おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第14話)
このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。
インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。
…そなたたち、何故そのように笑い声を上げおるのだ?予は、何一つとして変なことを申してはおらぬではないか?
あの変態の愚か者の器量がアナスタシア嬢に遠く及ばなんだことも、そのアナスタシア嬢ほどの佳人に深く愛されておるアレン・フォン・ドラゴラント伯がまこと羨ましく妬ましく憎らしいことも、また事実であろうが?
…まぁ、嘲笑ではないから悪い気はせぬがな。
ドラゴラント伯爵陞爵祝賀晩餐会において、乾杯の音頭を恙なく終えた予は、美食と美酒、また音楽とダンスを皆が楽しんでおる様子を見遣り、その後料理が並べられておるテーブルに向かった。
そこには、エイミー・フォン・ブレイエス嬢が陣取り、自身の取り皿に山盛りに料理を載せていた。見かけによらず、健啖と見える。
これは丁度良かった。彼女とは、一度話をしてみたかったのだ。
『エイミー嬢、予はそのテリーヌを取りたいのだ。済まぬが少し避けてくれ』
そう声をかけると、エイミー嬢はビクッ!と体を震わせた。慌ててテーブルの上に取り皿を置き、こう言っては失礼だが拙劣な淑女の礼を執る。
『へ、陛下!も、申し訳ありません!』
どうやら、驚かせてしまったようだ。申し訳ないことをした。
驚かせてしまったことを詫び、改めて拙い淑女の礼を執るエイミー嬢の姿を見てみた。全体に小作りで華奢な容姿。美しい、というよりも愛らしい、と言う方が相応しい。髪の色に合わせたドレスと眼鏡がよく似合っている。
そこに見られるのは、野の花のような純朴と可憐である。あの変態の愚か者どもをいいように誘惑し、籠絡し、堕落させた悪女の風情は全く感ぜられぬ。
と、彼女のカーテシーの姿勢がぷるぷると震えているのが見てとれた。苦笑と共に、直ってよいことを伝える。
『時に…エイミー嬢は、ダンスは踊らぬのかね?』
ダンスホールの中央では、ウィムレット公子やマーガレット嬢、またイザベラ嬢などの彼女の友人たちがダンスを踊っている。アナスタシア嬢とドラゴラント伯も同様だ。…というか、アナスタシア嬢もドラゴラント伯も決してお互い以外とはダンスは踊らぬであろうがな。
予の問いに対し、エイミー嬢は全くダンスの心得はないと答えた。
『お誘い下さる方はいらっしゃるのですが、その方の足を踏んでしまってはコトなので、全てお断り申し上げております』
その返答に、思わず笑ってしまった。予の笑い声を聞いて、彼女は何故か得意げに淑女の礼をもう一度執った。
それにしても、クラリスが申しておった通り、エイミー嬢は貴族令嬢の嗜みには全く疎いと見える。予がそう言うと、彼女のカーテシーが大きく崩れた。
それでも構わぬではないか。彼女には、素晴らしい治癒魔法の才が宿っておるのだ。こと治癒魔法に関しては、セントラーレン諸侯百家余の令嬢が全員集まろうとも、到底眼前の少女の足元にも及ばぬ。
そう伝えると、彼女はもう一度拙い淑女の礼のまま、賞賛されたことへの感謝と卑賎の身の噂を予の耳に入れたことを謝罪した。
優れた者の噂が、予やクラリスの耳に入るのもまた致し方なきことではあるが、それを伝えると皆必ずこうやって予に謝罪するのだ。何とも、解せぬ話ではある。皆、素直に誇ればよいではないか。
◇◆◇
そこで、予はエイミー嬢に腰を落ち着けての会話を持ちかけた。彼女もそれを諾い、連れ立って椅子が並べられた一角に予が座する。そこでエイミー嬢は姿勢を正し、発言を求めた。それを予が許すと。
