第150話 ヒロインは悪役令嬢を励ます
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アレンさんは国王陛下の密命を受け、情報収集のために…どっか行った。…いや、行き先は判ってるんだけど大っぴらに言うことはできないんよ。エスト帝国から打診があった、第四皇子とアナの婚約話の裏で、帝国の首脳部が何を目論んでいるか調べるためにアレンさんが帝都に赴いたなんて、大っぴらには言えないからね。
…え?そーゆーベタなネタはいらない?細けぇこたぁいいんだよ。
とにかく、そういう事情を表に出すわけにはいかないので、ラムズレット公爵家に連なる者たちは言うに及ばず、アレンさんのお母さん、王立高等学園の先生方まで巻き込んで一大緘口令が布かれている有様だ。
この緘口令が布かれた理由に、アレンさんの存在が去年とは比較にならないほど大きくなっていることがある。それもまぁ理屈だ。
期末試験では三期連続満点で当然ながら三期連続首席同点、昨年の卒業・進級祝賀パーティーで起こった醜悪極まりない決闘騒ぎでは当時の一年生最強のクインテットを一人で叩きのめし、しかも今年の自由研究で最優秀評価を受けたレポートの首席著者にして、アナが彼女の騎士として全面的に信倚を寄せる人物。
そんな人間が、『一身上の都合による』休学届を出して学園から姿を消しているのである。学園内の生徒たちの関心を刺激しないわけがない。
そんなわけで、学園内の噂好きの雀どもが寄って集ってわたし『だけ』に事情を聴きに来るのである。アナは言うに及ばず、オスカーもマーガレットもイザベラも長い歴史を持つ名門貴族家のご令息様、ご令嬢様だ。皆口の堅さは筋金入りである。
一方で、わたしは当代取って二代目の新興男爵家の娘である。アナを中心とするグループの中では、一番口が軽いと見られたのだろう。…それはもう、ベラベラと喋ってやったさ。以下のような嘘っぱちをね。
『拾い食いして、お腹を壊して王立魔法病院に入院し、そのまま行方不明』
『暑かったから、パン一でいたところをアナスタシア様に目撃されてグーパンされて地の底までめり込んで、そのまま行方不明』
『所属していた冒険者ギルドで、人の道に外れた想いを先輩冒険者に抱かれた挙句手籠めにされて、そのまま行方不明』
『実はウィムレット公子様に対し、人の道に外れた想いを抱いていて劣情耐え難くウィムレット公子様を手籠めにしようとして逆襲されて、そのまま行方不明』
…行方不明ネタばっかりだが、他にもそんなあり得ない嘘っぱちばっかり言っていたら、みんな呆れて何も聞かなくなってしまった。…え?内容が酷すぎるって?こちとら決闘ネタや靴下ネタ、その他で散々いじられ続けてきたんだ。それくらいの意趣返しは、許容範囲内だろう。
一部のご令嬢様の中には、「…そのような汚らしい虚言ばかり弄するとは、所詮は身分卑しき新興男爵家の娘ですわね!」とムカつくことを宣うたお方もいらっしゃったが、「その新興男爵家の娘よりも身分の低い平民男子のことを、何故お気になさるのですか?」と聞くと、顔を真っ赤にして立ち去ってしまった。
…粗方、アレンさんを超絶有望株と見て婿養子に迎えようとでも考えていやがったんだろう。ふざけるな。アレンさんの隣は、アナだけの特等席なんだよ。
そんなわたしの行動に対し、アナは何も言おうとしない。理由は後述する。その一方で、オスカーやマーガレット、それにイザベラは呆れかつ心配するような視線と言葉を向けてくれていた。
「そんなことばっかり言っていると、あなたの悪評ばかりが目立つようになってしまうわよ?程々にした方が宜しいのではなくって?」
「マーガレットの言う通りですよ?アナ様が仰っておられましたけど、エイミー嬢には殊更にご自身を犠牲にして、アナ様やアレンさん、それに私たちを上に置こうとする性向があります。アナ様は、エイミー嬢の犠牲の上にご自身の幸せを築くを是となさる方ではありません。どうか、ご自愛下さい」
「マーガレット様やイザベラ様の仰る通りです。エイミー様の悪評が立つことを、アナスタシア様もアレンさんも、私たちも望んではいません」
わたしのことを心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫です。去年の有様に比べたら、こんなもん全然辛くないですよ。
…そんなことを言うわけにはいかない。それを言っちまったら、マーガレットやオスカーが罪悪感に苛まれるのが目に見えてるからね。
◇◆◇
その結果どうなったかというと、アナを中心とするわたしたちのグループに活気がなくなった。そして、何よりも重要な事だが、誰よりもアナに元気がなくなってしまった。教室内でも、放課後の自習時でも、放心して溜め息を吐き、時折口を押えて堪え切れぬ嗚咽を漏らしている。
そんな様子に、オスカーもマーガレットもイザベラも、声をかけることもできない。そんな状態の彼女に声をかけ、慰め励ます事のできる唯一の人物は、上に挙げた何れかの理由で行方不明だ。…嘘だけどな。
アナの元の容姿が容姿だから、そんな姿も絵になるくらいには美しいのだが、一言言わせてほしい。「そんな悲しい美しさ要らねぇ」
かつてのあの、バカげた決闘騒ぎの後でアレンさんが一時行方不明になってしまった時を、それは思い出させる姿だった。そういえば、あの時アナは制服裸足姿で泣きじゃくってたんだよなぁ…
多事多端すぎてそこいら中走り回って、身体が火照っちまったもんだから上着脱いで、『足裏ひゃっこくて気持ちいいからやってみたら如何ですか?』ってわたしが水を向けたらローファーとサイハイソックス脱いで。
白く長く肉付きのいい、でも引き締まった太腿と脹脛がやたら短いスカートの裾から剥き出しになってて、その至上の脚線美の行き先がきゅっと締まった足首で、その更に先の足指はどれも細くて長くて、足指の爪も綺麗な色をしてて…それでもって上半身は彼女の性格そのままにきっちりとブラウスとチョッキ着てて襟にはリボンをブローチで止めてて、まぁ袖は肘下まで捲ってたけど…
その姿だけでも三千世界に冠絶するほどエロ魅力的だのに、また泣き顔が半端なくエロ魅力的で、その二つで相乗効果を発揮してそれはもう全存在と引き換えにしても惜しくないくらいエロ魅力的で…はっ!
