第145話 ヒロインは友人たちとレポート作成に取りかかる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
アナが、アレンさんから贈られた指輪―身代わりの指輪という叙事詩級のアイテムらしい―を左手薬指に嵌めていたことに端を発した騒動で、わたしが公爵閣下に殴られた件については、誰にも何も言わないということで決着が付いた。
「え…エイミー、それでいいのか?正当な理由があるとは言え、女人の顔を殴るなど貴族にあるまじき挙だ。お母様にお話し申し上げて、お前に対して正式にお父様に謝罪して頂いてもいいのだぞ?」
いや、やめときましょう。それやると、すっげぇ面倒臭いことになるんです。まず、確実にお父様が公爵閣下に手袋投げ付けます。そして、ヨハネスさんや冒険者ギルドの人たちがそれに共闘者として立候補します。結果、東部冒険者ギルドとラムズレット騎士団とで戦闘が起こりかねません。
「そ…そうか…では、その件はくれぐれも他言無用と言うことで、皆頼んだぞ」
「わ、判りました。誰にも言いません」「そ、そうですね。その方がいいですね」
多分それがベストです。わたしにも殴られて然るべき理由はあったし、公爵閣下もお詫びしてくれましたしね。…マーガレットとイザベラは別ですよ?ちゃんと、お父様方に謝って貰って下さいね。
◇◆◇
さて今は夏休みである。先にも言ったが、夏休みには、わたしたち王立高等学園の生徒たちは自由研究を行なってレポートを作成する義務がある。
アナを中心としたわたしたちのグループは、夏休みの自由研究として国家と冒険者の関係性について多角的な視点から論じたレポートを作成することにした。
これはアナが提唱し、他のメンバーが賛成したテーマである。晴れて彼女の恋人―但し父親未公認―となり果せたアレンさんやオスカーは冒険者ギルドに所属する冒険者であり、またわたしは冒険者ギルドのアルバイトヒーラーだ。
ヨハネスさんや冒険者の皆さんは『東部冒険者ギルドの看板ヒーラー』と言ってくれるが、何とも面映い。おまけに、『東部の治癒姫』という二つ名まで授けられていることを、今更ながらに知った。何とも、厨二心をくすぐる二つ名である。
かつてアナが言っていたように、貴族社会では冒険者は何でも屋の荒くれの礼儀知らずが多い、としてあまり印象は良くない。そこで、アナはその印象を良くしようと思ってこのテーマを提唱したのだ。
そのテーマに、一番食い付きが良かったのがマーガレットだ。彼女の実家であるアルトムント伯爵家が領地としている一帯は、近所にオークの大迷宮があることもあってオーク肉やその加工品を特産品としている。
そのオークを安定的に狩猟するために、アルトムント騎士団とアルトムントのギルドに所属する冒険者たちが合同で作戦を行うなど、良好な関係が築けている。
そう言えば、バインツ侯爵閣下が宮廷魔術師長や王立魔法病院の院長をなさってた時にはヨハネスさんが所属したり、ギルド長として差配していた東部冒険者ギルドと宮廷魔術師団や王立魔法病院とは良好な関係を築けていたって言ってたな…
そのことをアナに言うと、彼女は目を輝かせて「エイミー、そういうことなら明日にでもヨハネス卿にお会いしたい。アポを取ってくれないか?」とわたしに頼んだ。もとよりわたしに、異論のあろう筈もない。
◇◆◇
ギルド長室の応接セットで、ヨハネスさんは逞しい腕を組んだ。
「うーん…そいつァ、例外的なケースなんでさ。レオンの奴とあっしの個人的な友誼に、完全に依存していた協力関係でしてね。宮廷魔術師や王立魔法病院の医師ってぇのはそれこそエリートで、あっしらはこの通りでしょう?互いの反発もあって、あまりあっしもレオンの奴も、いい顔をされやせんでした」
「やはり、そういう軋轢があったのですね」
アナの声も、少し沈んでいる。国家の中枢に位置する宮廷魔術師団や魔法による傷病治癒の総本山たる王立魔法病院と冒険者ギルドが良好な関係を築けていたという事例があればレポート作成に大きく寄与したのだが、現実は世知辛い。
何となく意気消沈した様子のアナに、ヨハネスさんはにかっ、と笑いを見せた。
「正直あっしら冒険者ってぇのは、非常に不安定な稼業なんでさ。だから、お国やお殿様が安定した飯のタネを提供してくれるってぇんなら、それに越したこたぁござんせん。ラムズレットのお嬢様、いいレポートを書いて下さいよ」
それに釣られたか、アナも破顔した。
「ヨハネス卿、ありがとうございます」「いえいえ、どうぞお気になさらず」
そう答えたヨハネスさんが、ふ、と思慮深げな表情を見せた。荒くれの冒険者だったのに、そんな表情も似合うのだから面白い。
「そう言やぁ、貧民街のガキどもがギルドに所属して、どぶさらいや下水道掃除、ごみ収集や掃除みてぇな公共の仕事をしてるって事例もありやすね。うちではあまりそういうのはやっておりやせんが、西部じゃ結構やってるんじゃなかったかな…確か、アレン坊もガキの頃にどぶさらいをやってたって言っておりやした」
アレンさんの名前が出た途端、アナの顔がぱっ、と輝いた。まるで、彼女の美貌が五割増しになったみたいだ。…どんだけアレンさんのことが好きなんですか…
「うちだとそういうガキの登録者数は…えっと、この帳簿かな?」
ヨハネスさんは書棚から一冊の帳簿を取り出し、老眼鏡を傾けて帳簿を認めていたと思うと、「おう、あったあった…たったの三人かい」と呟くように言った。
