おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第6話)
このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。
インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。
王城に戻ってきたラムズレット公と学園から王城に登城したアレン、そして学園から招聘したアナスタシア嬢とマーガレット・フォン・アルトムント伯爵令嬢、イザベラ・フォン・リュインベルグ子爵令嬢、またエイミー・フォン・ブレイエス男爵令嬢が待つ謁見の間に王妃共々足を踏み入れ、その場に臣下および淑女の礼を執り続けている者たちに視線を送った。
公とアレンの臣下の礼は礼儀作法の教典に完全に則った端正な物であり、アナスタシア嬢やマーガレット嬢、またイザベラ嬢の淑女の礼も完璧無欠な美しいものである。だが、エイミー嬢の淑女の礼は…
いっそ滑稽なほど拙い、なっていない代物であった。お辞儀をする角度は彼女だけ妙に高く、軽く曲げた膝もスカートの裾を軽く摘まむ手も震えている。
流石に滑稽を通り越して哀れになってきたので、『苦しゅうない、直れ』と声をかけてやった。すると、エイミー嬢は見事なほどの凄まじい勢いで淑女の礼を解き、その場に直立不動になる。その様子を真横で見ていたマーガレット嬢の目には、呆れの色がありありと出ていた。
かつて言ったこともあるが、このエイミー嬢にも興味を唆られた。華奢で小作りな、いっそ儚げなくらいに細すぎるほど線の細い容姿と緑色の瞳を持つ、髪の色と合わせた桃色の縁の眼鏡をかけた美少女。
決して邪な意味ではない。確かに可憐で庇護欲を唆る雰囲気を発しているが、そのような欲望の対象にはならぬ。何と言っても、ヴォリュームがなさすぎるのだ。特に胸とか、腰回りとか、ヒップとか。
素晴らしい治癒力を誇る治癒魔法を自在に操る凄腕のヒーラーであり、またあの変態の愚か者とその取り巻きどもをいいように誘惑し、籠絡して堕落させた色恋沙汰の剛の者であるとも聞いた。だが、その容姿からは斯様なことは想像もつかない。
一体エイミー嬢は、どのようにしてあの変態の愚か者どもを籠絡したのであろうか?彼女の姿からは、色仕掛けで男に迫る様子はとても想像がつかぬ。
◇◆◇
…いかん、話が猛烈にズレた。これでは、予がエイミー嬢に懸想してしまっておるようではないか。寧ろ、予はメリハリの効いたグラマラスな肢体を持つ女性の方が好みなのだ。具体的には、アナスタシア嬢とか…
…いかん!斯様なことを考えておったとクラリスにバレたら、あの金剛石を嵌め込んだ指輪を付けた右手で裏拳を喰らってしまう。況してやラムスレット公にバレた日には…彼に手袋を投げつけられてしまう。そして、彼は決闘に当たって刃を寸分の隙なく研ぎ上げた剣を携えてくるであろう。
…気を取り直して、改めてアレンにエストへの潜伏行の首尾を問うた。既に内容は公と予は確認しているが、アナスタシア嬢をはじめとする諸令嬢たちにも、この内容を理解して貰わなくてはならない。諸令嬢、殊にアナスタシア嬢には惨い話ではあるが、この内容を彼女たちに理解して貰い、ラムズレット公やアレンと相談したように彼女たちを王城で保護しなくてはならないのだ。
アレンは痛苦にその端正な顔を歪め、諸令嬢―特に、アナスタシア嬢に気遣う言葉をかけた後、例の音声を記録できるという魔道具を取り出した。
◇◆◇
諸令嬢の反応は、甚だ痛ましいものであった。あまりと言えばあまりなエストの鬼畜どもの醜悪を極める陰謀をまともに聞かされて、マーガレット嬢とイザベラ嬢は嘔気を猛烈に刺激されたのか両手で口を押さえ、その場にへたり込んでいた。
またまともにこのおぞましい陰謀の標的にされていたアナスタシア嬢は、その美貌を蒼白にさせ、蒼氷色の瞳を擁する目には涙の粒が浮かんでいる。
一方で、エイミー嬢は激怒にその愛らしい顔を歪め、『死ね…マヂで死ね…氏ねじゃなくて死ね…この上なく悲惨な死に方で死んじまえ…!!』と、地獄の底から搾り上げたような、どこか既視感のある声で呟いていた。
…かと思うと、ふ、と彼女はイザベラ嬢の方を向き、そして暫くして。顔から血の気を失せさせ、嘔気を発したか両の繊手で口を覆った。…時間差でこの穢らわしい陰謀に対し、嘔気を催したのであろうか…?
