第183話 ヒロインは元町人Aに信念を暴露される
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
わたしは最貴顕の二組のご夫婦と別れ、わたしが最も信倚している、そしてわたしを最も信頼してくれている友だちのところに向かった。
わたしを迎えてくれたのは、オスカーの優美ながらも剽悍な、イザベラの癒しのオーラに満ちた、マーガレットの快活かつ可憐な、アレンさんの穏やかな、そしてアナの大輪の花のような華やかな笑み。
わたしはまずアレンさんに向き直ると、用意していた誕生日プレゼントを彼に手渡した。ブツはアナに渡したものと同じである。ちなみに、アナもマーガレットもイザベラもオスカーも、既にアレンさんに誕生日プレゼントを渡していたそうで、わたしがドンケツになっちまった。
「アレンさん、お誕生日おめでとうございます。ワンパターンでごめんなさい」
そう言って、わたしはアレンさんに魔力回復用の魔力水10本セットを手渡した。彼の呼び名を前のままにしたのは、きっと彼はその方を望むと思ったから。プライベートであれば、きっと『アレン・フォン・ドラゴラント伯爵』ではなく、『ただのアレン』であることを、彼は望むだろうから。
ワンパターンだから、あまり喜んでくれねぇかな…そのわたしの懸念に反し、アレンさんは端正な顔を満面笑ませて「エイミー様、ありがとうございます。エイミー様の魔力水は、渡りに船なんですよ」と言った。…ほへ?そんなに、魔力枯渇に瀕する場面でも出てくるんですか?
アレンさんは苦笑しながら「そう…ですね。 “錬金” のスキルで色々と造らなくちゃいけなくなるから、魔力消費が激しくなることもあるんですが…」と言った。それを受けて、補足説明を加えたのはアナ。
「魔力消費もそうだが、それ以上に先立つモノが必要なのだ」
アレンさんの苦笑が伝染ったかのように、彼女も美貌を苦く笑ませた。その苦笑と共に、オペラグローブに包まれてなお美しいシルエットを描く右手の親指と人差し指で輪っかを作っている。公爵家令嬢にあるまじき卑俗な所作だが、そんなでも美しいんだからほんま美人はずるいわ。
◇◆◇
「新しく俺が封ぜられたドラゴラント郡は、とにかくなーんにもない場所なんです。土地は痩せてるから農業には向かないし、特産品になるような資源もないし、まぁ差し当たって飛竜の谷をダンジョン扱いにして、そこから取れる魔物資源をウリにすることを考えてるんですけどね」
先にも言ったように、ドラゴラント郡の一部分である―と言うよりもアレンさんが領地に組み込みたくてドラゴラント郡という行政区画を造った―飛竜の谷は、ワイバーンやワイバーンロードがうようよ飛び交っている、手練の冒険者以外にはお勧めできない危険極まりない場所だ。
その飛竜の谷の最寄りの村であるフリッセンから飛竜の谷へ向かう山道も、ビッグボアやブラッドディア、またグレートベアなどの強力で凶暴な魔物が数多棲息する危険な道中だ。なおそのフリッセンは、ドラゴラント郡に組み込まれていない。
逆に言えば、強力な魔物というのはそれだけ強力な魔力を持つ魔石を有し、また上質な魔物資源を齎してくれるため上手く使えば貴重な財源となり得る。この件については、アナを中心としたわたしたちのグループが夏休みの自由研究で出したレポートに詳しいので、ここでは省略させて頂く。
「そこで、飛竜の谷やその周辺一帯を魔物資源の狩場として、得られた魔物資源をドラゴラント郡の財源に組み込もうと考えているのだ。そのためには、冒険者を文官や騎士、剣士と同様の待遇で雇い入れて彼らに魔物資源を入手して貰う必要がある。そのための財源として、お前が作ってくれた魔力水が役に立つのだ」
「成程、あの夏休みのレポートを実地に活かそうという話なんですね」
「そうだ。これが上手くいけば、冒険者に安定した活計を齎すことができる」
「いいですね。是非、上手くいかせて下さい。でも、それにしても…」
なしてわたしの魔力水が、その財源の役に立つんですか?…そのわたしの問いに、アナは呆れたような表情を浮かべた。
「お前…治癒魔法界隈でお前がどのように称せられているか、知らないのか?」
「へ?全然知りません。どうせお笑いヒーラーとか、不思議ちゃんヒーラーとか、そんなんじゃないんですか?」
それに返答を返したるは、アレンさんの呆れ果てたような声。
「…エイミー様は、今や大陸全土でも数人程度しかいない、S級治癒魔法を自由自在に扱うことのできる全世界でも屈指の凄腕のヒーラーとして、治癒魔法の若き権威者として知られてるんですよ?」
あぁ、ンなことイザベラが教えてくれたことがあったなぁ…せやけど、わたし如きが治癒魔法の若き権威者とか、マヂでこの世界の治癒魔法界隈、大丈夫か?
