第165話 (アレン視点) 町人Aは皇宮を恫喝した挙句蹂躙する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
俺は、要塞都市カルダチアの上空から湯水の如くなんちゃって焼夷弾をばら撒き、カルダチアの城壁内を遠慮会釈なく火の海に変えていた。その中には、カルダチア太守の屋敷もある。この屋敷は、都市の庁舎やブルゼーニ方面軍の司令部、また方面軍に所属する兵士が居住する兵舎も兼ねているらしい。
また、俺が火の海に変えた場所には非戦闘員が住む居住区もあったが、正直そんなこと知ったこっちゃねぇ、というのが本音である。俺はエスト帝国人どもの心をボキボキに折っておかないと、とてもとても安心できないのだ。
…またエスト帝国の重鎮たちが、アナに醜悪でおぞましく、穢らわしい陰謀の魔手を向けないとも限らないからな!
だから、俺が投下したなんちゃって焼夷弾で非戦闘員が何百人炎に包まれようが、女子供が何百人焼け死のうが、俺の知ったこっちゃねぇ。人道という面で俺を非難する奴がいたら、こう答えてやる。
「じゃぁお前は、最愛の女性が人間の尊厳を穢し尽くされようと、破壊し尽くされようとしているのに人道に配慮して敵に手心を加えろって言うのか?」
まだそうされたわけじゃない?はっ!予防医学って言葉を知らねぇのか!?
…まぁそれはそれと、俺が要塞都市の内部をこうやってボロボロにした結果、友軍たるセントラーレン軍が城門を破り侵攻した際には殆ど抵抗はなかったらしい。
やがて、各城門に、そしてカルダチア太守の屋敷―もう焼け落ちてしまったから屋敷跡だな―の前の広場に、それぞれセントラーレンの国旗がはためくのを確認して、俺は砦の一つに帰投した。
◇◆◇
その翌々日、完全にカルダチア内部を掌握したという報を受けた俺はブルゼーニ地方に入って最初に着いた砦の守備隊長―何と、彼はセントラーレン軍のブルゼーニ方面軍の最高責任者であるパウル・フォン・グラガス将軍だそうだ―と連れ立って、カルダチア内部に足を踏み入れた。
俺が絨毯爆撃を仕掛けた結果、カルダチア内部は完全に焼け野が原と化していた。まだ残り火が燻り、モノが焦げたような臭いと焼死者の死臭が俺の鼻を突き、不快感に顔が顰む。…俺がやったことの結果だのに何を言ってやがる、と叱られそうだが、不快なもんは不快なんだからしょうがないじゃねぇか。
「これほど短期間でカルダチアを陥とせたのは、アレン卿…いや、子爵陞爵は確定的だからアレン様か…のお陰だ。私たちは全員、君に感謝している。ありがとう」
「俺は俺の目的のためにやっただけだ。それに、貴殿が率いる友軍が絶好のタイミングでカルダチア内部に侵攻してくれたから、これだけ上手く行ったんだ。俺一人で、何もかもしたわけじゃない」
グラガス将軍が素直な称賛と感謝を口にしてくれた。最初に会った時に、俺は彼に国王陛下の命令書を見せている。彼は、今回のカルダチア攻略での俺の功績を第一等と評価してくれているのだ。
「そんなことはないと思うが、万一君の功績が疑われるようであれば私に言ってくれ。確かに、君の功績がダントツであったことを国王陛下に言上申し上げる」
「…忝いお言葉、感謝する。ありがとう」
…事もあろうにカルダチア方面軍の最高責任者ともあろうお方にタメ口を聞いているのは、如何に勅命を受けたりとは言え最初に俺の立場を『ラムズレット公爵家お抱えの冒険者』という立場で自己紹介したためだ。舐められないように粗暴な冒険者モードで居続けた結果、こういうことになってしまった。今更直すのもどうかと思うので、このままにしている。
「帝国の民間人や敗残兵は皆掃討するか追放するかした筈だが、まだ残っていないとも限らん。君は、奴らにとっては不倶戴天の怨敵となってしまった。くれぐれも、周囲には気を付けてくれ」
