おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第7話)
このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。
インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。
粗方謁見の間での話を詰め終わり、予とクラリス、そしてラムズレット公はアレンの礼儀作法に完全に則った臣下の礼を、そしてエイミー嬢の全く様にならぬ淑女の礼を受けた。彼らは、これにて謁見の間を辞するのである。
彼らはこれから、アナスタシア嬢やマーガレット嬢、そしてイザベラ嬢を見舞いに医務室に向かうのだが、そこで予は彼らに託を頼んだ。万一にも諸令嬢がエストの魔手に堕ちぬように、彼女たちを王城で保護することを伝えて欲しいと。
『承知致しました。国王陛下のお言葉、確かにアナスタシア様とマーガレット様、そしてイザベラ様にお伝え申し上げます』
アレンは端然たる臣下の礼を崩さぬままそう答え、またより深く頭を下げたエイミー嬢の淑女の礼は崩れぐらついた。
◇◆◇
アレンとエイミー嬢が辞した後も、ラムズレット公には謁見の間に残って貰った。エストの鬼畜どもが打診してきた、アナスタシア嬢とウラディミール第四皇子の婚約の儀は、絶対に受けるわけにはいかない。断る以外に選択肢はないのだが、そうすると確実にそのことを口実にしてエスト帝国軍が我が国に侵攻して来る。
エストの国力と軍事力は大陸最強であり、まともにこれと当たれば我がセントラーレン軍は大苦戦を強いられるのは必定である。それを、如何にして退ければよいものであろうか…予には、良い手は思いつかなかった。
その懸念をクラリスとラムズレット公に話すと、公は徐に口を開いた。
『その儀につきましては、どうぞアレンをお使い下さいませ』
『アレン卿を?ラムズレット公、それはどういうことにございますか?』
『どうやら、あ奴は戦における秘策を持ちおるようにございます』
秘策?アレンは、どの様な秘策を持っておるというのだ?
その予の問いに答える前に、公は顔と声を苦らせて前置きを置いた。
『両陛下には、事もあろうに愚女とあの慮外者が想いを通わせ合いおること、お気付きになられたかと存じます』
…そのように苦い顔をするものではない。あの通り初々しく微笑ましい2人、仲を認めてやってもよいではないか。
『…陛下ッ!お戯れも、ほどほどになさいませッ!!』
そう憤るものではない。心暖まる冗談ではないか。
『…陛下は相変わらずでいらっしゃいますな…しょっちゅう斯様なよからぬ冗談を飛ばしては、先王陛下に叱責を受けておられました。臣や現王妃陛下、当時のクラリス嬢が取りなさずば、きっと勘当・廃嫡されておられましたぞ?』
…痛い所を突きおるわ…予の父親、先王マンフレート・ウィルヴァルト陛下も、ゲルハルトやクラリスと同様の堅物で予の冗談を好まれなかった。
『まこと、公の仰る通りにございます。陛下、少しはお控えなされませ。ですが、確かに公や陛下、それに妾の立場上軽々に認めるわけには参りませぬが、アナスタシア嬢とアレン卿の姿は微笑ましいものでしたわ』
ラムズレット公はそのクラリスの言葉に溜め息を吐いた。
『…王妃陛下におかれましては、国王陛下が感染られましたか?…失礼、話がずれましたな。そこで、アレンめの実力、確かに衆に優れたるものであることを臣も確認致しましたため、愚女と結ばれたいのであれば3年のうちに愚女を娶れるだけの地位を得よ、と条件を付けたる仕儀にございます』
アレンも見事な物よ。ラムズレット公から、それほどの譲歩を引き出すとは…思わず予の口から口笛が漏れた。…先王陛下や先王妃陛下、それにクラリスに国王の品位を疑われるからやめよと何度も説教されたが、この癖はなかなか消えてくれぬ。
『その際に、臣はあ奴を恫喝致しました。死んだほうがマシだと思えるような、地獄が極楽浄土に思えてくるような過酷な戦場に叩き込んでやると。それに対し、あ奴は【それほどの過酷な戦場であれば、大功の立て放題、アナスタシア様のお横に立つに足るだけの地位を得る機会、これ以上のものはございません】と返答致し、臣に礼まで申し上げたる次第にございます』
『つまり…アレン卿はどれほど過酷な戦場であっても決して戦死することなく、大功を立て放題に立てることができると、そう申されたのですか?』
『王妃陛下、左様にございます』
また予の口から口笛が漏れた。横にいたクラリスがじろり、と予を睨めつける。…どうしても出てしまうのだ、大目に見てくれぬか?
