第176話 ヒロインは “無私の聖女” の加護を授かる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
暫くアナに抱きついて嬉し涙を流していたアレンさんは、わたしたちの視線に気付いてはっ、とした表情を見せ、その次に恥ずかしげな気まずげな表情を浮かべた。…なおそれでも、アナを抱き締めた腕の力を緩めようとはしていない。
「あ…アレン、済まない、いいだろうか」「あ、アナ、ごめん」
これまではとても揶揄えないような気高い美しさに満ちていた二人の抱擁シーンが、その途端にそれが許されるような代物と化したのは何故だろうか?
「うぃ、ウィムレット公子、な、何をにまついているのだ?」
「や、これは失礼致しました。アナスタシア様、アレンさん、お邪魔虫は降りて徒歩で目的地に向かいます」
「アナ様、アレン君、ごめんなさい。私たちは降りて歩きますね」
「アナ様、アレンさん、ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと待て、3人とも待ってくれ」
「そ、そうですよ。そんな気を遣わせてしまっては、申し訳ないです」
わたわたおろおろしているアナとアレンさんにトドメを刺す役割を与えてくれた三人には、感謝の言葉もない。
「アレンさん、春畝公になっちゃダメですよ」「なっ…なりませんよ!!」
さぁわたしは何のことを言ったのかな?敢えて答えは言わない。ちなみに、アナは何のことか判らなかったようでポカンとしていた。…コトは知性じゃなくって知識の問題だからなぁ…知らんかったら判らんわ。
◇◆◇
目的地の、西の森の中にある廃教会は比較的すぐに見つかった。そこの祭壇に祀られている杖は、派手派手しさはないものの質実な美しさがある。
「これが、マーガレット様が仰っておられた杖ですか…」
オスカーのその声に、マーガレットが妙な顔をした。
「…ウィムレット公子様、爵位が上の、それも殿方に様付けで呼ばれると何だか妙な気分になります。普通通りに呼んで頂いても宜しくて?」
「あ、これは失礼致しました。つい勘当されていた頃の癖が抜けなくて…それでは、マーガレット嬢とお呼びしても?」
「ええ、それで構いませんわ」「では、私もそのようにお呼び下さい」
成程ね。最低最悪の (ry とつるんでアナをいじめていたって自覚がオスカーにはあって、それでマーガレットやイザベラに対して引け目があったんだ。それに対して、彼女たちは「もう許すよ」って言いたいんだろな。
さてアナとアレンさんだ。何かアレンさんがアナに謝ってる。
「あ、アナ、ブレザーの肩を涙で汚しちゃってごめんね」
彼らしくもなくおろおろと謝っているのに対し、アナは泰然たるものだ。
「いや、構わない。私の代りに、アレンがイライザに謝ってくれればそれでいい」
それを聞いたアレンさんの顔が引き攣った。イライザって、オーベルシュタインさんの名前だよね?あの、もの凄い貫禄と威圧感を持つお婆さん。
…と思うと、ふ、と笑みを溢してアナが付け加えた。その笑みは、極上の美しさと愛らしさの、絶妙なブレンドである。
「済まない、悪い冗談だった。私も一緒に謝ろう」
…バカップルって、ただベタベタ引っ付くだけじゃねぇのな。何あの上品な甘さの癖にやたらクッソ苦いブラックコーヒー飲みたくなる風景?
さて、それはそうとあの杖だ。さっきも言ったように、派手い装飾はないものの質実な美しい外見で何処か神聖さすら醸し出している。…と、アレンさんがマジックバッグから取り出した魔石をその杖に翳して見始めた。… “寒天” のスキルで、どんな杖か見てるんだろな。
…やがて、アレンさんが魔石をマジックバッグに収めて、さっきのあわあわおたおたおろおろを微塵も見せない力強い自信に満ちた態度で言った。
「この杖は、自分が傷付き数多の悪意に晒されることがあろうとも他者の幸せを願い、またそのために行動することができる、そういう人間が持つべき杖です。…故に、エイミー様がこの杖をお持ちになるべきです」
…ゔえェッ!?なしてわたしよッ!!?
