第174話 ヒロインは “空騎士” の誕生を見る
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
やたら脱線しまくり倒しまくったが、何とかアナにわたしのプレゼントを受け取って貰うことができた。あ、勿論お母さんにことづかった手作りの焼き菓子も渡したよ。アナは穏やかに喜びながら受け取ってくれて、「ブレイエス男爵ご令夫人様に、よしなにお礼をお伝えしてくれ」って言ってくれた。
次は、マーガレットとイザベラの番だ。マーガレットが、その場にいたメイドさんに「あれを持って来てちょうだい」と依頼し、そのメイドさんが出ていった直後ににこやかな微笑みと共にアナに向き直る。
「アナ様、お誕生日おめでとうございます。これは、私とイザベラの連名のプレゼントです。お受け取り下さい」
「マーガレット、イザベラ、ありがとう。どのようなプレゼントをくれるのだ?」
「今持って来て貰いますから、ちょっとお待ち下さいね」
そのイザベラの言葉を受けたように、二人のプレゼントがトルソーに着せられて部屋に到着した。それは…数多の美しい刺繍が施され、レースやフリルによって上品な装飾がなされた、極北の豪奢と清楚を兼ね備えた純白のドレスだった。
◇◆◇
ドレスの美しさに陶然とするアナに、マーガレットとイザベラが説明を向けた。
「アナ様がアレン君から指輪を受け取ったって聞いた日から、私とイザベラで作っていたんです。アナ様のお母様や、私たちのお母様、それにラムズレットの寄子諸侯の奥方様方にもアドバイスを頂いて」
…すげぇ…マーガレットもイザベラも刺繍はめたくそ上手なのは知っていたけど、こんなドレスまで作れるんかい…
やがてマーガレットとイザベラに向き直ったアナは、美貌の満面を笑ませた。
「マーガレット、イザベラ、ありがとう。大切に着させて貰うよ。それで、このドレスの色が純白ということは…そういうことなのだな?」
「そういうことです。アレンさんの横でこのドレスを着ているお姿を、是非マーガレットと私に見せて下さいね。…きっと、ですよ?」
「あぁ。約束しよう。その日には、必ずや二人を招待する」
…成程ね。そういうことか。そりゃアナも嬉しいだろな。彼女はマーガレットとイザベラのことを、大切な友人だと言っていた。その大切な友人が、女の子の人生一番の晴れ舞台の日のための衣装を作って、プレゼントしてくれたんだから。
それと同時に、彼女たちのプレゼント作りにわたしが役に立つことはできないと言ったマーガレットの台詞も、彼女の申し訳なくも意地悪そうな表情も、全部理解できた。…確かにこれを作るに当たっては、わたしはクソの役にも立たんわ。
◇◆◇
さて真打登場だ。マーガレットとイザベラのプレゼントの意味を理解し、端正な顔を赤らめていたアレンさんはふ、と我に帰り、慌てて彼のマジックバッグの中から何かを取り出した。…何ぞこれ?…鞘に包まれた剣?
「あ、アナ、お誕生日おめでとう。これ、約束していたプレゼントです」
「あ、アレン、ありがとう。…鞘から抜いてもいいか?」
「うん。俺が言うのも変な話だけど、とても綺麗な剣なんだ。是非、見て欲しい」
アレンさんに言われて、アナは鞘から剣を抜いた。剣の刀身は美しい空色に輝いている。鍔の部分は鳥の翼を模した、美しくも格好いいデザインだ。
「本当に綺麗な剣だな…ありがとう、アレン。これほどの剣を最愛の殿方にプレゼントして貰えるとは…私は世界一の幸せ者だ」
惚気つつも、アナはうっとりと刀身に自身の美しい顔を映し。
…その途端!その剣から、凄まじいほどの光が放たれた!!
