第160話 ヒロインは町人Aにアドバイスする
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アレンさんはわたしの声と姿を認めると、表情を少し険しくした。
「エイミー様、盗み聞きですか?あまりいいご趣味じゃないですよ」
ふ、と思わず笑みが漏れた。医務室の壁はかなり厚い。余程の怒鳴り声でもない限り、中の会話の内容が漏れ出ることはない筈だ。
「そんなつもりはありませんよ。二つ、重要な用事がありまして」
「重要な用事?」「はい。一つには…」
是非、死ぬまでにこれだけは見ておきたい。
「悪役令嬢の、制服裸足の寝姿を拝見したいと」
アレンさんは無言で右のローファーを脱ぎ、制服のスラックスをたくし上げて脛丈の靴下を脱ごうとした。
「お待ち下さい。七割冗談です」「…残りの三割は?」「ギャグです」
本当は、100%本音ですけどね。
「…ちっとも面白くないですよ。○京○3に弟子入りして、お笑いの何たるかを学んで来られては如何ですか?」
それはあんまりです。服○桜に、相撲を教わるようなもんじゃないですか。
「今の俺は、エイミー様と漫才をしたい気分じゃないんです。まだるっこい話は嫌いなんで、単刀直入にお願い致します」
流石に少し反省した。おふざけが過ぎた。真面目に話をしよう。
「今回のエスト帝国からの、悪役令嬢とエスト帝国の第四皇子との婚約の話…糞ヘイトシナリオの、最後の悪あがきだとわたしは思いました」
わたしの悪ふざけに起因する、アレンさんの不機嫌オーラが一瞬で掻き消えた。
「…エイミー様、ご慧眼です。俺も、そう思いました」
◇◆◇
そもそも、おかしかったのだ。
わたしは、かつて『マジコイ』の攻略対象キャラとされる5人の瘴気―もとい、イケメンオーラ―と悪意―それもわたしに対するものでなく悪役令嬢に対するそれ―に接する度に、凄まじいまでの嘔気を感じていた。他の人間からはかなり直截的に悪意を向けられてもそんなことはなかったのに、である。ソースは、アレンさんやマーガレット、それに他のクラスメイトたちだ。
更に言うたら、エスト帝国の重鎮連中の醜悪でおぞましく、かつ穢らわしいことこの上ない陰謀に対しても、わたしは一片の嘔気すら催さなかった。アナが言ったように、ぶっちゃけあり得ねぇ話である。
あの嘔気には、糞ヘイトシナリオの意志が働いていたのかもしれない。ヒロインに転生させてやったのだから、素直に自分に従っていろという意思である。
そうしないのであれば、攻略対象キャラの悪意を感知するたんびにゲロつくハメに陥らせてくれん、と。逆ハー作って、イケメンどもに傅かれて、光の精霊神様の祝福を頂いて、暗黒騎士アナスタシアを打ち倒した救国の英雄、慈愛の聖女になることができて、何が不満なのだと。
…笑わせるな?わたしはそんなもん、ちっとも欲しくなんざねぇんだよ。
わたしが第一に欲するのは、悪役令嬢アナスタシアへの贖罪、そのための手段としての彼女の救済と幸福。
第二に欲するのは、レオンハルト・フォン・バインツ侯爵閣下への恩返し。閣下が、『エイミー・フォン・ブレイエスの師匠であったレオンハルト・フォン・バインツ侯爵』と後世に呼ばれて頂くための、治癒魔法の研鑽と魔力増強。
まぁ他にも欲しいものは色々あるが、少なくとも糞ヘイトシナリオが用意したものはその中にはない。そんなもん、犬のケツの穴から放り出されていればいいんだ。
そう考えていたわたしが糞ヘイトシナリオに乗ることを拒絶して、アレンさんというイレギュラーな存在が現れて、結果攻略対象キャラ5人のうち4人が物語から脱落してしまった。おまけに、光の精霊神様の祝福とその証明たる髪飾りは悪役令嬢の手に渡ってしまっている。もう、シナリオはめちゃくちゃだ。
「それを強引に元に戻そうとした強制力が働いた、そう俺は踏んでいます」
「…タネは蒔かれてはいたんですけどね。悪役令嬢を逆怨みした何処かの手の施しようのないバカが蒔き散らかしたんです」
