表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

159/255

第159話 (アレン視点) 町人Aは悪役令嬢をお見舞いする

…漸く、アナの身体の震えが収まった。眦に残った涙の残滓を、極上の象牙細工のような右手の人差し指で拭い、「…ありがとう、アレン。もう大丈夫だ」と、僅かに震える声で俺に礼を言ってくれた。


「…ごめん、アナにあんな酷くて惨いことを聞かせてしまって…」

「…いや、アレンは悪くない。…済まない…少し、横にならせてくれ」

「いいよ。…アナさえよかったら、君の手を握っていてもいいかな?」

「…ありがとう。そうしてくれると…本当に嬉しい」


アナは外気に惜しげもなく脚線美を晒した素足を伸ばし、ベッドに横たわった。いつもと違う、(くつろ)げたブラウス姿を隠すように俺は布団を覆い被せる。その布団の端から救いを求めるように出した右手を、俺は覆い包むように両手で握った。


「君が寝付くまでこうしているから、落ち着いて休んでね」

「ありがとう…しかし、我ながら他に言えないのか…?」


自嘲するように寂しく笑ったアナが愛おしくて、その薄桃色の唇に口付けをしたくなる衝動に駆られたが…今そんなこと、するわけにはいかない。そんな…アナの傷心に付け込むようなこと…


◇◆◇


エスト帝国の重(さいていさいあくの)鎮たち(クズども)の、口の端に上すも穢らわしくおぞましい陰謀を聞かされたアナの姿は、本当に痛々しいものであった。衝撃と恐怖に晒されて猛烈な嘔気を発したのか、両手で口を押えながらボロボロと涙を流し、とうとう最後には謁見の間の床にへたり込んでしまった。


精神的なショックからか、膝に力が入らなくなってしまった風情のアナを国王陛下が気遣って、医務室で手当を受けるように勧めてくれた。アナもその陛下の厚意を素直に受けたのだが、近衛騎士様たちに医務室まで連れて行って貰うことは拒否した。…何で?身体を動かすことも覚束(おぼつか)ないのに、どうやって医務室に行くの?


…と思ってたら…まさか…俺に抱きかかえて貰って医務室まで連れて行って欲しいって…!…そりゃ嬉しいよ、ものすごく嬉しいですよ!でも…左斜め前から横目に俺を睨み付ける公爵閣下の視線がすげぇ怖いんですけど…!!


…何故か国王・王妃両陛下はアナと俺の仲を好意的に見てくれたようで、勅命という形で俺が彼女を抱きかかえて医務室に連れて行くのを許してくれた。


…謁見の間を辞した後、王城内の廊下で、俺はアナを抱きかかえながらゆっくりと歩いていた。アナは、俺が彼女を安定して抱きかかえていられるように俺の首に両腕を回してくれている。そのアナは、悲しげな涙声を俺に向けた。


「アレン…我儘を言ってしまって済まない…」

「アナ…俺を指名してくれて、ありがとう」


アナの謝罪に対して感謝の言葉で返した俺に、彼女は不思議そうな視線を向けた。


「少し恥ずかしかったし、公爵閣下の視線も怖かったけど、それ以上に嬉しかったんだ。アナが、俺をすごく頼りにしてくれているのが判ったから。自分の愛する女性がそこまで自分を頼りにしてくれるのは、男として一番嬉しいことだからね」


俺がそう言うと、アナは顔を赤らめつつも俺を見つめてくれる。…何この反則的、と言うよりも最早犯罪的な可愛らしさ…俺はその場で硬直してしまった。


「…あ、あの、アレン…頼みがあるのだが…」


どぎまぎしたようなアナの声に、理性が戻る。


「は、早く…医務室に連れて行ってくれ。私は構わない…いや、こうしていてくれるのはとても嬉しいのだが…アレンが重くて辛いだろう?」

「…だ、大丈夫だよ…アナは軽いから…」


…こんな会話をエルフの里でもしたような気がするな…そう思いながら、俺はアナを抱きかかえて医務室へ歩を進めるのであった。


◇◆◇


その後、医務室で先に手当を受け、既にある程度体調が回復していたマーガレットとイザベラ、あと医務室に詰めていた看護師さんやお医者さんにアナのことをお願いし、俺は謁見の間に戻った。


看護師さんに制服を寛げて貰うアナの、名残惜しげな切なげな表情はもう凶悪に可愛くて、正直戻りたくはなかったのだが、国王陛下に『手土産』を献上しないわけにはいかないし、それに…遅くなりすぎたら公爵閣下が怖い。