「アレンの言う通りだ。『癒しの姫御子』こと、エイミー・フォン・ブレイエスの名を知らぬヒーラーはモグリ扱いされても当然だ、とすら言われているのだぞ」
…何ぞその厨二心を激しくくすぐる二つ名。『東部の治癒姫』の比じゃねぇぞ。
「エイミー様が俺にプレゼントして下さった、この『癒しの姫御子』が作った魔力水をオークションに出せば、安く見積もっても10は堅いですよ」
「…10って、10万セントですか?…何ぼ何でも安すぎやしませんか?…まぁこんな小娘でも作ることができる魔力水だから、その辺が妥当な気がしますね」
でも、魔力水作るのって魔力の消耗以外には大した手間も苦労もかからんし…魔力水作ってオクに出したら、結構イイ小遣い稼ぎになるんじゃねぇかな?
…わたしのそんなせこくも浅ましい考えを、アナの呆れ果てた声がブチ壊した。
「…何をバカなことを言っているんだ…?この一セットで、10億セントは堅い、とアレンは言っているのだぞ?」
◇◆◇
…はい?10億って、1億の10倍ですよね?1000万の100倍ですよね?100万の…
「…あれ?エイミー様?あれ?…おーい?…ダメだ、どっか行っちゃった」
「…余程衝撃的だったのだな…エイミーは、『暇に飽かせて魔力水を作っていた』と言っていたから、そのストックは10本や20本ではあるまい…一財産、などというレベルではないぞ…」
「あ…アナ様、エイミーのこと、どうしましょう…」
「…自分のことだのに、『癒しの姫御子』の二つ名を知らなかったんですね…」
「…強大な魔力の持ち主が作った魔力水に巨額の買値が付くって話は聞いたことがありますが、まさかリアルで見るとは思いませんでしたよ…」
そんな声も、わたしの耳には入ってくるもののその意味は碌に理解できない。…と、男性にしては高い穏やかな小声が強い指向性を以てわたしの意識を刺激した。
「…エイミー様、制服裸足姿のアナがあっちにいますよ」
…!どこ!?どこにいるの!?制服裸足姿のアナ、どこにいるの!!?
◇◆◇
現実に引き戻されたわたしに注がれるは、アナとマーガレットの白い視線、イザベラの平常運転な視線、オスカーの3割の共感と7割のドン引いた視線、そしてアレンさんの曰く形容し難い視線。
「…エイミー…お前、あの時王城の医務室で私やマーガレット、それにイザベラの素足に尋常ならざる視線を注いでいたのは…そういうことだったのか…?」
「…エイミー…あなたを、あの最低最悪と一緒にするべきじゃないとは思うけど…それ…立派な変態の範疇に入るわよ…?…まぁ、無害だからいいんだけど…」
…どうやら、わたしはてめぇの作った魔力水の価値がぶっ飛んでいたことを知らされて意識を手放してしまったらしい。そして、わたしを現実の世界に呼び戻すためにアレンさんがいもしねぇ制服裸足姿のアナがいる、などととんだ嘘っぱちをブッこいて下さりやがった、ということなのだ。
『制服裸足は絶対正義、至高至尊にして神聖不可侵。異論は認めない』
この、わたしの動かし難い信念にして表に出すことは決して推奨されない性癖を、わたしが最も信頼を寄せ、そしてわたしに全面の信倚を寄せてくれる仲間たちに知られてしまったのだ。女性的な繊細さと、男性的な剛強の絶妙のカクテルとも言うべき精悍な美貌に無数の縦線を引きながら、オスカーが言葉を溢した。
「…エイミー嬢のご嗜好は判らないでもないですけど…何ていうか…その…」
わたしは真っ白になった頭の中で、 (…オスカーの服装に飾緒とモール付き肩章を付けたらアレンさんの服装になるな…そう言やぁ、フリードリヒ公子様も同じような格好してたなぁ…) などと、埒もなさすぎることを考えていた。
「エイミー様の “ソレ” は、筋金入りなんですよ…この間の夏休みに、しょっちゅう制服で外出してブレザーとチョッキ脱いで、ブローチとリボン外して、ブラウスの袖を捲って第一ボタン外して、ローファーと靴下脱いでましたよね…人様の “ソレ” が見られない時には、そうやって “自己完結” しておられたんです」
…!いや、それは…違ッ…!外出時にも制服着用が義務付けられているって校則が、廃止になったって知らなかったから…!!
「あれだけ通達があったんだから、私服での外出が解禁になったこと知らないなんてあり得ないですよね…」
…違うんです…!本当に、そのこと知らなくって…!!
