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第187話 ヒロインは文化祭を目一杯楽しむ

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

文化祭の当日、わたしたちのグループは『経済成長によって齎される廃棄物の激増に対する対策』と題打った展示を行っていた。


ブルゼーニ戦役―アレン無双によってブルゼーニ全土がセントラーレンの領土となった戦争がそう名付けられた―と、その後にアレンさんが亡エスト帝国の帝都でブチ上げてきた巨大花火によってセントラーレン建国以来の安全保障上の宿痾であったエスト帝国が完全に無力化し、その結果安全保障に向けていた国内のリソースの殆どを国内の諸問題の解決に向けることができるようになったのは先に述べた。


そして、手始めにそのリソースを王都ルールデンの貧民街の再開発に向けることにより、貧民への救済と就労支援、またそれに伴う諸産業の振興を狙ったのである。


それはいいのだが、その結果として以前とは比較にならないほど大量の産業廃棄物が出るようになった。おまけにその廃棄物は腐敗性のものが殆どであるため、そのまま放っておくと悪臭・害虫の発生にも繋がり、疫病の蔓延にも繋がることは必定である。そのため、廃棄物処理は喫緊の課題となっているのだ。


無論、廃棄物問題の他にも過重労働や経済格差拡大などの問題はある。だが、それらよりも先に廃棄物問題が顕現したからそれに対する対策をメインにしたわけだ。


その他の問題については、A2用紙程度の大きさの展示に『これらに起因する諸問題は未だ顕現していないものの、今後それらに起因する諸問題が出てくる可能性は否めない。従って、現時点のうちにそれらに対する泥縄でない対策を考慮しておく必要がある』と、アナの流麗な女文字で追記されるに留まっている。


さてメインの題材である廃棄物対策である。そこで、有機物を多く含む腐敗性廃棄物を “逆浄化” し尽くして堆肥化するという対策を主に打ち出していた。無論、展示内容もそれが殆どである。


そして、ただ展示するだけでは物足りないというので、腐敗性廃棄物の代替品としてグループのメンバーがそれぞれ生ゴミを持ち寄って、それを浄化魔法を用いた “逆浄化” による堆肥化のショーを行うことにした。


そして、その堆肥化ショーの主役をわたしが仰せつかったのである。理由は、アナによると「エイミーの “逆浄化” が、一番時間も短くて済むし、堆肥化の様子も劇的だからな」ということだった。学園でもやっていたことだし、別にわたしに異論はない。それはいいのだが…


「アナ、重いだろ?俺が持つから、君が持ってきたものを寄越してよ」

「いや、そうはいかない。私が持って来たゴミだ。私が持つのが筋というものだ」

「君に、そんな汚いものを持たせることはできないよ。俺の手はとっくに汚れてる。汚いものは、俺に任せて欲しいんだ」

「その『汚れてる』というのは、また別な意味だと思うのだが…そこまで言ってくれるのであれば、持ってくれるか?」

「ありがとう。俺は、君の役に立てるのが何よりも嬉しいんだ」

「…アレン…ありがとう…」


…まぁこんな会話を聞きながら作業をするのである。他のメンバー、オスカーやマーガレット、それにイザベラやわたしは甘々しい空気に7割の微笑ましさと3割の鬱陶しさを感じながら展示の作業を進め、それぞれ持ち寄った生ゴミをガラス製の透明な容器に放り込んでいた。


…時折マーガレットは外の売店でやたらと苦いお茶を人数分買いに出る。オスカーが大き目の生ゴミをハンマーで細かく殴り砕く手つきも、たまに荒々しくなっている。これらは、きっと3割の鬱陶しさの為せる業だろう。


そうしているうちに、文化祭の開催時間となった。一度目の堆肥化ショーの時間でもある。いつも手のかかる治癒の際にはそうするように、わたしは袖を肘下まで捲り上げ、第一ボタンを外したブラウス姿でイザベラに声をかけた。