『わたくしは、昨年の王立高等学園の卒業進級祝賀パーティーにあって、カールハインツ廃太子殿下に対し、非礼この上ない挙を為してしまいました。今更ではございますが、そのことを謝罪させて頂きたく存じます』
罪人の礼を執りながらそう言われたものだから、正直面食らった。
これはラムズレット公に聞いたのだが、その際にエイミー嬢はあの愚か者どもに対して決闘の共闘者として立候補したのみならず、王族や諸公子をクズ呼ばわりし、激烈な弾劾―いや、公の言葉によると。
『その時のエイミー嬢の弾劾は、控え目に言っても言われた者が心をバキバキにへし折られるような悪口雑言罵詈讒謗だったそうでございます』
…つまり、まぁそのように彼奴らを罵倒したそうだ。
非礼と言えばまぁ非礼ではあるが、そればかりはその非礼の挙を為される側に問題があるだろう。あの愚か者どもがアナスタシア嬢に向けた侮辱は、どのように弾劾されても致し方ない代物だったのだ。
そのことをエイミー嬢に伝え、更には彼女に斯様なことをされては、あの変態の愚か者が彼女を穢さんと穢らわしくおぞましい謀略を企ておったことを謝罪せねばならぬことを伝え、その罪人の礼を解くように命じた。それに対して感謝の言葉を述べた彼女に、予は隣の椅子に座するを命じた。
『ありがとうございます。お言葉に甘えて、ご無礼させて頂きます』
彼女が座するを見て、そこで一旦ワインにて口を湿し、予てより彼女に興味を持っていたことを伝えた。素晴らしい治癒力を誇る治癒魔法を自由自在に操る一方で、愚か者ばかりとはいえ、曲がりなりにも一国の王子や貴顕の諸公子をいいように籠絡し、地の底まで堕落させた蠱惑の才に優れた色恋沙汰の剛の者。
無論、 “賢者” の加護に相応しからぬあの愚物を家名で呼ぶような愚挙はしておらぬ。それは、眼前の少女の逆鱗であるとラムズレット公が教えてくれたからな。
それに対して、如何とも形容し難い表情をその愛らしい美貌に浮かべ、エイミー嬢は答えを返してくれた。
『畏れながら、わたくしは両殿下や諸公子様方を殊更に籠絡したわけではございません。何と申しますか…皆様方がわたくしに最初にちょっかいをかけてきて、そしてわたくしを取り囲むようになったのでございます』
それから、エイミー嬢はその際の様相を予に教えてくれた。あの愚か者どもは彼女に懸想して彼女に傅いていたわけではなく、アナスタシア嬢を貶めるために彼女に傅いていたと。その証拠として、彼奴らはエイミー嬢を褒め称える際には必ずアナスタシア嬢を引き合いに出し、殊更に、それもアナスタシア嬢に聞こえるように貶めていたことと、もう一つ。
『件の卒業進級祝賀パーティーにて、皆様方はわたくしに対し何も料理や飲み物を用意してくれようとしなかったのです。ならば、わたくしが料理や飲み物を取りに行くことを許してくれたかというと、さにあらず。ひたすらわたくしにいちゃつきかかり、その挙を許してくれなかったのです。【料理や飲み物を取りに行かせてくれ】と、わたくしも皆様に頼むべきではございましたが』
成程な。この少女は、何とも押しが弱そうで言いたいことも言えないような風情に見えるからな。況してや自分よりも遥かに格上の身分の諸公子に対して、はっきりとそう言うこともなかなかできぬだろう。
『結局、皆様方はわたくしでなくてもよかったのでございます。アナスタシア様を貶めることこれ叶うのであれば、アレンさん…っと、ドラゴラント伯爵閣下に対してでも、ラムズレット公爵閣下に対してでも、はたまた国王陛下に対してでも傅いていた筈でございます』
…勘弁してくれ!予に斯様な人の道に外れた想いを向けられるなど、到底受け容れることなどできぬわ!おぞましいにも程がある!!
