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(原作コミカライズ第33話アップ記念) おまけその2 ヒロインは本来のシナリオについて元町人Aと議論する

このおまけエピは、第189話の後の話になります。

僭越ながら、上級シャーロッキアンを目指してみました。

お楽しみ頂けたら幸いです。

「エイミー様、それでは俺はこの辺でご無礼させて頂きます」

「…アレンさん、もうちょっとお付き合い頂けますか?」


わたしは、握手を交わした手を放したアレンさんに声を向けた。そのアレンさんは、わたしに対して怪訝そうな顔と声を以てそれに返す。


「…?エイミー様、何か他にご用がおありですか?」

「はい。アレンさん、あなたは『マジコイ』は一体何だったと思われますか?」


椅子に座り直して失礼にも素足を組み、右足の親指と人差し指で靴下を突っ込んだローファーをぷらぷらと摘み上げながら、わたしは(かね)てより感じていた疑問をアレンさんに対して発した。


アレンさんが東部冒険者ギルドにわたしを(おとな)ってくれたのは、おそらくこの疑問を聞く最初で最後のチャンスだ。彼はアナの婚約者であり、他の女性と二人っきりになるのはとてもとても褒められた話ではないからである。


◇◆◇


…わたしがかつて『俺』であった頃にプレイしていた、この世界を舞台とした乙女ゲームである『マジコイ』、考えてみればこいつは相当に(いびつ)な代物だ。


ヒロインたるエイミーと攻略対象キャラどもの甘々ベタベタなイチャラブストーリーが展開されたと思いきや、悪役令嬢たるアナスタシアの断罪・学園からの追放に始まる悲惨極まりない、そして胸糞悪いことこの上ない破滅。


更には無駄に練り込まれ、また丁寧緻密に作り込まれた、説得力に優れた次期王位継承を巡る内紛、内戦からのエスト帝国軍侵攻による王都ルールデン壊滅に至るシナリオの、政治的軍事的考察。


トドメには、あのゲームの中の攻略対象キャラどもはどいつもこいつも人でなしの人非人ばっかりであった。カールハインツ王太子―もとい、あの最低最悪の意を受けて、マルクス・フォン・バインツ―否、あの糞クズメガネ…この件については、こう呼ぶことをわたしは自分自身に許したい…が、悪役令嬢(アナスタシア)の破滅を目論んで(つむ)ぎ、他の攻略対象キャラどもも大いに(うべな)い、称揚した陰謀の数々。


まぁ今更確認し直す必要もないが、その穢らわしく、醜悪でおぞましい陰謀の標的にされてアナスタシアはならず者どもの慰み者にされ、彼女の実家は謀反の罪を着せられて一族郎党滅亡させられてしまう。


その結果、彼女は絶望の果てエスト帝国の持つ『氷絶の魔剣』に精神を支配されて闇堕ちし、暗黒騎士となった挙句怨讐骨髄に至るセントラーレン王国を滅ぼすべくエスト帝国軍の尖兵となってルールデンに侵攻する。その結果王都は灰燼と帰し、そこの住民たちは皆殺しにされてしまうのだ。


手を拱いていれば、アレンさんもその際に殺されてしまう筈だった。


そうならなかったのは偏に彼の弛まぬ努力の賜物だが、それはともかくとして王都が壊滅した後でエイミーと攻略対象キャラどもの一行が自身の行為を後悔し、反省したという描写はどこにもない。まともな感性と良心を持っている人間ならば、侵略軍の尖兵となった人物が誰であるか判った時点で後悔し、アナスタシアに対して激甚な罪悪感を抱く筈だ。


ところが、エイミー一行は全くそうしなかったのだ。


暗黒騎士となって侵略の尖兵となったアナスタシアを怨み、憎み、呪い、ひたすら怨嗟の言葉を並べ立てていた。そして尽きるなき怨憎を暗黒騎士(アナスタシア)に向け続け、最終的にはラスボスとなった彼女をエイミー一行は力を合わせて打ち倒すのだ。


…どう見ても逆怨みです、本当にありがとうございました。


 ただひたすら胸糞悪いっちゃぁ胸糞悪いが、このセントラーレンの王侯貴族たちはそのシナリオを避けるべく行動するだけの識見はあった筈だ。証拠は、学園での1年次の卒業進級祝賀パーティーにおける決闘騒ぎである。


