第189話 (アレン視点) 元町人Aはヒロインが見た夢について考察する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
エイミーが見た夢について彼女がこの場の面子に話すと、その場にいた6人のうちエイミーと俺以外の4人は困惑の表情を浮かべていた。…まぁそりゃそうだ。彼女の夢の中に彼女のそっくりさんが出てきて、『何故あの最低最悪を救ってあげてくれなかった?』と難詰したというのだから。
しかもその、エイミーのそっくりさんはあの最低最悪を、『カール様』と呼んでいたという。…まぁ、エイミー自身もかつて奴をそう呼んでいたことはあったが。
「何かそいつ、本気で奴のことを想い慕っていたような風があるんですよね。悪趣味にも程があると思いませんか?」
…容赦ねぇな…まぁ、否定はしないけどね。アナのような素晴らしい婚約者をあれだけ虐げてきて、おまけにあんな酷いことをしようとしていたようなクズだもの。
「だから、はっきりそいつに教えてやりましたよ。あの最低最悪は無能で愚劣で自堕落で怠惰でケツの穴が狭くて、しかも臭いフェチの神話級ド変態で、おまけに女性の尊厳を踏み躙ることしか考えてない最低最悪のバカクズ廃太子だってね」
…本当、容赦ねぇな…全く同感だがね。…ってか、貴族令嬢たるお方が『ケツの穴が狭い』なんて言い方、するもんじゃないですよ…
「おまけにそいつ、アナ様のことを意地悪だ、とか訳判んないことほざいてたんですよ?アナ様が意地悪だったら、ウィムレット公子様やドラゴラント伯爵閣下はどうなるんですか?鬼畜ですか?伊〇三兄弟ですか?勝○紳〇ですか?」
…〇頭三兄弟はともかく、〇沼〇一なんてよく知ってるな…SN〇W以前のス〇ジオメ〇ウスの作品なんざ、古典の域に入るぞ…それはともかく。
…どうやら、エイミーはさっきオスカーと俺が彼女の寝坊癖をいじったことを根に持っているようだ。思わず苦笑が漏れ、彼女の眼鏡越しの険しい視線が俺を刺す。
「…笑いごっちゃないですよ?…とにかく、アナ様みたくな優しくて素晴らしい女性を意地悪とかほざいてる時点て、先に言った最低最悪への思慕の念も併せて、人を見る目がなさすぎじゃないですか?」
「…お世辞はやめてくれ。そのように言われるということは、きっと何処か私に至らぬところがあった、そういうことなのだ」
「ンなこたぁありませんって。超絶美人で文武両面でめたくそ優秀で、おまけに優しくて。アナ様は、わたしに言わせて頂けりゃぁ、淑女の鑑ですよ。わたしなんざ、目標にしようって気も起きないくらいです」
「エイミーの言う通りですよ、アナ様」「そうですよ」「その通りです」
エイミーの賛辞にマーガレット、イザベラ、そしてオスカーが賛同する。俺も、「アナ、エイミー様の仰る通りだよ。君は、俺なんかには勿体なさすぎる素晴らしい女性だ」と言っておいた。…惚気?事実を、惚気とは言わねぇんだよ。
アナは顔を真っ赤にして「…う…バカ…でも、ありがとう」とお礼を言ってくれた。…可愛いな…ッと!それはそれとして、だ。
…確かに人を見る目がなさすぎる、とは言える。しかし、エイミーのそっくりさんで最低最悪を想い慕っていて、しかもアナに対する悪感情がある…それって…『本来の』エイミー・フォン・ブレイエス…ということじゃないのか…?
