第181話 ヒロインは晩餐会に出席する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
普段履いているローファーとは違い、ヒールのついたパンプスを履くと…何ぞこれ!?めたくそフラフラして不安定なんですけど!?
わたしはメイドさんに、つい聞いてしまった。
「これ、めちゃくちゃ不安定で立ってい難いし歩き難いんですけど…いつも通りローファーじゃダメなんですか?」
それに応えるメイドさんの声は、全く無慈悲である。
「ドレスに添える靴は、ヒール付きのパンプスと決まっております」
そう。それが、この世界における女性の正装なのだ。しかしそれにしても…
ヒールの付いた靴って、フラフラして不安定で歩きにくいことこの上ない。元々ハイヒールは、中近世のヨーロッパで町中に散乱していた汚物を避けるために生まれたという説があるが、その後女性が不安定な姿勢を余儀なくされてフラフラと歩く姿に男性がエロい妄想を掻き立てられて流行したという説も出ている。
また或いは、ハイヒールなんぞ履いていたら走ることができないため、男性が女性をてめぇの支配下に置きたいために履かせていた、という話もある。
何れにせよ、碌でもねぇフェチシズムの産物であろうことは想像に難くない。…え?制服裸足フェチがフェチシズムをディスるとか、自己否定にも程があるって?
うるせぇな!何度も言っとるだろうが!制服裸足は絶対正義、至高至尊にして神聖不可侵なんだよ!!異論は認めねぇぞ!!
…まぁとにかく寮内は土足禁止なので、スリッパを履いてそのヒール付きパンプスを持って寮の玄関に向かい、そこで薄緑色のドレスと七分袖のボレロを身に付けたイザベラと会った。ちなみに、わたしもドレスの上に長袖のボレロを着ている。…もう夜ともなると寒くなる季節だからね、しょうがないよね。
「エイミー嬢、まだちょっと時間がありますよ」
彼女が身に付けているドレスは、ローブ・デコルテと呼ばれる女性の最上位礼装である。更に、オペラグローブと呼ばれる肘上まである長い手袋を着用している。
これからわたしたちが出席する晩餐会は夜会に分類されるため、女性の肌の露出が多いドレスがよりフォーマルとされている。従って、彼女もこんな格好しているのだ。白皙のデコルテの下部に少し覗く、胸の谷間が愛らしい。
ちなみに、わたしのドレスは彼女のものより露出が少ない。デコルテは厚めの布で覆われ、袖は肘丈だ。フォーマルさを尊ぶ人であれば、眉を顰めるかもしれない。
…何故わたしはよりフォーマルな装いにしなかったかって?…枯れ枝に毛が生えたような太さの二の腕と、骨の浮き出たデコルテ見たい?ついでに言うと、胸の谷間なんざ、ちっとも見えねぇぞ?それでもいいのか、あぁ?
そこに、イザベラと同じようなドレスを着け、同様に七分丈のボレロを羽織ったマーガレットがやってきた。わたしの姿を見て、嬉しそうに声を発する。
「エイミー、そのドレス着てくれたのね。ありがとう。よく似合ってるわ」
「こちらこそ、素敵なドレスを見立てて頂いてありがとうございました。これからも、大切に着させて頂きますね」
わたしのお礼に微笑んでくれたマーガレットのドレスは、かつてわたしをお茶会に誘ってくれた時と同じ青色のドレスだ。下品にならない程度にフリルやレースをあしらい、背中に付いた大きな赤色のリボンがアクセントになっている。
「もうそろそろ馬車が来るわね。出ましょうか」
そのマーガレットの言葉を機に、彼女とイザベラは手慣れた所作で、わたしは悪戦苦闘して手にしていたヒール付きのパンプスを履いた。
◇◆◇
晩餐会の開始時間に30分ほど余裕を持って、わたしたちが乗った馬車は王城に到着した。今日行われる、アレン・フォン・ドラゴラント伯爵閣下の陞爵祝賀晩餐会は、この王城のダンスホールで行われる。
…そう、アレンさんは伯爵陞爵にあたってドラゴラントという家名を新しく作り、それに伴って統治する領地の地名をそう変えたのだ。
ちなみに、彼が領主として統治するドラゴラント郡とは、かつてルールデンを襲撃した二体のスカイドラゴン、メリッサさんとジェロームさんが棲んでいる飛竜の谷を含む一帯にアレンさんが新しく命名したものである。
