第195話 ヒロインは王立高等学園を卒業する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
親ラムズレット閥の新年決起集会から1週間後、王立高等学園の卒業式があった。本来であれば、そこで後期末試験の成績発表と総合成績発表が行われる予定であったが、先にも述べた事情により後期末試験が台無しにされちまったため、総合成績発表のみ行われることとなった。
以下に、その総合成績発表を記載させて頂く。
1. アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット (貴)
1. アレン・フォン・ドラゴラント (特/貴)
3. マーガレット・フォン・アルトムント (貴)
4. エイミー・フォン・ブレイエス (貴)
5. オスカー・フォン・ウィムレット (貴)
6. イザベラ・フォン・リュインベルグ (貴)
・
・
世にも珍しい2人首席である。少なくとも、王立高等学園の歴史の中では初めてだということだ。ちなみに、前期席次発表時及び前期試験結果発表時には勘当されていたため名前のみ、また身分は (平/貴) と表記されていたオスカーは無事に勘当が解かれたため従来通り姓名を表記され、身分も (貴) と表記されている。
その一方で、アレンさんは入学以来名前のみ、また身分は (特) と表記されていたが、今回は姓名ともに表記され、身分は (特/貴) と表記されている。
彼は、2年次の前期までは平民出の特待生だった。そして、今ではクソデカ花火をブチ上げてドラゴラント伯爵閣下となり果せたのだが、学園内では平民出の特待生として扱われるためそのような身分表記になったのだ。
◇◆◇
正直、アレンさんの扱いは相当先生方も頭を痛ませたことと思う。
平民出の特待生でありながらまともに行われた期末試験では全部満点を取り、1年次の卒業進級祝賀パーティーの際のバカげた決闘騒ぎではその学年の最強のクインテットを秒殺するほどの実力を見せた。
しかも2年次の夏休みの自由研究では、最優秀の評価を受けたレポートの首席著者を務めている。その辺の事情について、レポートの評価発表がなされた日にオスカーが顔をにまつかせながらアナに問うたことがあった。
『アナスタシア様、あのレポートでアレンさんを首席著者にと推薦したのは、ただレポート作成に対する貢献度だけの問題ではないですよね?』
『…?ウィムレット公子、他に何があると言うのだ?』
『最優秀評価を受けたレポートの首席著者ともなれば、かなり大きな箔ですよ?その箔を愛しの方に付けてあげて、身分差を少しでも埋めようとアナスタシア様が思われたんじゃないか、と私は考えたんです』
そのオスカーの推察に対し、アナは絶句してその美貌を真っ赤にし、そっぽを向いてしまった。…流石チャラいだけあって、人情の機微に聡いわ。
…話がズレた。更にアレンさんは、ブルゼーニ戦役とその後のドタバタについて、ほとんど1人でカタを付けてしまい、セントラーレン王国の安全保障上の宿痾をほぼ完璧に摘除してしまった。まぁその大功に対する褒賞として、一代で平民から伯爵にまで陞爵を果たしたのだが…
それほどの人物を、何ぼ平民出、それも最下層の貧民出身だからって、卒業席次で冷遇するわけにはいかない。
…いや、アレンさんを次席に置いてアナを単独首席に置いても、別にアレンさんを冷遇してるわけじゃないけど、確実にアナがそう思い込む。…そんでもって、確実に彼女はキレる。そして、こないだの後期末試験で大味噌つけた件も含めて、ラムズレット公爵閣下や国王・王妃両陛下まで巻き込んで大騒ぎにするだろう。
さりとて、首席を張るだけの成績や実績を充分に上げてきた、しかも超名門貴族家のご令嬢様であるアナを、まさか次席に据えるわけにもいかない。この2人首席は、先生方の苦肉の解答であると言えるだろう。