「後でお見舞いに参りますから…マーガレット様、イザベラ様、看護師さん方、アナスタシア様をお願い致します」

「アレン…絶対だぞ。絶対に、見舞いに来てくれよ」


看護師さんの手を借りてサイハイソックスを脱ぎながら、アナは俺にそう言った。その、縋るような表情がもう極悪に愛らしくて、それと少しずつ外気に晒されていく白皙の脚線美は余りにも眩しすぎて…


そ、それはともかくだ。謁見の間に戻ると、不機嫌そうな公爵閣下と妙にご機嫌な両陛下が俺に視線を向けた。エイミーは、何故かは判らんがそっぽを向いている。


そして俺は公爵閣下に遅くなったことを咎められ、それを国王陛下が宥めてくれて、その上で『手土産』を開陳した。エスト帝国の重(さいていさいあくの)鎮たち(クズども)のうちの一人―おそらくクズっぷりでは最狂―の、帝国宮廷魔術師長ギュンター・ヴェルネルの首級。


国王陛下はその、諜報活動の成功と敵国要人暗殺の功績を讃えて最初の約束通り騎士爵を俺に与えてくれると言ったが、公爵閣下がそこに異を唱えたのだ。


曰く、騎士爵は諜報活動の成功のみに対する褒賞であり、それに加えて敵国要人の暗殺に成功したとあっては騎士爵の授与だけではおっつかない。この二つの成功に対し、男爵叙爵を以て報いるようにと、公爵閣下は国王陛下に進言したのだ。


どうやら、公爵閣下は俺が貴族に列せられるのを応援してくれているようだ。娘を奪おうとする(にっく)き男だが、俺の能力を改めて確認して手許に置いておくべきだと計算したのだろう。…それはそれで、素直にありがたい。


そして、俺が貴族に列せられた際にはラムズレットの寄子として俺を取り込むのだ。そして、新興なれど有力な青年貴族である俺を取り込むための政略結婚の駒としてアナを利用する…うん、やっぱり(したた)かだわ。


まぁ、そうなってくれたら俺としては願ったり叶ったりだけどね。…左肩を握り潰さんばかりに掴まれたのは痛かったけど。


それにしても婿いびり、か…公爵閣下、お手柔らかにお願い致します…


◇◆◇


その後で俺はエイミーと連れ立って、アナのお見舞いに行った。あ、勿論マーガレットとイザベラのお見舞いにもね。…取り巻き令嬢はついでかって?…しゃぁないだろ、俺にとってはアナが最優先なんだから。


それはそれと…部屋に入った途端、エイミーが硬直した。アナの、マーガレットの、イザベラの、それぞれ姿を、異様な光を宿した緑色の瞳で眼鏡越しに確認してぼそぼそと何やら呟き、合間に垂れ出てくる涎をじゅる、と音を立てて飲み込んでいる。…少し彼女の言葉に耳を傾けて…俺はドン引きした。


「…アナの制服裸足、マーガレットの制服裸足、イザベラの制服裸足…ここは、天国なの?楽園なの?ユートピアなの?…それとも、桃源郷なの…?」


…新興男爵家の娘であるエイミーが名門貴族家のご令嬢様であるアナやマーガレット、それにイザベラを呼びつけにしていることは俺以外に出さなければ問題ではない。彼女も、俺と同じ転生者だからだ。だが、問題はその内容だ。


…あなた、制服裸足フェチだったんですか…


…そういえば、エイミーはこの間の夏休みもしょっちゅう制服で外出して、上着とチョッキを脱いで、ブローチとリボンとブラウスの第一ボタンを外して、袖も肘下まで捲って靴下脱いでたな…それで、裸足にサンダルを履いていた。


…もう私服での外出は解禁されていたのに、そして暑いのに何でそんなことしてるのかと思ったけど、恐らくそれで『自己完結』していたのだろう…『私服での外出が解禁されていたことを知らなかった』なんて、言い訳にしても苦しすぎる。


…いや、確かにアナの制服裸足姿はすげぇ官能的で魅力的だよ?それは認めるよ?


…え?マーガレットとイザベラの制服裸足姿?…まぁいいんじゃない?


◇◆◇


まぁともかく。彼女たちをお見舞いした時に、いきなりアナに抱き付かれたのには正直驚いたが、それが彼女の恐怖故の行動だと知った俺は…彼女を抱き締めずにはいられなかった。俺如きが彼女の恐怖を追い払うことができるなどと、思い上がってはいない。だが、アナが俺を求めてくれるのであれば…俺はそれに従うだけだ。


そんな時、マーガレットやイザベラ、それにエイミーが気を利かせてくれたのもありがたかった。マーガレットとイザベラは自分が寝ていたベッドの布団に潜り込んでくれて、エイミーはさっさと医務室を辞してくれた。…彼女が最後に言ったことは、本当に要らんことだったがな!


『アレンさん、手ェ出しちゃダメですよ』


…出さねぇよ!手ェ出したら、物理的に俺の首が飛ぶわ!!


