表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/255

第162話 ヒロインたちは銃後の守りに従事する

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

アレンさんやオスカーをはじめとする学徒動員志願者たちは、近衛騎士団長のジュークス子爵様に先導されて王城に向かった。その途中、最後尾にいたアレンさんがわたしの方向に―否、アナに向かって振り向き、そして―力強く頷いた。


その後ろ姿を見送るアナの表情をチラ見して…わたしは雷に打たれたような思いに囚われた。彼女の美貌に映されたのは、決して折れることのない剛強な信頼と意志。両目から涙を、噛み破ってしまった唇から血をそれぞれ流しながら、アナは最愛の男性が戦地に赴く姿を見送っていた。


必ず、アレンさんは帰ってくる。それも、アナを迎えるに相応しい大功を引っ()げて。だから、アナもアレンさんが帰ってくる場所を整えておかなくてはならない。


その信頼と意思を総身に湛えたアナは、いっそ正視すら憚られるほどに内面から溢れ出る生命力で光り輝き、威厳に満ち、これまで見た中で…最も美しかった。


やがて、アレンさんやオスカーをはじめとする学徒動員志願者たちが全員講堂を出たことを確認したアナは、わたしたち学徒動員非志願者たちに向き直り。


「…近衛騎士団長様も仰って下さったが、我々は戦場が怖くて学徒動員に志願しなかったのではない。志願したかったが、それができない理由があったのだ。向後、我々は銃後の守りにてそれを証明する。諸賢の銃後の働きに期待する」


男子はその凛然たる宣告に臣下の礼を以て応え、マーガレットやイザベラ、そしてわたしをはじめとする女子は淑女の礼を以て応えた。


◇◆◇


銃後の働きと一言に言っても、当然ながらその内容は多岐に亘る。ある者は兵士が携帯する携帯食糧、所謂戦闘糧食を作る作業に携わり、またある者は弓兵が使う矢を作る作業に従事する。そして、わたしはヒーラーであることを利用して戦傷治療用のポーションを作る作業を担当していた。


通常使われる傷治療用ポーションであれば、乾燥させた薬草をすり潰したものを水に浸け、薬効成分を水に溶かしたものを魔法によって浄化・消毒して作る。浄化魔法や消毒魔法という治癒関連魔法が作成過程で必要なため、傷治療用のポーション作りは治癒魔法の心得がないとできないのだ。


しかしこの製法では、薬草内の薬効成分を完全に溶かし切ることができない。それに、戦傷ともなれば薬草の薬効成分だけでは治癒し切れないものの方が多い。


S級治癒魔法級とまではいかないにしても、C級治癒魔法級、できればB級からA級治癒魔法級の治癒能力のあるポーションを作りたい。さて、どうしたものか…


…そうだ!昨年のレポート、確か各種魔法を『魔力水に溶かして封じ込め、保存する』方法について書いた奴を提出しようとしてたんだ!何か、あの神話級ド変態バカクズ廃太子に勝手に共著者にされちまったせいで日の目を出なかったけど、あれを参考にしたら従来の傷治療用ポーションよりも治癒力の強いポーションを作ることができるんじゃねぇか!?


がたん!と音を立てて立ち上がったわたしに、同じようにポーション作成の作業に従事していたイザベラが顔を上げた。


「…?エイミー嬢、いきなり立ち上がったりしてどうしたんですか?」

「あ…ごめんなさい、イザベラ様。ちょっと、治癒力の強いポーションを作れるかなって思ったんですけど…今は無理ですね」


…そう、今の時間は無理だ。とりあえず、従来の方法で傷治療用ポーションを作るしかねぇ…待てよ!?わたしのS級治癒魔法や『○ラ○ーマじゃないメ○』、あれの基盤技術たるE級ピンポン球で、ポーションの治癒能力を増強できねぇか!?


