第146話 ヒロインたちは書き上がったレポートの抄読会を開く
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
レポートの執筆は、順調に進んでいる。アナとアレンさんが行政権力に対する冒険者の視点を纏め、オスカーがその逆、冒険者に対する行政権力の視点を纏め上げた。マーガレットは行政権力と冒険者の協力の成功事例を上げ、イザベラは両者の利害対立について指摘している。
…え?何でアナとアレンさんだけ、二人で一つのテーマを調べてるかって?…馬に蹴られたい?犬に喰われたい?それとも、蝮に当たりたい?
わたしは、国や地方の役人と冒険者の人材交流について調べ上げ、それを文章化した。…このことには、わたしのお父様、ジークフリード・フォン・ブレイエス男爵が王宮剣士団の副団長であり、またかつて東部冒険者ギルドに登録していた冒険者でもあったことが関係している。
その話をアナに言うと、「ならば、お前は男爵様やヨハネス卿、また王宮剣士団の団長様などにお話をお聞きして纏め上げてくれ」と大命降下があったのである。そこで纏め上げた話は、以下のようなものであった。
冒険者として腕を磨いていたお父様は、国王陛下が主催された剣闘大会に参加し、見事準優勝の成績を収めた。ちなみに、優勝者は今の王宮剣士団長様である。
そこで、お父様の剣技の凡ならざるを見て取った今の団長様が、お父様を王宮剣士団にスカウトした、ということだ。勿論その際に、東部冒険者ギルドに対し王家から高額の寄付があったそうである。
「あの頃のお坊ちゃんは、まさに飛ぶ鳥落とす勢いでしたぜ。今みたく脂の乗り切った熟練はなかったんで、そこを突かれて今の団長様に負けちまったんですがね」
「ヨハネスさん、私はもうじき五十ですよ?お坊ちゃんはやめて下さい」
お父様が苦笑いしてヨハネスさんを嗜めた。相手が幾つになろうとも、お父様はヨハネスさんにとって『ブレイエス家のお坊ちゃん』らしい。
…言っちまえば簡単なことだが、冒険者であってもお父様のように剣技で、または魔法の才がある冒険者がその才を公の場で生かして、国や地方領主のお抱えになる事例は少なくないようだ。
また、甚だレアケースであるが、魔法に秀でた冒険者が魔法学の論文を書いて、それが幹部宮廷魔術師に認められて宮廷魔術師の一員となり果せた例もある。
無論、その際にはその冒険者が所属する冒険者ギルドには、高額の寄付が王家や地方領主から支払われるのだ。
まぁそんなことを適当に調べて書き上げたら、何かアナに褒められた。
「お前の説明は丁寧で判りやすい」だってさ。素直に嬉しい。
勿論、途中で諸々の事情で調査の壁にブチ当たることも出てくる。その時には、アナが手を回して国内の諸専門家や多くの関係者の意見を聞けるようにしてくれるのだ。わたしも、宮廷魔術師の一員となった冒険者の話では彼女に助けて貰った。流石公爵家ご令嬢様、その威光は半端ない。
そして、全員が纏めた報告をアナが有機的に統合して各々の意見を聞きながら知見考察を確立し、総括として纏め上げるのだ。…これ、アナの負担大きすぎね?
