第196話 ヒロインは “贖罪” イベントに居合わせる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
この年度の王立高等学園の卒業進級祝賀パーティーでは、国王・王妃両陛下がご来駕あそばし、最優秀生徒を御自ら表彰なさるのみならず何か重大な発表をなさる。
そのため、ダンスホールの壇上には玉座が2座設えてある。国王陛下と王妃陛下が座するための玉座である。
そのため、王城のダンスホールに集まった出席者全員―生徒や教職員のみならず来賓に至るまで―が小さからざる緊張を示していた。
尤も、わたしはあまり緊張していない。何度か直接お会いした国王陛下の印象は、『面白い紳士』と言ったものであり、きちんと臣下としての礼儀さえ遵守していれば咎められることもない、と考えているためである。
緊張の色を隠そうともしない―否、できないマーガレットが、平生の態度を崩さないわたしに対して驚嘆の視線を向けた。
「エイミー…あなた、両陛下がいらっしゃるっていうのに、緊張してないの?」
あんまり。こないだの、ドラゴラント伯爵陞爵祝賀晩餐会で、親しくお言葉をかけて頂きましたからね。それに、その晩餐会にはあなたもいたでしょ?
「…それはそうだけど…親しくお言葉をかけて頂いたことがあるにしても、普段通り飄々として…あなたって、結構大物ね」
そんな中、学園長先生がダンスホールに入り、集まっていた出席者に宣告した。
「皆様方、まもなく両陛下がいらっしゃいます。礼を執ってお迎え下さい」
その言葉と同時に、紳士の皆様とその卵たちは臣下の礼を、淑女の皆様とその卵たち (約1名除く) は淑女の礼を以て、一天万乗の君のご来駕を待ち受けた。
そして、わたしがいい加減カーテシーの姿勢を保つのがしんどくなってきた頃に。
「皆の者、苦しゅうない。直ってよいぞ」
壇上から、国王陛下の声がした。その声が終わるや否やわたしが淑女の礼を解き、横にいたマーガレットに呆れたような視線を向けられたことは言うまでもない。
◇◆◇
ダンスホールの壇上の玉座に、この国で最も高貴な夫妻が座っていた。向かって右側には、セントラーレン王国の国王陛下。向かって左側には、王妃陛下である。
生徒や教職員、それに来賓の緊張と畏敬の視線を受け、国王陛下は口を開いた。
「生徒諸君や教職員諸氏、また来賓諸氏には、斯様に緊張せずともよい。予は、このパーティーで事もあろうに婚約破棄などを宣告する愚か者がおったら、其奴を嘲笑しに参っただけのこと、そなたらには心当たりはなかろう?楽につくがよい」
…せやから、そーゆー笑えるけど笑えないギャグを飛ばすのはやめて下さい。王妃陛下も、口を扇で覆ってないで、旦那様を止めて下さい。
…ってか王妃陛下、確かにあの最低最悪の所業はとても許せないけど、あなたがお腹を痛めて産んだ子供をそんな風に嘲弄されて腹立たないんですか?…とか思ってたら、やおら国王陛下が立ち上がって宣告した。
「本日予と王妃がこの場に参りたるは、ある宣告を致すためである。まずはその前に、卒業生と1年生の最優秀生徒を表彰しよう。…学園長、賞状の用意を」
学園長先生がその言葉に従い、賞状を長手盆のようなものに載せて壇上のテーブルの上に置いた。その上で、三人の最優秀生徒の名前を読み上げる。
「これより名を読み上げる者は壇上に上って下さい。アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット嬢、アレン・フォン・ドラゴラント殿、ヴィルヘルム・フォン・ブラウンシュタイン殿」
アナとアレンさん、そして1年生の最優秀生徒と思しき男子が壇上に上った。3人はいつしか立ち上がっていた国王陛下の御前で、それぞれ臣下の礼および淑女の礼を執る。やがて、国王陛下が徐に口を開いた。
「大儀である。直ってよい」
臣下の、また淑女の礼を解き、端然と直立した3人を前にして、国王陛下は学園長先生から賞状を受け取り、その文面を読み上げた。
「アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット、そなたは学業・魔法・剣技・体術においてよく精励し、優秀な成績を修めたに留まらず、文化祭にあって廃棄物の有効な処理方法を模索する、優れた社会性を有する発表を主宰した。また、夏休みの自由研究にあっては首席著者であった後のアレン・フォン・ドラゴラント伯をよく支え、最優秀の評価を得るにあたり多大なる貢献をなした」
そこまでは真面目な口調であったが、その次の言葉が満場の好意的な笑いを誘い、また壇上のアナとアレンさんの顔色を蜀漢五虎大将軍筆頭のそれと等しくした。
「向後も、自由研究にあたって示した内助の功に対し、期待するところ大である。…それらの功績を評価し、そなたを最優秀卒業生とする。セントラーレン王国国王、バルティーユ・マンフレート・フォン・セントラーレン」
そう締めて、国王陛下はアナに賞状を差し出した。アナは深々と頭を下げつつ賞状を恭しく受け取り、その姿勢のまま後退ってアレンさんの後ろに就く。次は、アレンさんが表彰を受ける番だ。
「アレン・フォン・ドラゴラント、そなたは学業・魔法においてよく精励し、優秀な成績を修めたに留まらず、夏休みの自由研究にあっては首席著者として行政権力と冒険者の関係に着目し、両者の共存共栄の可能性を模索するレポート執筆を主宰した。そのレポートは、この国の更なる発展に大きく寄与することが期待される」
…うん、途中までは真面目なんですよ陛下はさ。ここから、必ず一発ネタを飛ばすんだ…タチ悪ぃことに、そのネタがまた面白いんだ…
「また文化祭にあっては、アナスタシア嬢が主宰した発表をよく支え、よき妻を支えるよき夫という新しい夫婦像を構築した功績、小さからざるものがある。…それらの功績を評価し、そなたを最優秀卒業生とする。セントラーレン王国国王、バルティーユ・マンフレート・フォン・セントラーレン」
また好意的な笑いが起こり、アレンさんはまるで真っ赤になった顔を隠すように深々と頭を下げた。そのまま国王陛下が差し出した賞状を恭しく受け取り、アナの横に就いた。最後に、1年生の最優秀生徒である。ブラウンシュタイン侯爵家の公子様だ。端正ではあるが線の細い女顔で、何かCV: 緒〇恵美って感じがする。
「ヴィルヘルム・フォン・ブラウンシュタイン、そなたは学業・魔法・剣術・体術においてよく精励し、優秀な成績を修めた。…そのことを評価し、そなたを最優秀1年次生徒とする。セントラーレン王国国王、バルティーユ・マンフレート・フォン・セントラーレン」
それだけ言うと、ガチガチに緊張していた公子様に賞状を手渡した。最敬礼したまま賞状を受け取った公子様に、いたずらっぽい声を向ける。
「…ブラウンシュタイン公子よ、呆気ないと思うやも知れぬが、悪く思ってくれるなよ。今年の最優秀卒業生2人は、言うべきことが多すぎたのだ。それらを全て言うとなると、頁数が足りなくなるから、あれでも端折ったのだ」
思わず口元がひくついてしまった。…陛下、メタ発言は要りませんから。
◇◆◇
今年度の最優秀生徒たちが一旦賞状を学園長先生に預け、国王・王妃両陛下に対して臣下の礼、若しくは淑女の礼を以て最高貴の御身に対する礼を示した。国王陛下はそれに対し、「大儀であった。下がってよい」と鷹揚に声をかける。
再び壇上が両陛下のみによって占められると、国王陛下は立ち上がったまま王妃陛下に視線を向け、「…良いな?」と一言問うた。王妃陛下の美貌が一瞬悲しげに歪み、その後すぐに毅然たるものに戻って「…構いませぬ、陛下」と応えた。
それに対し頷き、わたしたちに向き直った国王陛下の顔は、わたしがこれまで見た中で最も真面目で、最も深刻なものだった。
「セントラーレン王国国王たる予、バルティーユ・マンフレート・フォン・セントラーレンの名においてここに宣告する。今この時を以て、亡じたる予が長子、廃太子カールハインツ・バルティーユ・フォン・セントラーレンの名を、セントラーレン王家の系譜より削除する」
◇◆◇
…え?要は、あの最低最悪をセントラーレン王家から除籍するってことだよね?いや、別に異論は全くないんですけど、何だってまた今更?