「うわぁっ…!」「きゃぁっ…!!」「あ…アナっ!!」
あまりの眩さに、到底正視できない。思わず目を瞑り、顔を背けてしまった。
…やがて光が消えると、アナが呆然と両手で剣の柄を握っていた。そのアナにアレンさんが向けたのは、彼の真骨頂たる穏やかな笑顔と優しい言葉。
「アナ、 “空騎士” の加護を授かった気分はどう?」
“空騎士” の加護?何じゃそれ?思わずそう漏らしたわたしを見るアレンさんの目は、呆れに満ち満ちていた。…いや判るよ?判りますよ?何で『マジコイ』をプレイしてたのに、知らねぇんだって、そう言いたいんでしょ?でも、知らねぇものはしょうがねぇじゃないっすか。
「…判らない…だが、これで私も、アレンと同じように風魔法を使うことができるようになったのだな?あの、ブイトールを操って空を飛ぶこともできるのだな?」
アナは、感極まったのか美しい蒼氷色の瞳から滂沱の涙を流している。おそらく、彼女とアレンさんにしか判らない事情があるのだろうが…アレンさんと同じように風魔法を使えるようになって、空を飛ぶこともできる?…いやマヂで、どういうことやねん?ますます訳判らへんぞ。
◇◆◇
置いてきぼりにされたアナ以外の面子に、アレンさんが説明していた。
彼がアナにプレゼントした剣は、空騎士の剣と呼ばれる伝説級のアイテムだという。そして、剣自体の攻撃力もさることながら、 “騎士” の加護を授かっている者が装備すると、その者の “騎士” の加護を “空騎士” に進化させるということだ。
そして “空騎士” の加護を持つ者は、騎士としての適性だけでなく風魔法への適性が大幅に上昇する、ということらしい。成程ね。それで、アナがアレンさんと同じように風魔法を使えるようになって、あのグライダーみたいな乗り物―ブイトールというらしい―を操って、空を飛ぶことができるようになった、と言っていたのか。あれは、風魔法を使って操るものだってことだから。
「幾ら最愛の女性に対してとはいえ、伝説級のアイテムをぽん、とプレゼントできるなんて…アレンさん、あなたつくづく何者なんですか?」
オスカーの声は掠れている。それに対して、アレンさんはまたもや過日の戯けを見せた。…いやだから、そういうメタいこと言うのはやめて下さい。
「アレン、本当に…本当に、ありがとう」
空騎士の剣を大切に鞘にしまい、嬉し涙を美しい繊手で拭いながらアナがアレンさんにお礼を言った。その様子を見て、マーガレットが、イザベラが、オスカーが、公爵閣下とエリザヴェータ様、それにフリードリヒ公子様が、カテリナさんが、アナに対して口々に祝福を述べている。
その様子を嬉しそうに一瞥したかと思うと、アレンさんはつくづく呆れ果てたような顔と声をわたしに向けた。
「…エイミー様、本当に『マジコイ』をプレイしておられたんですか?」
してましたよ?まぁわたしが『マジコイ』をプレイしていたのは、クリアするためじゃなくって特定の各種スチルをゲットするためだったんですけどね。
「…どんなスチルだったんですか?」
お願いですそれを聞かんとって下さい。それを思い出すたんびに、わたしは後悔と自己嫌悪とアナに対する罪悪感に苛まれて、疲労困憊した上に甲類焼酎をストレートで呷ってべろべろに泥酔した挙句、深夜の海に遠泳に出かけたくなるんです。
◇◆◇
アナに対するプレゼントの贈呈が終わると、次は楽しい会食だ。かつてわたしやアレンさんが家族一同でご馳走になったような、贅を尽くした美食が次々とテーブルの上に並べられる。…ちょっと内容はあの時と変わってるけど。…あぁ、成程。今日は、アナのお誕生日パーティーだからアナの好きなものがメインなんだ。
まぁ美味しければ何でもいいんだけどね。美味しいは制服裸足にも匹敵する絶対正義だ。とりあえずわたしは、カロリーの高そうなものを軒並み攻略することにした。そうして、何とかしてデコルテに骨が浮かないようにしたい。
…と、公爵閣下が以前お父様にお勧めしてくれてたテリーヌをメイドさんから受け取り、更に白ワインを所望していた。それに対するは、メイドさんの無慈悲な声。
