第153話 (アレン視点) 町人Aは帝都を脱出する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
ギュンターのマスクの奥から、低くくぐもった声が聞こえてくる。
「本来であらば、既にあの者の身柄はここに届いている筈でございました。かのセントラーレンのバカ廃太子があの者を厭い嫌っておりましたことは、陛下も両殿下もご存知かと存じますが…」
「話には聞いておる。あのバカ廃太子、何ぞや言う新興男爵家の娘に入れ上げて、随分とラムズレットの娘を蔑ろにしていたそうだな」
「おっ?何の話だお?拙者は、ペドを痛めつけて犯ることしか興味がないんだお」
物も言わずに皇太子が第四皇子の頭を杖で殴った。べちゃ、とでも音が立ちそうな勢いで第四皇子が床に『顔から行った』。その様子に、皇帝やギュンター、果ては護衛の騎士たちも何らの興味も見せようとしない。それはいいのだが。
おいお前ら、バカ廃太子じゃねぇぞ。神話級ド変態バカクズ廃太子だ。
「それで、かのバカ廃太子はあの者を学園から追放して、あまつさえならず者どもに襲わせようとしていたそうでございます」
「それは予も聞いている。それが成功していれば、わざわざこの愚物との婚約を打診する必要などなかったのだがな」
そういうことか…それでアナを追放した挙句ならず者どもの慰み者にして、心身ズタボロになって精神崩壊したアナが帝国に売られる、そこでアナはこの魔剣に精神を支配されて闇堕ちして暗黒騎士になる。元々は、そういう運命だったな。
そこに俺が介入して、ヒロインたるエイミーまでアナ救済のための行動を取って、その結果運命はどうしようもなく破壊されてしまったけど、そこで強制力がこの婚約打診、という形で働いたということか。
言うなれば、これは運命の最後の悪あがきだな。…宜しい、ならば決戦だ。
だが、それにしても…結局、あの神話級ド変態バカクズ廃太子は、自分の下らねぇ逆怨みを晴らすためにアナを学園から追放して、わざわざならず者どもを用意して、アナを生き地獄に叩き落とそうとしたわけか…それで、その結果エスト帝国に『汎用人型戦略兵器』たる暗黒騎士アナスタシアを提供しようとした、と…
…うん、もっと酷ぇ呼称ねぇかな?帰ったら、エイミーに聞いてみよう。
◇◆◇
ギュンターがこの謁見の間を辞し、魔剣を携えて部屋を出ていく。俺はその後を “隠密” のスキルを絶やすことなく尾けていった。そして、ギュンターは衛兵を従えることなく魔剣が元あった部屋に入り、魔剣を元あった場所に収納した。
…それが、奴の人生最後の行動となった。俺は、マジックバッグの中からサイガを取り出し、奴の心臓目がけてぶっ放した。
どおおおぉぉぉん!!
「なッ…どッ…どうい…」「…死ね、クズ野郎」
それだけ言って、俺はギュンターの両鎖骨と胸骨の交差する辺りにもう一発、サイガの散弾をお見舞いした。多量の返り血が、俺の服を醜く彩る。
「何だ!?今の大きな音は、何事だ!?」「この部屋から聞こえたぞ!?」
部屋の外で、騒ぐ音が聞こえる。俺は “隠密” のスキルを改めて発動させた。…どやどやと、衛兵たちがこの部屋に入ってくる。だが、チートスキルのお陰で俺の姿は彼らに認識されていない。…と!