「ヨハネス卿、こちらのギルドでそのように働く子どもたちが少ないというのは、こちらのギルドは貴族街や比較的裕福な平民が暮らしている界隈に近い、ということも影響しているのですか?」
老眼鏡を外したヨハネスさんは、アナに向かって「ご明察です。流石は、ラムズレットのお嬢様でさぁ」と破顔した。
「西部は平民街、それも貧民街って言ってもいいくれぇの場所にあるから、そういうガキも結構いるんじゃねぇですかね?」
その西部冒険者ギルドには、アレンさんが話を聞きに行っているところだ。アレンさんなら、その辺の事情についても突っ込んだ聞き取りをして来てくれるだろう。
◇◆◇
ヨハネスさんから話を聞いた後、アナとわたしは『治癒室』で情報を整理していた。国や各地の領主から冒険者ギルドが委託を受けて各種のインフラ整備―どぶさらいなど―をやっている、という話に至ると、アナは賛嘆の声を上げた。
「本来ならば、国や諸侯がやるべきことをやっているわけだな…その功績も評価するべきだろう。…すると、生活困窮者の就労支援にも繋がっているのだな…」
「わたしも驚きました。正直、冒険者の仕事といえば迷宮の探索とか護衛とか、そういうクエストくらいしか思い付かなったもので」
いや…そういうわけでもなかったな。かつて、わたしもガキの頃に冒険者ギルドに登録してそれらの仕事をして、一方でステータスを確認して “癒し” の加護を授かっていることを確認しようとしていたんだ。前世の『俺』がこの世界に転生して、間もない頃だった。当時は9歳だったから、この世界に転生してもう8年になる。
「思えば遠くへ来たもんだ、前世を離れて8年目…か」
「うん?何か言ったか?」
思わず漏らした歌の歌詞じみた台詞に、アナが反応した。
「あ、いえ、何でもないです」
わたしの口調は、少し慌てていた。今漏らした台詞をJA○RA○が嗅ぎ付けたら、著作権料が発生しかねない。
…マーガレットはアルトムント領に戻り、冒険者ギルドと行政権力の協力の成功例について詳細に調べている。イザベラは王立図書館で、冒険者と行政権力の利害一致・対立の事例について調査中だ。オスカーは実家に戻り、お父上のウィムレット侯爵閣下から『冒険者に対する行政権力の視点』を教えて貰っていた。
そして、アレンさんが西部冒険者ギルドで諸々の聞き込み調査を行なっているのは先に述べた通りである。
思わず笑みが溢れた。前世では、一つのものを他の人たちと協力して作り上げようと努力することなんて、ただの一度もなかった。それが、今では気の置けぬ仲間たちと力を合わせて一つのものを作ろうとしている。…去年の文化祭のアレ?おねがいですなかったことにしろください。
「アナ様」「うん?」「何だか…いいものですね」
アナは不思議そうな顔をしていたが、やがて表情をふ、と緩めて同意してくれた。
「よく判らぬが…お前がそういうのなら、いいものなのだろうな」
◇◆◇
その日の夜、学園の貴族用女子寮、その談話室でアナとイザベラ、そしてわたしは勉強会という名のお喋り会を楽しんでいた。マーガレットは、先に言ったように実家のアルトムント伯爵領に帰っている。アナの時もそうだったが、一人減るだけで随分と寂しくなるものだ。
「やっぱり、冒険者と行政の利害一致事例はまず戦争時に傭兵として冒険者を雇い入れる事例、次に迷宮のスタンピードに対応するために冒険者ギルドとその迷宮近辺の領地の騎士団が共闘するっていう事例ですね。この二つで、全体の九割以上を占めます。マーガレットが帰ってきたら、もっと詳しい話が聞けるでしょうけど」
そうなんですか。それで、利害対立事例はどんなのがあるんですか?
「迷宮の魔物資源の取り合いがまずあります。あと、戦時に傭兵として雇い入れた冒険者が戦死した際の弔慰金や、冒険者が戦傷を負った際の慰労金の問題ですね」
やっぱりお金の問題なんですね。やれやれ、世知辛い。
「他には、有力有能な冒険者の取り合いですね。所属が冒険者ギルドになるのか、出身地の所属になるのか。出身地の領主が冒険者ギルドに適正な金額の寄付を行うことなく、『自分が庇護している冒険者だ』って主張する事例があります」
それだと、アレンさんがその対象になりかねませんね。ラムズレット公爵閣下も、アナとアレンさんの関係はともかくとしてアレンさんを手放さないようにしておく必要があるんじゃないんですか?
「その心配は無用だ。お父様は、『忌々しい話だが、あの慮外者をラムズレットから引き離す訳にはいかん』と仰っておられた。その絡みで、西部冒険者ギルドとももう話を付けて来られたそうだ」
おぉ、流石に仕事が早い。おまけに娘を奪おうとする男でも有能であればちゃんと手元に置いておくあたり、流石に超名門貴族家当主の器量ですね。
「そのために西部冒険者ギルドに高額の寄付をすることになってな。『娘ばかりでなく、金まで私から奪うつもりか』とぼやいておられた」
アナが微苦笑しながら発した言葉に、イザベラもわたしも笑ってしまった。
「そりゃ、しょうがないですよ。わたしを杖でブン殴った代償と思し召し下さいって、公爵閣下にお伝え下さい」「…あははははっ…!…そうだな、その通りだ」
アナが、快活な笑い声を上げた。もうほんと、痛かったんだから。
みんなで価値のあるものを作り上げるっていいですよね。
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