第179話 ヒロインは新しいスキルで意趣返しをする
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
言うまでもないことだが、アナとわたしが “聖女” の加護を授かったことについては厳重な緘口令が布かれた。先にも言うたが、そんなことバレたらセントラーレン国教会に目を付けられて教会に入れられ、望んでもいない聖女としての修業をさせられるハメになりかねないからである。
尤も、この場にいる6名のうち5名は問題ない。アナもオスカーもマーガレットもイザベラも、長く続く名門貴族の子弟でその辺の教育はしっかりされており、口の堅さは筋金入りだ。アレンさんも、問題ないだろう。問題はわたしである。
「エイミー、あなた本当に大丈夫?」
心外ではある。彼女がわたしのことを本気で心配しているのが、またムカつく。だが、納得しかできねぇ。彼女も、わたしのやらかしを色々と知っているのだ。
…まぁ大丈夫だろう。誰も、こんなやらかし女が聖女だなんて信じやしねぇし。誰よりも、わたしが一番信じられないのだから。
わたしが『自分は導きの杖に認められた無私の聖女だ』なんて言ったって、『またあの不思議ちゃんが何か言ってらぁ』くらいにしか周囲は認識しないだろう。その辺は、アレンさんが今は亡きエスト帝国へ単独潜伏行した時に、学園内の噂好きの雀どもに飛ばしまくり倒しまくった嘘っぱちが効いてくる筈だ。
そのアレンさんは、天を仰いで大変失礼な慨嘆を漏らしていた。
「…確かに、エイミー様の治癒魔法と魔力 “だけ” は聖女の称号に相応しいんですけどね…ロリコンが『無私の大賢者』で制服裸足フェチが『無私の聖女』とか…あぁ、もう本当に世も末だ…」
うるせぇ放っといてくれ畜生。アナの “制服裸足沼” にがっつりハマってた、って自分でもカミングアウトしてたくせに。
◇◆◇
さてアナとわたしの “聖女” の加護を秘匿している “餡蜜” のスキルであるが、元々は自分の存在を誰からも認知されずに行動できるようになるためのスキルだ。このスキルのチートっぷりは、アレンさん自身が証明している。
このスキルを活用することによって、彼はクズレンジャーどもとの決闘で見事勝ちを収め、また三クズトリオやエスト帝国相手の諜報活動を首尾よく成功させ、そして帝国の宮廷魔術師長とかいうクズ野郎の暗殺にも成功したのだ。
わたしにはとても同じことはできないが、似たようなことはできる。普通であればとても行けないような場所に行って、そこの様子を確かめることができるのだ。
尤も、わたしが一番見てみたいものを直接見るわけにはいかない。それは、余りにも危険すぎる。危険なだけでなく、悪趣味にすぎる。
具体的には、貴族用女子寮のアナの部屋にこっそり侵入して、彼女がアレンさんを想いながら (ゲフンガフン) してる様子をデバカメるとか、平民用男子寮のアレンさんの部屋にこっそり侵入して (アレンさんはこの王立高等学園の中では平民出の特待生という扱いにされたのだ) 彼がアナを想いながら (ゲフンガフン) してる様子をデバカメるとか、まぁそういった使い方である。
無論、オスカーやマーガレット、それにイザベラなどの、アナやわたしの事情を知っている者の部屋にこっそり侵入するのも危険である。そもそも、彼らはわたしにとって大切な親友であり、彼らもわたしを大切な親友だと思ってくれているのだ。
そんな人たちに対し、そんな悪趣味な真似をするわけにはいかない。
さてそれでは、どんな連中をターゲットにするべきであろうか…
◇◆◇
わたしは、某子爵家のご令嬢様に目を付けた。
このご令嬢様、わたしたちがこの王立高等学園に入学した直後に起こった、あの最初の魔法実習の授業でかの最低最悪が自業自得の大火傷を負った事件の後、わたしに対して聞えよがしの陰口を叩いていたうちの一人である。
その後もわたしの悪口を聞えよがしに言ったり、わたしが歩いていれば足を引っ掛けて転ばそうと足を前方に出してみたり、まぁ色々として下さりやがった。多分、わたしのノートやペンを台無しにしやがったのもこいつの郎党だろう。
その程度ならまだ許せたが、先に言ったアレンさんの単独潜伏行の際に『エイミー嬢、アレン様のお姿が見えませんが、アレン様はどうなされたのですか?』なぞとほざきやがったのにはマヂでムカっ腹が立った。
…おいお前、まずわたしに対する数多の嫌がらせを謝罪しろよ!…いや、ンなこたぁどうでもいいんだが、アレンさんが教室内の置物状態だった時には歯牙にもかけなかったくせに、彼が真価を発揮した途端に掌返してんじゃねぇよ!!
おまけに、舐めた腐ったことほざきやがって!アレンさんの真横の席は、未来永劫アナが予約入れてるんだよ!たかが子爵家令嬢の分際で、公爵家ご令嬢様の想い人を横取りしようとしてるんじゃねぇよ!!
