第138話 ヒロインは町人Aの知人の素性に驚く
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
オスカーの素性は既にヨハネスさんに伝えてあったため、ヨハネスさんがウィムレット侯爵閣下の存在に驚くことはなかった。
「エイミー様から若様の話を聞いた時にァ、そんな性根の野郎が務まるものかと心配しておりやしたが…侯爵閣下、若様は素晴らしいアーチャーですぜ。正直、若様に抜けられたらクエストにも支障が出るくらいなんでさ」
「そうなのか。ヨハネス卿、そういうことならば、これからもこのギルドで使ってやって頂きたい。オスカー、異論はないな?」
「はい、ヨハネスさん、これからも使ってやって下さい」
オスカーはそう言って、ヨハネスさんに頭を下げた。ヨハネスさんは、それに莞爾たる笑みを伴わせて返答した。
「おう、これからも宜しくな、チャラ坊…っと、侯爵閣下、申し訳ありやせん。これまでずっとそう呼んでたもんでして…若様ってお呼びした方がいいですかい?」
「いや、本人が納得しているのならそう呼んで頂いても構わない」
ヨハネスさんと侯爵閣下に視線を向けられたオスカーは、最近とみに厚くなってきた胸板を張るようにドヤ顔をした。
「父上、無論私は納得しております。東部のチャラ坊と呼ばれるほどの冒険者になることを目標としております」
その言葉に狼狽を示したのは、侯爵閣下よりも寧ろヨハネスさん。
「お、おい。チャラ坊、そいつァまずいんじゃねぇか?おめぇ、ウィムレット侯爵家のご嫡男様だってんだろ?」
「それなら問題ないですよ。ウィムレット商会の職員なり財務省の官僚なりから、将来有望な若手を姉上の婿養子に取ればいいんです。姉上だったら、求婚者で門前市を為せなかったら嘘ですよ」
オスカーの、そのシスコン丸出しの言葉に、侯爵閣下は納得面で頷いている。
「サビーネの婿養子か…その手もあったな」
「チャラ坊も侯爵閣下も…マヂかよ…普通なら、一介の冒険者と名門貴族のご嫡男様だったら絶対後者を取るぞ…こいつぁ、絶対にエイミー様の影響ですぜ?」
失礼な。何でわたしの影響ですか?
「だって、せっかく取った魔法特許の殆どの権利をあっさりとラムズレット公爵閣下に差し出しちまったんでしょう?普通、そんなことはしやせんぜ?」
だって、その時はそうした方がいいと思ったんです。今は…ちょっと後悔してるかな?あれだけで、わたしの代だけなら遊んで暮らせるだけの財産を築けたし。
◇◆◇
さて、終業式も終わったことだし、夏休みである。わたしたち王立高等学園の生徒は、夏休みに自由研究をする必要がある。
去年の自由研究は、まぁ何と言うか分岐点だった。思えば、あの時の遺跡探索から本格的にクズレンジャーどもの篭絡に取りかかったんだよなぁ…正直思い出したくもないくらい苦労させられたが、その甲斐あってクズレンジャーどもを完全瓦解に追い込むことができた。
あの当時はスクールカースト最上位であった神話級ド変態バカクズ廃太子とその取り巻きどもは、五人中三人が『急病死』させられ、一人は学園を退学させられ、そして最後の一人は改心してまともに戻っている。
そして、その後釜のスクールカースト最上位には、アナを中心としたグループが座ることになった。そして、その中にわたしがいることが自分でも嘘みたいである。
…信じられるか?自他共に認めるコミュ障で陰キャでぼっちでチー牛でNerdなわたしがだぞ?…否、Nerdですらなかった。いじめられてたんだから、Targetだ。
…とにかく、だ。前世の記憶も含めてスクールカースト最下位常連だったわたしが、気が付いたらスクールカースト上位に収まっちまっているのである。これまでとは、見える光景すら違って見えるようだ。
それはそれと、アナはどうなる…?Queen Bee…いや、そんなもんじゃねぇ。Empress Bee…違うな、今やアナの学園内における勢威は『女帝』という表現すら凌ぐものがある。何しろ、旧五大Jockたるクズレンジャーどもを瞬殺したアレンさんとその旧五大Jockの一員だったオスカー、この2人を取り巻きに従えてるんだ。
そのアナを顕すに当たって、『女帝』以上の表現として、どんなんがあるんだ…?
…そう言えば、前世の高校で世界史の授業で習ったことがある。…『教皇は太陽で皇帝は月』、そんな言葉があったな…だとしたら、アレだ。『Highest Priestess Bee』だ。アナがその、『女教皇蜂』だとしたら、わたしはその取り巻きだ。
マーガレットやイザベラが『Sidekicks』だとしたら、わたしはどうなる?『Sidekicks』寄りの、『Floater』か?
何かよう判らん。頭をぐしゃぐしゃと掻き毟っていたら、ノックの音が聞こえた。
「エイミー様、失礼致しやす。ヨハネスです」「どうぞー。お入り下さい」
◇◆◇
「失礼致しやす…ってか、どうしたんですかいエイミー様、またどこぞのクズに決闘を申し込みなすったんですかい?」
…ヨハネスさん、まだそのネタ引き摺ってたんですか?暑いから、上着とチョッキを脱いで、リボンとブローチを外して、ブラウスの第一ボタンを外して両袖を肘下まで捲って、靴下を脱いでただけですよ?
言うなれば、制服裸足の美少女の理想像じゃないですか?それを拝めたのに、『どうしたんですかい』はないんじゃないですか?