あの時、クズレンジャーどもの父親である国王陛下、ウィムレット侯爵閣下、バ…バインツ侯爵閣下の長子の名に値しない『あの野郎』、そしてジュークス子爵様はちゃんと自分たちの嫡男を厳しく叱責し、その愚行に対する罰を与えた。


然るに、それらの懲罰をゲームのシナリオの中では全く彼らは攻略対象キャラどもに与えていない。そしてそのまま、国内のパワーバランスが崩れ、王位継承争いから内紛、内戦に至るまで手を(こまぬ)いていたのだ。


ゆるゆるで脳内お花畑なイチャラブ、残酷シーンやどぎつい性的描写の特盛り、かと思うとやたら説得力のある政治的軍事的考察、その割には曲がりなりにも国家の上層部にあり、国政の舵取りを担っている筈のセントラーレンの王侯貴族たちの、あり得ねぇレベルの定見や見識のなさ。


はっきり言って、これらのファクターが盛り盛りで詰め込まれた『マジコイ』は、訳が判らん代物である。まるで(ぬえ)だ。


◇◆◇


困惑の表情で、アレンさんはわたしの質問に答えた。


「『マジコイ』ですか?…ただの、ゆるゆるでご都合主義な茶番特盛りで、脳内お花畑な乙女ゲーじゃないんですか?」


…そこで、わたしはアレンさんを立たせたままでてめぇが椅子に座ってしまい、挙句の果てには足まで組んでしまっていたことに気付いた。新興貴族とはいえ、上級貴族たるドラゴラント伯爵閣下を立たせたままで新興男爵たるブレイエス家の小娘が椅子に座っているのである。無礼、失礼にも程がある。


「あ…アレンさん、ごめんなさい。そちらの椅子を、お使い下さい」


そう言って、わたしは立ち上がってアレンさんに椅子を勧めた。


「あ、ありがとうございます。使わせて頂きます」


アレンさんが椅子に座ったのを見て、わたしは彼の意見に反駁した。


「ただの脳内お花畑な乙女ゲー、というには奇妙に説得力のある部分もありませんか?悪役令嬢が追放された後の国内の惨状とか、それに乗じた敵国の侵攻とか…」


む、とアレンさんが顔を険しくしたのを見ながら、わたしはさっきとは逆に足を組み、今度は左の素足の親指と人差し指で靴下を中に突っ込んだローファーをぷらぷらと摘み上げて言葉を繋げた。


「そも、何だって悪役令嬢をあんなに酷い目に()わせる必要があるんですか?はっきり言って、乙女ゲーとしてなら悪役令嬢を追放して、それからの細々した話は抜きにしてヒロインとメインヒーローたる王太子が無事に結ばれて、それで二人は愛し合いつつも(つつが)なく国を治めました。めでたしめでたし、でもよかったんですよ」

「…ちょっとそれじゃ、ボリュームが足りな過ぎやしませんか?」


…それはまぁ、仰る通り。眼鏡越しの目線を微妙に上に()り、足指でぷらぷらとローファーをぶら下げながら、わたしはもう一度口を開いた。


「それはその通りですが、それだけ説得力がある部分もあるのに、登場人物が悪役令嬢を除いてどいつもこいつもバカすぎやしませんか?ヒロインも、攻略対象キャラどもも、そして王侯貴族たちも」


ローファーをぽい、と床に投げ捨てて、わたしは足を組み替えた。左足のお仕事はこれで終わり。次は、右足のお仕事の時間だ。


「国内を一枚岩に纏めるための婚約を一方的かつ理不尽に破棄した王太子に対して何らのペナルティも与えず、そして国内のパワーバランスが崩れた挙句、内紛から内戦に至って、であの敵国の侵攻からの王都壊滅ですよ?国王も王妃も、宮廷貴族たちもそれを手を拱いて見ていただけなんです。バカの極彩色の見本ですよね」


この世界で国王・王妃両陛下やウィムレット侯爵閣下、バインツ侯爵閣下の長子を僭称する『あの野郎』、それにジュークス子爵様が示した定見や識見を考えたら、そんなことあり得ないですよね?わたしは右裸足の人差し指と中指でローファーを摘み上げて、アレンさんに対しそう言葉を向けた。


「あ、ヒロインと攻略対象キャラどもは、バカに加えてクズが付きますね」


軽く諧謔を加えてみたが、アレンさんはそれに対して笑ってくれなかった。


◇◆◇


「…エイミー様」主観的には何時間も経ったような錯覚すら覚えるほどの沈黙を、アレンさんが穏やかに口を開くことによって破った。


「便宜上、そう呼ばせて頂きます。俺は、『あなた』がヒロインたる『エイミー・フォン・ブレイエス』の『中の人』となってくれたお蔭で、そうならずに済んだ、そう考えています」「…はひ?」


変な声とともに、右の足指で摘んでいたローファーも、思わず落としてしまった。…わたしがエイミーに憑依したおかげで、セントラーレンの王侯貴族たちがバカにならずに済んだ?そりゃまた、どういうことですか?


