表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/255

おまけ その4 (セントラーレン国王視点) 最低最悪の父親は逃した魚の大きさを嘆く (第4話)

このおまけは、頂いた感想に対する返しからインスパイアされました。

インスピレーションを与えて下さった従二位中納言様に、篤くお礼申し上げます。

かの愚か者どもを断罪した後の、あの変態の愚物を支持する派閥に所属していた者たちの右往左往ぶりは、当人たちにとっては深刻であったのであろうが、予にとっては何とも滑稽な代物であった。何しろ、ウィムレット侯やバインツ伯、それにジュークス子爵以外の面子を己の派閥に受け入れようとする者はおらなんだからな。


因みにこの3人であるが、ちゃっかりとラムズレット公が自身の派閥に組み込みおった。ゲルハルトの奴、如何様(いかよう)な魔術を使って彼らを自派閥に組み込みおったか…


まぁそれはそれでよい。再太子となることが確実視…否、既定路線に乗っておるルートヴィッヒの、岳父となることが確実視―いや、これも既定路線に乗っておるな―シュレースタイン公の派閥に、これまで洞ヶ峠を決め込んでおった者が次々と加わっておるからな。更に、彼は元々の地盤である北部諸侯をしっかり固めておる。


このまま手を(こまぬ)いておれば、シュレースタイン公の勢威は我がセントラーレン王家をも凌ぐものとなり兼ねぬところだ。そこに、上の3家をラムズレットが取り込んでくれれば、ラムズレット閥とシュレースタイン閥との均衡が取れる。


さすれば、その均衡を我がセントラーレン王家が左右することによって、両家を牽制することが可能になる。言うなれば、我がセントラーレン王家がキャスティングヴォートを握っておるようなものだ。


まぁインノブルグ公には…西部諸侯にしっかり睨みを効かせてくれておればそれでいい。それが、セントラーレン建国以来のあの家の務めだ。


なお、シュレースタイン公に連れられてキールブルグからルールデンに戻ってきたルートヴィッヒには、無論の事ながら遺漏なく予とクラリスから謝罪した。冤罪から守ってやれなくて済まなかった、と。


それに対し、ルートヴィッヒはこう答えてくれた。


『【両陛下】、謝罪はご無用に願います。少なくとも、お二人は【私】を信じて下さいました。それに、冤罪でキールブルクに送られたのは悲しかったですが、そのお蔭で私はフロレンツィア嬢と出会うことができたのです』


その後、予とクラリスはルートヴィッヒの惚気を延々と聞かされるハメに陥った。フロレンツィア嬢がどれほど心優しく、気高く、美しく、而して冒しがたい尊厳に満ちた淑女の鑑であるか、彼はかつて自身に掛けられた冤罪を否定するよりも熱心に身振り手振りを交えて熱弁したのである。


予やクラリスの辟易をものともせずにフロレンツィア嬢への愛を熱く語らうルートヴィッヒの、まだ少年らしいあどけなさを残す顔には、毅然たる精悍さが宿っていた。冤罪によって嘗めさせられた苦汁とシュレースタイン公の教育は、彼を大きく成長させてくれたのである。


その後、ルートヴィッヒはフロレンツィア嬢との結婚許可を予とクラリスに(こいねが)った。…それについては、予もクラリスも異論はないどころか既に既定路線に乗っておることを彼に伝えると、彼は両の握り拳を天に突き上げて歓喜を爆発させた。


その歓喜が、ルートヴィッヒの冤罪の偽証を為した者どもへの処置について、後に彼が寛大な処置を予に進言する仕儀と相成ったのやも知れぬ。


…なお、予は後にルートヴィッヒが致したると同様な惚気を他のとある者から散々聞かされるハメに陥るのだが、まぁそれは別の物語である。


◇◆◇


それ以来、セントラーレン王国を騒がすような事件は起きなかったものの、ちょうど7月の終わり頃からラムズレット公が機嫌をやや傾けているような風情があった。時折顔を顰めて眉間に皺を寄せ、口を『ヘ』の字にすら曲げている。