…あれ?今何だか、太いブーメランが刺さったような気が…まぁいいや。
とりあえず、わたしはこいつの部屋に忍び込み、こいつの恥ずかしい秘密を色々と探ってやろうと思ったのだ。それを使って、こいつをどうこうするつもりはない。
これは、まぁ一種の悪趣味な意趣返しである。
◇◆◇
既に、 “餡蜜” のスキルの効力は確かめてある。
過日、かのロ〇テンマ〇ヤーさんなメイドさんにお使いをお願いして、戻ってくるまでに “餡蜜” を発動して彼女が帰ってくるのを待っていたのだ。…以下に、その時の様子を詳述させて頂く。
…お使いを終えて戻ってきた彼女の、『エイミー様、只今戻りました』との声に返事をせず、居室の椅子に座ったままでいる。すると、『…エイミー様?』と、不穏を感じ取ったような声が聞こえてきた。普段ならすぐ返事を返すのに、そうしなかったことで彼女が不審に思ったのだろう。
そして、その端正な美貌を険しくした彼女は居室に入ってきて…驚愕した。…何しろ、居室の中にいる筈のわたしの存在を、彼女は認識できなかったのだ。
彼女は、『…え、エイミー様、エイミー様!』と、目の前で狼狽を露にしてわたしを探している。…悪趣味なことだが、笑いを堪えるのに苦労させられた。
その背中をちょいちょい、と突き、彼女が振り返ったところに。
『おかえりなさい。お使い、ありがとうございます。返事ができなくてごめんなさい、ちょっと【お花畑】で【お花を摘んでいた】んです』
『そ…そうだったんですか』
…とまぁ、こんな感じで “餡蜜” のスキルの効力はちゃんと確かめてあるのだ。
◇◆◇
さてかの某子爵家ご令嬢様の後を、 “餡蜜” のスキルを発動した上で尾けていって、そいつの部屋に入った。…流石チートスキル、そいつ本人にもそいつのお付きのメイドさんにも気付かれた様子は微塵もない。
「お嬢様、お帰りなさいませ」「ただいま。少しお昼寝するわ」
…?昼寝?…ともかくそいつは、寝室に入った。わたしも慌ててその後を追う。
そいつは制服のブレザーとチョッキを脱ぎ、ハンガーにかけてローファーを脱いでベッドに横たわった。…許し難いことに、ニーハイソックスを履いたまま。…おいこら!そのニーハイソックス脱げよ!お前、外見だけは美少女なんだからよ!!
何て言うか、お前の制服裸足姿を見せてくれたら、この後のお前の愚劣極まりない大罪は見逃してやらんでもなかったんだよ!!
…そしてそいつは何と…ブラウスの第二ボタン以降を外し、まぁ…わたしよりかは豊かなバストを露にして痛いほどに尖った先端を左手で抓り上げながら、例によって無駄に短いスカートを手繰り上げて、露にした下着の中に右手を突っ込んで…何と言うか、 (ゲフンガフン) を始めやがった!…事もあろうに、「あっ…ン…アレン様…あ…あっ…アレン様…ッ…!」なぞとほざきながら!!
…ふざけるなこの淫売!先にも言うたやろが、アレンさんの横は世界が終わるまでアナの独占予約席なんだよ!!お前如きが割り込んでいい場所じゃねぇんだよ!!
…もとよりそれを言うわけにはいかない。況してや、この場で声を荒げるわけにはいかない。そんなことしたら、 “餡蜜” のスキルが解けてしまう。
…完全にわたしの精神の中核を為す『俺の魂』が『エイミーの肉体』の影響を受け、思春期の少女の感性によって塗り潰されてしまった現状では、このご令嬢様の (ゲフンガフン) ショーは唯々うんざりするだけの代物でしかなかった。…これが制服裸足姿のアナの (ゲフンガフン) ショーだったら、また話は全く違ったのだが…
そのせいで結構長い時間身動きが取れなかったわたしは、その日の冒険者ギルドでのバイトに遅刻して、ヨハネスさんに叱られてしまった。
…何つーか、自業自得とは言えすげぇムカつく。
◇◆◇
その翌日のお昼の長休み時間、わたしはそいつを人気のない学園の裏庭に呼び出した。そいつは子爵家ご令嬢様である自分が、新興男爵家の娘に呼び出されるという事態に対して露骨に不快感を示していたが、わたしが「アレンさんについて、お願いがあるんです」と言うと、いともあっさりとわたしについてきた。
裏庭のぐるりを眼鏡越しに確認し、誰もいないのを確認するとわたしはそいつにはっきりと宣告した。…「アレンさんに、金輪際近付かないで下さい」と。
そいつは一瞬あほ面を晒し、そしてわたしが発した言葉の意味を理解するや猛然と抗議の言葉を絶叫した。
「…なッ…!え、エイミー嬢、なぜ私があなたにそのようなことを指図されなくてはいけないのですかッ!?」
決まっとろうが。アレンさんは、お前なんぞには勿体なさすぎるんだよ。
「アレンさんは、アナスタシア様と想いを交わし合っておられます。おまけに、お二人の仲をアナスタシア様のお父上のラムズレット公爵閣下もお認めになり、過日お二人の結婚をお許しになられました。あなたは、そのアレンさんを、泥棒猫のように横から掻っ攫うおつもりですか?」
「なッ…!そのアナスタシア様の婚約者でいらした方に、ベタベタとくっついていたあなたに言われる筋合いはありませんッ!!」
…おいつい一年前のことも忘れたか?わたしゃな、アナを救いたくて、あの最低最悪との婚約から解放されて欲しくて、あんなことやってたって言っただろうが。アナのためじゃなかったら、死んでもやってなかったって言っただろうがよ!つか、あんな最低最悪に敬語なんざ使ってるんじゃねぇ!!