「イザベラ様、そろそろとっ(ぱじ)めます。客寄せをお願いします」

「エイミー嬢、判りました」


◇◆◇


最初の堆肥化ショーには、思ったよりも人が来ていた。廃棄物処理という、この国随一の名門学園にはあまり似つかわしくない題材を、この国屈指の名門貴族のご令嬢様を中心とするグループが発表するのである。皆の興味を引くのも無理はない。


「それでは、只今より生ゴミの堆肥化ショーを行います。さてはて、『癒しの姫御子』は『堆肥化の姫御子』となり果せることが叶うでしょうか?」


イザベラの司会に笑いが起き、わたしはずっこけそうになった。何じゃそら。


「それでは、始めさせて頂きます」


わたしはある程度の大きさに破砕された生ゴミが満載された容器に手を翳し、 “逆浄化” の術式を稼働した。途端に、野菜クズや獣肉を獲った後の骨など、ある程度形状を維持していた生ゴミの形が溶けるように崩れ、土塊(つちくれ)のようになっていく。やがてその土塊も崩れ、生ゴミは全て水分を含んだ土状の堆肥となった。こうなるまでに、1分もかかっていない。


「おぉ…」「すげぇな…」「あっという間にできるのな…」


そんな騒ついた声が聞こえる中、イザベラの司会が説明を加える。


「これほど急速に堆肥化ができたのは、エイミー嬢が堆肥化を手がけたからです。ご存知の方も多くおられると思いますが、エイミー嬢の魔力ははっきり言って人間をやめているレベルです」


また笑いが起こった。せやから、人間やめてる言うなし。うりいいぃぃ。


「皆様ご存知の通り、エイミー嬢はS級治癒魔法を自由自在に扱うことのできる凄腕のヒーラーです。それだけのヒーラーが治癒関連魔法を扱うと、これだけの芸当も造作もなくできるんです」


また観客が(ざわ)つく。それはまぁしゃぁないかもだ。S級治癒魔法と言うたら、治癒魔法の最高峰、絶大な治癒力を誇る治癒魔法だもの。


「それでは、質問の時間に移らせて頂きます。ご質問のある方、何でもどうぞ」


イザベラがそう言うと、真っ先に最先頭で見ていた男子生徒の手が上がった。彼は、何とかいう子爵家の若様だ。


「先ほど、イザベラ嬢は治癒関連魔法と仰いましたが、この生ゴミの堆肥化にはどのような治癒関連魔法を使ったのですか?」


それに対して、イザベラが丁寧に答える。


「治癒関連魔法の中に、傷口の雑菌や病毒を不活化する浄化魔法や消毒魔法があります。ここでは、その浄化魔法を逆回しにして、生ゴミに付着した微生物を大量増殖させて生ゴミを分解し、堆肥化しました」


まぁ治癒関連魔法自体はそんなに難しい魔法でもないからね。 ”治癒” の “逆加護” でも授かっていない限り、簡単に習得できる魔法です。だから、観客の皆さんもやろうと思えばこの堆肥化はできますよ?


とまれ、そんな感じでわたしとイザベラが担当している堆肥化ショーはなかなかの好評を博していた。他に展示されているコーナーでは、アナやアレンさん、オスカーやマーガレットが見学に来たお客さんに対して丁寧に説明している。


その堆肥化ショーと展示の説明、それらをこなしているうちにお昼の休み時間になった。午前中最後の堆肥化ショーを終え、『お花畑』で手を洗ってくる。別に直に生ゴミに手を触れたわけではないが、何となく気分の問題だ。


そうして展示室に戻ると、マーガレットがお昼の買い出しから戻っていた。


「これ、エイミーの好物だったわね。はい、どうぞ」


そう言ってわたしに渡してくれたのは、ポークカツレツのサンドイッチ。確かに、わたしの好物だ。かつて、アルトムントに遊びに行った時にオーク肉のカツレツを好物だと言っていたことを、彼女は覚えていてくれたのだ。