一体何事があったのか、訊いてみたことがあった。それに対する彼の返答は。


『特に…何事もございませぬが?』


そうは言っていたが、時折『あの慮外者と愚か者が…』『あの者たちも大概だ…貴族令嬢たる身が、一体何をトチ狂っておるのか…』と、妙に険悪な様相で独語を発している。一体何があったのか…それが判明したのは、9月も第2週に差し掛かったある日、エスト帝国からある打診があった後のことだ。


アナスタシア嬢と、エスト帝国の第四皇子ウラディミールの婚約の打診。それをエスト帝国の使者が齎した際には、予もラムズレット公も、またその当事者であるアナスタシア嬢も困惑と疑惑を禁じ得なかった。


公にもアナスタシア嬢にも甚だ申し訳ないことなのだが、あの変態の愚か者のせいでアナスタシア嬢には【一度婚約が破局に至った傷物の貴族令嬢】というレッテルが貼り付けられてしまっている。そのような貴族令嬢を、如何(いか)に皇后の子ではないとはいえ帝室に連なる一員たる皇子に(めあわ)せるなど、必ず裏がある。


決して、帝国の使者が言うような【両国の修好のために、エスト帝室とセントラーレン王家に連なる者が婚姻を結ぶべきである】などという理由ではあるまい。


その真意を確認したいところだが、何分ルールデンとエスト帝国帝都は遠い。それだけでなく、おそらくその真意を確認するためには帝都の皇宮内に潜入し、情報を収集してこなくてはならない。


果たして、我がセントラーレン王国からエスト帝国帝都に潜入し、あまつさえ皇宮内に潜入することができるような者がいるであろうか…


…いた!前者の存否は判らぬが、後者にはアテがある。


かつて、かの変態の愚物と彼奴の取り巻きのジュークス公子とバインツ公子…いや、その呼び名は正しくないな…かの愚か者どもは、最早ジュークス子爵家やバインツ伯爵家から除籍されてしまっておるのだから。


…おや?『ご理解頂けたんですね、こ・く・お・う・へ・い・か?』という、かつて聞いたことがあるような可憐な少女の鈴を鳴らすような美しい、(しか)して地獄の底から響いてくるような、人間の恐怖心を根底から揺さぶるようなおどろおどろしい声が、今さっき予の耳を打ったような気が…


そ、それはともかくだ。あの変態の愚物とその取り巻きの愚か者2名の、アナスタシア嬢とエイミー・フォン・ブレイエス嬢を穢さんとする醜悪で穢らわしく、またおぞましいことこの上ない謀略を不思議な術にて暴いた、その大傑物の存在を、今更ながらに予は思い出したのだ。


そう、ラムズレット公爵家家中のアレンだ。彼なら、エストが如何様なる意図のもとにアナスタシア嬢とウラディミール皇子との婚約を打診してきたか、調べ上げて情報を我らに提示してくれるだろう。


そのためには、ラムズレット公にアレンを使わせてくれるように頼む必要がある。そこで予は、早速ラムズレットの王都邸に使いを寄越し、ラムズレット公に王城まで来て貰うことにした。


◇◆◇


ラムズレット公が王城に到着したという報を受け、予は侍従に命じて王城内で最も防音が為された一室に彼を通させた。


『陛下、この度臣をお召しになられたるは、如何様な御用にございますかな?』


そこで予は、エストのアナスタシア嬢とウラディミール皇子の婚約打診の裏にある真意を暴くために、アレンを貸して欲しいと公に依頼した。あの変態の愚か者どもの口の端に上すもおぞましく穢らわしい謀略を、見事に暴いた彼の力を以てすれば、エストの真意も容易に暴けるだろう、と。


