第177話 ヒロインは友人たちとの絆を確かめる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
王都ルールデン西部の森の中にある廃教会に祀られていた『導きの杖』の導きを受けて “無私の聖女” の加護を授かったわたしは、その恩典である『この加護を対象者が授かった場に居合わせ、かつ彼女の真価を理解し敬慕する者に対して、一つ加護を与えるか、若しくはその者が加護を授かっている場合にはその加護を進化させる恩典』があったか否か、アレンさんの “寒天” のスキルで確かめて貰っていた。
「…どうせわざとやっておられるんだから、もう “寒天” でいいです」
諦念じみたものを滲み出させてアレンさんが彼自身をも含む、わたし以外の5人のステータスを確認した結果。それを見せて貰って…わたしは眼鏡の奥から溢れ出てくるもので、頬が濡れるのを知覚した。
◇◆◇
マーガレットは “氷魔法” の、イザベラは “癒し” の加護をそれぞれ授かり、そしてオスカーが授かっていた “弓王” の加護は “弓神” の加護に進化を遂げていた。
そして、アレンさんが授かっている “風神” の加護は風魔法系の加護ではカンストの加護であるため、これ以上強化・進化することはない。その代わり、彼には “スクロールメイカー” のスキルが授けられていた。
まぁ要は、彼が持っている “餡蜜” 、 “蓮根” 、 “寒天” などのチートスキルを取得できるスクロールを好き放題に作ることができるスキルである。そのスキルを確認したアレンさんは暫く怪訝な顔をしていたものの、何かに気付いたようで「そうか…そういうことか!」と歓喜の声を上げていた。
そして最後にアナである。多分、彼女が受けた恩典が一番エグいだろう。
彼女が授かっていた “騎士” の加護は、アレンさんが誕生日プレゼントとして渡した『空騎士の剣』によって “空騎士” に進化を遂げていたが、元々彼女が授かっていた “氷魔法” の加護が消えて、代わりに “氷の聖女” という加護が加わっていた。そして、スキルには “聖氷魔法” という表示があった。
何でも、 “氷の聖女” とは深い愛と高潔な精神を持ち、聖なる祝福を授かった氷魔法の使い手の女性に授けられる加護で、聖なる力を宿した氷を自由自在に操れる “聖氷魔法” のスキルが授けられ、またそれへの適性が大幅に上昇するそうである。
また、 “聖氷魔法” は、 “氷魔法” のスキルを完全に内包するそうだ。この “聖氷魔法” 、アレンさんの説明によるとオールマイティに近い代物らしい。流石、本物の聖女である。わたしのようななんちゃって聖女とは、全く物が違う。
それを知らされたオスカーやマーガレット、それにイザベラが口々に祝福の言葉をアナに向けている。それに対し、彼女は礼を言うことも忘れて、「…わ…私如きが聖女だなどと…」と困惑の色も顕に呟いていた。
「アナは光の精霊神様の祝福を受けてたでしょ?そこに、エイミー様の “無私の聖女” の恩典が重なってこの “氷の聖女” の加護が君に授けられたんじゃないかな?」
「そ、そうなのか…?…何となく、しっくり来ないのだが…」
そのような会話を聞きながら、わたしは滂沱の涙を静かに流していた。…オスカーも、マーガレットも、イザベラも、アレンさんも、そしてアナも…わたしのことを本当に理解して、そして尊敬して、そして大切な友人だと思ってくれていた…!!