予が近衛騎士たちに対し、マーガレット嬢とイザベラ嬢を医務室に連れて行くように命じ、エイミー嬢に対しても医務室で手当を受けるかどうか聞いたところ、彼女はその儀には及ばず、寧ろアナスタシア嬢をこそ思い遣って欲しいと答えた。
…かつて公が言っておったな。『愚女は、エイミー嬢のことを【その言動は少し、いやかなり、いや甚だ、いやこの上なく奇矯ですが、慈愛の精神を持った、気高く心優しい少女です】と申しておりました』と。
自身も嘔気を催したというのに、他者を思い遣れるその心根は確かにアナスタシア嬢の言う通りだな。…それ以前に、彼女に言われるまでアナスタシア嬢が最も辛い思いをしていたことに気付かなんだとは…我が身の魯鈍に恥じ入るばかりだな。穴を掘って埋まりたい思いだ。
そのアナスタシア嬢は、エストの鬼畜どもの醜悪な悪意に打ち据えられてなお、憔悴しつつも気丈な姿を見せていた。…くれぐれも、無理はしてくれるなよ…
◇◆◇
アレンが全ての情報を開陳し終えた時。アナスタシア嬢は精魂尽き果てたかのようにへたり込み、眦からぼろぼろと涙を流して口を抑えていた。
惨い話を聞かせてしまったことを詫び、医務室にて手当を受けるや否やを問うと、彼女は嘔気を無理矢理に飲み込み、醜態を見せてしまったことを詫びつつも手当を受けさせて欲しいと希った。
ならばと、彼女を医務室に連れて行くようにと近衛騎士たちに命じたところ、彼女はそれを謝絶した。…見たところ、碌に立ち上がることも叶わぬ風情だのに、どうやって騎士たちの手を借りずに医務室に行くつもりなのか?
と思っていたら…何と!アレンに抱き抱えて貰って医務室に連れて行って欲しい、その儀をアレンに命じて欲しいとは…!…つまり、そういうことだったのか!!
…思わず予は、クラリスと顔を見合わせてしまった。そのクラリスは、口を扇で隠しもせずに悪い笑みを溢した…かと思うと、やおら扇を畳んでそれを己の首に置き、悪い笑みを崩すことなくそれを軽く引いた。
…判っておる。これほど初々しい、微笑ましい2人の逢瀬を邪魔するは、その罪まこと赦し難きもの、万死にも値しようぞ。
一方でアレンは、はっきりと判る程に顔をリンゴ色に染めておる。これは…アナスタシア嬢のみがアレンに懸想しおるわけではなく、アレンもアナスタシア嬢のことを…つまり、互いに想い合っておる、ということだな。
ラムズレット公は苦虫を100匹単位で噛み潰したような顔をしておる―まぁ彼の感情も判らぬではないが―が、これほど面白い見ものもそうはあるまい。
…成程、それでここ最近ラムズレット公が随分と機嫌を傾ける様子を見せておったのだな。貴重な政略結婚の駒たる娘が、事もあろうに平民出の自家の家中と想いを交わし合っていたというのだから。
それはともかく、早速予はアレンに対し勅命を下した。アナスタシア嬢を医務室まで連れて行って差し上げよ、と。…尤も、その際に場所が判らねば案内を付ける、と言ったのは失敗であった。…まこと、それはクラリスの言う通り野暮、無粋というものだ。まこと、小さからざる反省事項である。
そのことについて、その後クラリスに叱られてしまった。
…それはそれと、予もクラリスも、あの変態の愚か者を婚約者に宛てがうなどと、とんだ惨い仕打ちをアナスタシア嬢にしてしまった。その罪滅ぼしに、彼女の想いを叶えるべく力になってやってもよいかと思う。
…だからゲルハルトよ、そのように不機嫌そうな顔をするものではない。そなたも、かつてアナスタシア嬢と同じようなことをしておったではないか?
