第172話 ヒロインたちは悪役令嬢の誕生日を祝う
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アレンさんの子爵陞爵から、数日後。わたしたちはいつもの学園の自習室で、学業に倦じた挙句国王陛下とラムズレット公爵閣下の、アレンさんの功績に対する褒賞をどうするか、という協議を聞かせて貰っていた。
『…承知致しました。アレンの領地として、ブルゼーニ地方を要求することは撤回致しましょう。その代わり、彼の功に対するに伯爵陞爵を以てお報い下されたい』
『ふむ。構わぬが、それには条件がある。彼が治める領地を、ラムズレット州の一部を割譲して用意することだ』
『これは異なことを。聡明な英主で在らせられる、陛下のお言葉とも思えませぬ』
『無礼な。そなたに聡明な英主などと言われても、嫌味にしか聞こえぬわ』
これは、アレンさんが “餡蜜” のスキルを使ってその場に潜入し、例の “蓮根” のスキルで作ったヴォイスレコーダーで録音したものである。「これが結構面白いんですよ」とは、アレンさんの弁だ。…その言辞、不敬じゃないですか?
『アレンは、ブルゼーニ地方全土をエスト帝国から奪還するの戦いにあって、天晴れ立役者を演じました。この一事のみにても、伯爵陞爵に値する大功ではございませぬか?臣は左様に愚考致しおりますが』
『故に、伯爵陞爵は認めると、予は申しておろうが』
『アレンの功績はそればかりではございませぬ。彼はそれに加え、エスト帝国帝都の皇宮を空から攻撃して灰燼に帰せしめたのですぞ?』
それで、エスト帝国の最高重鎮連中が悉く『不幸な事故』で逝っちゃったんだぞ?公爵閣下の渋いバリトンは、そういう内容を話していた。
『結果、帝国は四分五裂、空中分解、バラバラの状態に陥ってしまい、我が国建国以来最大の安全保障上の懸念事項が綺麗さっぱり掻き消えてしまいました。寧ろ、臣はこちらの功績こそが大なりと愚考致します。かのレオンハルト・フォン・バインツ侯爵閣下の如く、一代に限り侯爵の爵位を名乗るをも許される大功かと』
『む…それは否定せぬ。否定せぬが、アレンはそなたの寄子となることが決定しておる。寄子の領地を自ら用意してやれぬとは、寄親の甲斐性なしと思わぬか?』
おぉぅ、守勢に回っていた国王陛下がカウンターパンチを見舞った。
『これは異なことを。アレンは、ラムズレットのために戦いたるにあらず、セントラーレン王国のために戦ったのでございます。そしてブルゼーニ全土奪還のみならず、我が国の安全保障に対しても絶大な貢献を為しました。ブルゼーニ全土奪還への貢献に対しては伯爵陞爵を以て報い、安全保障に対する貢献に対しては領地を以て報う、それこそが英主名君たる陛下が執られるべき対応と、臣は愚考致します』
『…先に申したであろうが。そなたに英主名君などと呼ばれても、ただの嫌味にしか聞こえぬと。ウィムレット、バインツ、ジュークスの三家を取り込んだ手腕といい、アレンを巧みに寄子にした手口といい、予はそなたの後塵を拝してばかりだ』
はぁ、と国王陛下の溜め息が聞こえてきた。その溜め息に哀愁も感じるが、何故か笑えてきてしまう。アレンさんの言う通り、確かに結構面白い。
『…致し方なし。確かに、アレンのこの大功に対し、伯爵陞爵と王家直轄領からの領地の割譲、授与を以て報いずば、セントラーレン王家が信賞必罰の実を疑われ、鼎の軽重を問われることとなろう。…但し、ブルゼーニ地方を領地とするは、これを認めぬ。あれは、王家直轄領とする』
『お聞き入れ頂きましたこと、誠にありがたく、心よりお礼申し上げます』
きゃぁ、とマーガレットとイザベラが黄色い歓声を上げた。公爵閣下とアレンさんにとっては、満額回答にも等しい回答だ。アナは満足げに頷き、オスカーは「公爵閣下の交渉力は見事ですね…」と嘆息している。
「ウィムレット公子、この結果はお父様の交渉力のみによって齎されたものではない。アレンがそれだけの大功を上げたから、陛下からこれだけの譲歩を引き出せたのだ。やはり、アレンは私には勿体ないほどの素晴らしい男性だ」
…一々惚気んでいいですから。
「…尤も、エイミーが交渉に立ったらこうも上手くは行かなかっただろうな」
アナが悪役令嬢の笑みとともに発した言葉はわたしを頽れさせ、わたしとアナ以外の四人に笑いを齎した。…一々わたしを引き合いに出さんで下さい!