◇◆◇
アレンさんが説明してくれた。何でも、この杖は『導きの杖』という名の杖だそうで、真に強い願いを込めてこの杖を手にして祈り、その願いの強さを杖に認められた者はその願いを叶えるためのスキル若しくは加護を一つ授かる、という伝説級のアイテムだそうである。
そのような効能を持つアイテムを持つべきは、平素より己を犠牲にしてでも特定の他者のために尽くすような行動を取っている者だ。…それが、アレンさんが主張した言葉だった、ということである。
「成程。それなら納得した。エイミーは、これまで自分が心身ともに傷付き悪評を被るを厭うことも恐れることもなく、私を救うために行動してくれていたからな。エイミー、この杖はお前が持つべきだ」
「そうでしたね…アナスタシア様、あの時は本当に申し訳ありませんでした」
「…ウィムレット公子、そのことはもう終わったことだと言った筈だが?」
アナはアレンさんの説明で納得したようだった。一方でオスカーは、かつて最低最悪の (ry どもとつるんで、ええ歳こいた男どもが5人がかりでアナをいじめていたことが、良心に刺さった棘として残っているようである。
「え…エイミー…あなたは、肌髪トラブル抱えて激痩せするくらいのストレスに見舞われてまでアナ様のために尽くしてくれたのに…私はそんなあなたに何て酷いことを…本当に…本当にごめんなさい…!!」
…あ、もう一人良心に棘を刺したまんまの人がいた。…あぁもう!だから、当時のあなたの立ち位置から言うたらわたしの行動に嫌悪とか憎悪とか反発とか侮蔑とか、そういうものを感じるのは当たり前だって言ったでしょうが!!
「…マーガレット様、その話こそもう終わった話です!今度わたしに対して良心の呵責とか罪悪感とか、そういうものを感じたら、国王陛下にお願い申し上げてマーガレット様の制服裸足の寝姿を王宮お抱えの絵師様に描いて頂きますからね!!」
「…へ?制服裸足の寝姿?…何それ?」
…あ、しもた。カミングアウトしてもうた。…ごめんなさい。どうか皆さん、今の発言は忘れて下さいお願いします。
◇◆◇
…幸いにして、わたしの失言に対してそれ以上にツッコミを入れる人間はいなかった。…信じ難い話だが、アレンさんですらも何も言わなかったのである。
…どうやら、彼はわたしの動かすこと能わざる信念にして公に顕すは推奨し難い性癖を暴露することによって、話が進まなくなってしまうことを危惧したのであろう。…ぶっちゃけ、その配慮はマヂでわたしにとってありがたかった。
その辺の事情を暴露された日にゃぁもう、アナやマーガレットにどのように思われるもんやら、はっきり言って知れたもんじゃねぇ。
…その辺の事情を知悉しているアレンさんからありがたくも要らん指摘を受けて、その『導きの杖』を手に取ったのである。因みに、そのありがたくも要らん指摘とは、以下のものであった。
『エイミー様、この杖を手にしておられる間は、必ずや制服裸足のことは脳味噌から一切追い払って下さいね』
…判っとるわ畜生が!この悪役令息め!!
…とまれ、深呼吸してこの『導きの杖』を手にし、わたしは悪魔に魂を売ってでも叶えたい願いを脳裏に充満させた。わたしがこの世界にエイミー・フォン・ブレイエスとして転生したことが判った時に、何よりも希ったこと。
…それは、悪役令嬢アナスタシアへの贖罪だ。
そしてそのための手段としての糞ヘイトシナリオからの彼女の救済と、それが叶った後は彼女の幸福。それこそが、わたしが何よりも望んだことだ。
彼女を糞ヘイトシナリオから救うことは叶った。たぶん。おそらく。きっと。Perhaps。ならば、わたしが希うべきは彼女の幸福だ。
そのためにわたしの全てを擲ってでもいい。…とは、情けないことながら言えなかったが、少なくとも彼女の幸せとわたしの幸せが背反するのであれば、前者を躊躇なく取るくらいの覚悟はわたしも決めている。
心を落ち着け、杖を抱き締めて心に強く願う。…杖よ、願わくばわたしの願いを、悪役令嬢アナスタシアの幸福を叶える力―加護でもスキルでもどっちでもえぇけど―を、わたしに与えたまえ…すると。
『導きを求めし者よ。汝の強い願いを認め、力を授けよう』
え?誰か何か言うたか?…次の瞬間、わたしの身体は光に包まれた。
中心にいたわたしはそんなでもなかったが、相当強烈な光だったみたいで、「「う、うわぁっ!」」「「きゃぁっ!」」「え、エイミー!!」というその場にいたみんなの悲鳴が聞こえてくる。
やがて光が収まり、わたしは自分の中に何かよう判らんけど凡ならざるものが宿ったのを確信した。ギルドカードを取り出し、それが何であるか確認する。
名前 : エイミー・フォン・ブレイエス
ランク : E
年齢 : 17
加護 : 癒し、氷魔法 (逆)、無私の聖女
スキル : S級治癒魔法、A級炎魔法もどき、E級氷魔法、E級風魔法
居住地 : ルールデン
所持金 : 13,003,521
レベル : 9
体力 : D
魔力 : S++
実績 : オークの大迷宮踏破 (護衛付き)
◇◆◇
…なんか、加護の欄に “無私の聖女” とかいうもんが出とる。これ何ぞ?
