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第144話 ヒロインは悪役令嬢の父親に殴られる

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

アレンさんは臣下の礼を、またアナとわたしは淑女の礼を公爵閣下に向けて執り、異口同音の言葉を発した。


「「「公爵閣下、それでは失礼致します」」」「待て」


傍らに置かれた杖を右手に執り、険しい顔と口調のまま公爵閣下が口を開く。


「エイミー・フォン・ブレイエス、貴様には先の暴言の罪を贖って貰う」


あ…やば、確かに、あれは暴言の(たぐい)だったわ。公爵閣下に対して、「てめぇの娘を晒し者にする趣味でもあんのか、あぁ!?」という趣旨の言葉を吐いちまったもんな。…ちゃんと、言葉を丁寧に使って敬語も入れてましたよ?でも、口調が完全に糾弾口調になっちまってたしなぁ…


「も、もとより、か、覚悟の上にございます。ど、どうぞ、公爵閣下のお気の済むようにお進め下さいまし」


怒りに起因する気迫が掻き消えちまった現状では、ただただ公爵閣下の剣幕にビビりまくり、震え上がるばかりである。情けないことに、吃っちまった。


…だ、大丈夫、だよね?く、首が物理的に飛んだり、か、身体を穢されたりとか…そういうことないよね?…わたしの恐怖に頓着することなく公爵閣下は右手に杖を持つと、大股にわたしに近づいた。


「その、神妙なる心がけや良し…エイミー・フォン・ブレイエスよ、眼鏡を外せ」


え?眼鏡を?言われて、わたしは素直に眼鏡を外した。


「宜しい。…アナ、エイミー・フォン・ブレイエスの眼鏡を預かっておけ」

「か、畏まりました」


公爵閣下が何をしたいのかよく判らず、困惑の表情も露わにアナはわたしから眼鏡を受け取る。その後、「アナ、暫く離れておれ」とアナに言い置き、アナが離れた途端公爵閣下は持った杖を振り被った。…え?


…次の瞬間、わたしの左頬に衝撃と激痛が走り、わたしはその場に倒れ伏した。


◇◆◇


「なッ…!お父様、何てことをなさるのです!淑女…ではないにしても、婦人を杖で殴打なさるなんて、貴族たる御身の所業ではありません!!」

「あ…アナスタシア様の仰る通りです!幾ら淑女…ではないにしても、女性を杖で殴るなど、ならず者の所業ではありませんか!!」


アナとアレンさんの怒りを露わにした声が、わたしに現状を理解させてくれた。…え?何?わたし、今殴られたの?…あと二人とも、一々淑女じゃないとか言わんで宜しい。…つか言うなし!そんなところで仲良くなくってもいいから!!


公爵閣下は、ふん、と荒く鼻息を吐くとアナとアレンさんに言い放った。


「アナ、アレン、エイミー()に感謝しろ。彼女は、お前たちの罪も一緒に引き受けて、罰を受けてくれたのだ…そう思え」


行動に起こして気が晴れたのか、公爵閣下の声と表情は穏やかになっていた。


しかし、罪か…確かに、封建的な身分制度が幅を利かせているこの世界の価値観では、アナとアレンさんの行動は罪と言われてもしょうがない。超名門貴族のご令嬢様と、平民の男が想いを寄せ合うなんて、その価値観をブチ壊すような所業だ。


特に、公爵閣下のような超名門貴族の当主、その価値観を庇護する立場にある人間にしてみれば、赦し難い大罪だろう。おまけに、それをやらかしたのが自分の娘と自家の家中で、それを焚き付けていたのが自家の寄子の子弟たちだ。


公爵閣下の思慮のクオリティによっては、アナ以外の四人が物理的に首になって、アナは修道院にブチ込まれていてもおかしくはない話だ。そうはならなかったのだから、まだ感謝すべきなのだろう。…でも!


