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おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第11話)

このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。

インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。

エスト帝国に対し、降伏勧告のため送った特使一行がルールデンに戻ってきた。…1人も死者を出さずに帰ってくることができたのが奇跡だ、とすら嘆じたくなるような、凄惨極まりないボロボロの(てい)で。


特使の話によると、ブルゼーニ地方を抜けてエスト帝国の領域に入った途端、文字通り空気が変わったらしい。我がセントラーレン軍により治安が維持されていたブルゼーニとは全く異なり、カルダチアと帝都を結ぶ幹線街道ですら盗賊や誘拐犯などのならず者どもが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していたそうだ。


文字通り、壮絶極まりない惨状を呈していたそうである。


ならず者どもの襲撃に備えるため、常時戦闘体制を保ちつつ帝都に至ると…そこは文字通り無法地帯と化していた。貴族街や裕福な平民の邸宅はあらかた火をかけられて略奪され、昼夜を分かたず無法者どもの哄笑や女子供の悲鳴が響き、女人は凌辱されて子供や老病人などの弱者たちは甚振(いたぶ)られていたという。


『【黒い鷹も堕ち(ブラックホーク)る光景(ダウン)】とは、まさにこのことかと思わされました』


エストに赴く前とは打って変わって頭髪を真っ白にし、一度に30歳分も老けたかと思われるほど顔に皺を作って骨と皮ばかりに痩せこけた特使は、謁見の間にてげっそりとした声で予に報告した。


こうなってしまったのは、(ひとえ)にアレンの功績―というか、アレンのせいであった。と言うのも、彼はカルダチア陥落後にエスト帝国の帝都に単独で赴き、事の元凶となった魔剣を破却するように要求したもののそれを無視されたので、例の不思議な乗り物で皇宮の上空を飛び、ありったけの爆弾や可燃物を落として皇宮を焼け焦げた瓦礫の山にしてきたそうだ。


結果、エストの皇帝や皇太子、そして諸政務に携わる者たちが悉く『不幸な事故』で逝ってしまったため、帝都内の治安を維持・管理する者が全くいなくなってしまい、帝都内はまさに無法地帯に陥ってしまった、ということだ。


更には帝国内の領地持ち貴族たちは自領を安堵するのに手一杯で、他貴族家の領地や皇室直轄領、()して他国の動向に構っていられなくなってしまったらしい。


そこで、帝都や帝室直轄の地域、また帝室が管理していた幹線街道沿いの地域などは、今や現世に地獄を顕現(けんげん)せしめたような有様になってしまったようだ。


どれほど様相が悲惨なものであったかは予には判らぬが、特使一行がカルダチアの門を潜った際の第一声が『…助かった…!!』であったらしい。


それについてアレンを王城に招聘して話を聞くと、『申し訳ございません…エスト帝国人どもの心を徹底的に折って、二度とアナスタシア様に対する醜悪でおぞましく、穢らわしい陰謀の毒手を向ける気が起きないようにしておきたかったのでございます…』と、悄然とした風情で罪人の礼を執りながら弁明していた。


…そこまで自分を責めずともよい。そもそも、エストの鬼畜どもがアナスタシア嬢に斯様(かよう)な魔手を向けなければ、このようなことにはならなかったのだ。それに、エストのことはエストの者どもが解決すべきことだ。彼の地がどうなろうが、予の知ったことでもそなたの知ったことでもあるまい?


◇◆◇


さてそのアレンへの褒賞の話である。今日も予は王城にラムズレット公を呼び、協議を重ねていた。…事もあろうに、公はブルゼーニ地方全域を領有するブルゼーニ伯爵としてアレンを(ほう)ずるように要求してきおった。


…斯様なこと、できる筈がなかろうが!!アレンは、既にラムズレットの直系寄子となることが決定してしまっておるのだぞ!そのアレンをブルゼーニに封じるなど、実質ラムズレットにブルゼーニをくれてやるようなものではないか!ゲルハルト、そなた何処まで欲をかくつもりだ!!?


こちらとしても頭に来たので、『…左様か。予としては、ラムズレット州内の一都市町村の領主たる子爵に、彼を封じようと思っておったのだがな』と、公が到底受け入れられぬことを言ってやった。


公も流石にムッとした様相で、『それは(いささ)かならずご無体の挙と存じますな。斯様な褒賞は、アレンの大功に比して余りに些少(さしょう)に過ぎませぬか?』と返された。そなたが無茶を言うから、こちらも無茶を言うただけのことだ、文句あるか?