「そのバカは匂いフェチのド変態だった、ということですか」
「なかなか面白い裏設定ですよね」
ふ、と微笑む雰囲気。やっと、アレンさんが笑ってくれた。
「攻略対象キャラの祖父「ア・レ・ン・さ・ん?」…っと、す、すみません」
…そう、判って下さればいいんです。
「し、失礼致しました。攻略対象キャラの一人が、ヒロインの恩師と血の繋がった他人だったってのも、いい裏設定ですね」
「それを活かせなかった攻略対象キャラも、大概バカですよね。やっぱりあいつ、 "賢者" じゃなくって "愚者" の加護を授かってたんじゃないんですか?」
…いつしか、アレンさんとわたしはかつてプレイしたことのあるゲームの裏設定を勝手に作って、言いたい放題なことを言っていた。
◇◆◇
「エイミー様、ご存知でしたか?光の精霊神様は、無私の大賢者と呼ばれた大層偉い大賢者様に連なるお方だそうですよ。そしてその大賢者様は、何と悪役令嬢の母親の、魔法の師匠だったそうです」
「…その裏設定は知りませんでした。その、無私の大賢者様は “治癒の賢者” とは縁があったんでしょうか?」
「…知らないですね。今度光の精霊神様と会う機会があったら、聞いてみます」
それにしても、とアレンさんはもう一度笑う。邪気のない笑いだ。
「エイミー様は、どれだけバインツ侯爵閣下を尊敬しておられるんですか」
「それはもう、わたしにとっては有史以来最も偉大なヒーラーですから」
そんなことを言っていたアレンさんが、悪役令息の笑みを浮かべた。
「そういえば、その無私の大賢者様が実はロリコンの変態だったって裏設定、エイミー様はご存知でしたか?」
…ゔえっ!?何だよそれ!?無私の大賢者様が、エスト帝国の第四皇子と同類だったって言うんですかッ!?
「あれとは同類ではないですね。No touchを心がけていたそうですから。だから、どちらかと言えばエイミー様よりの変態です。無害な変態ですね」
…なッ!?し、失敬な!言うに事欠いて、わたしが変態だって!?
「しっ…失礼な!わたしのどこが変態だと、アレンさんは仰るんですか!?」
「あの大賢者のロリに対する執着は、エイミー様の制服裸足に対する執着とそっくりです。悪役令嬢に留まらず、取り巻き令嬢二人の制服裸足姿で理性を飛ばしかけておられた姿、俺はちゃんと確認しましたよ?」
…ッ!…そ、それは…!で、でも…制服裸足は絶対正義、至高至尊にして神聖不可侵なんです!如何にアレンさんと雖も、異論は認めませんよ!!
「…エイミー様がそう仰るんなら、そういうことにしておいてあげますよ。それで、他者の制服裸足姿が拝めなかった時には『自己完結』しておられたんですよね。何ぼ何でも、夏休みの時点で私服外出禁止の園則が廃止されたことを知らなかったなんて、そんな言い訳苦しすぎますよ」
「ま…待って下さい…わ、わたしは本当にそのことを知らなくて…そ、それに夏にあの制服をきっちり着てるのは暑かったから…!」
清潔感に満ちた端正な顔貌に浮かんだ悪役令息の笑み。それは、獲物を前にした肉食獣の笑みすら容易に想像せしめた。
「まぁそんなに恥じるこっちゃありませんよ。ロリコンに比べれば、制服裸足フェチなんざ可愛らしいものです」
「うぎっ…!…そ、それじゃぁ、アレンさんは悪役令嬢の制服裸足姿に『グッと来る』ことはなかったって仰るんですか!?」
苦し紛れの反撃は、存外に大きな効果を齎した。アレンさんは驚愕の表情を示し、「うっ…!…そ、それは…」と呻き声を上げたのである。
…これは、千歳一遇の大好機。ずっとやり込められ続けてきたアレンさんに、せめて一矢を報いてくれよう。わたしはちっとも似合わない悪役令嬢の笑みを浮かべ、アレンさんに詰め寄った。
「…やっぱり『グッと来た』んですね?それだけじゃなくって、さっき悪役令嬢はエスト帝国の重鎮たちの穢らわしくておぞましい陰謀の標的にされてることを知って、かなり精神にダメージ受けてたじゃないですか。…如何ですか?醜悪な悪意に傷付けられて恐怖と悲哀に涙する超絶美少女の制服裸足姿、強烈な庇護欲求とはまた別に邪な欲望を唆られませんでしたか?」