「まぁとにかくそんな感じで訳判らんこと言われてムカついたんで、あんな奴に惚れたら遠からず輪姦された挙句ならず者どもに引き渡されて慰み者にされちまうぞ、ってしっかり判らせてやりました。おっ死ぬか精神が崩壊するかするまで、三つの穴を延々塞がれ続けるハメになるぞ、ってね」
エイミーのその言い種に、俺はドン引きさせられた。…いや、俺だけじゃない。アナも、マーガレットも、イザベラも、オスカーもだ。…先にも言うたけど貴族令嬢たるお方が、『輪姦す』とか、『三つの穴を塞がれる』なんて言い回し使うもんじゃありませんよ…あれ?何か太いブーメランが刺さったような気が…
◇◆◇
その日の勉強会がはけた後で、俺は平民用男子寮に戻らずに東部冒険者ギルドに向かった。オスカーとエイミーが所属している冒険者ギルドである。
東部冒険者ギルドは貴族街に近いため、俺がかつて所属していた西部冒険者ギルドよりも王立高等学園からほど近い距離にある。正直、ありがたい話だ。これから西部に行くとなると、徒歩では正直しんどい。
東部冒険者ギルドの玄関から中に入り、受付のおばさん…っと、失礼、おねいさんに来意を告げる。…こちらのギルドの看板ヒーラー、エイミー・フォン・ブレイエス様にお会いしたいと。
名前を問われたので、別に隠すこともないと思い素直に名乗った。…後にして思えば、これは失敗だった。このことについて、この後に事もあろうにエイミーにすら笑いながらお説教された。…正直、屈辱ですらある。
「アレン・フォン・ドラゴラント…?…!ど、ドラゴラント伯爵閣下ですか!?」
流石におねいさん、と呼ぶには苦しくなってきた年齢の受付の女性に素っ頓狂な声を上げられ、眼前にペンと色紙を差し出された。
「閣下、閣下は私たち平民にとって希望の星なんです!エスト帝国との戦いで大功績を上げて、平民出でありながら貴族、それも伯爵に列せられて!お会いできて光栄です、サイン下さい!!」
…は…はい…?…へ?サイン?
受付の女性が出した素っ頓狂な声に導かれて、ロビーにいた冒険者たちがぞろぞろと受付に集まってきた。そして彼らは俺を視界に入れるや否や。
「おう!アレン坊じゃねぇか!」
「おいバカ!今じゃ、ドラゴラント伯爵閣下なんだよ!」
「あ、そうだった!閣下、すげぇですね!」
「閣下は、俺たちの希望の星なんですぜ!俺たちも、あやからせて下さい!!」
「バーカ、おめぇじゃ無理だよ」「ンだとぉ!?」
そんな感じで収拾がつかなくなった頃に、ギルド長さんがやってきた。
「…おう、ドラゴラント伯爵閣下じゃねぇですかい。この度は伯爵陞爵とご婚約の成立、おめでとうごぜぇやす。今日はまた、どのようなご用件で?」
それに対する俺の返答に、ギルド長さんの眼光が険しくなった。
「ギルド長さん、ありがとうございます。エイミー様はいらっしゃいますか?」
「…伯爵閣下、まさかたぁ思いやすが、婚約者をお持ちの身でエイミー様にコナかけるつもりじゃござんせんでしょうね?」
…!ないない!そりゃ、言動はアレだけどエイミーは善良で優しくて魅力的な女の子だし、容姿だって乙女ゲーのヒロインを張れるくらいだからどこに出しても恥ずかしくない美少女だ。…だが、彼女には失礼だが、俺にとってアナ以外の女性ははっきり言って全員イモやカボチャと同然だ。そーゆー対象にはならないよ。
「ギルド長さん、ご安心下さい。俺にとって、婚約者以外の女性は皆イモやカボチャと同様です。エイミー様をどうこうなんて、そんなつもりは全くないですよ」
「…そうですかい。ま、そんならいいんですが…エイミー様をイモやカボチャ同様って言われるのも、それはそれで何だか引っかかるものがござんすねぇ」
…じゃぁ、何て言えばいいんですか?
◇◆◇
ギルド長さんにエイミーの私室まで案内して貰い、ドア越しに俺の来訪を伝えて貰った。俺の来訪を聞いたエイミーは一瞬驚いた様子をドア越しにも判るように示したが、「他言無用の用事がある」と俺が言うと、すんなりと俺を私室に入れてくれた。…っと、これはちゃんとギルド長さんに言っておかなくちゃだな。
「ギルド長さん、この部屋の前にどなたか見張りを付けておいて頂けますか?俺はエイミー様を口説いたり、コナかけたりするつもりは全くありませんが、そうして頂けたら皆さんも安心なさると思うんです」
「へ、へい。閣下がそう仰るんでしたら。エイミー様、よござんすかい?」
エイミーは、「わたしは別に構わないですよ」と答えてくれた。さてそこで、改めて椅子に座した彼女の姿を確認してみる。…やっぱり。『自己完結』してたよ。
まぁ寛ぎたいだろうから制服のブレザーとチョッキは脱ぐだろうし、リボンとブローチも外してブラウスの第一ボタンも外すだろうが、もう秋も深まって寒い日もあるだろうにブラウスの袖を肘下まで捲る必要も、ローファーと靴下を脱ぐ必要もないでしょうが?…もうこの人、病膏肓に入ってるな。
え?エイミーの制服裸足姿に、男の衝動を掻き立てられないのかって?…お前ら、イモやカボチャが制服裸足姿でいる姿にリビドーを掻き立てられるのか?