「あなたが憑依した『エイミー・フォン・ブレイエス』は、この世界を舞台とした乙女ゲーのヒロインです。この世界のヒロインである、とすら言えますね」


今アレンさんの言葉を聞いて、改めて思い出した。そう言やぁ、わたしはこの世界のヒロインだったんだよなぁ…その認識は、とうの昔にスコンと脳味噌から抜け落ちちまってるんだけどね。


いやだってさ、この世界で一番脚光を浴びているのはアレンさんとアナだよ?モブの貧民から身を起こして、上級貴族の一員たるドラゴラント伯爵閣下にまでなり果せた人物と、公爵家ご令嬢様という立場でありながら絶望的な身分差を物ともせずにアレンさんと想いを育て合い、そして数多の障害を見事に克服して彼と結ばれる未来を勝ち取った女性だよ?


今や、この世界のメインヒーローとメインヒロインはこの二人であることに、異を唱える者はいないだろう。わたしはヒロインというよりは、この二人の周りを彷徨(うろつ)いている狂言回しと言ったほうが正しいかもしれない。


「そのあなたが、悪役令嬢への贖罪、そのための手段として彼女の救済と幸福を願い、そして行動してくれた。そのお蔭で運命(シナリオ)が変わったと、俺は思います」


…そりゃぁまぁ確かにわたしはこの世界のヒロインだったけどさ、そのわたしが願うだけで運命が、この世界のシナリオが変わるかねぇ?


「ヒロインたるあなたには、それだけの力があったんですよ。運命(シナリオ)を捻じ曲げてしまうことができるだけの力が。…あなたがそのために支払った代償も、また非常に大きかったんですけどね」


その後に言葉を続けたアレンさんの端正な表情は、自責と罪悪感に(しか)んでいた。


「クズレンジャーどもに近寄られただけで嘔気を催すわ、髪肌トラブル抱えて激痩せするわ、周囲からのヘイトはカンストに至るわ…あなたがそんなに辛く苦しい思いをなさっていたのに、俺はバカな誤解をしてあなたに辛く当たってしまいました。…本当に、申し訳ありませんでした」


そう言って、アレンさんは椅子から立ち上がり、わたしに頭を下げた。その様子に、わたしがおろおろあわあわわたわたしてしまったのは言うまでもない。


「そ、そんな、謝ったりしないで下さい!アレンさんがわたしを誤解なさったのは、全部わたしの浅慮に起因することなんですから!だから、わたしはアレンさんに誤解されてもしょうがなかったんです!わたしこそ、本当にごめんなさい!!」


わたしのそのわたついた声を聞き、アレンさんは優しく微笑んでくれた。


「ありがとうございます。やっぱり、あなたは優しい方ですね」


何を仰る兎さん。優しさで言うたら、わたしゃあなたの相思相愛の婚約者の足元にも及びませんぜ?何しろ、一対一じゃ到底敵わないからって、衆を(たの)んで自分をいじめていたクズどもをも赦そうとすら真剣に考え、感情に邪魔されてそれをできない自分を責めるようなことすらしてたんだから。


◇◆◇


…待てよ?アレンさんは、わたしが悪役令嬢への贖罪、その手段としての彼女の救済と幸福のために行動していたからこうなったって言ってたよな?


だとしたら、わたしじゃなくって、この糞ヘイトシナリオを肯定的に捉えてその通りに行動し、悪役令嬢の断罪と追放を諾い、攻略対象キャラどもをガチで推していた、或いは逆ハーとかを狙っていた人間(クズ)がエイミーの『中の人』になっていたら、一体どうなっていたんだ?


