第192話 ヒロインは悪役令嬢と元町人Aの恐ろしさを思い知らされる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
学園の教師連中が、唯々アレンさんの4期連続満点を妨害し、彼に思い知らせたいというだけで難易度トリプルルナティックな期末試験の問題を作った―そのわたしの仮説に、アレンさんよりも寧ろアナが最初に反応した。抜群のプロポーションを保つ肢体から、南極大陸内陸部の極夜の凍気が滲み出てきている。
「ふ…ふふ…ふふふふ…成程な…そのような、個人のつまらぬ感情を満足させるためだけに、この学園の期末試験を台無しにしたということか…」
…この自習室に来る前に、お花畑でお花を摘んでおいてよかった。そう思うくらい、アナの笑顔は…恐ろしかった。試験の不出来に抱き合って泣いていたマーガレットとイザベラは、今やアナの美しくもドライアイスの如き酷冷の、そして恐ろしい笑みに抱き合って怯え震えている。
オスカーは、いつしかアナの、女帝の酷寒の激怒に気圧されて壁に貼り付けになり、繊細と強靭のカクテルとも言うべき美しい顔を恐怖に歪めている。どことなくコミカルだが、ンなこと言うてる場合ではない。
…そして、本来アナを宥めるべきアレンさんは、と言うと。
「…そうか…そういうことだよね、アナ…そいつらは、私情で期末試験という学生にとっての大切ごとを、ブチ壊しにしたということだね…それも、俺に一泡吹かせたいなんてバカな理由で…」
…アナと同等以上にブチ切れていた。
「…その通りだ、アレン」「…アナ、そいつら殺っちゃう?処しちゃう?」
「…いや、それは慈悲でしかない。貴族の一員でありながら、公事を私情で歪めたのだ。…この愚物どもの所業は、賄賂にて国政を歪めるにも等しい所業、一命を以てしても贖い切れぬ大罪だ。死をも希うような、死すら救済と感じるような、そのような境遇こそが奴らには相応しい」
アナが両の口の端を吊り上げ、美しくも恐ろしい三日月を作りながら、『贈収賄に対して凌遅処死』並みのとんでもねぇことを言い放った。その、文字通り恐ろしい笑みのままわたしに向き直る。
…つくづく、事前にお花を摘んでおいてよかった…下着に黄色い汚点を作るところだった…つか、声を出せなくされた上で鉱山送りにされるかと思った…
「…エイミー…適切な進言、感謝する。確かに私には理解も許容もできぬ話だが、お前の話には説得力がある。…こうしている場合ではないな…アレン、ラムズレットの王都邸に行くぞ。お父様から国王陛下に言上申し上げて頂き、然るべき処置をとって頂く。…将来の国家の柱石を育てるべき王立高等学園でかかる不正が行われていたなど、到底看過し得ぬ」
アレンさんはものも言わずに立ち上がり、アナの酷寒の剣幕に震え上がっているわたしたち4人に向き直った。アナそっくりの三日月から発せらるは、普段通り耳に心地よい筈だのにおどろおどろしい響きに満ちたテノールの声。
「…皆様、そんなわけなんで多分反省会をやってもムダだと思います。きっと、従来の学園の教育カリキュラムから大きく逸脱している筈ですから。…アナと俺で後始末をやりますから、どこか適当なところでお茶会でもしてお待ち下さい」
「「「「は、はひ…」」」」
声帯を誤作動させた4人を尻目に、ドラゴラント伯爵夫妻は自習室を出て行った。
◇◆◇
…わたしの仮説は、2つほど間違っていた。…いや、今期の期末試験問題がこんな狂気じみた難易度だった理由は、確かにアレンさんの4期連続満点を妨害しようという動機に基づいた行動だった。そうすることによって、『クソ生意気な賎民の鼻っ柱をヘシ折ってやろう』とした、それに間違いはない。
…1つ目の間違いには、動機はそれだけじゃなくって、この事件の犯人はアナの4期連続満点も妨害しようとしていたのだ。もう1つの間違いには、犯人の人数は複数ではなくって…たった1人だった。
…信じられるか!?唯々アナとアレンさんに “思い知らせる” ためだけに、文章読解、高等算術、地理・歴史、自然科学全般、魔法理論の全分野に亘って王立高等学園のカリキュラムから大きく逸脱した、現時点で結論の出ていない学説すらも引っ張り出してきて試験問題を作ったって言うんだぞ!それも、複数人で調べたわけじゃない、たった1人でだぞ!!