彼女以外は自分に与えられたテーマを纏め上げ、その後は適当に他の人が纏めたテーマに意見を出せばいいだけなのだが、彼女はそれら全体を纏め上げて有機的に結び付け、論文の形に全体を作らねばならないのだ。
その大変さを慮ったオスカーやマーガレット、イザベラやわたしが全体の纏め上げについても手伝わせて欲しい、と言ったのだが、「私以外のメンバーはそれぞれのテーマについて優れた纏めを作ってくれた。それら全体を纏め上げるのは、私の仕事だ」と言って譲らなかった。
…ところが、アレンさんが「じゃぁ、俺にも全体の纏めを手伝わせてよ」と彼女に言うと…「…そ、そうか。ならば、頼まれてくれるか?」と顔を赤らめて答えていた。アナもアレンさんも他に人がいないと思ってそんな会話をしたんだろうけど、ちゃんと聞いてる奴がここにいたんですよ。ご馳走様。
◇◆◇
そして、夏休みが終わる1週間前となった今日、わたしたちはラムズレット公爵家の王都邸に集まっている。最終的にアナとアレンさんが纏め上げたレポートを、わたしたち全員に見せてくれるのだ。
かつてアナとわたしがオスカーの謝罪を受けた四阿。そこに、メンバー六人全員が集まっている。そこに、アナが鞄の中から一冊の冊子に纏め上げられたレポートを取り出し、テーブルの上に置いた。
「皆、よくテーマを纏め上げてくれた。お陰で、専門家の諸先生方にも、『これだけの内容であれば専門分野の研究論文として通用する』とお墨付きを頂くほどのレポートを仕上げることができた。心より、お礼申し上げる」
そのアナの挨拶を皮切りに、レポートの抄読会が始まった。
◇◆◇
レポートの内容は、確かにアナが言うだけの優れた内容であった。冒険者と行政権力のそれぞれの立場からの互いに対する評価、両者の協力体制の成功事例と利害衝突の具体例、そして冒険者と行政権力の人事交流などの事案が、判りやすく的確な文章で稠密に書き上げられている。
双方の互いに対する印象は、大体よくないものであった。まぁそれはしょうがない。冒険者にとって行政権力は鼻持ちならないエリート集団であり、また行政権力にとって冒険者はならず者紛いの粗暴な礼儀知らずの集団だからだ。
はぁ、と嘆息したのはオスカーである。彼は自身が冒険者の立場を持ち、しかもお父上のウィムレット侯爵閣下はセントラーレン随一の財界人として行政権力の中枢とも少なからずお付き合いのある人物だ。どちらの言うことも判るのだろう。
一方で、アルトムントにおける両者の協力の成功例は将来に大きい希望を持たせるものであった。アルトムントの冒険者ギルドと騎士団は、オークの狩猟に当たって合同で作戦を行っていることは先に述べた。そのために、定期的に合同訓練を行ったり、懇親も盛んに行っているそうだ。
また、他の貴族領地や王家直轄地であっても迷宮のスタンピードや人里近くに棲み付いた魔物への対応、また戦時に傭兵として冒険者を雇い入れて共闘するなど、行政権力と冒険者が協力している事例は他にもある。
だが、それよりも行政権力と冒険者の間での利害対立が問題だ。イザベラの調べによると、戦時に傭兵として雇い入れた冒険者が戦死した際の弔慰金、また戦傷を負った際の慰労金の支払い、また王家や領主が冒険者を自分のお抱えにする際に支払う寄付の金額で揉めた事例がある。
だがそれ以上に大きいのが、迷宮の魔物資源から得られる収入の問題だ。行政権力はその収入を財源に組み込みたいが、それをやると冒険者がおまんまの食い上げになる。魔物資源からの収入を財源に組み込みたければ、冒険者ギルドを公的な機関にして所属する冒険者を役人と同じ待遇で雇い入れる必要がある。
だが、行政権力にはそのお金がない、というかそのお金を出したくない。ついでに責任も取りたくない。身も蓋もない言い方をしてしまえば、行政権力は利益だけ寄越せ、と言っているようなものなのだ。流石に、そこまではっきりとは書かれていない。そこまで書いてしまったら、多方面を敵に回してしまうからである。
アレンさんの質実だが端正な筆致で『恒常的な利益を望むのであれば、ある程度の出資も必要かとは思われるが財政的な事情もあり、それが困難な状態である』と書かれていた。その表現が精一杯ということだろう。
…しかし、問題点はお金の話ばっかりやなぁ…ほんま世知辛い。
そして、わたしが調べた冒険者と行政の人事交流だが、これはどうしても一方通行になる。優れた能力を持つ冒険者が行政権力のお眼鏡に適って、王宮剣士団の剣士になったり宮廷魔術師になったり王家や領主のお抱えになるのだ。その逆はない。
