第141話 ヒロインは悪役令嬢の父親に対抗する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
開けられた扉を素足で潜り、わたしは部屋の中に入った。そこにいたのは、ラムズレット公爵閣下、アナ、アレンさん、そして複数の屈強な騎士様たち。
公爵閣下の端正ながらも厳つい顔には、瞋恚の感情がありありと見える。わたしを刺す視線の鋭いこと、視線に殺傷能力があったらわたしはとっくの昔に死体と化していたことだろう。…前にも同じことを言った記憶があるな…
アレンさんはわたしと似たり寄ったりの囚人服を着せられ、わたしと同様に首輪を嵌められ、素足を強いられている。一方で、手枷を嵌められることなく縄で無造作に縛られていた。両手首を後ろ手に縛られ、二の腕と胸部を一緒に三、四重にぐるぐる巻きにされる、所謂『高手小手』と呼ばれる縛られ方。
そーゆー趣味の方々にとっては何とも物足りない縛り方である。だが、わたしに言わせれば『こーゆーので…じゃねぇ、こーゆーのがいいんだよ!』と絶叫したくなるような縛り方だ。不自然に人体を歪めるような、また殊更に縄目を作る様な縛り方ではない、取り敢えず自由を奪えればいい、という縛り方である。
アレンさんの、線の細い端正な容姿にしてこのような縄目をかけられている姿は、いっそ『捕らわれの貴公子』と称したくなるような風情すらある。妄想が捗るような、そして薄い本が厚くなるような縛られ方だ。
アレンさんの左側頭部には、杖か何かで殴られた痕が内出血を作り、端正な彼の顔を痛々しく彩っていた。だが、その茶色の瞳には揺るぎない剛強な意志が光る。
わたしとアレンさんに対し、罪悪感カンストな視線を向けるアナの美しい薄金色の髪には、これまでには着けていなかった髪飾りが着けられている。豪奢、清楚、可憐、華麗の極北を極めた、彼女に相応しい髪飾りだ。
公爵閣下は右手に杖を持ち、左手でその先をぽん、ぽんと受け止めるような仕草をしながらわたしに険悪な声を向けた。…あの杖で、アレンさんを殴ったんだな…
「エイミー・フォン・ブレイエス、逃げずにここまで来たことは褒めてやる」
◇◆◇
はい?何だって、逃げなくちゃいけないんですか?逃げなくちゃいけないようなこと、わたしは何もしてませんよ?
「何もしていないだと?…貴様、自分の罪も理解していないと言うのか!?」
罪って…アナとアレンさんをくっつけるように画策したことですか?
「他に何がある!公爵家の娘と平民の男を娶せようとするなど…しかも、直系寄子の子弟が、だぞ!貴様、それは寄親に対する裏切り行為だぞ!そのようなことも理解できぬとは、所詮身分卑しき新興貴族家の小娘だな!!」
「…公爵閣下、弁明をお許し頂けましょうか?」
…公爵閣下も、ブレイエス男爵家をそーゆー風に見てたんかい。所詮は名門お貴族様だな。新年の親ラムズレット閥の決起集会では、綺麗事を宣うていらしたくせに。…っと、そんな感情はおくびにも出すんじゃねぇぞわたし。
「…ふん、命乞いでもするつもりか?」
「…昔日、ブレイエス男爵家をラムズレット公爵家の直系寄子にお迎え頂くに当たり、わたくしが用意させて頂いた持参金、あれを以てわたくしが出涸らしに成り果てたると思し召しならば、どうぞこの痩せ首をお召し上げ下さいまし」
眼鏡越しのきつい視線を公爵閣下に向けながら、わたしはそう言い放った。
◇◆◇
言うまでもないが、わたしが去年確立したS級治癒魔法。あれ一つで、満足するつもりは更々ない。バインツ侯爵閣下は、その70年足らずの生涯で、4つのS級治癒魔法を確立なさったんだ。閣下のお望みを叶えるためには、少なくとも5つ以上S級治癒魔法を確立しなくてはならない。
そう、閣下を『エイミー・フォン・ブレイエスの師匠であったレオンハルト・フォン・バインツ侯爵』にさせて頂いた、と報告するためには。
そして、将来そのために確立すべきS級治癒魔法、それで取得する魔法特許の最優先使用権以外の全権利、それら悉くをラムズレットにくれてやる。わたしにとっては金なんぞよりも、閣下との約束を果たす方が、そしてそれ以上にアナに幸せになって貰う方が遥かに大事なんだよ。
言うなれば、それらはアナの幸せを贖うための代金だ。金で彼女の幸せが買えるのであれば、こんなに安い話はねぇよ。
◇◆◇
「…む…あれは…確かに我が公爵家に多大な利益を齎してくれた…そのことは認める。だが、それとこれとは話が別だ!」
「承知致しおります。あれによって得られる利益はブレイエスにとっては莫大ですが、ラムズレット家にとっては雀の涙に毛が生えた程度でございましょう」
「い、いや…必ずしもそうというわけではないのだが…」
…あれ?そうなの?わたしの用意した『持参金』は、ラムズレット家の経済力を以てしても無視できないほどの利益を上げてるの?だとしたら…嬉しいけど、ちょっと、いやかなり、いやもんのすげぇ、いやこの上なく勿体なかったな…あれをそのままブレイエス家で所持してたら、今頃ブレイエス家は大富豪だ。
…って、違うだろわたし!今は、そんなこと言ってる場合じゃねぇんだ!そんなこと考えてるから、アナたちにポンコツとか言われるんだよ!!
