第158話 ヒロインは実は失恋していた
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
わたしの動かし難い信念であり、同時にあまり表に出すことは推奨されにくい性癖をこともあろうに王城内で絶叫していたのをラムズレット公爵閣下に目撃されてしまったわたしは、まず入るべき穴を探し、それがないのを確認すると次にその穴を掘ることのできるスコップが周囲にないかどうか確認していた。
「…エイミー嬢、何をキョロキョロしているのだね?」
「…公爵閣下、わたくしが入ることのできる穴はありませんか?なかったら、それを掘るためのスコップでもいいです」
「穴?スコップ?…いずれにしてもないが…つくづく君の言動は奇矯だな。…娘の具合はどうかね?アレンと一緒に、見舞ってくれたのだろう?」
あ、アナの様子を見に医務室に行こうとしてたんですね?今はやめておいた方がいいですよ。馬に蹴られて、犬に喰われて、蝮に当たります。
わたしがそう言うと、公爵閣下の眉間に皺が寄った。そんな顔したら、ワイルドな感じのイケオジが台無しですよ?
「…君は、娘をアレンと二人きりにしたのかね?」
公爵閣下の声に険が混じる。二人きりじゃないですよ、マーガレットとイザベラもいますよ?でも、二人とも寝ちゃってるかもしれないですね。
「…あの二人では、止めるどころか余計に煽りかねん。…全く、君たち三人も要らぬことをしてくれたものだ」
彼女たちは、煽りゃしませんよ。そんなことしたら、アナもアレンさんも初心だからこれ以上進展しなくなっちゃいます。医務室のベッドの布団に潜り込んで寝たふりしてるうちに、本当に寝ちゃったりしてるんじゃないですか?
「…ならば、却って煽ってくれた方がいい、と言うことか…」
「公爵閣下におかれましては、アナスタシア様とアレンさんの仲が上手くいくことを肯っていらっしゃらない、その様にお見受け致しましたが…?」
「…当然であろう?こともあろうに公爵家の娘たる身が、平民の男子と想いを交わし合うなどと…斯様な愚物だとは思わなんだ」
公爵閣下は、そう言って溜め息を吐いた。
◇◆◇
「…でしたら、どうしてその平民の男子を爵位持ちの貴族に列するように国王陛下に進言なさったのですか?」
わたしの問いに対する公爵閣下の返答は、何処までもそっけない。
「当然であろう。アレンは、それだけの功績を挙げたのだ。エスト帝国の姦計を暴くに留まらず、その姦計の源泉たる帝国宮廷魔術師長を暗殺し、その首級まで奪ってきた。この功績に対し、騎士爵の授与のみに留めるは褒賞が些少にすぎる」
「…では、どのくらいが妥当であると公爵閣下はお考えで?」
「…陛下にも言上申し上げたが、男爵叙爵が妥当だろうな」
確かに、その辺が妥当だろう。諜報活動の成功と敵国要人の暗殺のコンボは、平民なら男爵叙爵に、貴族なら陞爵に値する大功だ。…まぁ、功績による陞爵は公侯伯子男の序列のうち、伯爵までが限度なんだけどね。
最上位の公爵はセントラーレン王家の分家に与えられる爵位であり、従ってアレンさんは天地が引っけら返っても公爵の爵位を得ることはできない。その次の侯爵は、セントラーレン王家と婚姻関係を結んだ伯爵家に与えられる爵位だ。これもやっぱり、現実的ではない。
となると、アレンさんが一代で上り詰めることができるのは伯爵までだ。
「公爵閣下、アレンさんがどのくらいの爵位までゲットできたら、アナスタシア様をお迎えに上がることをお許し頂けますか?」
公爵閣下は顔を顰めて答えた。どうやら、爵位をモノみたいに言うわたしの言い種がよっぽど気に入らなかったと思われる。
「そうだな…少なくとも、侯爵だな」「…公爵閣下がお病気を召されましたら、是非わたくしをお呼び下さいまし。痛覚遮断なしで、治癒させて頂きます」
「冗談だ。少なくとも、子爵になって貰う必要はある。伯爵なら、文句なしだ」
あ、それなら多分大丈夫だ。こないだわたしが公爵閣下にブン殴られた時、アレンさんはまだまだ多くの隠し玉を持っているみたいなことを言っていたから。きっと戦場でも、伯爵にまで上り果せるだけの大功を挙げることができるだろう。
「それにしても、公爵閣下も本当はアナスタシア様とアレンさんに結ばれて欲しいって、そうお考えなんですよね。そうじゃなかったら、アレンさんへの男爵叙爵を国王陛下にお勧めなさったりしない、そうでしょ?」