「い…(いっで)えええぇぇぇッ!!こ、公爵閣下、幾ら何でもあんまりです!わたくしは、幾ら淑女じゃないにしても一応女の子なんですよ!?女の子の顔を殴るなんて、痕が残ったらどうするんですか!?」

「そのことについては詫びよう。謝罪する。…だが、君やマーガレット嬢、それにイザベラ嬢のやったことは物理的に首が飛んでも致し方ないことだ、ということは理解しておいてくれたまえ。いいね」


…はい、判ってます。でも、わたしだけじゃなくってマーガレットもイザベラも、アナに幸せになって欲しいんです。そして、アレンさんはアナを確実に幸せにできる人です。彼がどれだけ凄腕の冒険者か、公爵閣下も目の当たりにしたでしょう?


「む…だから、三年という猶予を与えたではないか。後はそれを活かすも殺すも、アレン次第だ。あともう一つ…事実であるにしても、だ。自分で自分のことを淑女でないとか言うのはやめたまえ」


…みんなして言われたんだから、もう自分でも認めざるを得ませんよ。


「後、君の顔に傷が残るとかそういう話だが…」


公爵閣下はニヤリ、と笑って言葉を続けた。


「君はどれほど酷く殴打された傷であろうとも、痕一つ残さず完治できる凄腕のヒーラーであることはよく知っているからな」

「「「だからって、殴っていいってことにはなりませんッ!!」」」


アナとアレンさん、それにわたしの声が綺麗な混成三部合唱を作った。


◇◆◇


その後、わたしたちはその部屋を辞して地下室に行き、マーガレットとイザベラを救出―というのも妙な話だが―に向かった。囚人服に着替えさせられる前にわたしたちが着ていた衣類は、既にメイドさんたちから受け取ってある。


擬人化された罪悪感二人が、わたしに向けて声を発した。


「エイミー、私たちのせいで本当に済まないことになってしまった。このように頬を酷く腫らして…赦してくれ、などとは言えぬな…」

「エイミー様、本当に申し訳ありません…俺が公爵閣下に殴られたのは自業自得ですけど、エイミー様は完全なとばっちりですね…」


…そうですね。それじゃ、アナとアレンさんには償って貰いましょうか。


「つ、償わせてくれると言うのか!?何でもする、言ってくれ!」

「そうですね…それじゃ、アナ様は幸せになって下さい。アレンさんは、何よりもアナ様を幸せにして差し上げて下さい。それが償いです」


本当は、アナとアレンさんの着用済み三点セット―アレンさんは二点セットだが。アレンさんが三点セットを持ってたら、それこそ怖いわ―をあの神話級ド変態バカクズ廃太子の墓前に手向けて貰おうかとも思ったんだけど、それやると確実にアレンさんに脱いだ靴下を投げ付けられますからね。…言うまでもないけど、アナを辱めようとしたことを口実にして。


「そ…それは…確かに女人として屈辱だな…」

「た…確かに、それを要求されたら靴下脱いでエイミー様に投げつけますね…俺のことはともかく、それはアナの女性の尊厳に対する冒涜になりますから」


でしょう?だから、二人して幸せになって下さい。それが最善の、そして最高の償いです。多分、マーガレットやイザベラもそう言う筈です。


…だが、それにしても…わたしやマーガレットの女性の尊厳はどうでもええんかい。イザベラはあの通りだから比較的どうでもいいけど。


「…そうか。考えてみれば、あの二人にもとばっちりを食わせてしまったんだな…私もアレンも、罪深いことをしてしまった」


アナのその言葉に、アレンさんも俯いてしまった。…いかん、辛気臭い。


「アナ様、それじゃその罪をわたしにも背負(しょ)わせて下さい」


一遍言ってみたかった。『お前の(もの)は俺の(もの)』!