確かに、彼の功績は絶大だ。…いや、絶大すぎると言っていいほどだ。


殆ど彼1人で圧倒的劣勢―否、最早敗勢と言ってもいいほどであった戦況を引っけら返し、難攻不落の代名詞たるカルダチアの陥落、即ちブルゼーニ全土を我が国の版図とせしめるに多大な貢献を為したのだ。この一事のみにて、伯爵陞爵は鉄板、下手をしたら在世中の一代限りの侯爵号の授与にすら値する大功績だ。


のみならず、彼はエスト帝国の帝都に赴き、皇宮を焼け焦げた瓦礫の山にしてしまったのだ。それによってエストの首脳陣が軒並み不帰の客となってしまった結果、完全にエストは無力化されてしまい、我が国の安全保障上の悪夢に出てくることは絶えてなくなってしまった。


更には、そのことを予よりも早くにアレンやアナスタシア嬢から知らされておった公は、ザウス王国の王都フラーヴィに特使を送り、『エストがこないなことになってしもたんやけど、それでもおまはんらうちに喧嘩売り続けはるおつもりでっか?』とザウスの首脳陣に教えておいたそうだ。


『故に、ザウスも我が国の安全保障上の脅威とはならなくなってしまいました。どうぞ、陛下には枕を高くしてお(やす)み下さいませ』


そう、勝ち誇った顔で公は予を下目に見て申しておった。…そのそなたの仕事の速さ、確かにセントラーレン()()にとってはありがたいものであるが、セントラーレン()()にとってはただの脅威でしかないのだぞ?


つまりアレンは、ブルゼーニ全土を我が国の版図とするに当たり立役者を演じたのみならず、我が国の安全保障上の脅威を綺麗に取り除いてしまったのだ。それも、エストにおいては独力で、である。ザウスについては、アレンが蒔いた種をラムズレット公が上手く育てて極上の収穫を得たのだが。


…これほどの大功績、どうやって報いよというのだ…


普通に考えれば、公の言う通りブルゼーニ地方全域を領有するブルゼーニ伯爵…いや、彼一代に限り在世中の公爵号を授与するに値する大功績だ。


…だが、先にも言ったがそれを呑むことは絶対にできぬ。アレンはラムズレットの直系寄子となることが確定しており、彼にブルゼーニを領有させるは、ラムズレット公にブルゼーニをくれてやるのと同義だ。


さすれば、ラムズレット州とブルゼーニ地方、このセントラーレンの2大穀倉地帯をそのままラムズレット公爵家に握られてしまうこととなる。つまり…ラムズレットの力が強くなりすぎてしまうのだ。


セントラーレン国内のパワーバランスや政治的安定を考えると、それは決して好もしいことではない。何よりも、少数与党としてゲルハルトの鼻息を伺いながら(まつりごと)を行うなどと、そんなこと予は死んでもごめんだ。


『無論、これほどの大功に対して子爵陞爵のみに留めるなどと、斯様な無体を英邁な明主に()らせられる陛下がなさるとはとても思えませぬがな』


だから、そなたに英邁な明主とか言われても嫌味にしか聞こえぬと、そう何度も言っとろうが!頼むから、そう言うのはやめてくれ!!


◇◆◇


…とまれ、協議は精々嫌味と無体の応酬に留まり、怒号が飛び交うようなことも、況してや剣戟(けんげき)が始まることもなく、まだ比較的穏やかに進められていた。


そんなある日、公が持ち出した話題は予の意表を衝いた。


『アレンの最終的な爵位と領地を決定する前に、彼を一個の貴族として列せしめたいと臣は愚考仕りおります。陛下には、お許し頂けましょうか?』


…何と!アレンは、まだ貴族に列されておらなんだのか!?


『御意にございます。貴族省に訊いたところ、未だ最終的な爵位と領地が決定しておらぬため、貴族の一員として列するわけにはいかぬ、とのことで』


予には、全く異論はない。あれほどの大功を挙げて、貴族にも列せずに宙ぶらりんの状態に置くなどと、それこそ無体な話だ。


アレンの最終的な爵位はまだ未定だが、少なくとも子爵以上になることは確定している。ならば、子爵位に列すればよいのではないか?


予のその提案に、貴族省の官僚どもが異を唱えおった。…国王たる予の意志に異を唱えるとは、不敬の廉で地下牢に入れられたいか?