「マーガレット様、ありがとうございます。子供の頃から、好物なんです」


そう言って笑いかけると、彼女も微笑みを返してくれた。


◇◆◇


午後も午後とて同じように堆肥化ショーと展示の説明を続けている。午後になるとお客さんの入りも落ち着いてきたので、展示説明の当番を交代制にして他の展示も見ることができるようにしていた。ちなみに、わたしとイザベラは堆肥化ショー以外の時間は休み時間にして貰っている。


こうして見ていると、色々と見るものがあって面白い。どこかの伯爵家の若様が中心になって開いていた絵画展では美しい絵画がたくさん見られたし、どこかの侯爵家のご令嬢様が差配して男装執事カフェを開いていたのには笑った。


また、後者がかなしガチだったんよ。店内に入ると、執事の正装に身を包んだご令嬢様方が臣下の礼を執って「お帰りなさいませ、お嬢様方」って言いながらわたしたちの右手の甲に口付けを落としてくれて、お品書きも高級レストランみたく豪華な装丁が為されていて、また頂いたケーキとお茶のセットが美味しかった。


「行ってらっしゃいませ」って執事長(てんちょう)さん役の侯爵家ご令嬢様に挨拶されながら支払ったお代の1,200セントは少し高めかな、と思ったけど、楽しかったから問題ない。楽しいは、制服裸足レベルの絶対正義である。


わたしは深窓のご令嬢様のお遊びを存分に楽しませて貰ったが、一人の執事(てんいん)さんの執事服姿を見たイザベラが何かぽーっとした風情だったのが気に掛かった。


…イザベラさん、あなた禁断の扉を開いちゃったりしてないでしょうね…?


まぁ他にも講堂では劇や楽器の合奏、また合唱なども行われ、それらを存分に楽しませて貰った。しっかり練習したのもあると思うんだけど、皆上手いんよ。


満面ニコニコに笑ませて文化祭の出し物を楽しんでいたわたしに視線を向け、イザベラが楽しそうな声を発した。


「エイミー嬢、楽しそうですね」

「ありがとうございます。アナ様やマーガレット様、イザベラ様のお蔭です」


これは、わたしの偽らざる本心だ。2年次になって、アナのグループに入れて貰って、こんなにスクールライフが楽しいものだとは思いもよらなかった。


「…?私は何もしてませんよ?」


イザベラさん、ンなことありませんよ。あなたは、事情があったとはいえ万人が眉を顰めるような真似をしていたわたしを受け入れてくれたじゃないですか。


「よく判らないですけど…エイミー嬢がそう仰るのならそうなんでしょうね。…そろそろ、戻らなくちゃいけない時間ですよ」


あ、そうだった。遅れたら、アナに叱られちまう。


◇◆◇


文化祭の最終プログラムとして講堂で発表されたその年の文化祭の最優秀賞は、アナのグループが発表した『貧民街の再開発に伴う廃棄物の激増と、その対策について』の展示であった。そのことを先生が発表すると、講堂内に拍手が沸き起こる。


「アナスタシア嬢のグループの展示は、ここ近日急ピッチで貧民街の再開発が進められている、そのことに伴う弊害にスポットを当て、特にその中でも顕著な廃棄物の激増とその処理について優れた考察がなされており、その社会性が高く評価されて今回の受賞となりました」


その評価に、学生たちの潜めた声が聞こえる。


「やっぱり、廃棄物の処理は閣議でも問題になってるって父上が言ってたからな」

「そこにスポットを当てたのは、流石アナスタシア様だよ」

「私は、アンジェリカ様の男装執事カフェの方がいいと思いましたわ。でも、社会性という面でアナスタシア様の展示に敵わなかったのでしょうね」


アンジェリカ・フォン・リッテンブルグ侯爵家ご令嬢様の男装執事カフェね。うん、あれは面白かった。出してくれるものもガチ入ってたしね。


「でも俺は、あのエイミー嬢の堆肥化ショーが決め手になったと思うよ。普段は変なことばっかり言ったりやったりしてるけど、『癒しの姫御子』ともなるとやっぱり違うな。あれほど大量の生ゴミを、あっという間に堆肥化してしまうんだから」

「それは言えるな。あっという間に生ゴミが堆肥になるのはびっくりしたよ。ヴィジュアル的にも、インパクトがでかかった」


あ、褒めて貰えた。素直に嬉しい。…普段がどうこうってのは余計だけどな!