◇◆◇


地下室でマーガレットやイザベラと再会すると、アナとアレンさんは慚愧の涙を流して彼女たちに謝罪した。


「アナ様、お気になさらないで下さい。アナ様がお幸せになって下さることが、私たちの一番の願いなんですから。アレン君、(おとこ)見せたわね」

「アナ様、マーガレットの言う通りです。もしアナ様が私たちに償いたいと仰って下さるのであれば、アレンさんと一緒にお幸せになって下さい。それが、最善最高の償いです。きっと、マーガレットやエイミー嬢もそう言う筈です」


おぉぅ、イザベラもわたしと同じこと言うとる。これで無数の地雷がなかったらなぁ…どこに出しても恥ずかしくない淑女なんだが…


取り敢えずアレンさんに地下室の外に出ていて貰い、わたしたちは服を着替えた。…何だよ、わたし以外皆私服着てたんかい。尤も、わたしの制服の痕跡は袖を肘下まで捲り上げ、第一ボタンを外したブラウスとやたら短いスカートだけだ。


その姿で裸足にサンダルを履いたわたしの姿に対する周囲の呆れ果てた目に対し、内心に反論する。この格好で冒険者ギルドにいたところに、ラムズレット騎士団の皆様の襲撃を受けたんですよ、文句あるんですか?…そもそも、許可を得ない限り制服以外の格好で外出するのは園則で禁じられてるんじゃなかったんですか?


「あぁ、あの園則だがな、今年の6月の時点で廃止になった。不合理だ、という生徒や父兄たちの意見があってな」


…え゛えええぇぇぇッ!!そんなこと、早めに言って下さいよ!この時期は、こんな格好でもしないとあの学園指定の制服は暑苦しくて堅苦しくてやってられないんですよ!?すぐにブラウスが汗ジミになっちゃうし!


「…学園から通達はあった筈だが…聞いてなかったのか?」


…そう言えば、メイドさんがそんなこと言ってた記憶がある。わたしは治癒魔法と魔力増強以外には殆ど興味ないから、すっかり忘れてた。


◇◆◇


その後で顔を殴られたマーガレットやイザベラ、そしてわたしの治癒である。わたし以外はC級治癒魔法で問題なく治癒できたが、わたしだけB級治癒魔法が必要だった。…公爵閣下も、またこっ(ぴど)く殴ってくれたもんですね…


ちなみに、全員A級治癒魔法の高速発動で治癒したりしている。そっちの方が治りも早いし、痕も残らない。


「マーガレット様、イザベラ様、エイミー様、もう大丈夫ですか?」


そこに聞こえたのは、アレンさんの声。「もう大丈夫だ。入っても構わないぞ」というアナの声に応え、やっぱり私服姿のアレンさんが入ってきた。胡乱げな目でわたしの出で立ちを見、そしていらん一言。


「エイミー様、ここに来られる前に誰かに決闘を申し込まれたんですか?」


うるせぇ、その顔の傷治癒しねぇぞ。


◇◆◇


アナとアレンさんから話を聞いたマーガレットとイザベラは、驚きを隠そうともできない様子だった。そりゃまぁそうだろう。アナが光の精霊神様の聖なる祝福を受け、おまけにコトの元凶となった指輪が叙事詩級の代物だったんだから。


「それはまた…アレン君も凄いものをアナ様にプレゼントしたのね…」

「アレンさん…凄い…」


そして、三年のうちに公爵家ご令嬢様を娶るに足るだけの爵位を得ることこれ叶えば、アナとの婚約を許すという公爵閣下の言質を取ったことを聞き、二人の口からきゃぁ、と黄色い歓声が沸き起こった。


「でも、一抹の不安も残るわね。決闘騒ぎとオークの大迷宮で、アレン君の強さはよーく知っているけど、あの不思議な技と魔道具だけで無双できるものかしら?」


マーガレットの不安も、尤もだ。戦場では、アレンさんの必勝方程式も通用するまい。そう思い、その場にいたアレンさん以外の人間が不安げに顔を見合わせた時。


「皆様、ご安心下さい。そこは、俺に秘策あり、ですよ」


かつて東部冒険者ギルドの『治癒室』で見せてくれた、黒くも頼もしい微笑が、アレンさんの端正な顔を彩った。

悪役令嬢のパパンにヒロインを殴らせるかどうかは少し悩みましたが、

寄子令嬢たちの『悪さ』に対する『躾』という意味で殴らせました。

パパンの行動の是非について、お考え頂けたら幸甚です。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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