◇◆◇
さてそのアナが、わたしたちに何やら書簡を手渡してくれた。これ何ぞ?
「来週の土曜日が、私の誕生日なのだ。それで、ラムズレットの王都邸で誕生日パーティーを行うので、是非参加して欲しい。これは、その招待状だ」
この場にいるのはアナを除いて5人。しかして配られた招待状は4通。何とすれば、1人はそんなもんなくても参加することが決まっているためである。
「「「アナ様、ご招待ありがとうございます。是非出席させて頂きます」」」
「アナスタシア様、ありがとうございます。是非出席させて頂きます」
マーガレットとイザベラ、そしてわたしが異口同音に、そしてオスカーも出席することを伝えると、アナは嬉しそうに頷いた。そしてアレンさんに向き直ると、その絶世の美貌を喜色一色に塗り潰して弾んだ言葉を発した。
「アレン、以前約束してくれたプレゼント、楽しみにしているぞ」
「うん。楽しみにしていてね」
…あ、そうだ。プレゼント、考えとかなきゃだ。その認識はマーガレットとイザベラ、それにオスカーにも共有されたようで、皆その顔に真剣な思慮が映っている。
やがて「…アレがいいかな」とオスカーが呟き、アナに向き直って言った。
「アナスタシア様、私もお誕生日プレゼントを用意させて頂きます」
「ウィムレット公子、ありがとう。楽しみにさせて頂く」
オスカーがそこでにや、と黒い笑みをその美貌に浮かべて言った言葉に、アナとアレンさんは仲良く完熟トマトになった。
「どうやってもアレンさんのプレゼントには敵わないですけどね」
それに続くはマーガレットとイザベラ。
「アナ様、私とイザベラは連名でプレゼントを用意させて頂きますね」
「あ、あぁ、マーガレットにイザベラもありがとう。楽しみにさせて貰うよ」
赤い顔のままアナは答えた。それはそれと、マーガレットとイザベラは何を連名で用意するんだろ?わたしも手伝えるかな?
「マーガレット様、そのプレゼントの用意にわたしはお手伝いできますか?」
そのわたしの問いに答えるマーガレットの声は、申し訳なさと意地悪さの器用なことこの上ないカクテルだった。
「ごめんなさい、多分このプレゼントの用意には、エイミーに役に立って貰うことはできないわ。…申し訳ないけど、あなたが不得意な分野の技術が必要なの」
そりゃ残念。わたしの役に立てるジャンルの内容ではないということだ。…ってか、わたしが役に立てるジャンルは治癒魔法と魔力増強しかねぇのだが。
…となると、わたしが用意するプレゼントは決まった。アナが喜んでくれるかどうかは判らんが。きっと、アレンさんならわたしが用意するプレゼントの価値を理解して、アナに説明してくれるだろう。
◇◆◇
そして、アナの誕生日を迎えた。パーティーに出席しているのはアナにアレンさん、公爵閣下とエリザヴェータ様、そしてフリードリヒ公子様、そしてアレンさんのお母さんのカテリナさん。こちらは、ラムズレット公爵家の家族、もしくは遠からずそうなる人たちだ。
そして、アナの友だちとして、マーガレット、イザベラ、オスカー、そしてわたしである。なお、わたしは今日ラムズレットの王都邸を訪れる理由を知ったお母さんから手作りの焼き菓子をことづかってきた。
「以前にエリザヴェータ様にお茶のお誘いを頂いた時に、アナスタシア様が焼き菓子がお好きだと伺ったのよ。だから、この焼き菓子をエイミーからアナスタシア様にお渡ししてあげてちょうだい」
お母さんの焼き菓子は、かのロ○テンマ○ヤーさんなメイドさんとは異なりとても美味しい。…わたしの主観だから、アナが喜んでくれるかどうかは判らんが。
パーティー会場となった食堂に入った時には、まだ予定時間の10分前なのに全員揃っていた。皆、アナの誕生日が楽しみだったのだ。
「まだ時間前だが、全員揃ってしまったな。では、少し早いが始めようか」
公爵閣下の言葉に、異を唱える者はいなかった。公爵閣下は一つ咳払いをくれて、改めてアナにお祝いの言葉を伝えた。