◇◆◇
男が男に傅き、口を極めてその『美しさ』『愛らしさ』その他諸々を褒め称える…それも、一個の女性を貶めんがために。そのおぞましいことこの上ない光景を脳裏に思い浮かべ、危うく嘔気を催しかけた。
『うぐっ…エイミー嬢、まこと勘弁してくれ。予は、男に傅かれて悦に入る趣味は持たぬ。アナスタシア嬢のような絶世の佳人や、そなたのような可憐な美少女を数多侍らすは、些かならず興味があるがな』
予がそういうと、エイミー嬢はもう一度罪人の礼を執った。
『無用の言辞にて陛下のお心を騒がせましたる罪、この通り謝罪させて頂きます。それと、可憐な美少女とお褒め下さいましたこと、まこと嬉しく、この通り心からお礼申し上げます。確かに只今陛下がわたくしをお褒め下さいましたお言葉、王妃陛下のお耳に入るように取り計らわせて頂きます』
エイミー嬢のその言葉に、予は苦笑した。…エイミー嬢よ、その程度のことではクラリスは悋気を起こさぬぞ。
『さし許す。その罪人の礼、解くが良い』
それにしても…あの愚か者ども、どこまで他者を貶めれば気が済むのであろうか…アナスタシア嬢を貶めるためにエイミー嬢を褒め称えるなど、そのようなことアナスタシア嬢に対してのみならず、エイミー嬢に対する侮辱にもなるではないか…
『エイミー嬢…改めて、あの変態の愚か者の愚行、謝罪する。王たる身が人目のあるところで頭を下げるわけにはいかぬから口の端での謝罪のみになってしまい、幾重にもあい済まぬことではあるが…』
予のその謝罪の言葉に、エイミー嬢は目に見えて狼狽した。『そのような』『謝罪など』『どうか、お気になさらず』と短い言葉をあわあわと出す姿が何とも滑稽で、思わず吹き出してしまった。それを見たエイミー嬢が膨れっ面を見せる。
『いや、重ね重ね済まなかった。それはそうと、そなたは何だかんだ言って、彼奴らを誘惑し籠絡していたことは事実ではないのかね?』
『…国王陛下にお答え申し上げます。陛下の仰る通り、確かにわたくしは皆様方を誘惑し、籠絡致しおりました』
『その事情についても、ラムズレット公から教えて貰っておる。公は、そなたはアナスタシア嬢のためにそうしてくれた、と言っていた』
アナスタシア嬢は、あの変態の愚か者のために誠心誠意尽くしてくれていた。…いや、あの愚物のためではない。セントラーレン王国のため、そして民草のためだ。
そのアナスタシア嬢を、あの変態の愚か者は疎んじて彼奴の愚物仲間とつるんで彼女に惨い仕打ちを致しおったのだ。
『それを、そなたは見るに見兼ねて彼奴からアナスタシア嬢を解放したくてあの愚物どもを籠絡し堕落せしめるの挙に及んだと、左様公は申しておった』
その予の言葉を、エイミー嬢は諾った。彼奴のアナスタシア嬢に対する態度は、予が申した通り見るに耐えぬものであったと。
つくづく狭量なことよ…予はワイングラスを傍の机に置き、眉間を抓った。酔いに熱った吐息と共に、嘆きの声が漏れる。
『斯様なことだけはないように、彼奴には何本も釘を刺しておいたのだがな』
アナスタシア嬢は、彼奴よりも遥かに優秀で、更には彼奴が登極した際には強力な後ろ盾となってくれるラムズレット公の愛娘だ。故に、お前は常に彼女を尊重せよ、決して蔑ろにすることなかれ。そう口を酸ゆくして言っておったものだ。
『だのに、どうしてこうなってしまったことか…』
『畏れながら、国王陛下に申し上げます。わたくしは、それがまずかったのではないかと愚考致します。よしんば事実であっても、そのように言い続けられると反発を覚えても致し方なきことかと』