…つくづく信じられねぇ…マヂでその執念をもっと建設的な方向に活かせや…
ちなみに、その犯人である教師は去年のあのバカげた決闘騒ぎで、最低最悪の尻馬に乗ってアナに嘲笑を浴びせかけていた一人だった。…まぁ要は、当時の最低最悪を支持する一派で、尚且つ反ラムズレット閥の一員だったというだけの話である。
それで自分が支持する当時の王太子殿下とそのご学友をボコし、しかも彼らの破滅を齎した忌々しい賎民に一泡吹かせてくれん、ついでにいけ好かねぇラムズレットの小娘にも痛い目見せてやろう、そう考えたということだ。
…ちなみに、ラムズレット公爵閣下や国王陛下のお許しを得てその教師を拷問にかけ、これらの情報を引き摺り出したのは、他ならぬアレンさんとアナであった。
ドラゴラント伯爵となってよりこのかた公私ともに多忙を極めていた筈のアレンさんは、何時の間にか治癒魔法の基礎を修得しただけでなくC級治癒魔法の高速発動までも使いこなせるようになっていたのである。
…どうやって、そんな時間を捻り出したんだ?つくづく、頭のいい人は時間の使い方も上手い、そのことを痛いほど思い知らされた。
…閑話休題。そこで、その教師をアナの聖氷魔法で抵抗できぬように拘束して貰い、剥き出しになった部分を風魔法を使ったかまいたちでちみちみと傷付けては、 “痛覚遮断なしで” 診断と治癒を繰り返した、と言うことだそうだ。
…要は、かつて彼がわたしに水を向けた “治癒魔法を拷問に使う” 、これを実践したのである。…水を向けられた時には、まさか彼がマヂでやるとは思わなんだ…
まぁ考えてみれば、彼がドラゴラント伯爵になる前はラムズレット公爵家の家中として、公爵閣下の暗器の任に就いていたもんな…諜報や暗殺は言うに及ばず、果ては拷問みたくなことにも手ェ染めたことがあったって言ってたな。
「奴を使った実験によると、より高級な治癒魔法の方が疼痛が強いようですね。E級よりもD級の方が、そしてC級の方がより激しく痛がってました。あと、通常発動よりも高速発動の方が疼痛が強いみたいです」
「エイミーにも、S級治癒魔法で手伝って貰おうかと思ったのだがな。アレンが『それをやるときっとこいつ、激痛で気が狂うんじゃないかな』と言うので、お前の手を煩わせるのはやめにしたのだ」
「そうだよね…正気を失われたら面白くな…ゲフンガフン、こんなふざけた真似をした動機を吐かせられないからね…」
…あなたたち、人を癒すための治癒魔法を何に使ってるんですか…いや気持ちは判るよ?アナもアレンさんも、貴族としての矜持にかけて、感情で公事を私するような奴が赦せないってことは、よーく判りますよ?…でもさ、それはちょっと、いやかなり、いやもの凄く、いやこの上なくエグすぎやしませんか?
…おまけにアレンさん、今「面白くない」って言いかけましたね?…その性癖、アナとの『夫婦生活』ではくれぐれも出さない方がいいですよ?
…アナとアレンさんの行動の是非に関してはともかく、わたしは心に刻んだ。…絶対に、絶ッ対に、彼らを敵に回してはいけない!彼らを敵に回したら、声を出せなくされて鉱山送りにされた挙句ならず者どもの慰み者にされて、最終的には梅の毒に中って腐れ死んじまうことは必定だ!!
そのわたしの恐怖が表に出まくり倒しまくった顔を見るや、アナとアレンさんは気まずげな笑いを浮かべて弁明した。
「…エイミー、その様に怯えないでくれ。アレンも私も、断じてお前にそんな真似はしない。お前は、他者を人間とは思わぬような挙を為して数多の無辜の血を流したり、多くの者たちの人生を破壊しようとするような人間ではなく、況してや私のことをならず者どもの慰み者にされて心身をズタボロに穢し尽くされてしまえばいいなどと公言するような人間では決してないからな」
「エイミー様、そうですよ。アナも俺も、決してあなたにそんな真似はしません。あなたは、この世界をゲームの延長のように扱ったり、あなたの欲望を叶えるためにこの世界の人々の人生を玩具のように扱ったりするような人間じゃないことは、俺たちはよく判っています」
…アナやアレンさんが言ってることの内容が正直よう判らん。幾百千万回も言うとるが、わたしがこの世界にエイミー・フォン・ブレイエスとして転生したことが判った際に心に定めた至上目的は、悪役令嬢アナスタシアへの贖罪、その上での彼女の幸福だ。それは叶ったと思う。多分。おそらく。きっと。Perhaps。
無論、わたしとて私的な欲望はある。その最たるものは、わたしの治癒魔法の恩師たるレオンハルト・フォン・バインツ侯爵閣下が後世に『エイミー・フォン・ブレイエスの師匠であったレオンハルト・フォン・バインツ侯爵』と呼ばれて頂きたい、というものだ。無論そのためには、誰よりもわたしが死に物狂いの努力を続けなくてはならない。そのことくらいは判っている。
あとそれと、この世界で生活に困るようなことのないことと、この世界で送ってきたエイミー・フォン・ブレイエスとしての人生の中で得られたかけがえのない仲間たちと終生縁を結ぶことができれば、他には何もいらない。
元よりわたしは聖人君子なんぞではないことはわたし自身が誰よりも強く自覚しているが、この世界をゲームの延長のように扱ったり、自分の欲望を叶えるために人々を玩具のように扱ったり、他人を人間扱いしないような行動をして多くの人々の人生を破壊したり…況してやアナをならず者どもの慰み者にされちまえばいいなどと公言する、そんな人として終わってる行動を起こすわけがない。
特に最後の発言は、女性としては勿論のこと人間としても決して口に出してはならない発言だ。…ンなことを、それも女であるわたしの前でほざいとった奴がおったなぁ…何つぅ名前やったか…まぁいいか。どうせ、碌な奴じゃねぇだろう。
「す、済まなかった。お前がどれほど素晴らしい人格を持っているか、平素の付き合いでよく判っている筈なのに、何故かお前がそのような挙に出てしまうような、そんな気がしてしまうことが至極時々あってな」
「も、申し訳ありません。俺もそうなんです。エイミー様のお人柄はよく判ってるんですが、何故かエイミー様がそんなことをしてしまうような気がしてならないことが、極たまにあるんです」
アナとアレンさんに唇を尖がらして抗議すると、2人はそう謝罪してくれた。…それにしても、なして2人ともそんなこと考えるんやろ?
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