第184話 ヒロインは一天万乗の君の愚痴を聞かされる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
紆余曲折を経てイザベラ以外の全員が『お花畑』や『お手洗い場』で『小間物屋を開く』ハメになってしまった一連の騒動に関連して、わたしたちはラムズレット公爵閣下にお説教を受けていた。
「全く…君たちは、これからこの国を支えていくべき名門貴族家の子弟ではないか…それをあのように騒ぎ立てるなどと、何を考えているのかね?…アレン、君はそうではないと言いたいやも知れぬが、最早君は市井の一平民ではない。ドラゴラント伯爵、上級貴族の一員だ。弁えたまえ」
「はい…公爵閣下、申し訳ありませんでした」
悄然と謝罪するアレンさんに「向後、このようなことのないようにな」と言い置いて、公爵閣下はアナに向き直った。
「アナスタシア、お前がいながら何という体たらくだ。お前は公爵家の令嬢、他の者を統率する立場にある者ではないか。それを止めもせずに…」
「…返す言葉もございません。貴族令嬢にあるまじき愚挙、唯々恥じ入るばかりにございます。如何様な懲罰にも甘んじます故、何なりと罰をお与え下さいまし」
そこに割って入ったるは国王陛下。
「ラムズレット公、斯様に厳しく責め立てるものではない。確かに失態ではあるが、未だ歳若の若者たちだ。つい興奮し、声が高くなることもあろう。…そなたたち、今後は弁えるように。宜しいな」
「「「「「はい、両陛下、公爵閣下、申し訳ございませんでした」」」」」
わたしたちの謝罪の弁を受け、国王陛下はアナにいたずらっぽく笑って見せた。
「殊にアナスタシア嬢、軽々に『如何様な懲罰にも甘んじる』などと申すものではない。『ならば、そなたの軽挙に対する罰として、彼奴の墓前にそなたの3点セットを手向けるを命じる』と予が申したら、どうするつもりだったのかね?」
アナのスタイル抜群の肢体が、雷にでも撃たれたかの如く硬直した。淑女の礼を執る剥き出しの肩は震え、歪み引き攣れるような呻き声が漸く引き摺り出された。…つか、何で陛下が『3点セット』をご存じなんですか?
「へ…陛下の御意なれば…謹んで従うばかりに…」
アナは最後まで言うことはできなかった。アレンさんが割り込んだためである。
「国王陛下、発言をお許し下されたく」
「さし許す。ドラゴラント伯アレンよ、申してみよ」
アレンさんは陛下の前に臣下の礼を執り、而して顔をき、と上げて刺すような眼光を茶色の瞳から陛下の玉顔に向けた。それに対して陛下はほう、と息を吐く。
「その儀は、何卒ご容赦下さいませ。かかる懲罰は、臣が最愛の女性の尊厳を嘲笑するも同然の挙にございます。斯様なご命令をお下しになるのであれば…」
一旦言葉が切られ、その後で聞き心地のいい細いテノールに、これまで屠ってきた人命の腥臭を全乗せしたマカーブルな声が響いた。
「如何に一天万乗の君で在らせられようとも、臣は手袋を使うを躊躇いませぬ」
…場が凍り付いた。3人を、国王・王妃両陛下とアレンさんを除いて。
国王陛下はかつてそうしたようにひゅう、と口笛を吹き、王妃陛下は手にした扇の奥から押し殺し切れなかった上品な笑い声を上げた。
「…アナスタシア嬢、ドラゴラント伯、悪い冗談であった。許せ」
「お聞き届け下されましたこと、真に忝く、篤くお礼申し上げます。…不敬の言辞、謹んでこの通り、幾重にもお詫び申し上げます」
その言葉と共にアレンさんはその場に跪き、罪人の礼を執った。その姿に対し、もう一度国王陛下が口笛を吹く。そして発した言葉は。
