第169話 ヒロインは町人Aの “保険” を知る
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
…え?…えぇ!?あのスカイドラゴン二体が、アレンさんの親友だって!?
「ちょ、ちょっと、待って下さい!アナ様、あのスカイドラゴンがアレンさんの親友って、一体どういうことですか!?」
アナはふ、と微笑んで言葉を続けた。
「お前が驚くのも無理はない。アレンが最初に彼らと私を引き合わせてくれた時には、私も驚き怯えてしまったからな」
アナの話によると、今年の夏休みも終わりかけの頃に飛竜の谷に行って、そこでアレンさんに彼らと引き合わせて貰ったそうである。
「彼らはアレンに大きな恩義があるそうで、彼に助けが必要な時にはいつでも言って欲しい、その時には万難を排して彼の力になると言っていたそうだ」
…エルフの里のお姫様の時と言い、アレンさん、あなた一体何者なんですか!?
◇◆◇
そしてアナがマーガレットとイザベラを呼んでくる間に、わたしは制服に着替えて寮の玄関で待っていた。…程なく、三人が玄関に姿を見せる。アナの様子は全く変わらぬ泰然たるものであったが、マーガレットとイザベラは驚愕と恐怖にタイプの違う美貌を引き攣らせていた。
「…エイミー、あのスカイドラゴン…」
「…えぇ、アレンさんの親友だってアナ様が…」
「…一体、アレンさんって何者なんですか…?」
おぉぅ、イザベラもわたしと同じこと言うとる。その様子をちら、と見て、アナはわたしたちに対してアレンさんの目的を教えてくれた。
「アレンは、彼らをお前たちに紹介してくれるそうだ。彼らの名前は、黒い方がジェローム、白い方がメリッサと言う」
…そう言やぁ、スカイドラゴンってどこかでゲーム中で関わってきてたな…もうゲームのシナリオもへったくれもなくなっちまったから、何今だけど。
学園の貴族用女子寮の前は、ちょっとした広見のようになっていてそこにアレンさんと二体のスカイドラゴンがいる。そこから数十メートルくらい間を空けて、雲霞の如く大量の人が集まっていた。
わたしたちが貴族用女子寮の玄関から外に出ると、スカイドラゴン二体と親し気に談笑していたアレンさんが穏やかな微笑をわたしたちに向けてくれた。
「マーガレット様、イザベラ様、エイミー様、おはようございます」
◇◆◇
アレンさんは、スカイドラゴン二体に右手を向けて彼らを紹介してくれた。
「改めてご紹介させて頂きます。スカイドラゴンの、黒い方がジェローム君、白い方がメリッサちゃんです。この二人は夫婦関係にあります」
そしてスカイドラゴンたちに向き直り、彼らにわたしたちを紹介してくれた。
「ジェローム君、メリッサちゃん、紹介するよ。この方々はアナのお友達なんだ」
二体のスカイドラゴンがわたしたちに視線を向けた。厳ついその身体とは裏腹に、その視線は柔らかく優しい。と、白い方が口を開いた。
「初めまして、メリッサよ。こっちの黒いのがあたしの夫の、ジェロームです。…ほらジェリー、あんたもご挨拶しなさい」
「は、初めまして。じぇ、ジェロームです。す、スカイドラゴンです。あ、アレンさんには、い、いつもお世話になってます」
…人語を喋った!…まぁ、スカイドラゴンと言えば風の神様の加護を受けた、言うなれば神獣だから下手すりゃ人間より高い知能があっても不思議じゃねぇわなぁ。…つかジェローム様、見たら判ります。
…それはそれと、挨拶して貰ったんだからこっちも挨拶しねぇと…
「ら、ラムズレット公爵家が筆頭寄子、アルトムント伯フランツが第一子、マーガレット・フォン・アルトムントにございます。メリッサ様並びにジェローム様にお目にかかれましたこと、誠に光栄にございます」
「お、同じくラムズレット公爵家が直系寄子、子爵マクシミリアン・フォン・リュインベルグが第二子、イザベラ・フォン・リュインベルグにございます。メリッサ様とジェローム様にお目にかかれましたこと、誠に光栄でございます」
…あ、マーガレットとイザベラに先越されちまった。まぁいいか。わたしも慌てて、拙い淑女の礼を執った。
「お、同じくラムズレット公爵家が直系寄子、新興男爵ジークフリード・フォン・ブレイエスが一子、エイミー・フォン・ブレイエスにございます。この度メリッサ様とジェローム様にお会いできる光栄に浴しましたこと、誠にありがたく、お礼申し上げる次第にございます」
そこに続いたのは、メリッサ様の呆れたような声。
「…アナちゃんもそうだったけど、みんな随分と長い挨拶ね。アレンさんはそんなことなかったのに、どうしてなの?」
「アナもそうだけど、マーガレット様もイザベラ様もエイミー様も貴族だからね。礼儀正しくすると、どうしても長くなっちゃうんだよ」
…言われてみればその通り、貴族の挨拶はやたら長いよな。何でだろ?…貴族にとっては、どの一門のどの家に所属してるかってことが何よりも重要だからかな?