「お赦し下さいませ。奥様から、ご主人様は女の子を殴った咎により本日より三日間の禁酒刑に甘んじるため、お酒をお出ししないようにと仰せつかっております」
それを聞かされた公爵閣下の表情は、まさにこの世の終わりとも言うべき絶望に満ち満ちていた。平素の魁偉な風格は、どこかにすっ飛んでしまっている。
「なっ…!か、斯様な…このテリーヌを肴にして白ワインが飲めぬなどと…!!…頼む、リザ!どうか、どうかそのような惨いことを言わないでくれ!!明日からなら、三日と言わず一週間でも禁酒するから!!」
「…ゲルハルト様、その吐いた唾、飲み込みませんね?」「む、無論だ!」
エリザヴェータ様は落ち着いた優雅な肢体から発せらる冷気の残渣を公爵閣下に向け、昔日のアナを彷彿とさせる冷徹な威厳を以て公爵閣下に宣告した。
「ならば、エイミーさんに謝罪なさいまし。そうしたら、今日はお酒を飲んでも構いません。その代わり…」「わ、判っている!明日から、一週間禁酒する!!」
先にも言ったが、わたしが公爵閣下にブン殴られたのはわたしにも原因があるのだ。それに、その件についてわたしは既に公爵閣下の謝罪を受けている。それなのに、もう一度閣下に謝って頂くわけにはいかない。
少し慌てて、わたしは公爵閣下とエリザヴェータ様の会話に割り込んだ。
「え、エリザヴェータ様、お待ち下さいまし!そのことについては、わたくしにも原因がございました!それに、わたくしはあの後で公爵閣下の謝罪を頂いております!一度謝罪を頂き、更に謝罪を頂くなど、一事不再理の原則に悖ります!」
じろり、とわたしを睨め付けて、ふぅ、とエリザヴェータ様は息を吐いた。
「アナも言っていましたが、エイミーさんは本当に優しい女の子ですね。ゲルハルト様、エイミーさんに感謝なさいまし。それと、くどいようですが…」
「わ、判っている!確かに、明日から一週間禁酒する!!え、エイミー嬢、あの時は殴ってしまって、本当に申し訳なかった!それと、先ほどは私を弁護してくれたこと、心から感謝する!!…恨むけど」
最後にボソリ、と発した言葉に、危うく笑いの発作が出そうになってしまった。…しかし、ヨハネスさんもそうだったけど、好物のアテがあるのにお酒を飲めなくされるってのはそんなに酷い拷問なのかな?そーゆー拷問を受けたら、日○相○協会の幹部だって宮○野親方を理事長にすぐ据えるくらいに?
◇◆◇
色々と紆余曲折はあったが、本当に楽しいお誕生日パーティーだった。こんな楽しい時間を過ごさせて貰ったことに、お礼を言わなくてはならない。
「アナ様、今日はお招き頂いてありがとうございました」
わたしのお礼に、アナの美貌が輝くような笑みを見せてくれた。
「エイミー、こちらこそ今日は来てくれて、そして素晴らしいプレゼントを贈ってくれてありがとう。あの魔力水に恥じぬ魔力を、私は必ずや身に付けてみせる。先にも言ったが、あの魔力水を以てしても枯渇状態から全回復に至らぬほどのな」
そう言ってアナが見せたさっきとは違う笑みは、強靭な意志に満ち溢れていた。
「…ならば、わたしはそのアナ様の強化された魔力を以てしても、一本で枯渇状態から全回復に至ってなお有り余るほどの魔力回復力を持つ魔力水を作ることができる、それだけの魔力を身に付けます」
その言葉に対し、アナはニヤリ、と悪役令嬢の笑みを浮かべ、美しい右の纖手で握り拳を作ってわたしに示した。わたしも右側の口の端を吊り上げ、右手で拳を作ってそれを彼女の拳に軽くぶつける。
「宜しい。その喧嘩、最高値で買おう」
「毎度あり。またのご利用を、お待ちしております」
…何か、アレンさんとも同じことをやったような記憶があるな…
『好きなアテがあるのに、酒を飲ませて貰えない』
これは、主観的には『白い拷問』に匹敵する
非人道的な拷問だと愚考致します。
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