わたしは右足の親指と人差し指でローファーの端を摘まみ上げ、ぷらぷらとぶら下げながら眼鏡越しの厳しい視線をヨハネスさんに向けた。
「まぁ、エイミー様の奇行はあっしらは慣れっこですがね…ラムズレットのお嬢様がいらっしゃいやした。アレン坊ともう一人、お客人をお連れです」
へ?アナが来たの?アレンさんは判るけど、お客さんが一人?マーガレットかイザベラ?…それはちょっと考えにくいな。あの二人は、めたくそ仲が良くていつもつるんでいる。どっちか片っ方だけってことは、まずない話だ。
「それで、何やら揉めてて込み入った話がしてぇってんで、音が外に漏れねぇ場所を貸して欲しいってアレン坊が言いやがるんでさ。エイミー様、申し訳ねぇんですがこの『治癒室』をちょっとお貸し頂けやせんか?」
あ、成程ね。何気に、この『治癒室』の防音は東部冒険者ギルドの中でも最もしっかりしている。わたしがバインツ侯爵閣下の蔵書を読む際に、外の騒音が入らないように、と冒険者の皆さんが配慮してくれたのだ。ありがたい話である。
結果、内側の音も外に漏れないため、ギルド内で秘密の話し合いがある際にはこの部屋を使って貰うこともある。わたしも、ここを秘密の話し合いに使ったことがある。アナ救済のために、アレンさんと話し合った時のことだ。
…懐かしいなぁ、あの時はわたしはQueen Beeの皮を被ったTargetだったし、アレンさんはゴリゴリのNerdだった。それが今じゃ、どちらもHighest Priestess Beeの取り巻きだ。…アレンさんをただの取り巻きで終わらせはしないけどね。
「大丈夫ですよ、ヨハネスさん。アナスタシア様とアレンさん、それとお客さんに入って来て頂いて下さい」「エイミー様、ありがとうごぜぇやす」
暫くして、アナとアレンさん、それにフードを目深に被った見知らぬ人物が入ってきた。小柄で、随分と線が細い。下手するとわたしよりも背が低く痩身だ。
「エイミー、お前のプライベートに土足で踏み入るようなことになってしまって申し訳ない。この小憎らしい小娘が―」
「何よ!さっきも言ったでしょ!あたしより年下の小娘が、人様を小娘なんて言ってるんじゃないわよ!あんた記憶力ないの!?」
「何だとッ!おい、アレン!この無礼な小娘は、一体お前の何なのだッ!?」
「お、落ち着いて下さい。順を追って説明しますから」
何かよく判らんが、喧嘩するんなら外でして下さい。…って言うか、何でアナもアレンさんも私服なんですか?園則によると、特殊な事情でもない限り私服での外出は認められてないんじゃなかったんですか?
◇◆◇
ここに至るまでの事情を、アナが説明してくれた。何でも、アナが自由研究のテーマとして冒険者がこの国で果たしている役割を調べたいと言ったそうである。
「アレンやお前、ウィムレット公子のように学園の学生でありながら冒険者ギルドに所属している者もいるからな。それに、貴族社会では冒険者はあまり印象が良くない。それで、その印象を良くしたいと思ったのだ」
「それで、うちのギルドに行こうとしておられたんですか?」
「あぁ、その通りだ。それが、ここに来る途中で…」
アナは苦々しげにお客さんを睨み付け、険悪に指差した。
「この小娘が、いきなり飛び出して来てアレンに抱き付いたんだッ!」
「あんた学習能力ないの!?あたしより年下のくせに!」
「だあああぁぁぁっ!今紹介しますから、落ち着いて下さいッ!」
アレンさんが声を荒げた。珍しや。
「アナ様、エイミー様、この方は、エルフの里の女王様のご息女でいらっしゃるシェリルラルラ様です。…シェリルラルラさん、もうフードを取っても大丈夫です」
「アレン、ありがと。…ふぅ、暑かった。耳畳みっぱで、変な癖ついちゃうわ」
…そう言ってお客さんがフードを取った。そこにあったのは、確かにエルフの特徴である長い耳。…えぇっ!?エルフ!?本当にいたの!?…いや、この世界は剣と魔法の世界なんだから、いたっておかしくはないだろうけど…
はっきり言って、ある胸糞な事情により近年エルフの存在は確認されていなかった。それが今日でも実在が確認された上に、アレンさんはエルフのお姫様の知己を得ているという。…すげぇ話だ。アレンさん、あなた一体何者なんですか?
わたしの横にいたアナの反応は、もっと大きかった。「…エルフの王女殿下!?」と叫ぶように言葉を発し、威儀を正して美しいカーテシーを執る。
「存じ上げなかったとはいえ、とんだご無礼の数々、どうかお許し下さいませ。セントラーレン王国、ラムズレット公ゲルハルト・クライネルが第二子、アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットと申します。シェリルラルラ殿下にお会いできましたこと、誠にありがたく光栄に存じます」
「ふぅん…アナスタシアさん、ね。判ればいいのよ。それはそれと、何であなたそんな変なポーズ取ってるの?」「ゔぇっ?」
アナの声帯が誤作動を起こした。そりゃ、淑女の礼を変なポーズとか言われたらそうもなるわな。それはそれと、わたしも自己紹介と挨拶せにゃならん。
「シェリルラルラ殿下、お目にかかれて大変光栄でございます。セントラーレン王国新興男爵、ジークフリード・フォン・ブレイエスが一子、エイミー・フォン・ブレイエスでございます」
そう言って、腰を90度まで折って最敬礼した。120度まで折るのは、バインツ侯爵閣下専用だ。…それに対する殿下の態度は、あまりに酷いものだった。
「…あら、あなたいたの?」
筆者は、小中高とスクールカースト最下位の常連でした。
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