「罪人の礼は無用である。先にも申したが、予が悪い冗談を申したのが悪いのだ」
「まことその通りにございます。陛下、少しお控えなされませ。…ですが、これほどの豪胆の殿方に想われ慕われるとは…」
ほほ、と扇の奥から笑い声をもう一度上げて、王妃陛下が続けた。
「まこと、アナスタシア嬢が羨ましゅう、嫉ましゅう、憎らしゅうございます」
そこで満場は笑いに包まれ、アナとアレンさんは満面朱に染めた。…似たもの夫婦なのか、王妃陛下が国王陛下の朱に染まったのか…
◇◆◇
その笑いが収まるのを機に、再び晩餐会は美食と美酒―わたしたちは飲めねぇけど―を、また音楽とダンスを楽しむ場に戻った。
アナとアレンさんは二人で連れ立って貴顕の方々の挨拶を受け、オスカーは令夫人様方のアプローチを上手いことあしらっている。マーガレットとイザベラはデザートに食指を動かしていた。…イザベラはともかく、マーガレットはさっき『小間物屋を開いてた』くせによう何か食おうという気になるわ…
そしてわたしは手持ち無沙汰である。友だちは皆それぞれの行くべきところ、行きたいところに行き、さっきゲロ吐いたせいで何か食おうという気も起きない。…全部『レバ刺し』が悪いんや…うぇっぷ…
「エイミー嬢、気分が悪くなったのかね?」「エイミー嬢、大丈夫かや?」
そこに現れたのは国王陛下と王妃陛下。慌てて拙い淑女の礼を執り、醜態を晒して御目を穢してしまったことを謝罪する。
「りょ、両陛下に申し上げます。とんだ醜態をお見せしてしまいましたこと、幾重にもお詫び申し上げます。全て『レバ刺し』が悪いと思し召し下さり、寛大なる大御心にてお赦し下さいますよう、お願い申し上げます」
わたしのその返答に対し、両陛下は首を捻った。…そりゃ、判らんわなぁ。
…それはそれと、何で国王陛下は『3点セット』を知っていたんだろう?ちょうどいい機会だ、聞いてみるとしましょう。
「畏れながら、国王陛下にお教え頂きたき儀、これございます。卑賎の身が質問を申し上げるを、お許し下さいませ」
「…?構わぬ、予が答えられることであれば答えよう。何なりと聞くがよい」
「ありがたきお言葉、篤くお礼申し上げます。陛下は何れにて『3点セット』をお知りになられましたか、お教え下されたくお願い申し上げます」
その質問に対し、国王陛下は溜め息を吐き、王妃陛下は嘆かわしげに頭を振った。
「…ラムズレット公が、教えてくれたのだ。今のドラゴラント伯に対し、あの愚物が遺言したとな。…そなたには、幾重にも相済まぬ仕儀となってしまった」
「ならず者のような真似をエイミー嬢に為そうと致したるのみならず、斯様な変態の所業に及ぶとは…妾は、子の教育を誤りました。エイミー嬢には、何とお詫び申し上げればよいか判りませぬ」
そう言って、両陛下はわたしに頭を下げた。…ちょ、ちょっと!そんな、新興男爵家の娘に国王陛下と王妃陛下が頭を下げたりしないで下さい!悪いのは、全部あの最低最悪だけなんですから!!
「最低最悪か…確かに、そう言われても反論できぬな…彼奴の無能愚鈍は予に似てしもうたと見える…情けない…」
「そして、あれの狭量は妾に似てしまいました…情けなや…どうせ陛下に似るなら、陛下の度量をこそ似て欲しいものでしたが…」
「予の度量はどうだか知らぬが、そなたの有能辣腕が彼奴に似てくれれば、アナスタシア嬢に見切られることもなかったであろうに…」
…勘弁してくれ!辛気臭ぇ!そして、割り込めねぇ!!