…この卒業席次が発表されたのを確認した際に、アナは普段の凛然毅然たる姿を遥か遠方にかなぐり捨てて『…アレンと一緒…えへへ…アレンと一緒…』と、その美貌をふにゃふにゃにだらしなく笑ませていた。…そんな顔も美しいんだから、つくづく美人はずるいわ。
…ちなみに、その場に居合わせたのがマーガレットとイザベラ、それにわたしだけだったからアナがそんな姿を見せたということも付け加えておく。何ぼ何でも、そんな姿を全幅の信倚を抱いていない人間に見せるような不用心な人間では、彼女はない。わたしとは、全く貴族令嬢としての格が違うのだ。
◇◆◇
卒業式は、良くも悪くも恙なく進んだ。
いい意味で恙ないというのは、まぁそのまんまである。どっかの極東の島国の、特定の地域の成人式のようなことにはならなかったということだ。
悪い意味で恙ないというのは、学園長先生をはじめとするお偉方の訓示が、相も変わらず長―くありがたーいものだった、ということである。
1年生の総代として、どこかの侯爵家の若様が送辞を述べたのに続き、卒業生の答辞に移った。答辞を述べるのは、言うまでもないが卒業生総代代行のアナである。
…アレンさんのこと、惚気ちゃダメですよ…わたしのその懸念は、杞憂だった。
アナの答辞は、自分たち卒業生を指導してくれた先生方や先輩、そして自分たちを慕ってくれた後輩に対する深甚な感謝の念に満ち満ちており、またこの学園で学び培い、また得たものを貴族として最大限に活用したい、そのために弛まぬ努力を続けていく―その高貴なる者の心根と気概を前面に打ち出した、聴いているだけで背筋が伸びるものであった。
アレンさんとの話は、ほんのちょっと『この学園にて、素晴らしい人物と交誼を結ぶことが叶ったことは、誠に望外の僥倖です』と触れたに留まっている。
「わたくしがこの学園にて、素晴らしい学生生活を送ることが叶ったのは、先に触れさせて頂いた皆様のおかげです。そのことに対するお礼を以て、答辞を締め括らせて頂きます。ご清聴、ありがとうございました」
アナがそう締め括ると、学園の講堂に万雷の拍手が鳴り響いた。
その後、卒業証書が全生徒34名に授与され、無事に卒業式は終了した。
◇◆◇
卒業式が終わると、暫くの時間を置いて去年のように卒業進級祝賀パーティーが行われる。これも去年のように、多くの来賓を招いて王城内のダンスホールで行われるのだが、その中に国王・王妃両陛下がご来駕あそばすと聞いて、少なからず驚いた。…確か、両陛下は去年のパーティーでは来てなかったですよね…
「何か、重要な発表を行うそうだ。それに、今年度の最優秀生徒の表彰にあって、勿体なくも国王陛下から表彰して頂けるらしい。アレンも私も、光栄なことだ」
「俺なんか、光栄を通りすぎて恐縮すぎて、今から足がふわついてますよ」
そう。2年次の最優秀生徒は、卒業席次で仲良く首席になった、アナとアレンさんだった。…最優秀生徒が2人出るのも妙な話ではあるが、これも首席が2人出たのと同じ、先生方の苦肉の策である。アレンさんを最優秀生徒から外したらアナが確実にガチギレするし、さりとて成績・実績面でも身分面でも最優秀生徒に相応しいアナを外すわけにも行かない。
一方で1年次の最優秀生徒は、卒業式で送辞を述べた1年生総代の若様だった。どうやら、昨年度の1年次の最優秀生徒と違って侯爵家ご令息様という地位に恥じぬだけの成績を諸分野で上げ、またそうするために弛まず努力しているそうである。
その若様は、畏れ多くも国王陛下おん自ら表彰して頂けると聞いて、ガチガチに緊張しているらしい。…大丈夫ですよ、国王陛下は優れたお笑いの才を持っているってだけの、気のいい紳士ですから。
まぁそうこうしているうちに時間が来て、わたしたちは馬車に乗り合って王城に向かうことになった。と、わたしの横に座っていたイザベラがわたしに声を向けた。