「ご忠告、感謝する。そちらも、お気を付け頂きたい」
俺はその後、実に二週間ぶりに湯浴みさせて貰い、狭苦しい砦の片隅で寝袋に包まれてではなく、友軍が用意してくれた、立派な調度の整った広い部屋のふかふかのベッドで睡眠を取ることができた。
◇◆◇
さてこれだけの功績を上げたのだ。子爵陞爵は確定的だろう。だが、まだ足りない。エイミーが俺に教えてくれた言葉がある。「ラムズレット公爵閣下は、アレンさんがアナを迎えに上がりたいのであれば少なくとも子爵陞爵は必要で、伯爵陞爵なら文句なしだって言ってました」と。
また彼女は、公爵閣下が本心ではアナと俺が結ばれることを諾ってくれていて、俺が然るべき爵位を得たら、彼女との仲を認めてくれることも教えてくれた。
だが、エイミーの言葉を敷衍すれば、子爵ではまだ不足だということだ。必要条件ですらない。伯爵なら、十分条件になる。
ならばもう一つ、功績になるものを用意するべきだ。俺は部屋の片隅に置かれたマジックバッグの中に入っているものを思い浮かべ、唇の右端を軽く吊り上げた。
部屋の中に置かれた机の上に、便箋とペンが置かれている。俺は机に据え付けられた椅子に座ると、便箋の上にペンを走らせた。
◇◆◇
グラガス将軍に、まだ王都に帰投せずにエスト帝国の帝都でもう一仕事してくることを告げると、彼は驚愕した顔で俺を引き留めにかかった。
「なっ…そのようなこと、する必要はないだろう!もう、ブルゼーニ地方から帝国の勢力は完全に駆逐されているんだ!功を焦って、万一君の命を落とすようなことがあっては元も子もないぞ!!」
「ご心配をおかけして申し訳ない。だが、俺はエスト帝国人どもの心をボキボキに折っておきたいんだ。そうしておかないと、またぞろ俺の大切な人が醜悪でおぞましく、また穢らわしい陰謀の標的にされないとも限らないからな」
グラガス将軍の厳つい顔が、満面クエスチョンマークに塗り潰される。…あぁ、そうか。彼は、エスト帝国人どもが何故アナとエスト帝国の第四皇子の婚約を打診してきたか、知らないんだな。そもそも彼は、アナが “氷魔法” と “騎士” の二つの加護を授かっていることも知らない筈だ。
…あれ?だとすると、何故エスト帝国の皇太子はそのことを知っていたんだ?…まさかとは思うが、セントラーレン国内にエスト帝国の密偵でもいるのだろうか?…あり得る話だ。俺だって、同様なことをやっていたわけだし。
…まぁ、俺が今からやることが奏功すればエスト帝国を無力化することができるのだが、この件について水を向けておくに如かず、だな。
「将軍閣下、お願いがあるのだがお聞き届け頂けるか?」
「えっ?…構わないが、それは私にできることなのか?」
「俺が言うよりも、軍の幹部である貴殿の名前で連絡した方が説得力があるだろう。…今更な話とは思うが、ルールデンに他国の密偵が潜んでいる懸念がある。そのことについて、ルールデンに注意喚起して頂きたい」
「…確かに今更かも知れんが、重要な話だな。承知した。確かに伝えておこう」
俺はその返答を引き出すと、「感謝する」と一言言い置いてその場を立ち去った。
◇◆◇
その日の昼食を摂ってすぐに、マジックバッグの中に必要なものを詰め込み、周囲に誰もいないのを確かめて、俺はブイトール改を格納した近所の森に向かった。当然ながら、 “隠密” のスキルは終始発動させ続けている。森で魔物やら凶悪な肉食獣やらにエンカウントして、奴らのおやつになってしまうのはごめんだ。
グラガス将軍をはじめとする友軍に対しては、「流石にくたびれたから、今日明日は寝て過ごしたい。部屋の中にも入らないで頂きたい」と伝えておいた。そうしないと、また引き止められてしまう。説得するのも面倒だ。