そのことをアレンさんに聞いてみた。そしたら、アレンさんは思慮深い表情を端正な顔に浮かべ、形のいい顎に男性にしては線の細い右手を遣って少考すると。


「…現状よりも、事態は遥かに悪化していたことは必定です。攻略対象キャラどもの親である王侯貴族はあいつらに対して碌に懲罰を与えず、オスカーですらも反省することもなかったでしょう。現実のクズどものように、アナや俺に対して逆怨みを募らせていたに違いありません」


アレンさんの言う通りだろうなぁ…それに、攻略対象キャラどもだけじゃなくって、エイミー自身も悪役令嬢の破滅のために色々と小細工を弄するだろうし、そりゃぁ現状よりも遥かに事態は悪化することは確定だわ。


あともう一つ、と先置いて、アレンさんは言葉を続けた。


「俺やラムズレット公爵閣下の認識も甘かったかもしれません。あいつらをさっさと破滅させてしまおうとは考えず、最低最悪に説教くれるだけで済ませてしまい、反省を促そうとするに留まってしまっていた可能性があります」


うわぁ…それは絶対にやったらあかん奴や。あの最低最悪や『あいつ』、それに腐れクズ脳筋が反省する筈がないじゃねぇか。


「その甘い認識に引き摺られて、あり得ないくらい頭の悪い行動を取ってしまい、取り返しのつかない事態を招いてしまっていた恐れもあります」


期せずして、アレンさんとわたしは同時に溜め息を吐いた。まさか、何ぼヒロインだからって、エイミーにそこまでの力―運命を左右し、人の認識まで動かす力―があろうとは思わなんだわ。


…と、アレンさんの顔に優しい微笑みが戻った。


「そうならずに済んだのは、偏に『あなた』のお蔭です。あなたがエイミーに憑依して、そして悪役令嬢の幸せのために行動してくれたから、俺は悪役令嬢を救うことができたに留まらず、最愛の女性と結ばれることができたんです。きっと、アナもそう言ってくれると信じています」


そう言ってアレンさんはもう一度椅子から立ち上がり、わたしに対して深く頭を下げてくれた。誠意に満ちた、深甚な感謝の言葉と共に。


「エイミー様、本当にありがとうございました」

「アレンさん、感謝()の言葉は寧ろわたしがあなたに対して言うべき言葉ですよ。あなたのお蔭で、わたしは分に過ぎた親友を5人も得ることができたんですから。わたしにこそ、言わせて下さい。本当に、ありがとうございました」


わたしも立ち上がり、アレンさんに対して深く頭を下げた。ふ、とわたしとほぼ同時に頭を上げたアレンさんの顔には、変わらぬ穏やかで優しい笑みがあった。きっと、わたしも同じように顔を笑ませていたに違いない。


「アレンさん、さっきも言いましたけど、いいお友達でいましょうね」


そう言って、握手するように差し出した、わたしの痩せて骨と血管が浮いた右手をアレンさんは取って手の甲を上向かせると…わたしの前に跪いて、紳士諸氏が淑女に対してそうするようにわたしの手の甲に口付けを落とした。


…一瞬何をされたか判らず、頭の中が真っ白になってしまったわたしに対し、アレンさんはかつて何度も見せた悪役令息の笑みを向けた。


「最近練習してるんですよ。淑女の皆様にご挨拶する用にね。エイミー様、練習台になって頂いてありがとうございます」


…この根性悪の悪役令息が!!


「…本ッ当に…ドラゴラント伯爵閣下は…意地悪な方ですね…!!」


一応、町人Aや悪役令嬢の認識の甘さから来た行動についても、

弁護の余地はあると思うんですね。

1. まさかバカクズ太子とクズミー (こう呼ばせて下さい。あのクズ女と、

 この二次創作のヒロインを同じ名前で呼びたくねぇ!) が玉璽を私的盗用して、

 勅命をでっち上げるとか思わねぇだろ!?

 それは、二歩を打って相手の王様を詰ませるレベルの禁じ手だぞ!!

2. まさかクズミーが言霊で人を操る魔女になってるとか思わねぇだろ!?

3. 『蠱惑の魔女』の言霊は、 "声に出して発する言葉" に魔力を乗せて、

 他者を操るって、原典にもちゃんと書いてあったぞ!

 筆談でも手話でも、言霊は発揮されないの!ちゃんと原典を読もうね!


…えっと、ごめんなさい。ケンカを売るつもりは更々ないんです。

それと…やっぱり、1. と2. については認識が甘かったですかね?


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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