「…伯爵閣下、何をジト目で見てらっしゃるんですか?」
寧ろエイミー本人が眼鏡の奥をジト目にして俺を睨めつけ、脱いだ靴下を中に突っ込んだローファーを、裸足の右足の人差し指と中指で摘んでぷらぷらとぶら下げていた。…また随分と器用だなおい。
「伯爵閣下はおやめ下さい。自習の時に要らんこと言ったのは謝罪致します」
ふ、と微笑みを漏らしてエイミーは俺の謝罪を受け容れてくれた。
「アレンさん、その謝罪謹んで容れさせて頂きます。わざわざこうやって訪って下さったのは、わたしが昨夜…というよりも今朝未明に見た夢の件ですね?」
「そうです。アレは…俺の見立てでは、運命の断末魔の絶鳴だと思うんですね」
足指で摘んでいたローファーをぽい、と床に放り投げて、穏やかに微笑んだままエイミーは俺の私見に賛同してくれた。
「言われれば、その通りですね。これだけめちゃくちゃに破壊されてしまったら、幾ら糞ヘイトシナリオがゴキブリみたいにしぶとくても復活は無理ですよ。それで、ヒロインのくせにシナリオ破壊に加担したわたしに怨言を垂れに来た、と」
そう言うと、エイミーは椅子の上に奇妙な足の組み方をして座っていた両足を直し、素足を傍のサンダルに突っ込んで直立すると。…俺に対して深く頭を下げた。
「アレンさん、本当にありがとうございました。アレンさんがいて下さったから、悪役令嬢を、わたしを親友だと言ってくれたアナを、救うことができたんです」
「とんでもない。俺こそ…エイミー様には助けて頂きました」
これは偽らざる本音だ。腐れクズ脳筋にボコされて瀕死の状態だったオスカーを治癒してくれたこと、細かいところで色々とアドバイスしてくれたこと…それらもあるが何よりも、彼女があのふざけた運命を厭い嫌い、それに背反する行動を取ってくれたことは、何よりも俺にとってありがたかった。
エイミーがこの世界のヒロインを気取り、悪役令嬢の追放と逆ハー達成を目論んでいたとしたら…或いは、俺が前世の記憶を取り戻した際に至上目的とした王都壊滅阻止、これは叶わなかったかもしれない。
彼女は、悪役令嬢への贖罪のためにその行動を取ったと言っていた。だが、そのために救われた生命は無数にある。…まぁ最低最悪や腐れクズ脳筋、また糞クズメガネやエスト帝国のように破滅した存在もあるっちゃぁあるんだが…
破滅した奴らは、アナに悪意を向けたから破滅しちまったんだ。
俺にとっては、俺自身を含む全世界と引き換えにしても護りたい最愛の女性。
エイミーにとっては、贖罪の対象であり、同時に得難い親友。
そのアナを、破滅させようとしたり醜悪で穢らわしくおぞましい陰謀の生贄に捧げようとしやがったから、破滅しちまったんだ。自業自得だ。
…と、エイミーが優しい微笑みのまま右手を差し出してくれた。眼鏡の奥の緑色の瞳も、その可憐な美貌と同様に優しく笑っている。
「アレンさん、これからもいいお友だちでいましょうね」
「…それって、男からの告白を袖にする時の女性の常套句じゃないんですか?」
「いいんじゃないですか?わたしはアレンさんに想いを袖にされたわけですし」
…まさか、2年次前期が始まって間もない頃にエイミーが俺に対して飛ばしたヨタ、あれは本気だったのか?本気で、俺を想い慕ってくれていたのか?…万一そうだったとしても、当時はアナの騎士として、俺は彼女の想いに応えるわけにはいかなかった。そして今は、アナの婚約者として、絶対に彼女の想いに応えることはできない。…言うまでもないが、そのつもりも全くない。
…そのことを、エイミーに謝罪するべきだろうか?…いや、それだけは絶対にするべきではない。彼女に対する侮辱ですらある。
「そうですね、エイミー様。今後も、友だちとして宜しくお願い致します」
そう言って、俺はエイミーが差し出してくれた右手を握った。彼女の、痩せて骨と血管が浮き出た繊手は、不思議に心地よい暖かさを持っていた。
よく言われる『男女間の友情は成立しうるや否や』という議題ですが、
ここでの元町人Aとヒロインのような関係なら
成立しうるのではないか、と愚考致しました。
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