「…そ、それは…その…アナに対してそんな欲望を…抱いちゃいけない、ですよね…でも…その…どうしても…」
自己嫌悪に陥ってしまったのか、アレンさんは項垂れてしまった。…わたしも自己嫌悪を感じてしまった。ちょっといじめすぎた。
「ごめんなさい、そういう欲望を抱いても、それはそれでしょうがないと思いますよ。ヨハネスさんも、『アレンさんの歳頃の男のサカリは、ほんとどうしようもないものだ』って言ってましたし」
そーゆー欲望を唆られてもしゃぁないとは思う。わたしも、前世は男だったからよく判る。アレンさんくらいの年頃の男子の性的衝動は、強大で醜悪な怪物のようなものだ。アレンさんの自制心を以てしても、これに打ち克つのは絶対に無理だ。
おまけに、悪役令嬢は今やアレンさんの恋人で、おまけに酷い言い方をすれば『性の対象として極上』だ。彼女にそーゆー欲望を抱くな、なんて絶対に無理な話だ。
要は、その欲望を対象にぶつけるような行動したり、行動しようと画策しなければいい、それだけのことだろう。…勿論、自身でこっそり吐き出すのもおっけいだ。
◇◆◇
何か話が猛烈にズレた。わざわざアレンさんが悪役令嬢のお見舞いを終えるのを、わたしが待っていたことには理由がある。
以前、アレンさんは悪役令嬢をお迎えに行くに相応しい爵位を得るだけの大功を挙げる機会を、悪役令嬢の父親に請うた。それに応える、『地獄という言葉すら生易しく思えるほどの過酷な戦場に叩き込んでやる』という恫喝に対し、『そのような過酷な戦場であれば、大功の立て放題』と言って感謝の言葉すら述べた。
その、過酷な戦場はすぐにでも顕現する。エスト帝国の醜悪極まりない陰謀が露見した以上、悪役令嬢―否、アナとエスト帝国の第四皇子の婚約は絶対に結ばれない。国王陛下も、ラムズレット公爵閣下も、その婚約を諾うわけがない。
そして、そのことを口実にエスト帝国はセントラーレン国内に侵攻してくることは必定だ。以前にも言ったが、エスト帝国の国力と軍事力は大陸最強であり、セントラーレン王国軍は大苦戦を強いられるのは目に見えている。
そんな状況を一人で引っけら返したらそりゃぁ一発陞爵待ったなしだが、そんなことできるものだろうか?アレンさんは、そんなことができる自信があるんかいな?
もしあるとしたら、それほどの自信はどこから来るのだろう?アレンさんはこれまでの実績が示す通りに素晴らしい決闘者であり、密偵であり、暗殺者であるが、戦場の英雄どころか戦場に立った経験すらない。
彼は我に秘策あり、みたいなことを言っていたが、その秘策の一端でも明かすわけにはいかないだろうか。それを伝えることで、アナを安心させてあげて欲しい。正直、わたしも悪役令嬢救済の同士―決闘から諜報から、全部彼に丸投げしてしまっていたが―としてそれを知りたいが、それを知る資格があるのはアナだけだ。
「アレンさん、アレンさんの秘策について、アナに一端でも教えてあげて下さいませんか?そうすれば、きっと彼女は安心すると思うんです」
アレンさんは、端正な顔に思慮深げな色を浮かべ、その後破顔してくれた。
「そうですね。アナに、そのことを教えてあげるべきですね。エイミー様、教えて頂いてありがとうございます」
どう致しまして。お礼の代わりに、きっと無事で帰ってきて下さい。…何のためにって?決まってるじゃねぇか、アナのためにだよ。
「それではアレンさん、ご武運を」「ありがとうございます」
アレンさんとわたしは、そう挨拶を交わして右拳を軽くぶつけ合った。さ、ではお見舞いに託けてアナの制服裸足の寝姿でも拝みますか。
「…エイミー様、そんなに俺の靴下投げつけられたいんですか?」
転生者たるヒロインと転生者たる町人Aが同心していたら、
こんな感じの会話になるんじゃねぇかな、と思ってこのエピを書きました。
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