「…娘の幸せを願わぬ父親などおらぬよ」
そう言って、公爵閣下はそっぽを向いてしまった。…公爵閣下も、アレンさんと結ばれたらアナが幸せになることができるとお考えなんですね?だったら、さっさと『出世払い』でアナとアレンさんの仲を認めてあげたらいいじゃないですか。
「そうはいかぬよ。常識やケジメというものがあるのだ。公爵家の娘が平民の男と結ばれることを許すなどと、そのようなことをすれば公爵家の当主が常識を疑われ、鼎の軽重を問われてしまうからな」
「そういうものなんですか…貴族社会って、面倒臭いですね」
じろり、とわたしを睨めつけた公爵閣下の視線は、最早ジト目に近い。
「…君も貴族令嬢なら、その程度のことは弁えておきたまえ」
ごめんなさい、何しろ所詮は身分卑しき新興男爵家の小娘ですから。
「…失言だった。その発言、撤回して謝罪しよう。申し訳なかった」
「ありがとうございます。わたくしのことは何を言われてもいいんですけど、父や母、それにブレイエス男爵家のことを悪く言われたらやっぱりムカつくんです」
「その気概が、貴族には必要なのだ。その意味では、君は立派な貴族令嬢だよ。…あとは、然るべき貴族社会の常識を身に付けることだ」
…それが難しいんです。何しろガキの頃は、ブレイエス家の非嫡出子として、平民街に住んでいましたから。貴族社会の常識なんて、身に付ける機会は全くありませんでした。新興男爵家の非嫡出子なんて、殆ど平民と変わりないですよね?
「…そうだな。エイミー嬢とアレンなら、身分の釣り合いもちょうどいい。君とアレンが引っ付いてくれていたら、私も安心だったのだが」
公爵閣下は、その言葉と共にもう一度溜め息を吐いた。
◇◆◇
わたしとアレンさんが引っ付いてくれていたら安心できた―そう言った後、公爵閣下はわたしの顔を見て怪訝そうな顔をした。
「エイミー嬢、何をにまついているのかね?」
自分の顔がにまついているのは自覚していた。…公爵閣下、それは何今ですぜ?
「…公爵閣下、わたくしがアレンさんに心惹かれなかったとお考えですか?」
にまついた顔のまま、わたしは墓の中まで持って行くつもりだった想いを吐露した。いつしか、公爵閣下は真顔になっている。
「…あの通りの清潔感に満ちた端正な容姿、わたくしなんぞよりも遥かに優れた礼儀作法の所作、学業優秀、それでいて修羅場を数多潜ってきた百戦錬磨の冒険者と言うに相応しい貫禄と凄み…彼に心惹かれぬ女性はガチレズですよ」
「…ならば、何故君はあ奴に想いを伝えなかったのかね?」
「アレンさんにわたくしの想いを、ですか?…伝えましたよぉ…貴族令嬢にあるまじき行為ではありますけどね。…そして、見事に玉砕致しました」
公爵閣下の真顔が、更に硬質なものに変わった。対するに、わたしの顔のにまつきは全く消えない。傍から見たら、これほど無礼な構図もないだろう。畏れ多くも真剣な顔をしたラムズレット公爵閣下に対して、新興男爵家の小娘が顔をにまつかせて対峙しているのだから。
「…何故だ?君は、かの…『クズレンジャーども』だったかね?あの五人をいいように篭絡し堕落させた、蠱惑の才に優れた色恋沙汰の剛の者ではなかったのかね?君なら、アレンを『落とす』ことも造作もなかった筈だ」
「公爵閣下、それはアナスタシア様とアレンさん、その両方に対する侮辱ですよ」
「…侮辱?それも、アレンだけでなく娘も?…何故だ?」
決まり切ってるじゃないですか。あいつらは、わたしのことを好きでも何でもなかったんです。アナを貶めるために、わたしにいちゃつきかかっていただけなんです。以前にも言った筈です。あいつらは、アナを貶めることができるのであればアレンさんに対しても、或いは公爵閣下にも傅いていた筈だと。
そのわたしの言葉にうげぇ、と言いたげな顔を見せた公爵閣下の顔色を斟酌することなく、わたしは更に言葉を繋いだ。
「そんな奴らと同類にするなんてアレンさんに対する侮辱だし、そんな奴らの同類に心惹かれたことにするなんてアナスタシア様に対する侮辱です」
そう言った後にわたしは、アレンさんに想いを告げ、そして玉砕した時の話を公爵閣下に対して披瀝した。