「そんな畏まった喋り方しなくてもいいわよ。えっと、青い子がマーガレットちゃんで茶色い子がイザベラちゃんで、桃色の子がエイミーちゃんね?あたしもジェリーも、呼びつけで構わないわよ。アナちゃんにもそうして貰うことにしたし」
メリッサ様にそう言われて、わたしたちは思わず顔を見合わせてしまった。そこに割り込んだるは、アレンさんの穏やかな声。…しかし、この世界では名前にちゃん付けで呼ばれた記憶がねぇなぁ…結構違和感。
「メリッサちゃんもそう言ってくれてますし、それで構わないと思います。マーガレット様もイザベラ様もエイミー様も、そう呼んであげて下さい」
「そ、そう仰って下さる…じゃなくって、そう言ってくれるのなら…メリッサさん、ジェロームさん、宜しくね」
漸くガチガチの状態から立ち直ったマーガレットが、ぎこちないながらも笑みを浮かべて二体のスカイドラゴンたちに改めて挨拶した。
◇◆◇
そこに、馬を飛ばして乱入してきた人物がいた。ラムズレット公爵閣下である。
「お、おい!アレン、このスカイドラゴンは一体何者なのだ!?」
「あ、公爵閣下、おはようございます」
悠々と挨拶したアレンさんに、公爵閣下も呆気に取られた体で挨拶を返した。
「あ、あぁ、おはよう。…ではないッ!こ、このスカイドラゴン二体は一体何者なのかと聞いているのだッ!!」
「申し訳ありません、紹介が遅れました。彼らは、私の親友です。彼がジェローム君、彼女がメリッサちゃんで二人は夫婦です」
公爵閣下は、呆けたように口を開いている。…暫く口を開けているうちに理解が追い付いたようで、また絶叫した。
「な…何ィッ!こ、このスカイドラゴン二体が、アレンの親友だとッ!!?」
「はい。…ジェローム君、メリッサちゃん、こちらはアナのお父さんのゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレット公爵閣下だよ」
公爵閣下ははっ、と我に返り、スカイドラゴンたちに対して臣下の礼を執った。…何で臣下の礼?とか一瞬思ったけど、考えてみたら相手は神獣だからね。臣下の礼を執っても不思議じゃないよね。
「さ、先ほどは大変失礼致しました。セントラーレン王国公爵、ゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレットにございます。ジェローム様、メリッサ様にはお目にかかることが叶い、恐悦至極に存じます」
公爵閣下の臣下の礼に対しても、メリッサ様…もとい、メリッサさんは妙なものを見るような視線を向け続けていた。…いや、神獣に対して敬意を表しただけなんです。理解してあげて下さい。
「えっと…アナちゃんのお父さんのゲルハルトさん、よね?初めまして、メリッサです。それはそれと、何でそんな変な格好してるの?」
臣下の礼を変な格好呼ばわりされ、公爵閣下の顔に縦線が入った。アレンさんが苦笑して、公爵閣下に事情を説明している。
「公爵閣下、スカイドラゴンの世界では礼儀は問われないんです。ワイバーンの上位種がワイバーンロードで、ワイバーンロードの進化形態がスカイドラゴンらしいんですけど、だからと言ってワイバーンがワイバーンロードに、ワイバーンロードがスカイドラゴンに礼を尽くさねばならないとか、そういうことはないんです」
「そ、そうなのか…」
と、ジェロームさんが公爵閣下に険悪な視線を向けた。その視線を受けて、豪胆な公爵閣下が恐怖を隠すこともできないでいる。
「あ、アナさんのお父さんって、あ、アレンさんとアナさんが、つ、番になることを、み、認めてなかったんだよね?」
…今更気付いたけど、ジェロームさんって吃った喋り方するのな。
「あ、もう認めて頂いたから大丈夫だよ」
「じぇ、ジェローム様、め、メリッサ様、さ、左様にございます。あ、アレン殿と愚女との仲、わ、私は確かに認めましてございます」
…あ、公爵閣下にジェロームさんが伝染った。…それはそれと、公爵閣下のアレンさんに対する呼び方まで変わっちまったよ。
その様子に、遠巻きに見守る雲霞の如き大観衆の輪が少し狭まるのが知覚できた。やはり、人が近付いても攻撃される様子がないのが大きかったようだ。その様子を確認した公爵閣下が、途端に超名門貴族の顔を取り戻して朗々たる声で宣告する。
「この場に集まりおる者どもに告げる。私は、ラムズレット公ゲルハルト・クライネルである。これにおわす神獣スカイドラゴンのご両名、ジェローム様とメリッサ様は我がラムズレット公爵家の家中、アレンの親友であり、そして我々を如何こうしようという意図はお持ちではない。安心して、家に戻るがよい」
流石にこれほどの超大人数が集まっていては、治安上の不安の原因にもなりかねない。それを見越して、公爵閣下はそのように声をかけたのだ。…そこは流石に統治者の見識である。その声を受け、その場を離れる者も多かったが伝説の神獣が実在したことに興奮して心行くまでスカイドラゴンを観察する者も多かった。
それはそれでいいのだが、わたしたちと談笑するメリッサさんやジェロームさんを横目に公爵閣下がアレンさんに向けた言葉は、アレンさんの微笑を引き攣らせた。
「…アレンよ、此度王都を騒がせたる罪、決して軽くはない。国王陛下に言上申し上げ、然るべく譴責して頂く故、覚悟しておくように」
…あ、言われて見れば公爵閣下の言うことは尤もだ。確かに、アレンさんのやったことは騒擾罪に相当し兼ねんわ。もっと重い罰になるかもとは思ったけど…下手に厳罰に処したら、ルールデンが怒り狂ったジェロームさんとメリッサさんの手で灰燼と化すからその程度が妥当なのかな?