『つまり…近いうちに必ず起こるであろうエストの侵攻に対し、アレンを使ってこれに抗するの道を採って頂きたく、臣はお願い申し上げる次第に存じます』
『公がそう申すのであれば遠慮なくアレンを使わせて貰うが、そのアレンの秘策とやら、どの様なものであるか?』
『…申し訳ございませぬ、それは臣も存じ上げませぬ』
そう言って、ラムズレット公は頭を下げた。…それにしても、アレンがその “秘策” とやらを用いてエストとの戦争で大功を挙げ、そしてアナスタシア嬢を娶ること叶うだけの地位を手に入れても、公はそれで構わぬと言うのであろうか?そうなってしまったら、公は娘を平民出の自家家中に奪われてしまうことになるのだぞ?
その問いに対し、公は予やクラリスから顔を背けて呟くように言葉を発した。
『…娘の幸せを願わぬ父親など、何処にもおりませぬ』
…確かに、想い合っている男と結ばれるというのは、女性にとって最高の幸せの源泉となり得る事象であろう。…だがゲルハルトよ、顔を背けてもそなたの口の端が吊り上がっておったのを、予は確りと確認致したぞ?
そなたは、アレンが主力となってエストの侵攻を退けるを、半ば確信致しおるのであろう?そして、それほどの大功を挙げた有能強力な青年貴族を、ラムズレットの寄子として繋ぎ止める駒として、アナスタシア嬢を利用しようとしておるのだ。
…そうそうそなたの計算を、成立させてやる訳にはいかぬな。何時か、アレンをそなたから引き抜き、予の貴重な手駒にしてくれる。
その時には、アナスタシア嬢には少し、いやかなり、いや甚だ、いやこの上なく申し訳ないことになってしまうやも知れぬが、これもセントラーレン王家、ひいてはセントラーレン王国の安寧の為なのだ。悪く思ってくれるなよ?
◇◆◇
その数日後、エスト帝国から使者が送られてきた。その使者は、傲慢横柄なことこの上ない口調でウラディミール皇子とアナスタシア嬢との婚姻が結ばれれば、セントラーレン王国にとって裨益の多大なことこの上ないことを捲し立ててきおった。
『畏れながら、アナスタシア嬢はその瑕疵多大なるによってカールハインツ王太子殿下に婚約破棄を宣告されたと聞き及びおります。斯様な令嬢を、ウラディミール殿下は寛大なるお心にて生涯の伴侶となさろうと仰せなのです。この婚儀によって、我がエスト帝国とセントラーレン王国との間に修好が結ばれれば、セントラーレン王国にとって重畳この上なき事かと』
その言葉に対し、ラムズレット公は危うく怒気を発しかけ、そして予は嘆きの溜め息を吐いた。あの変態の愚か者との婚約破局について、アナスタシア嬢の瑕疵は全くない。この婚約破局に当たって責められるべきは、あの変態の愚か者唯1人だ。
やがて、ラムズレット公は怒気を溜め息にて発散し、静かに口を開いた。
『左様、斯様な瑕疵多大なる愚女にはウラディミール殿下の生涯の伴侶となる資格など、全くございませぬ。かの愚女には、修道院にて己の罪を生涯懺悔する人生を送らせる所存にございます』
『使者殿、今のセントラーレンの王太子はカールハインツではない。かの者は【急病死】致したる故、彼奴の同母弟のルートヴィッヒが再太子致しおる』
これだけは、言っておきたかった。この大陸における、 “急病死” の意味は、大陸全土共通だ。つまり、 “人目を憚る死に方をした” という程度の意味である。
その発言により、予はこの非礼極まる使者に対して『この婚約破局の主因は、アナスタシア嬢ではなくあの変態の愚か者にある』と宣告したのだ。
『とまれ、斯様な不肖の愚女を偉大なるエスト帝国の第四皇子殿下の正妻となさるなど、ウラディミール殿下の御名の穢れともなりましょう。何卒その儀はお許し頂きたく、皇帝陛下にお伝え下さいませ』