「ぐ、ぐわああぁぁっ!」「い…嫌だ!」「し…死にたくない!!」
部屋に入ってきた衛兵たちが、途端に苦しみ出した。…どうやら、魔剣の絶望に中てられたようだ。…こいつはありがたい。これでは、たとえ “隠密” のスキルを発動していなかったとしても、彼らは俺の存在を知覚することはできないだろう。これなら、ギュンターの首級を獲る余裕もある。こいつは、丁度いい『手土産』だ。
…全てを知覚することができる者が見たこの部屋の光景は、相当にシュールな代物だっただろう。衛兵たちが苦しみ喘ぐ中、返り血で服とマスクを彩った男が一人冷静に、黒いローブを纏った男の死骸から首をナイフで切り離しているのだ。
…やがてギュンターの首を切り終えた俺は、防腐処理をした上でそれを無造作にマジックバッグに放り込むと、魔剣の絶望に中てられてもがき苦しむ衛兵たちを尻目に、誰にも気付かれることなくこの部屋を出るのであった。
◇◆◇
“隠密” のスキルを発動し続け、俺は悠々と皇宮を出た。皇宮内が、やたらと騒がしい。…どうやら、ギュンターの首なし死体が発見されたらしい。
「た、大変だ!宮廷魔術師長閣下が暗殺されたぞ!」「犯人はどこだ!?」
そんな騒ぎ声を背に、俺は誰にも気取られずに皇宮の門を潜った。
だがそれにしても…思い出して、背筋を冷や汗が伝うのを感じた。…危なかった。
魔剣の絶望に中てられて見させられた、暗黒騎士アナスタシアが王都ルールデンを蹂躙するヴィジョン。それを見た衝撃と恐怖のあまり、 “隠密” のスキルが解けてしまったのだ。つくづく、エスト帝国衛兵の軍服を着ていて本当に良かった。
しかしこれは、小さからざる反省材料だ。次から諜報活動に携わる際には、口鼻を覆うマスクを用意しておく必要がある。…他には、何かあるだろうか?もういっそのこと、宇宙服を "錬金" で造ってそれを着用する必要があるかもしれない。
エスト帝国は大陸最大の覇権国家であり、強大な国力と軍事力を以てセントラーレンに侵略の牙を向けている。現在はザウス王国と同盟を結び、ノルサーヌ連合王国とも手を結ぼうとしているが、この両国に対しても獰猛な食欲を向けかねない。
その一方、国内で国策に反対したり批判的な態度を取る者に対しては容赦なく弾圧の刃を向けている。昨日市井の噂を調べたところ、税金が高いとボヤいただけで当局にしょっ引かれた者がいたらしい。
『かわいそうに、数日後には全身二倍に腫れ上がらせて【急病死】だな』
そんな噂をしていた者がいた。…小○多○二じゃねぇんだ。…何だか、そんなことをエイミーが言っていたような気がするな…随分と、俺も彼女に毒されちまった。
そんな国で、潜入してスパイ活動をしていた者が捕えられたら…お察し下さいだ。
…それにしても、何なんだよ!?『国力を対外侵略と対内弾圧に向ける国は、滅亡への途上にある』んじゃなかったのかよ!?黒髪のペテン師が、確かそんなようなことを言っていたぞ!さっさと滅亡してくれよ!!
◇◆◇
情報も確認したし、望外の手土産もできた以上長居は禁物だ。俺は、帝都の近場の森に格納したブイトールを運び出し、それに乗ると風魔法エンジンを発動させた。
ブイトールを離陸させ、一気に西に向かってフライトする。あれほど大きく栄えていた帝都も、あっという間に小さくなって見えなくなってしまった。行きでは6時間ほどかかったが、帰りはどうしようか。魔力も残り少ないし、安全地帯に入ったら少し休憩するとしよう。
3時間ほどフライトしていたら、開けた野っ原が見えてきた。ちょっとあそこで休憩しよう。俺はゆっくりと高度を下げ、野っ原の上に着陸した。
マジックバッグの中から、液体が入ったポーション用の瓶を取り出す。アナが、『エイミーからの差し入れだ』と言って、渡してくれた魔力回復用の魔力水だ。
これを渡すときに、アナが言っていた言葉を思い出す。
『エイミーが、【アレンさんなら大丈夫だと思いますけど、万一魔力が枯渇したらコトなので持って行って欲しい、って伝えて下さい】と私に託けてくれた。彼女から直接アレンに渡してくれてもよかったのだが、私を気遣ってくれたのだろうな』
正直ありがたい。まだ枯渇を心配しなくてもいいが、かなり残り魔力も少なくなっていた。そう思いながら瓶の蓋を開け、飲み口に口を付けて一気に飲み干す。
…何と!最大値の四分の一ほどまで減っていた魔力が、一気に全回復した!!
まだ魔力水のストックは、5本ほど残っている。これほどの魔力回復力を持つ魔力水を斯くも容易く作れるとは…俺も、風魔法使いとしてはそれなりだと自負していたが、エイミーの魔力の前には足元にも及ばないな。これでも、ギルドカードのステータスでは魔力Sプラスって出ていたんだが…
普段の言動はちょっと、いやかなり、いやものすげぇ、いやこの上なくアレだが、やはりエイミーは素晴らしいヒーラーだ。
そして、治癒魔法に留まらず魔法全般に対する探究心も尊敬に値する。あの『メ○ゾー○ではない○ラ』だって、純粋にやりたかったからやった、と彼女は言っていたが、まさか治癒魔法を未発動状態に置いて他の魔法の威力を高めるための触媒にするなど、誰が思い付くだろうか?