いかんいかん、またあっちの世界に飛び立とうとしちまってた。今わたしがやるべきことは、至高のエロチシズムと至上の美の融合について思いを馳せることではなく、落ち込んでしまったアナを慰めて励まし、元気になって貰うことである。
…さぁここでわたしの空気の読めなさが発揮される。教室の窓の傍に佇んで、切ない視線を外に向けていたアナを…何の前触れもなくいきなり後ろから抱き締めた。…ひょええええぇぇぇッ!!いい匂い!!柔らけえええぇぇぇッ!!
おい知ってるか!?この、天国と極楽浄土とユートピアを足して自乗して、煮詰めた挙句仕上げに『秘密の園』を振りかけたような至高至福の感触の至宝を、事もあろうに虚しく泥中に投げ捨てて挙句の果てには土足で踏み躙った、クソバカアホンダラの臭いフェチの神話級ド変態バカクズ廃太子がいるらしいぞ!!
「…なっ…!え…エイミー、いきなり何をするのだ!?」
いきなり抱きつかれて、驚愕と怒りの混じった声をアナが発した。ちなみに、それらの感情の比率は前者が8で後者が2である。その様子を見ていたオスカーやマーガレット、それにイザベラに留まらず、他の貴顕の若様方やご令嬢様方も驚愕の視線をアナとわたしに向けていた。
「…アナ様、お気持ちが判るなんて、そんな思い上がったことは申しません」
アナの髪の匂いを思う様嗅ぎ散らしたくなる衝動を辛うじて抑え、わたしは静かな声を発した。…ってか、そんなことしちまったらあのクソバカアホンダラの匂いフェチの神話級ド変態バカクズ廃太子と同じじゃねぇか!自重しろわたし!!
◇◆◇
極力声を抑え、アナの耳元に口を寄せてわたしは言葉を続けた。吐息が耳にかかってくすぐったいのか、アナが僅かに見悶え、その震えをわたしの身体が知覚する。
…うひょおおおぉぉぉ!エロい!エロすぎいいぃぃッ!!…失礼致しました。
「アレンさんがおられなくて、ご心配でご不安だとは思います。ですが、そのように落ち込んでおられては、アレンさんが安心してお務めを果たせません」「…」
「アレンさんなら大丈夫です。きっと、お務めを果たして無事に帰っていらっしゃいます。アナ様は、愛した男性を信じて、落ち着いてアレンさんをお待ち下さい」
ふ、とアナが吐息を漏らすのが聞こえた。それはまるで微笑のようで。
「…そうだな。アレンなら、必ず務めを果たして、帰ってきてくれる。それを、気を強く持って待つのも、彼の妻となるべき女である私の役目だ」
その声は小さく、わたし以外の者には知覚できないようだった。だが、小さいからといってその声に秘められた意思が弱いわけではない。寧ろ、発した声に壮絶な圧力をかけて金剛石を造らんとするかの如く、そこに込められた意思は強かった。
しかし…言い切りましたね。『彼の妻となるべき女である私』とは…
わたしが抱擁を解くと、アナは平生の凛然たる姿を取り戻し、そして言うことは。
「エイミー・フォン・ブレイエスよ、私はお前の進言を大いに嘉する。だがそれはそれとして、いきなり寄子の子弟が寄親の子弟に抱きつくなど、その非礼許し難い。その罪、本来厳罰に処すべきなれど、その進言の適なるを以て罪一等を減じ、『かの者』の墓前にお前の『三点セット』を手向けるを以て罰とする。よいな」
絶世の美貌に悪役令嬢の悪い笑みを湛えてアナが朗々たる声で宣告し、オスカーとマーガレットは笑い声を上げ、他のクラスメイトと同様にイザベラはぽかんとしている。そしてわたしは…その場に頽れていた…しょんな…酷い…
◇◆◇
数日後、アレンさんは無事に帰って来たのだが、彼の不在中にわたしが吹聴した『本当の休学の理由』について知ると烈火の如く憤り怒り、その場で靴下を脱いでわたしに投げ付けた。そして、それに対して到底彼に抗し得ぬわたしは『罪人の礼』を以てアレンさんに謝罪したのだが…
…何つーかもう踏んだり蹴ったりだ。え?自業自得?…返す言葉もございません…
拙作の原作がアニメ化されたら、以下の配役が成立するかもしれません。
ヒロイン:橘〇い〇み
悪役令嬢:花〇香〇
町人A :中〇悠〇
…だってほら、原作のヒロインも悪役令嬢に散々性的なこと言い散らかしてたし…
…原作では拙作よりも遥かに悪意剥き出しだったけど…
更に、ヒロインの言動に対するツッコミ役として
町人Aがいたと考えると、妥当じゃないですか?
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。