そうラムズレット公が言い終わるや否や、その使者は見苦しくも絶叫した。
『こっ…後悔なさることになりますぞ!!』
そう言って、倉皇と使者が応接室を出て行った後に、かの不思議な術を以てその場に居合わせたアレンがその姿を現し、憤慨を隠し切れぬ声を発した。
『…国王陛下、公爵閣下、発言をお許し下されたく』
『さし許す。アレンよ、申してみよ』
『国王陛下には卑賎の身の発言をお許し下さいましたこと、誠にありがたく、心よりお礼申し上げます。…私は鉄の弾を超高速にて発し、敵手を殺傷する術を持ちおります。かの使者に対し、その術を用いなかったことをお褒め頂きたく、伏してお願い申し上げる次第にございます』
冗談にしては、随分と深刻な声の色。それは、想い人を斯様に悪し様に言われれば悪い感情も湧くだろうて。
◇◆◇
その後の事態の推移は急速だった。
かの横柄な使者が『賊に襲われて』殺害され、予測通りそのことと婚約を断ったことを口実にしてエスト帝国が我が国に宣戦を布告し、ブルゼーニ地方の西側、セントラーレン領となっている場所に侵攻した。…かと思うと、ザウス王国の在セントラーレン大使までもが本国に帰国しおった。
事ここに至っては、ザウスからの宣戦布告、そしてザウス王国軍の侵攻があってもおかしくない。予てからの打ち合わせ通り、ラムズレット公に本領に帰って貰う仕儀となった。その、公がラムズレット本領の領都ヴィーヒェンに向かう当日。
『公よ、ザウスの侵攻があった際にはよしなに頼む。…済まぬが、南方に置きおるセントラーレン本軍はあれが手一杯で、援軍は出せそうにないが…』
『些か厳しゅうございますが、何とか耐えて見せましょう。愚女を、よしなにお願い申し上げます。あと…アレンを、存分にお使い下さいませ』
『心得た。アナスタシア嬢のこと、確かに不自由のないようにおもてなし致す故、そこは安心して欲しい。アレンについても、存分に使わせて貰う。それから…』
この程度の軽口は、許されるであろう。
『公よ、予はアナスタシア嬢とアレンの婚儀の席で、そなたにNDKしてやるつもりでおる。くれぐれも、予からその楽しみを奪ってくれるなよ?』
その軽口に、公は先王陛下まで引き合いに出して苦言を呈しおった。この堅物め。
やがて、アナスタシア嬢やアレンとも別れの挨拶を交わし、公はラムズレット公爵家の家紋が示された馬車の中に乗り込んだ。
◇◆◇
エスト帝国の侵攻とともに、我が国は戦時体制に移行した。騎士や戦士は言うに及ばず、平素戦闘に携わることはない臣民たちの中にも徴兵令が出され、王立高等学園をはじめとする中学校より格上の諸学校―専門学校や大学など―の学生たちも、志願制とはいえ学徒動員により戦に駆り出されることとなった。
王立高等学園の学徒動員では全生徒の3分の2ほどの生徒たちが応召してくれたそうで、『これほど多くの生徒たちが応召してくれるとは…正直嬉しい誤算ですな』とジュークス子爵が言っておった。
無論、その中にはアレンも加わっておる。また、ウィムレット公子も応召してくれたということだ。…どうやら、ウィムレット侯は子に貴族の何たるかを過つことなく教えたようだ。予も彼を見習って、ルートヴィッヒこそは真の国王たるに相応しい人品に育てなくてはならぬ。
…彼奴も変態で愚か者ではあるが、戦時には民草のために彼らを背に庇って戦場に立つ、その王族貴族の責務を放擲するほどの臆病者ではなかっただろう。…今更、死児の齢を数えても詮なきことではあるがな…
学徒動員の下りについて、ニヤリとして頂けたら幸いです。
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