『平民から一足飛びに子爵位を得るは、建国期にただ1例あったのみにございます。それも、貴族制度が確立される前の事例で、現在斯様なことをなされては一足に追い越された者たちや追い付かれた者たちとの間に、軋轢(あつれき)が生じかねませぬ』


…何をバカげたことを。追い付かれ、追い越されたくなかったら、自分自身でもアレンと同等以上の功績を上げればよいではないか。…とは思ったが、王としては軋轢の原因となる事例は好もしいものではないな。


『承知した。一足飛びでなければ良いのであろう?』


予はそう言って、侍従長にジュークス子爵を呼ぶように命じた。


◇◆◇


宰相を務めてくれておるリヒテンハイム伯が、予に驚嘆と呆れの混じった視線を向けた。70代も半ばに差し掛かった、小柄で腰の曲がった貧相な老人だが、彼がいてくれるお蔭でセントラーレンの国政が回っておるようなものだ。


『陛下も、思い切ったことをなさいましたな』『何がだ?』


伯は、顎に生えた粗末で貧弱な髭を撫でながら言葉を続ける。


『アレン子爵殿の陞爵の件にございます。領地を持たぬ貴族はままありますが、家名を持たぬ貴族など前代未聞ですぞ。それにその陞爵速度も、でございます。騎士爵を得た翌日に男爵叙爵、その1週間後に子爵陞爵など、これまた前代未聞』

『アレンはそれだけの功績を上げたのだ。それだのに、これまで貴族に列せられなかったなど、そのような無体な話があるか』


伯はティーカップを持ちながら、『アレン殿の大功は臣も存じおりますが…』と言った。予は、この日伯を昼食に付き合わせていた。一昨日、伯にはアレンの子爵陞爵式典にて彼に子爵陞爵の辞令と式典時に身に付ける飾緒(しょくしょ)を手渡して貰ったのだ。


『それにしても、あの通り清潔感に満ちた端正な容姿の若者ですが、それほどの大功を挙げたとは正直信じられませぬな。それほどの大英雄、傑物らしい武張った雰囲気は、あまり感ぜられませんでした』


老人ではありながら、伯は自前の歯をしっかり保っておるようでその言葉は明晰である。自前の歯は健康長寿の秘訣であるからな。重畳(ちょうじょう)重畳。


『能ある鷹は爪を隠す、人は見かけによらぬものというからな。予とても、眼前の小柄で腰の曲がった貧相な老人が、優れた政務能力と利害調整能力を持つ有能辣腕の政治家貴族だとは努々(ゆめゆめ)思わぬわ』


伯は憮然とした顔をそっぽに向け、『…お戯れを』と呟くように言った。


◇◆◇


アレンの最終的な爵位が伯爵に決定した。…と言うか、ラムズレット公に寄り切られた。更に言えば、アレンが領有する領地まで王家直轄領を割譲して授与することになってしまった。その意味では、押し出された。


しかしながら、ブルゼーニをアレンの領地にすること、即ちラムズレットにくれてやることだけは何とか阻止することができた。その意味では、うっちゃった。


しかも彼の地を王家直轄領にすることについても、公からの異論は出なかった。その意味では、立ち合いからの変化から(はた)き込んだ。


更に言えば、アレンが領有することを希望した地域。それを聞いた時、予は望外の僥倖を得た思いになった。彼の地は痩せていて農業による殖産興業は期待できず、目立つ鉱産物もない。おまけに、強力かつ凶暴な魔物であるワイバーンやワイバーンロードなどがうようよと飛び回り、また周辺を彷徨(うろつ)いている。


領地として欲しがる貴族など誰もいなかったため、しょうことなしにセントラーレン王家が王家直轄領として支配していた、というより放っておいたのだ。


その、不良債権にも近い代物を、巨大すぎて始末に困る大功績を挙げたアレンが領地として引き受けてくれるのだ。その意味では、こちらの(まげ)を先方が引っ張ってくれた。僥倖に過ぎ、どこか他の場所で(わざわい)が起きぬか心配になるほどであった。


ラムズレット公とアレンに対し、アレンが彼の地を領有することを許可した際に何やら2人して悪い笑みを浮かべておったような気がしたが…まぁ気のせいだろう。


この紆余曲折を経て、『ドラゴラント郡』を領有する、『アレン・フォン・ドラゴラント伯爵』が誕生する仕儀と、()く相成ったのである。

強権で治安を維持していた政治権力が瓦解してしまったら、

モヒカンがバイクでヒャッハーでリアルヨハネスブルグになっても

おかしくないですよね?


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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