あの辺りは土地も痩せていて特産になる資源にも乏しく、おまけに強力かつ凶暴な魔物であるワイバーンやワイバーンロードがうようよ飛んでいて危険な地域でもある。領地として欲しがる貴族は誰もいなかったから、セントラーレン王家がしょうことなしに王家直轄領として支配していたのだ。…支配というより、放っておいただけ、という言い方もできるが。
アレンさんは、その一帯を領地として国王陛下に所望したのだ。ちょうどこの一帯はラムズレット州の東端部とも境界線を共有しており、この一帯をラムズレット州の一部とすることで『ラムズレット州内の一郡をラムズレット公爵家の寄子であるドラゴラント伯爵家が領地として支配する』という体裁も整うわけである。
セントラーレン王家にとっては不良債権にも近い難治の地を、始末に困るレベルの大功を上げた新興貴族の領地として彼に押し付けることができるのだ。さぞや、国王陛下は上機嫌で許可を出したに違いない。
…そしてアレンさんは現役の、彼の寄親にして近い将来の義父たるラムズレット公爵閣下は昔日の、それぞれ悪役令息の笑みを浮かべたことは想像に難くない。
何とすれば、これでアレンさんに限られていたスカイドラゴンの守護が、ラムズレット公爵家全体に行き渡るのと同じことなのだ。何しろ、ラムズレット州内の一地域にスカイドラゴンが棲んでおり、彼らの守護がラムズレット公爵家とその寄子たちに及ぶことを、アレンさんが望まないわけがないからである。
◇◆◇
そのアレンさん、そして彼の婚約者たるアナ、そして彼女の家族たるラムズレット公爵一家は晩餐会の出席者の挨拶を受けている。ラムズレット公爵閣下やそのご家族 (アナも含む) は言うまでもないが、アレンさんの挨拶に対する返礼も如才ない、礼儀作法に完璧に則った行き届いたものだ。
ちなみに、アレンさんのお母さんであるカテリナさんはここには来ていない。何しろ、汎用人型戦略兵器たるアレンさんの唯一の血の繋がった家族だ。よからぬことを考える連中が、カテリナさんの身柄を欲しがらないわけがない。そうすれば、彼女の安全と引き換えにして、アレンさんの力を意のままに使えるのだから。
そこを見越して、公爵閣下一家とアレンさん、それにカテリナさん本人も交えて相談し、カテリナさんはラムズレットの王都邸にお引越しすることになったのだ。そして、金輪際彼女は表に出ることはない。このまま世を去るまで、ラムズレットの王都邸もしくはラムズレット公爵領の領都ヴィーヒェンのラムズレット本邸でお客様として―若しくは、アレンさんに対する人質として―過ごすことになるだろう。
わたしなんぞに言わせれば至高至福の引きこもり人生だが、それが万人の共感を得られるとはわたしも思ってはいない。きっと、閉塞感を感じることもあるだろう。
「その辺は、カテリナさんがそのようにお感じになることがないように、私やアナがカテリナさんのお相手をさせて頂くことになりますわね」
エリザヴェータ様がそう言っていた。そんなら大丈夫か。…それはともかく。
やがてわたしたちの挨拶の順番が回ってきた。マーガレット、イザベラ、そしてわたしが異口同音にアレンさん−否、ドラゴラント伯爵閣下にお祝いの挨拶をする。
「「「ドラゴラント伯爵閣下、おめでとうございます」」」
「マーガレット様、イザベラ様、エイミー様、ありがとうございます」
儀礼用の正装にモール付き肩章と飾緒をつけた伯爵閣下の横で、アナがその絶世の美貌を輝かんばかりに煌びやかな満面の喜色で塗り潰している。本当に嬉しそうだったので、つい揶揄ってしまった。
「アナスタシア・クライネル・フォン・ドラゴラント伯爵令夫人様、この度は旦那様の伯爵陞爵、おめでとうございます」
まだ婚約の段階に留まっているのだから、この呼び方は正しくない。でもいいよね、遠からず確実にそうなるんだもん。わたしのその挨拶にアナの笑みはますます輝き、マーガレットとイザベラはきゃぁ、と黄色い歓声を上げた。
「ブレイエス男爵令嬢、お祝いのお言葉を頂き、篤くお礼申し上げる」
