第175話 元町人Aはかつて住んでいた場所の変貌に涙する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アナの誕生日の数日後、わたしは東部冒険者ギルドのバーでヨハネスさんとくっ喋っていた。わたしはジンジャーエールを頂き、ヨハネスさんはお茶を飲んでいる。「最近、酒が飲めなくなってきちまいやした」と残念そうに言っていた。
…それでいいと思いますよ?お酒は百薬の長で、かつ百毒の長ですから。
「それで、アレン坊…っと、もうそんな呼び方できねぇな。あいつ、子爵様になりやがった…じゃねぇ、なりなすったってんでしょ?」
「家名も領地もまだないんですけどね。でも、アレンさんはどこを領地にするか、大体目星は付けてるみたいですよ」
そこがどこかはまだ教えてくれなかった。何でも、アレンさんの17歳の誕生日に彼の伯爵陞爵式典が王城であるそうなので、その時に発表されると思う。
「で、そのアレン子爵様…ですかい?何でも、ラムズレットのお嬢様と婚約なすったそうで…あっしぁ、てっきりエイミー様と引っ付くと思ってたんですがね」
まぁ確かに、わたしもアレンさんに対してそーゆー感情はあったんだけどね。アナの幸せを第一に考えて、さっさと玉砕した。恋敵がアナじゃ、絶対に勝ち目はねぇよ。女性としての魅力的にも、わたしの心情的にも。
「あんまり気落ちなさらねぇで下さいよ。きっと、エイミー様にもいい出会いはありまさぁね。まだまだお若ぇし、これだけ美人さんなんだし」
本当に?アナと比べても遜色ないくらいに美人ですか?
「………」
「何で、3点リーダを三つも使って黙りこくってらっしゃるんですか?」
「…メタい発言はおやめなさいやし。まぁ、蓼食う虫も好き好きって言葉もありやす。エイミー様も、お気を強く持って下さい」
何だか、上手くはぐらかされたような気がせんでもないがまぁいいや。…っていうか、わたしゃ蓼ですかい。
◇◆◇
今は亡きエスト帝国のブルゼーニ地方への侵略に伴う戦時体制への移行と、更にそれに伴う王立高等学園の期限未定の休校は約一ヶ月ほど続いた。その結果、本来なら10月に行われるべき文化祭は11月開催にズレ込み、本来なら12月半ばに行われる卒業式も1月の半ばに行われることになった。
なお、学期末試験はちゃんと12月の後半に行ってくれるそうなので、それはありがたかった。年を跨いで試験をやられた日には、新年を気楽に祝えないからね。
ところで、その文化祭の出し物であるが、夏休みの自由研究のレポートと同様に、アナを中心としたグループで出し物をやることにした。そこでアナが提唱したのが、この国の平民、それも貧民と呼ばれる層の生活と、そこから見えてくるこの国の民政の課題点を浮き彫りにすることだった。
「アレンは平民出で、エイミーも元平民だ。日々の暮らしで不便に思ったこと、困り事があったと思う。そういったことを、忌憚なく言って欲しい。私たち貴族にとって耳が痛いことでも、遠慮なく言ってくれ」
アナがそう言うと、マーガレットやイザベラ、それにオスカーの顔が険しくなった。彼ら彼女らは貴族で、ことにオスカーはセントラーレン随一の大富豪のお坊ちゃんだ。きっと、アレンさんやわたしに厳しいことを言われると思ったのだろう。
だが、アレンさんにはそれを言う資格があるが、ぶっちゃけわたしにはない。確かにわたしはガキの頃はお母さんと一緒に平民街に住んでいたが、それでもお父様―当時はブレイエス男爵様と呼んでいた―から充分な援助を受けていたから、貧困とは無縁の生活を送ることができていた。
片やアレンさんは、物心つく前にお父さんが亡くなってしまって、それ以来ずーと母子家庭だったという。前世日本でもそうだが、シングルマザーは貧困の重要な原因の一つだ。実際、アレンさんはガキの頃から西部冒険者ギルドに所属して、ドブさらいや下水道掃除をして家計を助けていたそうである。
彼の中の人はわたしと同様に転生者というアドバンテージもあるが、そんなところから貴族に、それも上級貴族である伯爵にまでなり果せようというのだからやっぱり只者ではない。わたしがアレンさんと同じ立場に立たされたら、まずそんなことはできなかっただろうから。