◇◆◇
『愚痴を聞く側は、愚痴を垂れる側の数倍心身の消耗を強いられる』
…そーゆーことです。皆さん、愚痴を垂れるのは程々にしましょう。
「宴酣の所ではございますが、ここでラムズレット公爵閣下より発表がございます。皆様、ご清聴をお願い致します。…では公爵閣下、宜しくお願い致します」
司会を務める宰相閣下の言葉を受け、公爵閣下が幅と厚みのある長身を壇上に現した。その後ろにはアナとアレンさんが続いている。…やがて、公爵閣下の朗々たるバリトンがダンスホール内に響いた。
「宰相閣下よりご紹介を頂いたので、僭越ながら発表させて頂く。本日の晩餐会の主役たるアレン・フォン・ドラゴラント伯爵であるが、この度我がラムズレット公爵家の直系寄子となることと、愚女アナスタシアとの婚約が結ばれること、この2つを国王陛下よりご許可頂いた」
うん、知ってたけどね。時系列的には後者が先で、前者が後なんだけどね。この晩餐会に出席している人は、皆アレンさんがブチ上げた大功績とクソデカ花火を知っているし、ついでに神獣スカイドラゴンたるメリッサさんとジェロームさんがルールデンに襲撃を加えた時の大騒ぎも知っている。
その際の諸々のドサマギで、公爵閣下はアレンさんの伯爵陞爵と彼がラムズレットの直系寄子になることを国王陛下に認めさせてしまったのだ。そのことを思い出したのか、わたしの横にいた国王陛下の顔が苦く歪む。
理由は簡単で、これで親ラムズレット閥の力が大きくなりすぎてしまうためだ。そうならないように国王陛下は色々と手練手管を弄してアレンさんがラムズレットの寄子にならないように、なるのであれば極力その力を封じるようにと目論んだのだが、公爵閣下のほうが1枚上手だった。
苦々しく自分を睨む国王陛下に気付いた公爵閣下は、昔日の悪役令息の笑みを陛下に向けた。かつての親友に対し「おのれ…」と、陛下の口から悪態が漏れる。
「この度アレンがドラゴラント伯としてドラゴラント郡の領主となり、またラムズレットが寄子となり果せるに当たり、国王陛下はご快諾下された。まさに英主名君の業である。…陛下、此度のご好意に対し、不肖ゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレット、篤く御礼申し上げる次第にございます」
その言葉に添えた公爵閣下の臣下の礼に対し、陛下はダンスホール全体に聞こえるように嘆きぼやいて見せた。
「この不忠者が。そなたほどの英邁者に英主名君などと呼ばれても、ただの嫌味でしかないと何度申せば判る。予がそなたに勝るものは、唯一つ地位だけだ。王立初等学園の頃より、予は悉くの分野でそなたの後塵を拝し続けて参ったのだぞ」
まるで子供の様に唇を尖がらせて発したそのぼやきは、ダンスホール満場を笑いの渦に巻き込んだ。謹厳実直を以て知られる宰相閣下も例外ではない。
「もうやだ。ゲルハルトよ、いっその事予に代わってそなたがこの国の玉座に座してくれ。予は、クラリスと一緒に適当な領地に封じてくれればよい。その地で、予は市井の酒場で酒を喰らいながら、賭場にて賭博に興じながら、娼館に入り浸りながら、そなたが見事セントラーレン王国を統治するを見せて貰う」
そんなことできっこないことを判って言っている国王陛下の姿に、また笑いが生じた。呆れたような表情を浮かべている公爵閣下や王妃陛下も、例外ではない。
「斯様なお言葉は、お控えなされませ。ラムズレット公爵家とそれに連なる者どもは、セントラーレン王家に絶対の忠誠を誓いおります故、陛下には何卒ご安心下さりませ。…ドラゴラント伯、そうであろう?」
「公爵閣下のお言葉の通りにございます。国王陛下、臣は『ラムズレット公爵家の寄子の一員』として、セントラーレン王家に忠誠を誓わせて頂きます」
公爵閣下とアレンさんの掛け合いに、国王陛下は天を仰いで慨嘆した。
「…つまり、ドラゴラント伯はセントラーレンとラムズレットの利害が対立することこれあらば、ラムズレットに従くということではないか…あぁ、もうやだやだ。何が悲しゅうて、自家よりも遥かに強い力を持つ家の主君筋に立たねばならぬのか…予は、斯様な目に遭わねばならぬほどの罪を…犯しておるな。何しろ、カールハインツ、あの愚物の父親であった身だ」
その陛下の言葉にまた笑いが起き、その笑いを王妃陛下の言葉が増幅した。
「陛下、その罪は妾の罪でもございます。妾は、かの愚物を産み落とした身にございます。何卒、陛下の罪を妾にも背負わせて下さいまし」
…また綺麗なジ〇イア〇ズムが出てきたよ…
今エピも、自戒を込めて執筆致しました。
愚痴を垂れるのは、程々にしましょう。
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