「イザベラ様!ちょっと、実験させて頂いて大丈夫ですか!?」


◇◆◇


…結果は残念であった。どうやらE級ピンポン玉の触媒作用は、魔法のみに限られるようである。薬草中の薬効成分は魔法とは関係ないため、E級ピンポン玉によって増強されなかったのだ。


だが、この実験による成果もあった。ただの水の中でも、E級ピンポン玉は安定して存在することができたのである。つまり、E級ピンポン玉を『溶かす』ために魔力水を精製する必要はないということだ。


…だとしたら、ケガ人にこいつを飲んで貰った後で治癒魔法をかけてやることにより、従来の治癒魔法よりももっと強力な治癒効果が期待できるんじゃねぇか?


「あ…あの…エイミー嬢…実験も大事だと思いますけど…」


…はッ!しまった!今やらなくちゃならねぇことは、従来のポーションを作ることだ!わたしは慌てて、擂り鉢の前に座って乾燥させた薬草を放り込んだ。


「い、イザベラ様、申し訳ありません!」

「い、いえ…何だか、加護を授かってる人ってみんなそんななのかな、って思いまして。自分が加護を授かってるジャンルのことに集中すると、全く他のことに目が行かなくなっちゃうみたいです。アナ様もそういうところがおありでしたから」


へぇ…アナもそんなところがあったんだ。彼女は “氷魔法” と “騎士” の加護を授かってたから、きっとより強力な氷魔法の発動について集中して、何かやらかしたことがあるんだろな。…何か、そんなことでもあったんですか?


「王立中等学園で、近衛騎士団の騎士様に指導して頂いたことがあったんです。もう判りやすく緩めて頂いていたのに、私もマーガレットも、あの『腐れクズ脳筋』もちっとも歯が立たなくって」


へぇ…そんなことあったんだ。それはそれと、その呼称の著作権者はわたしです。急がないので、使用料を払って下さいね。


「判りました。今度、お茶をご馳走させて頂きますね。それで、アナ様だけがその騎士様に大善戦したんです。あともうちょっとで勝てそうだなってところで、その騎士様が本気を出しちゃって」


…いや、最近お小遣いがピンチになってきてるから、お金とかそういうので欲しいんですけど…それにしても、中等学園でもそんなことがあったんですね。


「それで、アナ様はよっぽど悔しかったみたいで、その試合の敗因とどうやったら勝てたかを次の授業時間になっても考え続けていて、それで先生に当てられたのも気付かなかった、そんなことがあったんです」


うわ、あの完璧令嬢のアナにもそんなことあったんだ。…わたしはその類の失態は、しょっちゅうやらかしてるけどね。


…と、そこでイザベラのぽややんとした『癒し系』の愛らしい顔立ちが、苦い不快げな怒りに歪んだ。正直、彼女のそんな表情は初めて見た。


「それで頭に来たのが、あの神話級ド変態バカクズ廃太子や糞クズメガネ、それに腐れクズ脳筋や『当時の』アホクズチャラ男がネチネチとそのことでアナ様をいじめてたんです。横で聞いてて、あいつらブン殴ってやりたくなりました。マーガレットは、それで腐れクズ脳筋を引っ(ぱた)こうとしてアナ様に止められてました」


うわなにそれマヂムカつく。お喋りしながらでも擂り粉木で乾燥薬草を擂り潰す手の動きが、一段と荒くなった。


「…それはまぁしょうがない。私の失態であることは事実だからな。イザベラ、お喋りもいいが手も動かすことだ」「…あっ!…アナ様、申し訳ありません」


いつしかそこに現れたのはアナ。彼女は、銃後で色々の作業を行なっている様子を見て回り、それを王妃陛下に報告する統括の役目を担っていた。


◇◆◇


「ポーション作りは捗っているようだな。流石は凄腕のヒーラーのエイミーと、治癒魔法を得意とするイザベラだ。その調子で進めて行ってくれ」


ずらりと並んだ中身入りのポーション瓶を眺め、アナが満足そうな声を発した。それにしてもイザベラさん、治癒魔法が得意だったんですかい。外見も癒し系だし。


「ありがとうございます。…アナ様、ポーション…とは違うんですけど、治癒魔法の治癒力を増強できるかも知れない方法を思いついたんです。一度、治験させて頂きたいんですけど大丈夫でしょうか?」