◇◆◇
わたしのその姿を最初に認めたのはオスカーである。流石、チャラいだけあって目敏い。彼は、持っていたハンカチをわたしに差し出すというイケメンムーブをかますと、わたしに優しい声を向けてくれた。
「エイミー様は、かつて私の生命を救って下さいました。のみならず、私がアナスタシア様やエイミー様に謝罪した際にお赦し下さり、しかも手打ちのお茶会に誘って下さいました。エイミー様は、聖女の名に相応しい慈愛の心をお持ちです」
彼が差し出してくれたハンカチを受け取り、眼鏡を外して頬を伝うものと目から溢れ出てくるものを拭う。そして、わたしは彼の好意に対する礼を述べた。
「…ウィムレット公子様、ありがとうございます。…さっきマーガレット様が仰ったように、爵位が遥かに上の殿方に様付けで呼ばれるのは違和感がございます。どうか、普通にお呼び下さいまし」
「…では、エイミー嬢とお呼びしても?」「はい。そうお呼び下さい」
次にわたしに声をかけてくれたのはマーガレット。
「エイミー、あなたはあれほどあなたに悪感情を向け続けていた私に対し、そうされても当然のことをあなたはしていた、だから謝る必要はないと仰って下さいました。もう、私はあなたに謝罪の意を表しません。その代わり、私を赦して下さったこととあなたの聖女の力を以て私に “氷魔法” の加護を授けて下さったことに、心からの感謝の意を表します」
わたしは、おそらく涙の跡が残っているであろう顔を彼女に向け、そして可能な限り優しく笑ませてみせた。
「マーガレット様、丁寧なお礼のお言葉を頂き、こちらこそありがとうございます。次は、アナ様に倣って “氷の聖女” の加護を得て下さいね」
「ごめんなさい、それ絶対無理」
マーガレットの即答に、笑いが起こった。それに続くは、イザベラである。
「エイミー嬢、私もマーガレットと同様にあなたの聖女の力のお蔭で “癒し” の加護を得ることができました。本当に、ありがとうございます。これからは、 “癒し” の加護の先輩として、私を鍛え導いて下さいね」
「イザベラ様、丁寧にお礼を頂き、こちらこそありがとうございます。…わたしの指導はバインツ侯爵閣下仕込みで厳しいですよ?覚悟しておいて下さいね」
「…うっ…お、お手柔らかにお願いします」
あら面白や。いつもぽややんとしたイザベラが、怯んだ色を見せとる。その姿に、もう一度皆が笑い声を上げた。
◇◆◇
「エイミー様」アレンさんが、穏やかな声を向けてくれた。彼の真骨頂だ。
「聖なる祝福を授かることなく、聖女の称号を得られたのはエイミー様の崇高な精神の賜物です。俺は、エイミー様に心からの尊敬を払います。そして、エイミー様の聖女の力は俺に “スクロールメイカー” のスキルを与えてくれました。マーガレット様やイザベラ様同様に、俺もエイミー様に篤くお礼申し上げます」
…アレンさんは、わたしにとって悪役令嬢救済の同士でありそして大恩人だ。彼がいてくれなかったら、悪役令嬢救済はとても覚束なかっただろう。そして…玉砕したとはいえ、わたしが特別な想いを抱いていた男性でもある。
「アレンさん、丁寧なお礼のお言葉、ありがとうございます」
そのお礼の言葉に、万感の想いを乗せたことにアレンさんは気付いてくれただろうか?…何となく、彼は鈍感っぽいからダメ出ししときますか。
「わたしは、アレンさんに私の願いを託したんです。アレンさん、万が一…あなたがアナ様を不幸にしたら…わたしの全てを懸けて、アレンさんを生き地獄に叩き落してやる…その程度の覚悟はわたしも持っています」
その言葉を前にしてもなお、アレンさんの端正な顔は動揺を見せない。彼の茶色の瞳の奥に定まった、ガンギマリという言葉でもなお言葉が軽すぎる覚悟を見て、わたしはもう一度眼鏡の奥から溢れ出てくるもので頬を濡らした。
「絶対に、絶ッ対に…悪役令嬢と、一緒に、幸せに、なって…下さいね」
「…必ずや。俺の、アナに対する永遠の愛を、ウィムレット公子様の、マーガレット様の、イザベラ様の…そして誰よりも、エイミー様の御前で誓います」
その毅然たる言葉に、アナの絶世の美貌が羞恥と嬉しさに赤らんだ。それはいいんだが …その台詞、婚礼の儀の先取りみたいなんですけど…まぁいいか。
◇◆◇
そして、最後にアナ。彼女は、この世の如何なる珍玉秘宝ですらも足元に及ばないほどの輝きを持つ微笑をその美貌に浮かべ、わたしに声を向けた。
「エイミー、私が光の精霊神ロー様に聖なる祝福を頂いた時、確かにとても嬉しかったし光栄にも思った。だが、その一方でお前に対する後ろめたさも感じていた」
え?なしてわたしに対する後ろめたさなんか感じるのよ?