…でも、クズレンジャー呼ばわりはオスカーに対して残酷な言い方だな。彼は今では更生して、その弓技の才を十全に発揮しているんだから。
◇◆◇
わたしがその挙をやらかしたのは、新学年の始業式があった日の数日後、アナとアレンさんと何となく三人でつるんでいた時。まだ、アナとアレンさんがお互いに想い合っていると気付いていなかった頃である。わたしは、本心を冗談のオブラートに包んでアレンさんに向けた。
『アレンさん、わたしは実はあなたをお慕い申し上げております…と申し上げたら、アレンさんはどうなさいますか?』
わたしのその言葉に、アレンさんは目を見開き、アナはぎょっとした顔を見せた。
その後でわたしはアレンさんの形而上下の美点を並べ立て、『これほどの美点をお持ちの殿方に対し、心惹かれぬ女性はいませんよ』と告げた。
それに対し、アレンさんは思慮深げな沈黙を保ち、一方でアナは不安に満ち満ちた表情を見せている。アレンさんがわたしの想いに応えたら…その恐怖で一杯なんだろな。…そんなに怖いなら、さっさとアレンさんに想いを伝えちまえばいいのに。
…やがて、アレンさんは静かに沈黙を破った。
『…エイミー様、冗談を仰ったのだと解釈して返答させて頂きます。俺は、アナ様から全幅の信頼を頂いた騎士として、アナ様が手ずからラムズレット公爵家の家紋の刺繡を施されたハンカチを頂いた身です。騎士としてアナ様をお守りしながら、更に恋人を守ることができるほど俺の手は長くありません』
…彼がそう答えることは判っていた。言うなれば、これは玉砕上等の告白だ。その返答を受け、わたしは悪役令嬢の―と言うには家格も容姿も各種能力もまるで足りないが―笑みを浮かべて、『アレンさん、合格です』と言った。
『試すような真似をしてしまって、ごめんなさい。アレンさんの、アナ様の騎士としての覚悟を、確認させて頂きたかったんです。アレンさん、何があってもアナ様を守って差し上げて下さいね』
その返答に対し、アレンさんは憤ったような顔をして『エイミー様も悪いご趣味をお持ちですね』と返し、一方でアナはあからさまに安堵の表情を浮かべていた。
…尚わたしはその後で、アレンさんからその話を聞いたマーガレットとイザベラから、激おこぷんぷん丸カムチャッカ半島大噴火級の形相で詰められて弁明に四苦八苦するハメに陥ったのだが、まぁそれは別の物語である。
◇◆◇
わたしの顔がにまつき続けている、その自覚はある。一方で、眼鏡の奥から何かが溢れ出て頬を濡らしている感触も知覚できた。…顔をにまつかせ続けながら涙を流すとか、我ながら器用やのう。
公爵閣下は、高価なスーツのポケットからハンカチを取り出し、わたしに差し出してくれると同時に謝罪の言葉を向けてくれた。
「…エイミー嬢、済まなかった。君の心の傷に、塩を塗るつもりはなかったのだ」
「…ありがとうございます。謝罪は不要です。ですが、アレンさんが然るべき爵位を手に入れたら、アナスタシア様とアレンさんの仲を認めてあげて下さい」
「判っている。ラムズレットの姓を名乗る者は、食言はせぬ」
公爵閣下に対しわたしは拙いカーテシーを以て敬意を示し、それを受けた閣下は鷹揚に頷いて医務室に向かおうとしてつ、と踵を返した。
「恋人同士の逢瀬を邪魔するのも、野暮というものだからな」
そのまま公爵閣下がその場を立ち去るまで、わたしは拙い淑女の礼を執り続けた。
◇◆◇
…え?わたしの中の人はアラフィフのおっさんじゃなかったのかって?アラフィフオヤヂがイケメンに対して想いを寄せるとか、気色悪いにも程があるって?…アラフィフオヤヂの感性なんざ、エイミーの肉体に影響されてとっくの昔に思春期の少女の感性に塗り潰されちまってるんだ!アラフィフオヤヂの感性は、僅かにアナたちの制服裸足姿への執着という形で残っているだけなんだよ!!
『精神が肉体に影響を与えるのと同等以上に、精神は肉体に影響を受ける』
過去にもその旨記述しましたが、そーゆーことにしておいて下さい。
ついでに言うたら、このエピはPrincess princessの『M』や、
エリック・クラプトンの『Blue eyes blue』を
Youtubeで聞きながら執筆致しました。
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