◇◆◇
みっちりと国王陛下と王妃陛下、それに公爵閣下のお叱りを受けて王城から帰って来たアレンさんに、アナが声をかけた。
「アレン、あの二人がアレンが謀殺されない理由なのだな」
アレンさんは無言のまま、偉い人たちに叱られて微妙にヘロった顔を笑ませた。
「アレンに手を出すということは、あの二人を敵に回すこと、つまり手の込んだ自殺と同義だ。アレンは、ルールデン中にそう喧伝したかったのだろう?」
「そうだよ。でも…やりすぎちゃったね。両陛下と公爵閣下に叱られちゃったよ」
そこに、どすどすと音を立ててメリッサさんとジェロームさんが現れた。
「アレンさん、大丈夫?酷いことされなかった?」
「あ、アレンさんに、ひ、酷いことする奴は、こ、殺しちゃっていい?」
…何か、ジェロームさんって過激じゃね?
「いや、酷いこととかそういうのじゃないから。王都を騒がしちゃったから、国王陛下と王妃陛下、それにアナのお父さんに叱られちゃっただけだよ」
「アレンはその『酷いこと』をされないように、メリッサとジェロームにここまで来て貰ったのだ。アレンを害するような者は、二人とも決して赦さないだろう?」
アナの言葉に、メリッサさんとジェロームさんが気色ばんだ。
「そんなの、当然よ!絶対に赦さない!!」
「そ、そんな奴、ぼ、僕とメリッサちゃんで、ぜ、全員滅ぼしてやる!!」
その様子に、ふ、とアナが優しく微笑んだ。
「そう思ってくれてありがとう。私も同感だ」
◇◆◇
その後アナは、アレンさんが戦争で大功を挙げて貴族に列せられることになったことと、そのため宮廷内の陰謀で謀殺される危険が出てくることを説明した。
「アナちゃん、そんなにアレンさんの立場って危なっかしいの?」
「そういうわけでもないが、二人に来て貰ったのはそうならないための保険だ。アレンの親友にスカイドラゴンがいるという認識が一般に広がれば、アレンに手を出す者は絶対にいなくなる。それは、自殺と同義だからな」
アナの言葉に、納得したような反応をメリッサさんが返した。ドラゴンなのに表情が判るというのも面白い話である。
「あぁ、成程ね!それなら確かに、アレンさんに手を出そうとする奴はいなくなるわね。…判ったわよ、アレンさん。あたしたちを頼ってくれてありがとう」
「こっちこそありがとう。スカイドラゴンのご出馬をお願いするようなことじゃないのに、こんなところまで来て貰ってごめんよ」
ふふん、とメリッサさんが笑った。
「そんなこと気にしなくていいわよ。何せあたしとジェリーにとって、アレンさんは大恩人なんですもの。あ、そう言えば注意するように言ってくれた強盗の話だけど、何も来なかったわよ」
メリッサさんのその言葉に、アレンさんはわたしを意味深に見た。…何ぞ?
「あぁ…そんなことも言ったことがあったね。それは、もう大丈夫だよ」
そんなこんなな会話を5人と二体でしているところに。
「あ、アレンさん!スカイドラゴンと知り合いだったって、本当ですか!?」
オスカーが息急き切って走ってきた。…あなた、情報遅すぎやしませんか?
「…す、済みません…昨夜のクエストが終わったのが深夜三時で、ついさっきまで寝てしまっていたもので…」
…あ、そっか。そんなら、今気付いてこっちに来ても不思議はないわなぁ。
騒擾罪 (現行刑法では騒乱罪) は、「一地方の平穏を害する程度」の
暴行脅迫を伴う必要がありますが、この物語世界内では
とにかくやたら人が集まるようなことをしたら成立する、と
いうことにしました。
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