「何度も言っているが、お前は自分の心身が傷付き、また無数の悪評を被るも厭わずに私を救うために行動してくれた。そのことが、どれほどありがたく、嬉しかったことか…済まない、あの時のお前の献身を思うと…申し訳なくて…」
アナは眦に浮かんだものを白く美しい右の人差し指で拭った。…そりゃ確かにあの時はキツかったけど、あなたが慚愧に涙ぐむほどのこっちゃないですよ。だって…
「何故お前が…あの、お父様の激しいお怒りの前でも全く怯まずに私の心情を慮ってくれた時もそうだったが…そこまで私に尽くしてくれるか、私には判らない。だが、お前がその理由を隠しておきたいのなら、私は無用の詮索はしない。その厚意をありがたく受けさせて貰うだけだ」
ごめんなさい、それだけは本当に、もう本ッ当に墓場まで持って行かせて下さい。かつて『マジコイ』をプレイして、あなたの悲惨極まりない破滅をゲラゲラ嘲笑しながら「悪役令嬢ざまぁww」なんてほざいていたなんて…
そして、そのことを後になってめたくそ後悔して、自分を自分で惨殺してやりたいほどの自己憎悪とあなたに対する罪悪感に日々苛まれて過ごしていたら、ある日気が付いたらエイミーに転生して、それを勿怪の幸いとあなたに対する贖罪のために、あなたを今は亡き糞ヘイトシナリオから救いたくて、そしてあなたに幸せになって欲しくて行動していたなんて…そんなこと、絶対に言えやしねぇ。
だって、そのことをあなたが知ったら、どれだけあなたが悲しむだろうか…
何しろ、このことはアレンさんだって言わずにいてくれてたんだから。
◇◆◇
「私を救うために、自分を躊躇なく犠牲の祭壇に捧げるような行動すら取ってくれたお前を、私は心から尊敬し、この上なく感謝している。そのお前を差し置いて、私のような女が光の精霊神ロー様の聖なる祝福を授かってしまったのだ」
全然問題ないじゃないですか。あなたの精神の高潔さと美しさは、その光の精霊神様の祝福を授かるに相応しいですよ。何よりも、わたしゃそんなもんいらんし。
「お前のような、真に聖女の名に相応しい女性を差し置いて、私如きが聖なる祝福を授かってもいいものかと、長らく後ろめたさを感じていた。だが…」
アナは言葉を一旦切って、天を仰いだ。…いやだから、わたしゃ聖女なんて柄じゃないし、聖なる祝福も要りませんから。わたしが欲しいのは、別なもんですから。
「ちゃんと神様は見ているのだな。聖なる祝福などなくても、聖女の称号を得るに値する女性にはその道が用意されていたのだ。それに、お前が “無私の聖女” の加護を授かったお蔭で私は “氷の聖女” の加護を授かることができたのだ。言うなれば、 “氷の聖女” は ”無私の聖女” の余禄だな」
ないない。ガチモンの聖女がパチモンの聖女の余禄とか、マヂあり得ませんから。
アナはその美しい両の繊手で、わたしの骨と血管の浮いた痩せた手を取った。
「エイミー、月並みな言葉で申し訳ないが、本当に、本当にありがとう。お前は、私にとってどのような宝物にも替え難い、私の分に過ぎた素晴らしい親友だ。これからも、親友として付き合って貰えたらありがたい」
そう言ってくれるのは本当に嬉しいけど、ンなこと言うたらマーガレットやイザベラが妬きますぜ?あなたとの付き合いは、彼女たちの方が長いんだから。
「エイミー、何を言っているのよ。アナ様の親友だったら、私たちにとっても親友よ。…そうでしょ、イザベラ?」
「そうですよ、エイミー嬢。あなたは、私たちにとっても親友です」
彼女たちがそう言ってくれる様子を、アレンさんとオスカーは何も言わずに優しい視線で見てくれている。皆の優しさがわたしの心を暖めてくれたような気がして、わたしは眼鏡の裏に右手指を遣って、嬉しさの余り眦に滲んだものを拭った。
筆者は、この物語を従来の意味とは異なる意味での転生ヒドインを
主人公としたつもりで執筆していましたが、
何か気が付いたら勘違い系のファクターも入ってきていました。
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