約者たるアナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットに命ず。此度王立高等学園にて起きたる期末試験に掛かる不正行為、到底赦し難きものである。故に、そなたたちの手によってこの件を糾明し、下手人に厳正なる罰を与えよ。この取り調べにおける全権を、そなたたちに委ねる』
『『勅命、謹んで拝命致します』』
…お二人さん、どれほど仲良しさんなのだ?これほど綺麗な混声二部合唱、これまでの予の人生で見たことも聞いたこともないぞ?
勅命状をドラゴラント伯が恭しく受け取り、深く頭を下げたまま後退る。その真横でアナスタシア嬢も、完璧無欠な淑女の礼を保ったまま後退り、やがて二人とも仲良く謁見の間の出入り口に至ると更に深く頭を下げた。
その、礼儀作法の教本にぴったりと則り、呼吸もぴったり合ったお二人さんの退出後に、ラムズレット公が厳つい口を開いた。
『国王陛下に、お願いの儀これございます』『さし許す。公よ、申してみよ』
その予の返答に応えて公が願い出たものは、この件に関して学園の2年次の生徒たちの父兄である諸貴族家の当主が連名で王立高等学園に抗議し、そしてこの事件の徹底糾明と件の教員への厳罰、そして向後の同様な事件の再発防止のための策を講じるを学園に要求する、その許可であった。
もとより予に異論はない。それに対し許可を出したところ、公と両侯爵は各々の言い方で礼を述べた。殊にリッテンブルグ侯の言い種は『引く』ものであった。
『愚女に斯くも悲痛な慟哭を吐かしめるとは…陛下には、その王立高等学園の教員に相応しからぬ愚か者の首級を取るを、どうか臣にお許し下されたく』
ゲルハルトもそうであったが、リッテンブルグ侯よ、そなたも親馬鹿であったか…
まぁ致し方ない。アナスタシア嬢とはまたベクトルが違うが、アンジェリカ嬢もまた淑女の名に相応しい、何処に出しても恥ずかしくない貴族令嬢だ。リッテンブルグ侯にしてみれば、目に入れても痛くなかろうて。
◇◆◇
その翌々日、予は先の三つの大貴族家当主と共に、その愚かしい事件の顛末の報告をドラゴラント伯とアナスタシア嬢から受けていた。
その報告によると、その下手人は信じ難いことに、複数ではなくただ一人であった!ただ一人で、後期末試験の考査対象となる全分野に亘って、学園のカリキュラムから大いに逸脱した、現時点で結論の出ておらぬ学説まで引っ張り出して試験問題を作ったというのだ!!
まこと信じられぬ…その執念、もっと有意義な方向に向けようと思わぬのか…
そして、其奴の犯行の動機は、確かにドラゴラント伯の四期連続期末試験満点妨害であった。それによって、『クソ生意気な賎民の鼻柱をヘシ折ってやろう』としたのは事実だが、ついでにアナスタシア嬢の満点も妨害して、『いけ好かないラムズレットの小娘にも痛い目を見せてやろう』というところだったそうだ。
何故そのような事をしたか―其奴は、あの変態の愚か者を支持し、かつ反ラムズレットを標榜する派閥の一員であったそうだ。それで、自身の神輿を決闘で叩きのめし、あまつさえその破滅を齎したドラゴラント伯とアナスタシア嬢に対し、報復しようとして此度の愚挙に出たということだ。
『何とも見上げた忠誠心よな…』
その言葉には、敬意も好意も微塵もない。そのようなことをして、何になるというのか。唯々、呆れ果てるばかりだ。
さてその愚か者から自供を引き摺り出したドラゴラント伯とアナスタシア嬢の尋問であるが、それはもうえげつない代物だったらしい。何でも、拘束した上で風魔法を活用したかまいたちで体をチミチミと傷つけ、それを “痛覚遮断なしで” 治癒することを繰り返したそうだ。
予はそれがどういうことか判らなかったが、それをドラゴラント伯から聞いた時の予とアナスタシア嬢以外の面子は、まさに “ドン引き” と言うに値するものであった。治癒魔法による傷病治癒に当たっては、痛覚遮断魔法を事前に施す必要があるらしい。そうしないと、治癒を受けた者が強い疼痛を知覚するそうだ。
近衛騎士団のヒーラーを担当している騎士が教えてくれたのだが、それはヒーラーにとっての絶対禁忌事項であるそうだ。そのことを彼に咎められた伯は、しれっとした顔で『畏れながら、臣はヒーラーではございませぬから』と答えていた。
…何やら、見てはならぬ伯の一面を見てしまったような気がした。王の威厳を保つのは無論だが、極力彼を怒らせないようにしよう。
最後の一くさりですが、着用済み2点セットを最低最悪の
墓前に手向けさせておいて、それは手遅れって奴じゃないですかね?
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。