アナスタシア嬢もそうだったが、エイミー嬢もはっきりとモノを言うタチだな。その発言、予が子育てに失敗したと取られてもやむを得ぬぞ…いや、実際に失敗しておるな。アナスタシア嬢もエイミー嬢も、その失敗に引き摺られて酷いことをされかねぬ―淑女の尊厳を踏み躙られ兼ねぬハメに陥ったのだ。
『予も同じようなことをしょっちゅう言われておったでな。クラリスもゲルハルトも、予などより遥かに優秀であった。予はそのことを痛いほど自覚致しおったから、クラリスには予の妻として、ゲルハルトには予が股肱として、共にセントラーレン王国を支えてくれればと、斯様な事ばかり考えておった』
予如きができたのだぞ? “英雄” と “炎魔法” の2つの加護を授かりおる彼奴なら、造作もなくできると思うではないか。
『陛下の大御心のお博きこと、まこと一天万乗の君の度量と心より尊崇申し上げ、敬慕申し上げます。こう申し上げては失礼とは存じますが、カールハインツ廃太子殿下はなぜああも狭量であったかと、甚だ疑問に思いおります。陛下のお姿から、学ぼうとしなかったのでしょうか?』
…気持ちは判るが、一応敬語くらいは使ってやってくれ。気持ちはよく判るがな。…大事なことだから、2度言ってしまった。
『ゲルハルト、クラリス、リヒテンハイム伯…予は、周りの人に恵まれた』
ゲルハルトもクラリスも、予の得難い学友であり、またクラリスはそれに加えて得難い婚約者であった。頼りない将来の主君であり、頼りない将来の夫であったが、『『そのようにご自身を卑下なさいますな。殿下のことを、俺は (わたくしは) 支え甲斐がある、と左様に愚考致しおります』』と言ってくれた。
リヒテンハイム伯は予の家庭教師として、幼少の頃から予を厳しくも暖かく教え導いてくれた。その厳しさを恨んだことも、時々あったがな。
そして、これが一番大事な事なのだが、彼らは決して予に阿ることはなかった。予が道を外さんとした時には、厳しく叱責して正道に立ち戻らせてくれた。彼奴には、そのような友や家庭教師はなかったのやも知れぬ。ウィムレット侯爵家のオスカー公子は、そうしようとしてくれておったのにな…
…と思ったら、何と!エイミー嬢は、リヒテンハイム伯の名を知らなんだというのだ!!…この国の宰相の名を知らぬ貴族令嬢など、他にはおらぬぞ…
『うぎッ…!…か、返す言葉もございません…』
予の苦笑と揶揄混じりの指摘に、エイミー嬢は顔を引き攣らせた。まぁ構わぬではないか。皆が一様に同じような貴族令嬢であっても、面白みがない。貴族令嬢の嗜みに全く疎く、国政を差配する宰相の名も知らぬ貴族令嬢がおっても、それはそれで面白いというものだ。
『…国王陛下にお答え申し上げます。お褒め頂いたものと勝手に解釈致し、誠に忝く、篤くお礼申し上げます』
眼鏡の奥から予に向けた視線をジトつかせ、エイミー嬢は礼を言った。…そのような目をするものではない。折角の愛らしい美貌と、その可憐な容姿や雰囲気に合わせた清楚なドレスが台無しになってしまうぞ?
『ドレスをお褒め頂き、誠にありがたく、篤くお礼申し上げます。このドレスは、アルトムント伯爵家のマーガレット様と、リュインベルグ子爵家のイザベラ様が見立てて下さったものでございます。わたくしも、素敵なドレスを見立てて頂いたことをお二方に感謝致しおります』
そうか、良い友だちを持ったな。大切にするのだぞ。その予の言葉に対し、エイミー嬢は野の花のような可憐な笑みを見せてくれた。
『勅命、謹んで拝命致します』
182話を最低最悪のパパンの視点から描写してみました。
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