『あの慮外者を…でございますか?』『…慮外者?』

『い、いや、それはこちらの事情にございます』


やや慌てた言葉の後に、『娘の婚約を打診して参った者どもの真意を暴くためなれば、臣に断るべき理由はございませぬ』と、公は(うべな)ってくれた。


それは良いのだが、アレンをエストの帝都に送る術が思いつかぬ。何しろ彼は、ラムズレット公爵家家中の身である以前に、王立高等学園の学生でもあるのだ。


まともな手段で帝都に赴き、そして更に帝都にて情報を得るとなると、どれほどの時間がかかるか想像もつかぬ。そうなっては、アレンの出席日数にも悪影響が出ることは必定だ。斯様な事情で彼を留年させるなど、流石に良心が咎める。


それに、エストからの打診に対する返答に、長い時間をかけるわけにもいかぬ。返答に時間をかけたことを口実にして我が国に侵攻してくるくらいのことは、エストの奴らならやりかねぬ。…いや、確実にやるだろう。


その懸念を公に話すと、彼はこともなげに返答をよこした。


『陛下のご懸念は(もっと)もにございますが、そのご懸念は無用にございます。アレンめは、非常な長距離を、また非常な短時間で移動する術を持ちおります』


…何と!アレンは、そのような術さえも持ちおるか!…ならば、想定より遥かに短い時間でエストの真意を知ることができそうだ。


『宜しい。ならば、暫くアレンを借りるぞ』『御意』


借りる、と言ったところで、愚にもつかぬことを思い付いた。考えてみれば、予とラムズレット公−否、ゲルハルトとは、王立初等学園に入学する前から、他愛もない会話を交わし合っておったものだ。


『利子を付けては返せぬが、悪く思うてくれるなよ』『…お戯れを』


公の呆れた視線を受けながら、予はアレンのことに思いを致していた。数多(あまた)有する不思議な術や力、あの変態の愚か者どもの断罪の際に示した才幹や力量、それに識見や器量。以前にも思ったが、素晴らしい人材である。これほどの人物を、侍従として得ることが叶ったならば…


『ラムズレット公、頼みがあるのだが…』『何卒、その儀はご容赦下さいませ』


またしても、公に頼む前に断られてしまった。チッ!


◇◆◇


その翌日、ラムズレット公に伴われてアナスタシア嬢とアレンが王城に登城した。彼らの臣下の、若しくは淑女の礼を受けながら、今回アレンを王城に呼んだ理由を説明する。ラムズレット公はアレンの庇護者で、アナスタシア嬢は今回の話の当事者だ。彼らがいても、特に不思議はない。


もとより、予もアナスタシア嬢とウラディミール皇子との婚儀によってエストとの和平が(かな)うのであれば、その選択肢を取る用意はある。だが、エストは奸計邪智の謀臣を数多抱えた、奸策に秀でたる国だ。斯様な国が言い出したことなど、あの変態の愚か者ですらまともに信じはするまい。


そこで、アレンに諸々の不思議な技を駆使して密偵として帝都に潜り、エスト帝国の者どもの真意を暴いてきて欲しい。そう予に頼まれた際の彼の顔は、隠しようもない驚愕に彩られていた。尤も、その後のラムズレット公の説明を聞き、納得したように驚愕を収めている。


それに、アナスタシア嬢が補足説明を加えてくれた。彼女は、そのアレンの不思議な術に導かれて普通であれば行くだけで何日もかかる場所に赴き、その翌々日にルールデンに戻ってきたという。


そして、アレン自身もやや観念したように自供した。彼が、非常な長距離を短時間で移動する術を持っていることを。


そこで、予が先の件―エストの者どもが何を目論んでいるか、帝都に潜入して調べてきて欲しい旨を伝えると、アレンは肝の据わった顔で依頼などと畏れ多い、遠慮なく命じて欲しいと返答した。


そこで、予は正式な命令書として彼に勅命を下し、エストの者どもの真意を暴くことこれ叶えばその功に騎士爵を以て報いることを約した。


…結果的に、アレンは彼奴等の真意を暴くに留まらず、更に大功を挙げて帰還したのだが…これほどの偉材、みすみすラムズレットに取られるわけにはいかぬな…くれぐれも、我が手中のものとして手に入れねばならぬ…

エスト帝国に対する信頼についての下りで、ニヤリとして頂けたら幸いです。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