…斯様なザマで、曰く形容し難いものを見るような目で見られ続けているわたしを救ってくれたのは、イザベラの以下の発言であった。
「…よく判らないんですけど、何か問題があるんですか?見て愛でていただけでしょ?それもできなかった場合には “自己完結” していたくらいなんだから、寧ろその執念に私は敬意すら感じます。あの最低最悪とは違って、臭いを嗅いだり舐めたり口の中に含んで心行くまで味わったり、況してや『レバ刺し』を食べたりなんて、エイミー嬢はしてないですよね?」
…前言撤回。救われてねぇや。…だって、その後イザベラ以外のみんなが『お花畑』や『お手洗い』に走って行っちまったんだもの。…せっかくのドレスを、『小間物』で汚さずに済んだのは良かったけど…
◇◆◇
『小間物屋を開いてしまった』せいで憔悴したアナが、諸々の感情が混じった曰く言い難い表情でわたしに礼を言ってくれた。…ついでにその後叱られた。
「…と、とにかく、だ。お前がアレンにプレゼントしてくれた魔力水、だな。本来の用途とは違ってしまって申し訳ないが、ありがたく使わせて貰いたい。アレンの妻となる身として、心から感謝する。…だが、今回の惨状の話はまた別だ!然るべき懲罰を、与えさせて貰う。…言わずとも、判っているな!?」
ちょ、ちょっと待って下さい!コトの元凶はアレンさんですよ!?幾らわたしを現実に引き戻すためとはいえ、彼があんな、要らんこと言わなかったらこんな、みんなしてゲロ吐くようなことにはならなかったんです!!
「違うッ!元を正せば、お前が妙チキな信念を持っているのが悪いのだッ!!」
「し…失礼なッ!幾らアナ様と雖も、今の暴言は赦せませんッ!制服裸足は絶対正義、至高至尊にして神聖不可侵なんですッ!異論は認めませんッ!!先の暴言、直ちに撤回して謝罪して下さいッ!!」
自身の信念を否定され、流石に憤りを感じてドレスの裾を手繰り上げ…そして、今日は靴下でなく肌色のストッキングを履いていることに、わたしは今更気付いた。…これでは、脱いでアナに投げ付けるわけにはいかねぇ。…それと気付いたアナは、懐かしい悪役令嬢の笑みを浮かべて下目遣いにわたしを煽っている。
「…どうした?私の暴言に対し憤りを感じて、決闘を申し込むつもりか?どうせまた手袋を忘れたのだろう?…何なら、私のオペラグローブを貸してやろうか?」
憎ッたらしい嘲笑をその表情に浮かべるアナは、それでも尚美しい。ほんま、美人ってのはつくづくずるいわ。
「…ッ!あ、アナ様…あの時、王城の医務室でアレンさんと一緒にお見舞いさせて頂きましたよね…あの後で、アレンさんもアナ様の制服裸足姿に『グッと来た』って、カミングアウトしておられましたよ?アナ様の制服裸足姿を目の当たりにして、そーゆー衝動を刺激されたって!」
そのわたしの逆撃に、誰よりもダメージを受けたのは他ならぬアレンさん。「…なッ…がッ…!」と呻き声を上げて、その端正な顔を驚愕に引き攣らせた。
「えッ…エイミー様ッ!な、何てことを仰るんですかッ!!」
「事実じゃないですかッ!アナ様の制服裸足姿に、男性の衝動を刺激されたって、カミングアウトしておられたじゃないですかッ!!」
…そこに。その類稀な美貌を真っ赤にしたアナが。
「…そ…その…アレン、もしもアレンが…その…私のその姿を…見たいと言うのなら…私は一向に構わない…それで、アレンが…喜んでくれるのなら…」
…途端に、この悪役令息が驚愕も狼狽も収めてアナを優しく抱きしめやがった。
「…アナ、ありがとう。でも、君のそんな魅力的な姿を見てしまったら、きっと俺は自分を抑えられなくなってしまう。だから、君のその姿は婚礼の儀が終わるまで取っておいて欲しいんだ。前にも言ったでしょう?俺は、万人に祝福されて、全ての形式を整えた上で君と一線を超えたいんだ」
そのクサすぎる口説き台詞に、アナの美しい双眸がたちまち潤み、万感が溢れ出て頬を濡らす。滑らかな頬に悪役令息の唇が触れられ、涙を優しく拭い取った。
…このスラップスティックからのプラトニックなラブシーンに、オスカーもマーガレットもイザベラもわたしも、一片の反応も叶わず視線を向けるだけであった。
◇◆◇
その数日後、確かにわたしはアナに命ぜられた懲罰に甘んじた。但し、かの最低最悪の墓前にわたしの手で手向けられたものは…3点セットではなく、ボロ布に包まれた『レバ刺し』であった。
…いや、ちょうどその前日に『女性特有の体調不良』が来たんよ…イザベラも、あの最低最悪は『レバ刺し』が大好物だって言ってたし。
…え?そんなこと言ってねぇって?…細けぇこたぁいいんだよ。
かの『最低最悪』の変態っぷりが、グレードアップされています。
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