そのアレンさんは、男性にしては線の細い右手を形のいい顎にやり、暫く熟慮する姿を見せた。それを見るアナの目は、愛おしさに満ちている。
やがてアレンさんは顔を上げ、その場にいる皆に声を向けた。
「俺だけの意見では、偏ることもあると思います。貧民街に取材に行きたいので、皆様のご都合のいい日時を教えて下さい」
そうして、来週の日曜日にみんなして貧民街に取材に行くことになった。
◇◆◇
その日の放課後、本来なら勉強会をするところだがマーガレットが巷に流れている面白い噂を持ってきてくれた。何でも、王都の西にある森の中に廃教会があり、その祭壇に捧げられている杖には不思議な力が宿っているという。
「その廃教会に行くためには、貧民街を突っ切って行く必要があるし、実際に取材とまで行かなくても様子を見るだけでもかなり違うと思います。せっかくだから、廃教会のご神体を見るついでに貧民街の様子を見てみませんか?」
その提案に反対する者はいなかったが、アレンさんが一つ注文をつけた。
「貧民街は、ぶっちゃけ治安も空気も悪いです。極力、外に出ないで済むように馬車で通過した方がいいですね。実際に馬車の中から見て、取材の際にどんな注意が必要か確認して下さい。…アナ、ラムズレット家で馬車を用意してくれる?」
「あぁ、承知した。そういうことなら、なるべく頑丈な馬車を用意するべきだな」
そう答えたアナの美貌には、どこか悪戯っぽい笑いが浮かんでいた。
◇◆◇
…アレンさんはオオカミ少年になってしまった。かつてアレンさんが暮らしていた貧民街は、何だか開発が進んでいて、一種の建築ラッシュが起きているようであった。かつてはオンボロの荒屋や掘立て小屋ばかりが並んでいたであろう場所は綺麗に更地にされ、新しく堅牢で清潔感に満ち溢れた建物すら幾つか建っている。その中には早くも借主が入っていると思しきものすらあった。
「おかしいな…俺が住んでた頃は、殆どが荒屋とか掘立て小屋とかでちゃんとした建物は数えるくらいしかなくって、それも違法建築に違法建築を重ねたオンボロのワンルームアパートばっかりで、饐えたような悪臭が漂ってて、ゴミを拾ってきて再利用して生活してるような場所だったのに…」
そう言って、アレンさんは捻り続けていた頭を抱え込んでしまった。その様子を見たオスカーが、笑いながら説明を加えてくれた。
「貧民街が、さっきアレンさんが仰ってたような様相だと大いにまずいってうちの父が言って、ウィムレット商会が出資して貧民街を再開発してるんですよ。再開発で雇用も生み出せるし、経済の活性化にはもってこいだって国王陛下に奏上して陛下のご許可を得たそうです」
それを聞いたアレンさんは、少なからず憤然とした様子であった。
「…ウィムレット侯爵閣下は何だってそれを、俺がガキの頃にやって下さらなかったんですか?…そうして下さってたら、俺はガキの頃にドブさらいなんぞせずに済んだんですよ?…まぁ、ガキの頃にドブさらいやってたから得られたものも沢山あるっちゃぁあるんですけどね」
それに対するオスカーの返答は、泰然たるものであった。
「アレンさんのお陰で、貧民街を再開発する余裕ができたんです。アレンさんがエスト帝国を無力化してくれて、その絡みでザウス王国が無害化して、それで我が国が安全保障に割く国力が最小限化できたから、国内の懸案事項にその余剰国力を傾注する余裕ができたんです」
そう言ったオスカーの美貌には、アレンさんに対する感謝と謝罪の意思が見えた。
「アナスタシア様が、そう国王陛下に進言なさったんですよ。外患に対抗するために割いていた国力が浮くから、それを貧民街の再開発に回したらどうかって」
オスカーにそう言われて、思わずアレンさんが視線を向けた先。そこには、アナの申し訳なさそうで、でもどこか楽しそうな表情があった。
「アレン、騙すような真似をしてしまって済まなかった。だが、為政者たる貴族にとって、民草の貧困をなくすことは至上命題だ。貧困がなくなれば飢餓もなくなり、犯罪もなくなり、教育や文化、医療がより広い民草に行き渡る」
そこまで言って、アナの秀麗な容貌が悲しげに歪んだ。
「これまでは、エストやザウスの侵攻対策に国内の半分近いリソースを割かねばならず、とても国内の貧困対策にまで手が回らなかった。それ故に、アレンやカテリナ様、その他の多くの貧民を救うための施策を取ることができなかったのだ」