格納していたブイトール改を地中の格納庫から引っ張り出し、風魔法エンジンを起動させて発進させた。ここからなら、三時間もすれば目的地に到着する。かつて行ったこともある、エスト帝国の帝都だ。
…ひょっとしたら、帝都には俺がブイトール改で爆撃した兵士の生き残りがいるかもしれない。だとしたら、あまり帝都に近付きすぎるのも考え物だ。以前に来た時よりも、もう少し遠い場所に格納しておこう。
…そんなことを考えているうちに、エスト帝国最大の都市、帝都が視界に入ってきた。どこか、適当な森はないか…あった。あそこなら、帝都から徒歩で1時間程度だ。丁度いい塩梅の距離である。
俺は目を付けた森に近付き、そして着陸した。そして “蓮根” …じゃねぇ! “錬金” で格納庫を造ると、そこにブイトール改を格納した後で徒歩で帝都に向かった。
◇◆◇
“餡蜜” …じゃねぇよ! “隠密” のスキルを発動して帝都内に入り、真っ直ぐに皇宮に向かう。そして、持参したマジックバッグからあるものを取り出し、皇宮の門の隅っこに置いた。そして “隠密” を発動したまま暫く様子を見る。
…と、衛兵の一人がそれを見つけた。「…うん?何だこれ…うわぁっ!宮廷魔術師長閣下!!」と、傍迷惑なくらいの大声を上げて、『それ』を抱え上げた衛兵はそれを放り投げ、腰を抜かした。…そう、俺が皇宮の門の隅っこに置いたものは。
口の中に、両眼を刳り抜かれた眼窩に、鼻を抉り取られて一つ穴になった鼻腔に、そして耳朶を切り取られた両耳に、それぞれ書簡を突っ込まれた、エスト帝国前宮廷魔術師長、ギュンター・ヴェルネルの首級であった。
◇◆◇
『エスト帝国の首脳諸賢に、改めてご挨拶申し上げる』
『貴公らの、愚女アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットを標的と致したる醜悪でおぞましく、かつ穢らわしい陰謀、悉く我がラムズレット家家中の者が暴きたること、この首級に添えたる書簡にてお伝え申し上げる』
『愚女が生来授かりたる加護を悪用せんとする貴公らの陰謀、到底赦し難きものなれど、愚女が【貴公らがかかる悪業を為さんと致したることを真に悔い、反省して罪を償わんとするのであれば、赦されるべきなり】と申したる故、一縷の慈悲を貴公らに恵むものである』
『願わくば、愚女が慈悲の前に恥じ入り、己が罪を悔いて反省を顕し、贖罪の意を示すべく、明朝6時までに貴公らが造りたる【氷絶の魔剣】を跡形もなく破壊し、その残骸を帝都の西門外に棄却されたし。さすれば、斯くの如く首級を辱められることは決してなきこと、ラムズレットの姓に懸けて約定する』
『当家家中の者の手は長く、皇宮を灰燼と帰せしむるも、貴公らを冥府に送るも甚だ容易い。貴公らの、賢明なる判断に期待するや切である』
『セントラーレン王国公爵 ゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレット』
◇◆◇
…おーい、もう時間は6時を15分も過ぎてますぜ?せっかくこのために公爵閣下の名前を拝借して、アナに倣って慈悲の心を示したのに全部無駄になっちまった。
あーあ、言っておくけど俺は悪くないからな。恨むんだったら、自分の判断の拙きを恨むこった。そう思いながら俺は “隠密” を解くことなく、ぷらぷらとブイトール改を格納した森に向かった。
…その二時間後、手持ちの爆弾となんちゃって焼夷弾を悉く使い果たし、皇宮を焼け焦げた瓦礫の山に変えた俺は針路を西に取り、カルダチアに向かったのだった。
〇みっコ〇らしの新キャラに、「町人Aの絶対滅殺対象第一号の
生首」をサ〇エッ〇スに売り込もうと考えております。
…皇宮の城門の隅っこに置いたから。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。