わたしのその疑問は両陛下以外が悉く共有するものだったようで、騒めきがそこここから聞こえてくる。それに答えるように、国王陛下がもう一度言葉を発した。
「昨年度の、この卒業進級祝賀パーティーにおけるあの愚物の醜態は、全く正視に耐えぬものであったと言うではないか。訳の判らぬ理由でアナスタシア嬢を断罪し、一方的に婚約破棄を宣告し、その人格を貶め、挙句の果てにはラムズレット公やその奥方に至るまで最悪の侮辱を為したと、左様聞き及んでおる」
国王陛下の表情に、耐え難いほどの怒りと悲しみが浮かんでいる。
「そのことを諫めたエイミー・フォン・ブレイエス嬢や、今のドラゴラント伯に対しても醜悪な逆怨みを向け、あまつさえエイミー嬢やアナスタシア嬢に対して…口の端に上すもおぞましい、ならず者の如き挙を為さんと致しおった」
国王陛下が涙を流していたわけではない。だが、陛下の声は憤激と悲痛の見えざる、また聞こえざる慟哭によって痛ましく彩られていた。…あと陛下、わたしのアレは、諫めたなんてそんな綺麗な表現をされるもんじゃないです。単純にブチ切れて、靴下と悪口雑言罵詈讒謗をぶつけただけです…
「アナスタシア嬢は予と王妃の謝罪は無用であると言ってくれた。エイミー嬢はかの愚物に対し為したる挙について、予に対し謝罪しようとしてくれた。だが、予も王妃も、彼女たちに対して何らかの償いを為したい、為さねばならぬと思いおった。…殊に、アナスタシア嬢に対してな」
…そうだよね、わたしなんかどうだっていいけどさ、あの最低最悪のせいで、一番ゲビ引かされたのはアナだもんね…婚約中はしょっちゅう辛くて苦しくて悲しい思いさせられてさ、奴のクズ仲間にまでいじめられてさ、おまけに一方的かつ理不尽に婚約破棄された純然たる被害者だのに、『婚約を解消された貴族令嬢』とかいう恥辱のレッテルを貼り付けられて、経歴に傷まで付けられちゃってさ…
…いけねぇ、彼女の境遇を思うと今でも泣けてくる。
鼻を啜り、眼鏡を外して目を擦りながらわたしは陛下の言葉を聞いた。
「故に、彼奴を除籍することと致した。理由は…判るな?」
…えっと、除籍で奴はいなかったことにされるから…そうか!アナと奴の婚約自体、なかったことになるんだ!だとしたら、彼女の経歴に付いた傷も、なかったことになる!今のアナにとっては小さいことかも知れねぇが、貴族社会では大きなことだ!つまり、ラムズレット公爵家は傷物になったご令嬢様を下々に下げ渡したわけじゃなくって、アナが彼女自身の意志によってアレンさんと…!!
「今のアナスタシア嬢は、婚約解消によって経歴に傷が付いた貴族令嬢ではない。アレン・フォン・ドラゴラント伯爵が平民であった頃から彼との愛を育み、そして身分差をものともせずにその愛を結実させた、誰よりも美しく勁い淑女の鑑だ」
「…!…陛下…勿体なきご配慮、幾重にも…幾重にも、お礼申し上げます…!!」
国王陛下は、貴族が何よりも重んじるべきアナの貴族としての体面を慮って、あの最低最悪を除籍してくれたのだ。聡明な女性であるアナが、そのことを理解できない筈がない。故に、彼女は感極まって涙を流し、国王陛下にお礼を言ったのだ。
…と、そこに割って入りたるはドラゴラント伯爵閣下。
「…陛下、発言をお許し下されたく」
「…?ドラゴラント伯よ、さし許す。申してみよ」
臣下の礼を執りつつも昂然と顔を上げ、アレンさんは鋭い眼光を陛下に向けた。
「臣が婚約者たるアナスタシアは、誰よりも美しく勁いだけではございませぬ。それに加えて、誰よりも優しく、誰よりも気高く、誰よりも誇り高い、臣の分に遥かに過ぎた、この世界で最も素晴らしい女性にございます」
「…ドラゴラント伯アレンよ、それ以上の惚気を禁じる」
…ダンスホールは大爆笑に包まれたが、陛下の言葉に続いたアナの言葉は、何故かわたしにははっきりと知覚できた。
「…う…アレンのばか…でも、ありがとう…」
このエピは、第84話と対にしてみました。
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