…とにかく、アナを抱き締めているうちに、彼女の身体の震えと嗚咽、そして涙声を知覚することができた。「…っ…うぅっ…うぅぅっ…怖い…怖いよ…怖いよぉ…嫌だ…やだよぉ…嫌だよぉ…」という、これまでの彼女からは聞いたこともないような弱々しい、闇に怯える小さな女の子のような涙声。


彼女が恐怖を覚えるのも当然だ。自分が先天的に授かった加護に目を付けられて、心身をズタボロに穢されて精神を破壊され、魔剣の絶望に精神を支配されて人間兵器に仕立て上げられる、そんな陰謀を聞かされたのだ。


…俺が住んでいる街を侵略して母さんや俺がお世話になった人たちを鏖殺しようとする、そして俺が命に換えてでも守りたいと思っている女性に対してそんな酷すぎる、惨すぎることをしようとするエスト帝国。


…元日本人として、口が裂けても言うべきでないことなのはよく判っている。だが、この時ほど "錬金" のスキルでチビガキ(リ〇ル〇ーイ)デブ野郎(フ〇ット〇ン)を作りたくなった時はなかった。…え?何に使うかって?…知ってるくせに。


◇◆◇


…そんなこんなな紆余曲折があって、冒頭に至るわけである。アナの右手を両手で能う限り優しく覆うように握り締めながら、俺は彼女の言葉を聞いていた。


「アレン…私は “氷魔法” と “騎士” の二つの加護を授かったと知った時は本当に嬉しかったし、誇りにも思った。そして、世にも稀な二つの加護に対し、恥じぬだけの努力を心がけてきた。これからも、その努力を続けようと思っていた」


…おい匂いフェチの神話級ド変態バカクズ廃太子、地獄で聞いてるか?お前は、こんな素晴らしい婚約者を逆怨みして酷い仕打ちをし続けて、学園から追放した挙句ならず者どもの慰み者にして、最終的には人間兵器に仕立て上げようとしていやがったんだ。…エイミーが伝染(うつ)ったって?細かいことはいいんだよ。


お前だけは、どれだけ反省しても赦されやしねぇよ。…誰よりも、俺が赦さねぇ。未来永劫、無間地獄の底で後悔し続けやがれ。けっ!


「だが…その加護のために人間兵器にされてしまうなんて…この世界の殆どの人が授かることの叶わぬ加護を、それも二つも授かったのに…『こんな思いをさせられるくらいなら、加護など授からない方が良かった』などと思ってしまった…」


アナのきつく閉じた眦から、涙が流れ落ちて枕を濡らした。


「このような人間に、加護など相応(ふさわ)しくない…(いや)、このような人間だから、授かった加護を悪用されようとするのだ…」「それは違うよ、アナ」


…一体何なんだよ…!何だって、クズどもの穢らわしいおぞましい陰謀のせいで、アナが自分を責めなくちゃいけないんだよ…!真に責められるべきは、真に断罪されるべきは、エスト帝国のクズどもじゃないのか…!!


「アナは、これまでセントラーレンの民草のために、その与えられた加護を活かそうとして自分を殺して、死に物狂いの努力をしてきたんでしょう?…世の中にはね、どうしようもないクズがいるんだ。そのクズどもが、アナに目を付けて利用しようとしていただけなんだよ。アナは、何も悪くないよ」


いつしか開いたアナの、蒼氷色の瞳を擁した双眸が涙に濡れて俺を見つめる。


「君は、クズどもの毒に中てられて疲弊困憊しちゃっただけなんだ。少し(やす)んだら、きっと回復するよ。だから、おやすみ」「…アレン…」


俺は右手をアナの手に遣ったまま左手をアナの額に遣り、優しく撫でる。願わくば、俺の手に撫でられることでアナが少しでも安心を感じてくれんことを。


…やがて、アナはその双眸を閉じ、そしていつしか寝息がその薄桃色の唇から漏れ出てきた。…それでも、その後30分ほど俺はアナの額を撫で続けていた。


◇◆◇


右手を離しても、アナが反応を示さなくなったのを確認してから、俺は医務室の控えにいた看護師さんとお医者さんに、アナとついでにマーガレット、それからイザベラをお願いして医務室を辞した。


…え?取り巻き令嬢二人の扱いが酷くないかって?…俺にとってはアナがダントツで、次に母さん、その後に他のお世話になった人たちなんだからしゃぁないだろ。


そして医務室の扉を開けて外に出たそこには。


「アレンさん、悪役令嬢のお見舞いお疲れ様です」


エイミーが、その可憐な美貌に穏やかな笑みを見せていた。

町人Aにとって、悪役令嬢以外は比較的どうでもよくなってきたようです。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