その際には、前に言ったように行政権力から冒険者ギルドに高額の寄付が払われるが、その額はその冒険者のランクによって変わる。一つランクが上がると、寄付金の額は一桁上がると見ていい。
ラムズレット公爵閣下がアレンさんをお抱えにする際に幾ら払ったかは判らないが、史上最年少Cランク冒険者で多くの実績持ちだ。普通のCランク冒険者の倍くらいは、西部冒険者ギルドに寄付金が行っただろう。
ちなみにそのアレンさんだが、最近冒険者ランクがBランクに上がったそうだ。何でも、アナを連れて―つまり護衛しもって―風の山の迷宮を踏破したため、護衛実績と迷宮踏破実績が追加されてランクが上がったそうである。ついでに、史上最年少Bランク冒険者の記録も更新したそうだ。
そうなると、ラムズレット公爵家は実際に寄付する必要のある金額の数分の一程度の金額で、Bランク冒険者をお抱えにできたわけであり、青田買い大成功の図である。…ラムズレット公爵閣下も、そう思うでしょ?だから、アナとアレンさんの仲を認めてあげて下さい。
…話がずれたが 、概要にすればこんな感じである。それらが、アナの流麗な女文字とアレンさんの質実な文字で書き連ねられていた。
レポートの最後、総括としてアルトムントの事例や、人材補給、また公共インフラの整備―どぶさらいやごみ収集、下水道掃除など―にも冒険者ギルドは貢献していることを紹介し、行政権力がより上手に冒険者の存在を活用できる道を模索することが求められる、と締め括られていた。
◇◆◇
「諸賢にご覧頂くのが、遅くなってしまって申し訳なかった。この内容で宜しければ、そのまま提出させて頂くが、それでも宜しいか?」
そのアナの言葉に、異論は全く出なかった。問題は、著者名の順番だ。
こういうものは、身分の順番に著者名が並ぶものと相場が決まっている。従って、普通ならアナ、オスカー、マーガレット、イザベラ、わたし、アレンさんの順番だ。…あら面白や。公侯伯子男に平民と、全部揃っとる。
ところが、このレポートの首席著者はアレンさんで、次席著者がアナ、以下オスカー、マーガレット、イザベラ、わたしの順になっている。
…別にアレンさんがわたしよりも上位に名前が来るのは構わない。このレポートの貢献度について順位を決めるなら、アナとアレンさんでワンツーフィニッシュを争うことになるのは必定だ。著者の席次について文句が出ても、「レポートへの貢献度で決めた」と反論できる。
アレンさんに著者の席次で上回られると、必然的にわたしが末席著者になるが、そんなことは全く構わない。だが、首席と次席を決めるに当たっては身分を勘案した方がいいのではないか?皆そう思ったようで、オスカーがその疑問を呈した。
「あの、著者の席次なんですが、私たちはアレンさんに上回られるのはいっかな問題ないんですが、アナスタシア様が首席の方が無難ではありませんか?」
わたしも同感だ。マーガレットやイザベラも、首を縦に振っている。
…ちなみに、オスカーがアレンさんを『さん』付けで呼んでいるのは、勘当されていた時の癖が抜けないためではない。「冒険者の先輩に敬意を表さなくては、オスカー・フォン・ウィムレットの沽券に関わります」と言って、改めようとしないのだ。そして、それに対するアレンさんの反応はと言うと。
「アナ様、ウィムレット公子様の仰る通りです。アナ様を首席著者に書き直して下さい。…それと、ウィムレット公子様、俺のことは呼び付けになさるか、せめて『アレン卿』とお呼び下さい。さもなくば、名門貴族家たるウィムレット侯爵家ご令息の沽券に関わります」
「私はウィムレット侯爵家から勘当は解かれたとはいえ、嫡男の資格は回復しておりません。そのような者に、ご遠慮はご無用です」
「ウィムレット公子の呼び方はともかく、このレポート作成に最大の貢献を為したのはアレンだ。だから、アレンを首席著者にした。それだけのことだ」
そういうと、アナはレポートを鞄の中に片付けた。アレンさんが天を仰いで溜め息を吐き、小声で言うことには。
「エイミー様と言い、この国のお貴族様方はみんな頑固者ばっかりだよ…」
失礼な。わたしのどこが頑固ですか?
有能優秀な冒険者に、行政権力がツバ切らないわけがないですよね。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。