…流石だ。治癒魔法の一大泰斗たるバインツ侯爵閣下が、『後世が自身を称するにあたって、【エイミー・フォン・ブレイエスの師匠であったレオンハルト・フォン・バインツ】と称するに違いない』とすら言っただけのことはある。
◇◆◇
さぁ、魔力も回復したし携行していたパンと干し肉で腹もくちくなった。ここからは、大体3時間程度のフライトでルールデンに到着するだろう。西の空が赤くなっているから、到着する頃にはすっかり日は落ちてしまっている筈だ。
ブイトールの風魔法エンジンを発動し、一路西進する。思いがけず、気持ちが逸る。一刻でも早く、ルールデンに着きたい。一刻でも早く、アナに会いたい。一刻でも早く、アナを…抱き締めたい。
その逸る気に煽られるかのように、ブイトールの速度はぐんぐん高まっていく。…いけねぇな、スピード違反だ。そう思っても、逸る気持ちは止められない。
結果、俺は完全に陽が落ち切る前にルールデン空港に到着したのであった。ブイトールをもどかしくも何とか格納庫に格納し、ルールデンの平民門に向かう足が気が付けば早足に、そして駆け足になっていた。
息を切らして平民門を潜り、平民街の中にある俺の家に一旦戻る。やはり魔剣の絶望に中てられてあんな碌でもねぇものを見させられたわけだし、母さんが平穏に暮らしている姿を確認したい。…それに、さっきはあれだけ『アナに会って、抱き締めたい』などとは言っていたが、実は俺は帝国にいた、一週間ほどの間一度も湯浴みをしていない。…そんな格好で、アナを抱き締めるわけにはいかない。
家の前に着き、ノッカーを叩いた。「はい」と答えて、母さんがドアを開けてくれる。…と、俺の目の前で母さんが息を呑むのが判った。
「ただいま、母さん」「…アレン…」
一言呆然と呟いた後、母さんは俺を抱き締めてくれた。
「おかえり、アレン。よく帰ってきてくれたね」
「ま、待って。母さん、今戻ってきたばっかりなんだ。ずっと風呂にも入ってないし、汚いよ。それに…恥ずかしいよ」
「お前は汚くなんかないよ。セバスチャンさんからお聞きしたわ。お国のために、頑張ってきたんでしょう?頑張って早く出世して、アナスタシア様をお迎えに行けるようにならなくちゃね」
◇◆◇
あの、エルフの里から帰ってきた翌日。セバスチャンさんのこれまで見たことがないような険しい顔を見ても、ラムズレット騎士団の騎士様たちに剣を突きつけられながら囚人服に着替えさせられ、魔法封じの首輪を付けられて後ろ手に縛られた俺を見ても、自身が騎士様たちに剣を突き付けられても、母さんは動じる色を微塵も見せることなく穏やかに言ってくれた。
『そう…アナスタシア様と想い合うようになっちゃったのね。…本当は良くないのかもしれないけど、母さんは応援するよ。公爵閣下にお認め頂けるように頑張って、胸を張ってアナスタシア様をお迎えに行けるようになりなさい』
そうして、セバスチャンさんと騎士様たちに、穏やかだが毅然と言ってくれた。
『愚息の罪は私の罪です。厚かましいお願いとは存じますが、私の首と引き換えに愚息をお赦し下されたく、公爵閣下にお伝え下さい』
その言葉を聞き、俺は縛られたまま泣いた。今でも、あの時の母さんの姿、母さんの俺に対する愛情を思い出すと、涙が出てくる。
…暫く俺を抱き締めてくれた後、母さんはいつものように明るく笑ってくれた。
「それじゃ、お風呂を沸かさないとね。お風呂が沸いたら、ご飯を作るからね」
◇◆◇
俺は、鼻の上まで湯に浸かって風呂の壁に何となく視線を送っている。往復にして10時間以上のフライト、帝都でずっと “餡蜜” …もとい! “隠密” のスキルを使い続けていたこと、そしてギュンターを殺して首を獲ってきたこと…それら全ての疲れが一遍に出て、湯に溶けてしまいそうだ。
口鼻から出てくる吐息で、湯槽の湯に泡ができる。鼻が湯に漬かっていることを忘れ、何の気なしに鼻から息を吸い込ん…!!
「ぶ…えきしッ!はきしッ!はーっくしッ!!」
痛えッ!奥の、鼻の奥の方まで湯が入っちまった!!
…俺は、あの時とはまた別な理由で、涙を流した。
お年寄りの入浴中の事故には、くれぐれもお気を付け下さい。
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