不思議そうな顔をしたアナに、わたしは説明した。つまり、水中にE級ピンポン玉…いや、ピンポン玉だと大きすぎるな…魔力で圧縮してビー玉くらい…いや、もっと圧縮すれば、ビーズくらいの大きさにできるか…を水に溶かし、それを服用した後で治癒魔法をかけて貰えば、言うなればE級ビーズの触媒能力で治癒魔法の治癒力が増強されるのではないかと考えたことを説明した。


「なるほど…興味深い話だな。判った。王立魔法病院で、治験して貰えるように王妃陛下にお願いしてみよう」「ありがとうございます。宜しくお願いします」

「ところでアナ様、戦況はどうですか?」


イザベラの質問に対し、アナは顔を顰めた。…やっぱり良くないのか…


「あまり良くないようだ。我が国とエスト帝国はブルゼーニ地方を巡って小競り合いを繰り返していたのは、二人とも知っているだろう」


ブルゼーニ地方。四方を山に囲まれた広範な盆地地帯であり、その中心部にあるブルゼーニ湖から何本も川が流れている。肥沃な穀倉地帯であり、セントラーレン王国とエスト帝国はこの土地を巡って長く争ってきた。


近年は休戦状態に至っており、何となくブルゼーニ湖から北方に流れる川と南方に流れる川を暫定国境として東部をエスト帝国領、西部をセントラーレン王国領としていたのだが、今回エスト帝国が西部に侵攻してきたわけである。


そして、兵糧、武具、人員と十全な準備を整えて侵攻した帝国軍に対してセントラーレンは対応できず、現状ではブルゼーニの大半の部分を失ってしまったそうだ。そうイザベラとわたしに説明してくれるアナの表情に、だが、悲壮感は全くない。


「あ…アナ様、それで…大丈夫なんですか?」


イザベラが不安げな声色と表情を隠すこともできずに問うた声に対するは、アナの確信に満ち満ちた美しくも力強い声。


「大丈夫だ。アレンがいる」


◇◆◇


…あぁ、アレンさんはアナに彼の『秘策』を教えてあげてくれたんだな。だから、アナがこんなに安心してるんだ。


そのことを知らないイザベラは、ぽややんとした癒し系の可憐な容貌全体にクエスチョンマークを貼り付けている。その様子にコミカルなものを感じたのか、アナが軽く微笑みながら説明を加えてくれた。


「アレンは、非常な高速で長距離を移動する術を持っているんだ。かつて私はその術に導かれて、まともに移動したら行くだけで何日もかかる場所に行き、その翌々日に戻ってきたことがある」


エルフの里に行ってきた時のことですね。その術っていうのがどんなものなのか、わたしも知りたいけどそれはアナだけが知る資格と権利があるこったしなぁ…


「その術が、戦闘の際に役立つのだ。敵軍は、誰もアレンを攻撃することはできない。アレンは、一方的に敵軍を攻撃し、蹂躙することができるのだ。彼一人で、どれだけ多数の敵兵がいようともな」


…そりゃすげぇや。一体、アレンさんはどんな術を使えるって言うんだか。


「アレンの手によって、戦況は大きく変化するだろう。おそらく、アレンはその術を戦場で活用しうることをお父様に伝えていたのだ。それを、お父様が国王陛下にお伝えして、そして今日アレンに大命が降った。ブルゼーニ地方に赴き、戦況を一変させよと。成功させれば、子爵への陞爵を以て報いると」


…マヂかよ。まぁ、アレンさんは国王陛下とも面識があったみたいだし、直接勅命を賜ってもおかしくはない立場だよな。ラムズレット公爵閣下から聞いた話だと、エスト帝国の陰謀を暴いて帝国の宮廷魔術師長とかいうクズ野郎の首を奪ってきただけでも男爵叙爵待ったなしだって言うし。…アナが陞爵って言ったってことは、もうアレンさんの男爵叙爵は内定してるんだろな。


「そういうわけで、お前たちは安心してポーションを作っていて欲しい。いずれ、捷報がルールデンにも届くだろう」


最愛の男性に対する揺るぎない信頼と共に、アナは断言した。


…そしてその十数日後、彼女の予言は見事的中することになる。

町人Aの『非常な高速で長距離を移動する術』について、

現時点で知ってるのは悪役令嬢だけです。

…まぁいずれみんな知ることになるんですけどね。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