◇◆◇
アレンがアナスタシア嬢を横抱きに抱き抱えて謁見の間を辞した後も、ゲルハルトは機嫌を直さずにぶつぶつとぼやいていた。…気持ちは判るが、いい加減うざい。少し、黙らせてやるとしようか。
そこで、予はクラリスとともにゲルハルトと今の彼の奥方―当時のエリザヴェータ嬢との馴れ初めを、エイミー嬢に教えてやることにした。まこと、あれはロマンティックで情熱的で、恋愛小説の題材にもなりそうな話であったからな。
ゲルハルトの落馬に端を発したエリザヴェータ嬢との馴れ初めに、エイミー嬢は津々たる興味を持って聞き入ってくれた。やはりそこは、年頃の少女だな。
ゲルハルトはそろそろ40の坂も半ばに差し掛かろうかといういい中年であろうに、顔を真っ赤に染めた挙句頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。『陛下…寄子の子弟に対し、何ということを仰せですか…』と呻き声を上げながら。
よいではないか。恥ずかしいことでも悪いことでもない、寧ろ先代ラムズレット公ご夫妻の険悪な剣幕も物ともせず、己の意思を貫き、とうとうご夫妻にエリザヴェータ嬢との婚約を認めさせてしまったのだぞ?ゲルハルトよ、そなたのその気概こそ名門貴族の当主に相応しいものだ。
しかし、当時のラムズレット家やその寄子・分家たちに、ラムズレット公爵家を継ぐに足る人材がおらず、殊にゲルハルトの弟が碌に勉学も魔法も体術・剣術も収めず、飲酒や賭博や買春などの悪事・愚挙に耽る愚物であり、最終的に “急病死” させられたことを言ってしまったのは大失敗だった。
それを聞いたゲルハルトは意趣返しとばかりに、こう言い放ったのだ。
『あの愚物は確かに、カールハインツ廃太子殿下を彷彿とさせましたな』
…全く反論できなかった。確かにあの変態の愚か者がアナスタシア嬢に対して為した仕打ち、為さんとしていたことを思い返せば、そう言われても致し方ない。
予とクラリスが打ちのめされる姿を見、またエイミー嬢の “ドン引きした” 視線を受けて、流石に反撃がきつすぎたと見たゲルハルトは、罪人の礼を以て謝罪してくれた。…謝罪の儀は無用である。予も、調子に乗りすぎた。これからは、あまりゲルハルトをこのネタで揶揄わないようにしよう。
◇◆◇
そうこうしているうちに、アレンが戻ってきた。どうやら、アナスタシア嬢との逢瀬はほどほどに済ませたようだ。…まぁ、医務室にはマーガレット嬢やイザベラ嬢、それに医師や看護師もいるからな。そうそう大っぴらに、他者の目があるところでいちゃつくわけにも行くまい。
そのアレンに向けたゲルハルトの目は、変わらず微妙に険悪であった。…ゲルハルトよ、そなたが言うほどアレンは遅くなっておったわけではないぞ?
そこで、アレンの “手土産” を開陳して貰う仕儀となったのだが、その前にアレンがクラリスに忠告していた。この “手土産” 、淑女には刺激が強いもの故辛ければ目を背けるように、と。…それを聞いたエイミー嬢が眼鏡越しにアレンを見る目が、微妙にジトついておったのは、一体どういうことであろうか?
それに対し、クラリスが多少のことでは動じぬ旨アレンに告げ、そこで改めてその場にいる者たちの前にアレンが示してくれたものは。
エスト帝国の宮廷魔術師長、ギュンター・ヴェルネルの首級であった。
これは確かにアレンの言う通り、上々の手土産だ。何しろ、エストの奸策の大いなる源泉の一を絶って来たのだからな。…赤にも白にもロゼにも合いそうにないのは、残念至極ではあるが。食したら、猛毒に中って死ぬことは必定だ。
この手土産、アレンは『お納め頂けたら幸甚に存じます』と言ってくれたが、正直こんなもの要らぬ。確かに敵国の重鎮を暗殺した証拠ではあるが、こんなもの何に使えと言うのか?煮ても焼いても到底食えそうにないし、まさか王城内に1インテリアとして飾るわけにもいかぬではないか。
予もクラリスも斯様なものは要らぬし、アレンの好きなように使えばよい。そう伝えて、その物騒な “手土産” を下げて貰った。
◇◆◇
さて今回見事任を果たしたアレンへの褒賞である。予は嘗て彼に約したように、騎士爵の授与を以てこれに報いんとしたが、そこにゲルハルトが横槍を入れた。
曰く、騎士爵授与は帝都内での諜報活動成功に対する褒賞であり、加えてアレンは帝国の宮廷魔術師長を暗殺し、その首級を取ってきた。これに対して騎士爵授与のみに留めるは、褒賞が些少に過ぎる。合わせ技で、男爵叙爵が妥当であると。
…言うことは判るが、男爵の爵位を得てしまえばアレンは歴とした貴族となる。さすれば、ゲルハルトはアレンとアナスタシア嬢の婚約を認めなくてはならなくなるのではないか?そなた、それでも良いと申すか?
その反論は、ゲルハルトに一蹴されてしまった。
それはそれ、これはこれだと。信賞必罰の実なくんば、セントラーレン王家に対する諸侯百家余の忠誠も揺らいでしまうと。
更に言えば、たかが新興男爵風情が公爵家の娘を娶ろうとするなど、厚かましいにも程がある。そう言って、ゲルハルトはアレンの左肩を掴んだ。余程強い力で掴んだと見え、アレンの顔が痛みに顰んでいる。
…ゲルハルトよ、そのように婿いびりなどするものではないぞ?まこと、見苦しいことこの上ない代物であるからな?
原作におけるクズミーと昏主暗君の会話はどんなものであったか、
ちょっと興味があります。
まぁどうせクズミー全肯定なんでしょうけどね。
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