その場にいたみんなが、わたしに呆然とした視線を向けている。アレンさんも例外ではない。そのアレンさんに、わたしはお願いした。
「アレンさん、わたしの加護の欄に “無私の聖女” とかいうもんが出てるんです。これがどんなもんなのか、ちょっと “寒天” のスキルで見て頂いていいですか?」
「わ、判りました。それにしても、聖女…ですか…エイミー様、どこかで聖なる祝福を授かったご経験はおありですか?…あと、どうせわざとやっておられるんだから言ってもムダだとは思いますが… “寒天” じゃなくって “鑑定” です」
いいえ。聖なる祝福なんて、そんなもん見たことも聞いたことも食ったこともありません。アレンさんはそのわたしの返事を受けて、首を傾げながらも魔石をわたしに翳して “寒天” のスキルを発動した。
その結果判ったことを、アレンさんはわたしたちに教えてくれた。
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無私の聖女 : 自身の心身が傷付き、また無数の悪意に晒されることをも厭い恐れることなく他者を救おうと強く誓い、そのために行動を起こした女性に与えられる加護。この加護をその女性が授かった場に居合わせ、かつ彼女の真価を理解し敬慕する者に対して、一つ加護を与えるか、若しくはその者が加護を授かっている場合にはその加護を進化もしくは強化させる恩典を持つ。
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「…本来なら、聖なる祝福を授かっていない女性は聖女となることはできない筈なんですが…何だか、そういうことみたいです」
アレンさんと同様に、みんな困惑していた。わたしだって例外ではない。
…聖女?どういうことよ?さっきも言うたが、わたしゃ聖なる祝福なんざ見たことも聞いたことも食ったこともケツの穴から放り出したこともねぇぞ?
聖女になるためには、その聖なる祝福とやらを授かる必要があるんだろ?何でそんなもん授かってないわたしが、聖女なんぞになってるんだよ?そもそも、わたしゃ聖女なんて柄じゃねぇよ。
…ってか、聖女になってもわたし自身には何も恩典はなくって、わたしがこの加護を授かった場―つまりこの場所―に居合わせて、尚且つわたしの真価を理解してわたしを敬慕してくれる人に恩典が当たるみたいなのな。
何だか一過性の恩典しかなくて、後には聖女の称号だけが残るって感じだ。やっぱり、聖なる祝福とやらを授かってねぇから恩典が弱いのかな?まぁ別にいいけど。
そこまで考えて、ふと思いついた。ここにいる人たちは、皆わたしにとって大切な友人である。皆は、わたしのことをどう思ってくれてるんだろうか?新しい加護を授かったり、あるいは授かってる加護が進化してたりしたら、わたしのことを真に理解してわたしを尊敬し、大切な友人だと思ってくれている証拠だ。
それを知ってみたい気持ちもあるが、同時に怖いという思いもある。誰も、何も授かってなかったり加護を進化させてなかったりしたら…
その不安を他所に、アレンさんは失礼極まりない感慨を飛ばしていた。
「無私の大賢者がロリコンで、無私の聖女が制服裸足フェチかよ…この世界では、無私ってのは無害な変態の代名詞なのか…?」
失敬な。わたしのどこが変態やねん。それに前にも言うたやろが。制服裸足は絶対正義、至高至尊にして神聖不可侵って。たといアレンさんであろうとも、異論は絶対に認めませんぜ。あなたアナの制服裸足姿で、『グッと来てた』んでしょうが?
原作にはなかった『無私の聖女』なる代物を、勝手に作っちまいました。
…ごめんなさい、パチモンとか紛い物とかでも、このヒロインを
聖女にしてあげたくなっちゃったんです。
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