「それでは、アナスタシア嬢、受賞の一言をお願い致します」


先生に名指しされてアナが壇上に上がり、正面に向き直った。そして、彼女は薄桃色の唇を開き、言葉を発した。


「最優秀賞を頂き、光栄至極にございます。ですが、この受賞はわたくし一人の力で為し得たものではありません。このテーマを選び、展示に仕上げるにあたり、わたくしを支え、また助力してくれた仲間たちあってこそ、この栄光に浴することが叶ったと愚考致します」


アナスタシアはそこで一旦言葉を切り、少し間を置いて続けた。


「その、わたくしの分に過ぎた仲間たちと共に表彰を受けたく存じます。先生、彼ら彼女らにも壇上に上がって頂いても宜しゅうございましょうか?」

「構いませんよ。アナスタシア嬢の仲間たちのお名前を挙げて下さい」


その返答に対し、アナは壇上で嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。では、オスカー・フォン・ウィムレット公子殿、アレン・フォン・ドラゴラント伯爵殿、マーガレット・フォン・アルトムント伯爵令嬢、イザベラ・フォン・リュインベルグ子爵令嬢、エイミー・フォン・ブレイエス男爵令嬢、壇上まで上がって頂きたい」


アナに呼ばれたメンバーが壇上に上がった。わたしを含むそのメンバーを従え、もう一度アナが正面に向き直り、言葉を発した。


「このテーマを決定するに当たっては、エイミー嬢やドラゴラント伯の提言の貢献が大でした。また、彼ら彼女らは再開発にあたって生じた様々な問題について、連日関係各所に取材し、また真剣に議論してくれました。また、メインテーマとなった廃棄物についての問題やこれまでの処理方法の弊害なども真摯に調査し、展示を見に来て下さった方々に丁寧に説明してくれました」


アナが、この展示にあたってわたしたちが為した貢献について丁寧に説明してくれている。こんな風に外部の人間に対して言ってくれたら、「またこの人のために頑張ろう」って気になるんだよな。


「殊に、エイミー嬢の廃棄物の堆肥化ショーは皆様にお楽しみ頂けたものと存じます。これは、彼女のこれまでの死に物狂いの努力によって(つちか)われた強大を極める魔力の賜物であり、その一事のみにてわたくしは彼女を尊敬致します。まこと、彼女は淑女ではありませんが、素晴らしいヒーラーです」


場内に笑いが発生し、わたしはその場にずっこけた。…人をいじって笑いを取るのはやめてくれつっとろうが!


「再開発は殖産興業を助長し、貧民たちの就労支援などの救貧政策にも大きく寄与しますが、その一方で今回のような弊害も生み出します。わたくしども貴族にとって、民草の貧困をなくすことは至上命題ですが、そのために新たな問題が生じた際にどのように対処するか、将来の国家の柱石たる皆様方にとって、今回のわたくしどもの発表を些かでもお役に立たせて頂くことができれば幸甚に存じます。ご清聴、ありがとうございました」


そう言って、アナは最後に美しい淑女の礼を執った。マーガレットやイザベラはそれに倣った丁寧な、そしてわたしは拙い淑女の礼を執る。一方で、オスカーとアレンさんは臣下の礼を執っていた。


その礼に対し、先生方や生徒たちは満場の、熱心な拍手によって祝福してくれた。

この前年の文化祭におけるヒロインの行動と、この年の文化祭における

ヒロインの行動を、対にしてみました。

やっぱりお祭りは楽しまなくちゃですよね。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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