「わたくしは、何よりもアナスタシア様にお幸せになって頂きたい、そのことを終生の至上目的と考えて行動致して参りました。そして、その考えを変えるつもりは、断じてございません」「え…エイミー…」
アナが、両手で顔の下半分を押さえるようにして嗚咽混じりの声…もとい、声混じりの嗚咽を漏らした。その美しい双眸からは、ぼろぼろと涙が溢れ出ている。…アナ、わたしに惚れるなよ…違う!この期に及んで、わたしは何ほざいとるんだ!!
「そして、そのためにはアナスタシア様が想いをお寄せになっておられる殿方、即ちアレンさんと結ばれることが必須だと愚考して此度の挙に出たる次第です」
「なッ…ば、バカな!貴族家の娘が、平民の男と結婚しても幸せになれる道理がない!そのようなことも気付かぬのか!?」
「…ならば、かの神話級ド変態バカクズ廃太子、あのような貴族の若様と婚約・結婚して、アナスタシア様がお幸せになれると、左様に公爵閣下はお考えですか?」
「…ぐっ…!」
公爵閣下が返事に詰まった。その隙を見て、わたしはアレンさんに眼鏡越しのきつい視線を向ける。…アレンさん、勘違いしないで下さいね。アナの幸せのためにはあなたと結ばれることが『必須』なんです。『必要条件』なだけなんです。『必要十分条件』じゃ、ないんです!
そのわたしの意思を理解してくれたかどうかは知らねぇが、アレンさんはわたしの視線に強く頷き返してくれた。おっけい。
◇◆◇
「無論、公爵閣下がアナスタシア様の犠牲の上にラムズレット公爵家の隆盛を築きたいと思し召しであれば、わたくしは何も申し上げることはございません。ですが、その前にどうかわたくしの痩せ首をお召し上げ下されたく…」
「…ッ!だ…黙れえええぇぇぇッ!!」
…あ。しもた。言い過ぎた。ガチギレした公爵閣下が、持っていた杖を振り上げ、その先をわたしに叩き付けようとした、まさにその時。
「お…お父様!おやめ下さいッ!!」
アナが、公爵閣下とわたしの間に割って入った。そのまま、公爵閣下の杖がアナを打ち据えようと振り下ろされる。…と!
その瞬間、髪飾りから眩い光が放たれ、公爵閣下が弾き飛ばされて床に転がった。そして、アナが着けている髪飾りから声が聞こえてくる。最初は一つの声、そしてその声は輪唱の如く次々と増え、そしてその大きさもますます大きくなり、最後にはこの部屋全体に轟々と響くものとなっていた。
「精霊が認めし者に害を為す者は誰だ」「誰だ」「「誰だ」」「「「誰だ」」」
「「「「「「「誰だ」」」」」」」
「精霊の愛し子に害を為す者に罰を」「罰を」「「罰を」」「「「罰を」」」
「「「「「「「罰を」」」」」」」
◇◆◇
こ…怖えぇッ!…いや、怖がっちゃいけないんだけどマヂ怖ええぇぇッッ!!
さっきまでガチギレしていた公爵閣下は、今や恐怖の視線をアナに向けている。その場にいた騎士様たちも例外ではない。…いや、気持ちは判るよ?よーく、判りますよ?でもさ、そんな目を娘に向けないであげて下さい。かわいそうに、アナ傷付いてますよ?お父上にあんな目を向けられて、涙目になってますよ?
「…あ、アレンさん、あれ、どういう原理であんな風になったんですか?」
案じ兼ねて、わたしはアレンさんに答えの糸口を求めた。急に話の水を向けられて、アレンさんが狼狽した声を出す。
「は…はい、アナスタシア様と俺は、数日前にエルフの里の王女殿下にお誘いを頂き、エルフの里の夏祭りに行って参りました。そこで紆余曲折を経て、アナスタシア様が変態…じゃねぇや、光の精霊神様の聖なる祝福を授かられたんです。ちなみに、あの髪飾りはエルフの女王陛下からアナスタシア様に授けられたものです」
「そ、それで、アナスタシア様に危害を加えようとする者があると、あんな風になる、ってことなんですね?」「そ…そういうことみたいです」
…これって、はっきり言ってすげぇことじゃねぇか?これほどの祝福をアナが授かったってことは、絶対に、絶ッ対に、アナはゲーム本編みたくな目に遭わされることがないってことじゃねぇか。
…これ、アレンさんの功績絶大だよな?よっぽどのことでもねぇ限り、アナに物理的な危害を与えられることがないってことなんだから。…でも、でもだよ!それにしても、この現状は何なんだよ!!
「あんな、ホラー丸出しな祝福じゃない、もっとスマートで美しい、華麗に危害を避けるような祝福とか、そういうのはなかったんですか!?」
「そ…そんなこと、俺に聞かないで下さい!こんなおどろおどろしい祝福になっちまったのは、俺の趣味じゃなくって光の精霊神様の趣味です!!」
わたしもアレンさんも、その場の支配者たるべきラムズレット公爵閣下をそっちのけで、延々と口論を繰り広げるハメに陥ったのであった。
…それにしても、あの変態って何だよ?まさか、光の精霊神様が変態ってわけでもねぇだろし…変態はあの神話級ド変態バカクズ廃太子一人だけで十分じゃねぇか…
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