「アナスタシア様みたく素晴らしい婚約者を持ちながら他の女に目を向けるような、そんな最低最悪とアレンさんを一緒くたにするとか、もうその時点であなたにアレンさんの横に立つ資格はありません。そもそも、アナスタシア様以外の女性なんざ、アレンさんにとってイモかカボチャと同類ですよ」
…そう、それこそわたしは言うに及ばずイザベラやマーガレットですらな。況してやお前なんぞ、腐海の樹々も同然だ。午後の胞子でも飛ばしてろ!
大体、お前わたしに対してさんざっぱらやって下さりやがった嫌がらせについて、一言あるべきじゃねぇのか?そんなこともしねぇような奴、何が悲しゅうてアレンさんに紹介してやらにゃならへんのや?マーガレットは、わたしが恐縮するくらいに何度も涙ながらに謝ってくれたぞ?
「そ…それは…エイミー・フォン・ブレイエス嬢、あなたに対するこれまでのわたくしの仕打ち、貴族令嬢にあるまじきものでした。ここに、お詫び申し上げます」
今更遅いわボケ。わたしは、お前に謝って欲しいんじゃねぇんだよ。自分の過去の過ちを、他人に指摘されて初めて謝るような奴なんざ、天地が引っけら返ってもアレンさんに相応しくねぇって言ってるんだよ。
大体、アレンさんがクラスの置物状態だった時には歯牙にもかけなかった癖しやがって、彼が真価を発揮した途端に掌返しか?本当浅ましい。挙句の果てにはアレンさんをおかずにして升まで描きやがって、お前あの最低最悪並に気持ち悪いな?
「…!…なッ…!ど、どうして…そ、そのことを…!!」
…あ、しもた。 “餡蜜” のスキルでこいつの部屋に忍び込んで、思いがけず (ゲフンガフン) ショーを見るハメになっちまったことをうっかり言っちまった。…何と言って言い訳したものか…うん、これだな。
「…本当に、そんなことをなさってたのですね?…はぁ、つくづく名門子爵家のご令嬢様とも思えないはしたなさ、こうして相対しているだけで身が穢れそうです」
カマかけてみたら当たった風情で、かつてわたしが言われた言葉をそのまま鏡にして言ってやった。こいつ、聞こえよがしのヒソヒソ陰口で「あんな貴族とは名ばかりの卑賎の身と同じ教室にいるなどと、それだけで身が穢れそうだ」とか宣うて下さりやがったことがあるからな。
がっくりと頽れたそいつに、わたしはトドメの一撃を加えてやった。
「もう一度、あなたの知能でも判るように判りやすく言って差し上げます。絶対に、絶ッ対にアレンさんに近付かないで下さいまし」
◇◆◇
…その翌朝、そいつの『急病死』が発表された。…つまりまぁ、そういうことだ。…それにしてもこの学年、『急病死』する奴が多いな。これで5人目だぞ?
まぁ何つぅか、自業自得だ。そいつが、制服裸足姿で (ゲフンガフン) ショーを見せてくれたら、アレンさんに紹介してやって、『告白した挙句玉砕する権利』くらいは与えてやらんでもなかったんだ。
それにしてもまぁ…たかが失恋くらいで『セルフ急病死』してんじゃねぇよ。…そんな感慨を覚えながら、わたしはそいつの訃報を聞いていた。
…え?乙女ゲーのヒロインとか聖女とかにあるまじき酷ぇ感慨だって?うっせぇな、聖女って言っても神様でも仏様でもねぇ、一人の人間だ。糞も垂れれば屁も放るし、醜い感情だって持ち合わせてるんだよ。
おまけにこちとら、アナみたくなガチモンの聖女じゃねぇんだ。聖なる祝福を授かってない、パチモンの聖女なんだよ。
…こ、このくらいの描写なら、
R-15指定の範疇に留まってますよね? (ガクガクブルブル)
…それはともかく、悪役令嬢とヒロインの違いを前エピと
当エピで示してみました。…上手く書けとるやろか…
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