変らぬ堅苦しい他所行き言葉だが、その堅苦しさをアナの秀麗な容貌に浮かんだ輝くような、そして優しい笑みが和らげていた。彼女が身に纏っている濃紺のローブ・デコルテは、髪をアップに纏めていることもあって彼女が持つ大人の女性の魅力を否が応にも高めている。
わたしの挨拶を横で聞いていたエリザヴェータ様とフリードリヒ公子様は穏やかな笑みを絶やすことはなかったが、儀礼用正装の上にマントを羽織り、右肩から左肋にかけてサッシュを掛け、モール付き肩章と飾緒を付けたラムズレット公爵閣下はどこか寂しそうな視線をアナに向けていた。娘が嫁ぐことが決まったんだもん、寂しいのもしょうがないよね。
そこまででわたしたちはその場を辞し、ダンスホールの中に入った。
◇◆◇
ドラゴラント伯爵閣下の陞爵祝賀晩餐会は、宰相閣下の司会の下国王陛下の乾杯のご挨拶を以て始まった。そのご挨拶がまた、東○○3に陛下の爪の垢を主食にさせてやりたくなるくらいに面白かった。
「予は王立初等学園の頃よりありとあらゆることで、ラムズレット公の後塵を拝し続けて参った。容姿、学業、体術、魔法、剣技、人の上に立つ者としての器量…特に遅れを取ったのが子の器量であったな」
のっけからこれである。出席した貴顕の皆様方が、懸命に笑いを押し殺そうとしているのが見て取れた。何しろ、かのカールハインツ廃太子、わたしたちの言うところの最低最悪の『急病死』に纏わる仔細はいつしか漏れ出て宮廷サロン内における公然の秘密となっていたのである。笑いたくても、笑うわけにはいかない。
「苦しゅうない、笑っても構わぬぞ。かの愚物の醜態と、かかる愚物を育ててしまった予と王妃のザマは笑われても致し方ない」
…最初に笑いを取っておいて、そういう重たいことを言うのはやめて下さい。
「あれとの婚約で、アナスタシア嬢には誠に辛い思いをさせてしまった。今更の挙ではあるが、そのことを王妃ともども謝するを許して貰いたい」
陛下に名指しで詫びられ、咄嗟にアナは美しい完璧無欠な淑女の礼を執った。
「アナスタシア嬢、予と王妃の謝罪を容れてくれるだろうか?」
「国王陛下にお答え申し上げます。最早過去のこと、謝罪などはご無用にお願い申し上げます。また、今わたくしは幸せでございます。過去のことは、この幸せを掴むための試練であったと思えば誰を恨むこともございません」
陛下はそのアナの返答を受け、他の貴顕の方々に向き直った。
「諸氏には、今のアナスタシア嬢の返答でよく判って貰えたと思う。予が、特に子の器量でラムズレット公に大きく遅れを取ったと申した理由がな」
今度は遠慮なく笑いが生じた。故人を貶めてはいるが、他者を誉めて笑いも取れるんだから許されると思う。そしてその故人も、あの最低最悪だし。
「なお、そのアナスタシア嬢の今の幸せの根源が、この晩餐会の主役であるドラゴラント伯アレンである。アナスタシア嬢ほどの佳人にそこまで想い慕われるとは、まことドラゴラント伯が羨ましい妬ましい憎らしい」
この、陛下によるドラゴラント伯爵閣下の紹介に、またしても大きな笑いが生じた。…言うまでもないが、悪意的な笑いでは決してない。その、好意と祝福の笑い声に包まれた二人は、羞恥と嬉しさに顔を赤らめている。
「何れアナスタシア嬢とドラゴラント伯の件については、ラムズレット公から説明がある。…予の下らぬお喋りで諸氏の空腹を促進するは、予の本意にあらず。諸氏には、グラスを手に唱和願いたい。ドラゴラント伯の伯爵陞爵を祝して、乾杯!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
貴顕の方々は酒杯を、そしてドラゴラント伯爵ご夫妻 (予定) とその学友たち、そしてこの晩餐会に参加していたルートヴィッヒ王太子殿下とその婚約者のフロレンツィア様は、ジュースの入ったグラスを高く掲げた。
…それにしても陛下、公爵閣下との漫才だけでなくて漫談もいけるんですか…絶対、お笑いの道に進まなかったのは国家的損失でしたよ…
元町人Aの家名と領地、皆様方には想像がついたでしょうか?
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