そこでアナはアレンさんに向き直り、頭を下げた。…アナだけではない、オスカーやマーガレット、それにイザベラも、である。
「アレン、子供の頃にアレンが、そしてカテリナ様が苦労せざるを得なかったのは、偏に私たち貴族の実力不足だ。この通り、お詫びさせて欲しい」
「アレンさん、この通りです。許せ、とは言いませんが、謝罪させて下さい」
「アレン君、ごめんなさい。でも、言い訳でしかないけど私たちはやりたくなかったわけじゃない、やりたかったけどやれなかったの」
「アレンさん、ごめんなさい」
…わたしも同様だ。わたしはアレンさんに比べて、遥かに恵まれた子供時代を送ることができた。だとしたら、わたしもアレンさんに謝らなくちゃいけないだろう。
わたしもアレンさんに向き直り、頭を下げようとしたその時に。
◇◆◇
「皆様、お顔を上げて下さい」
アレンさんの真骨頂である、穏やかな声が聞こえた。
「皆様が俺たちを放っておいたわけじゃない、寧ろ積極的に貧しい生活から抜け出せるようにしようとして下さっていたことはよく判りました。俺こそ、さっきは恨み言がましいことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
そう言って、アレンさんは頭を下げた。更に彼が頭を上げて続けた言葉は、穏やかながら誇り高い嬉しさに満ち満ちている。
「それに、今こうやってこの国から貧困をなくす、そのために俺が貢献できたって皆様が仰って下さったことはもの凄く嬉しいんです。そう思うと、この腥臭芬芬たる両手も満更じゃないですね」
そう言って微笑みながら、彼は目の前に両手を翳して掌を見る仕草をした。その手の甲は、屍山血河を築き上げてきたとはとても思えないほど滑らかで繊細である。
そして、アレンさんはアナに顔を向けた。
「アナ、君は俺にこの光景を、将来への希望を見せたいと思ってくれて、文化祭の出し物の題材を決めてくれたの?」
アナは答えない。彼女の優しい微笑みは、肯定のサインだった。…と、アレンさんがアナを優しく柔らかく、而して力強く抱き締めた。アナもアレンさんを、同様に抱き締め返す。…と、アレンさんの肩が震え、嬉し涙に咽ぶお礼の言葉が続いた。
「…これで…俺みたいに…苦労する子供も…いなくなるんだね…子供たちが…働かなくても…済むようになるんだね…無理な仕事をさせられて…大ケガしたり、死ぬようなことは…なくなるんだね…ありがとう…アナ、ありがとう…」
…きっと、アレンさんの周りではそういうことがあったのだろう。きっと、それを彼は目の当たりにして、恐怖と悲哀に満ちた子供時代を過ごしてきたのだ。…それがなくなるということが、彼にとっては何よりも嬉しいのだろう。
嬉し泣くアレンさんの、震える肩を優しく撫でながらアナは聖母の笑みを彼に向けていた。…その光景を、オスカーもマーガレットもイザベラも、そしてわたしもいつもと異なり中てられることなく優しい視線で見ていた。
しかし…先にオスカーが、マーガレットが、イザベラが、そして誰よりもアナが見せたものは、正に本物の貴族たる者の矜持だ。彼ら彼女らこそ、本当の貴き族だ。
しかし、それにしても…
…おいみんな知ってるか!?これほど素晴らしい、真の貴き族の鑑とも称するべき女性をな、クズ仲間でつるんで寄って集っていじめた挙句、1対5の決闘を強要してボコボコにして、その上で多分自分たちで念仏講にかけた挙句ならず者どもに引き渡して、心身ズタボロにして精神破壊して、敵国に引き渡して人間兵器に仕立て上げようとした、最低最悪のクソバカアホンダラの臭いフェチの神話級ド変態バカクズ廃太子、長すぎるから略して最低最悪の (ry がいたらしいぞ!!
黒髪のペテン師や金髪の孺子が活躍する物語の記述によると、
今は亡きGNPに対する平時の国防費の割合は18%が限度だそうですが、
四方を敵国ないし仮想敵国に囲まれている国であれば、
国力の半分近くを国防に回す必要があってもおかしくねぇな、と思いました。
…広島原爆忌にアップするエピで、国防や軍事に関する
話をブチ込んでもいいもんですかね?
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。