「アナ、17歳のお誕生日おめでとう」「お父様、ありがとうございます」
それを皮切りに、その場にいた人々は口々にお祝いの言葉をアナに伝えた。
「「アナ、おめでとう」」「お母様、お兄様、ありがとうございます」
「「「アナ様、おめでとうございます」」」
「マーガレット、イザベラ、エイミー、ありがとう」
「アナスタシア様、おめでとうございます」
「ありがとう、ウィムレット公子」
「おめでとうございます、アナスタシア様」
「カテリナ様、ありがとうございます」
「お誕生日おめでとう、アナ」「アレン…ありがとう」
わたしたちのお祝いを受けるアナは、とても嬉しそうにしている。その笑顔を見た公爵閣下は、厳かに、そしてにこやかにアナに告げた。
「もう判っているから誕生日プレゼントにはならんかもしれんが、私からのプレゼントは―お前とアレンとの結婚許可だ。アレン、娘を頼んだぞ」
その言葉に、アナは嬉し涙を流し、アレンさんは「はい。必ずや…アナスタシア様を幸せに致します」と答えた。それに公爵閣下はニヤリ、と悪い笑みを漏らし、「不合格だ、アレン」と言った。…何故?
「娘だけが幸せになるのではない、君と娘が一緒に幸せになるのだ」
「…!そうでした、不見識をお許し下さい。…アナ、一緒に幸せになろう」
「…はい…必ずや…」
続くプレゼントは、エリザヴェータ様からのもの。アナが子供の頃から大好きだった、エリザヴェータ様手作りのケーキだそうだ。それを聞いたアナの笑顔は、まるで子供のようにあどけなく、普段とは違う愛らしい魅力があった。
その次は、フリードリヒ公子様。何でも、アナがずっと欲しがっていた白馬だそうである。それを聞いたアナの顔が、まるで宝石のように輝いた。
次はカテリナさん。有名なパティシエの焼き菓子だそうである。そのパティシエの焼き菓子も、アナの好物だそうだ。それを受け取ったアナの顔には、穏やかな嬉しさが浮かんでいた。…お母さんのプレゼントと被っちまったなぁ…
その次はオスカー。何やら、細長い箱に入っていた。
「…ウィムレット公子、開けさせて頂いても宜しいか?」「勿論です」
それは、弓矢のセットだった。何でも、オスカーが手ずから氷属性の魔物の魔石を材料にして作ったものらしい。
彼が授かった “弓王” の加護は、ただ単に弓術だけでなく、弓矢作りにも優れた上達を与えるそうだ。それを活かした、なかなか洒落たプレゼントである。…チャラいくせにやるじゃねぇか…いや、チャラいからこそか。
「ウィムレット公子、ありがとう。大切に使わせて頂く」
そうお礼を言ったアナの笑顔が、オスカーの返しで苦笑に、そして暫くの時間を置いて悄然たるものに変わった。
「アナスタシア様には弓技の授業で勝ち逃げされてますからね。これで、あの時のリベンジマッチを挑みたいものです」
「いや…やめておこう。今の私の弓術では、とても公子の足元にも及ばない。…あの、かつての発言は失言だった。お詫び申し上げる。お赦し頂けたらありがたい」
あぁ、そんなこと言ってたな。アナがオスカーに弓技の授業で勝って、「加護持ちが加護なしに負けてんじゃねぇよプギャーm9(^Д^)ww」ってやっちまったって…
そう言ったアナの表情は、かなり落ち込んでいるように見えた。オスカーは少し慌てて、そこにフォローを加える。
「ど、どうかそのように落ち込まれないで下さい。その時アナスタシア様が仰ったことは、全く正論だったんですから」「…では、お赦し頂けると?」
「私が『お赦し申し上げます』と申し上げることで、アナスタシア様のお気持ちが収まるのであれば」「…ありがとう。感謝する」
そこでようやっと、アナの美貌に笑顔が戻った。
悪役令嬢がチャラ男に謝りたいと言っていた、という伏線を、
ようやっと回収できました。
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