「エイミー嬢…いえ、お師匠様」
イザベラがわたしのことをこう呼ぶ時は、決まって治癒魔法に絡んだ質問を受ける時だ。彼女にそう呼ばれた時には、わたしも彼女への返しを普段と変えている。
「イザベラ嬢、どうしたのですか?」
わたしがこう答えると、決まってアナとマーガレットのタイプの違う美貌に悪役令嬢の笑みが浮かぶのだ。わたしには似合わないそうである。…ムカつく。
「先日お師匠様に課されていた、A級治癒魔法の通常発動の発動機序の確立ですが…私は、まだB級治癒魔法を何度か通常発動したら枯渇する程度の魔力しかないんですが、それでも確立する必要があるんですか?」
わたしもかつて、同じようなことをバインツ侯爵閣下に聞いたなぁ…懐かしや。
「これはバインツ侯爵閣下の受け売りなのですが、自分の魔力の分を超えた治癒魔法の発動機序を覚えておくことはメリットづくめなんです。それを覚えておけば、将来S級治癒魔法の発動機序の発明でインスピレーションが浮かびやすくなりますし、あと魔力増強に使えるのが大きいですね」
わたしの話に、イザベラだけでなくアナやマーガレットも興味を抱いたようだ。氷魔法にも聖氷魔法にも、魔力は必要だからね。
「自分の魔力の分を超えた魔法を発動したら一発で魔力が枯渇するから、傍にポーションや魔力水を置いておいて、魔力が枯渇するたんびにそれで魔力を回復させて…って繰り返すと、もう覿面に魔力が増強されますよ」
その場にいた皆がうげぇ、と言いたげな顔を見せた。気持ちはよく判るよ?判りますよ?魔力枯渇って、本当にしんどいもんね。強烈な倦怠感と脱力感、そして完全枯渇に至ったら一発で気絶して、下手すると生命にも関わる。それをポーションや魔力水で無理矢理に回復させたら、精神だけでなく肉体にも猛烈に負担がかかる。
…いやほんま懐かしい。バインツ侯爵閣下のご指導を受けるためのテストでそうなっちまったことがあるもんなぁ…あの時は、意識喪失から免れるために唇の端を噛み破ったこともあるし、最後には鼻血ブーになった挙句気絶しちまったんだ。
「え…エイミー、その、私たちも…同じような精進を積む必要があるのか?」
アナが美貌を引き攣らせて呻くようにわたしに言葉を向けた。それに応えるわたしの顔には、ちっとも似合わない悪役令嬢の笑みが浮かんでいたことだろう。
「無理に、とは言いません。この、魔力枯渇寸前からの超回復を利用した魔力増強法は、魔力に特化した方法なんです。魔物や敵との戦闘によるレベリングでも、普通に魔力は増強されますよ。けどね…」
アレンさんみたいな、マカーブルな笑い方ができただろうか?
「戦闘によるレベリングだけで、聖氷魔法やS級氷魔法、それにS級治癒魔法の高速発動を連発できるだけの魔力が得られるかどうかは判んないですけどねぇ…」
「そ、そのにちゃぁってした笑い方はやめてちょうだい…」
マーガレットが怯えたような声を出した。アナやイザベラも、わたしを何やら人外の化け物を見るような目で見ている。…失敬な。
「え、エイミーはそのような過酷極まる精進を幼少の頃から続けてきたのだな…お前の魔力が人間をやめたレベルの代物であるのも頷ける…」
「ほ、本当ですね…そんな過酷な努力を続けてきたのなら、お師匠様の魔力が人間やめてるのも宜なるかなですね…」
幼少、って言うほど昔じゃないですよ。…精々、6~7年くらい前からかな?丁度その頃に、バインツ侯爵閣下をヨハネスさんに引き合わせて頂いて、それからだから。あと、何度も言うとるけど人を人間やめてるとか言うなし。うりいいぃぃ。
そんなことを言っているうちに、馬車は王城に到着した。
原作ではなかった卒業式まで、辿り着くことができました。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。