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第135話 (アナスタシア視点) 悪役令嬢はヒロインにストレス発散方法を教えて貰う

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

エイミーがジュークス子爵様ご夫妻に謝罪する直前日に、バインツ伯爵閣下の奥方様の件を伝えるように―そのお父様の指示は、確かに奏功した。


『エイミー嬢は、貴族令嬢としてはよくも悪くも元気が良すぎる。謝罪に当たっては、罪人の礼のみ執っていればいい。【ドゲネ】だか【サンキキュウコウトウ】だか、よく判らぬことをされて謝意を疑われては元も子もない』


故に、エイミーの精神に激甚な打撃を与えるに違いない、バインツ伯爵閣下の奥方様の話をジュークス子爵様ご夫妻に謝罪する直前日に伝え、お前から貴族令嬢の謝罪に当たり為すべき挙を彼女に教えよ―


…お父様の仰ることは全く正論だ。エイミーの行動は、確かに貴族令嬢の枠を大きく逸脱している。だが、私はその型破りな彼女の挙動に対し、何時(いつ)しか好意のようなものすら心中に抱いていた。


何ぞやと天才は紙一重という。彼女は、王立高等学園の1年生に過ぎぬ身にあって、S級治癒魔法を身に付けた、紛れもない天才だ。であったれば、何ぞや同然の奇矯極まる行動も『紙一重』で説明が付けられる。それも、寧ろ『愛すべき何ぞや』と言うべき代物だろう。


だが、それではお父様が仰るようにまずい時もある。今回の謝罪のような、フォーマルな場である。そういった場は、彼女の真骨頂たる笑劇的な要素を許さない。


彼女は、口で言って判らないわけではない。そこまでの愚か者ではない。だが、彼女は或いは “癒し” の他に、 “笑劇” の加護も授かっているのではないかと思われるほどその行動が奇矯なのだ。彼女自身は決して笑いを取ることを狙ってやっているわけではないにも(かかわ)らず、である。


ならば、彼女の精神に絶大なトラウマと罪悪感を植え付けるであろう、バインツ伯爵閣下の奥方様の、悲惨な最期を聞かせて放心状態に追い遣り、その上でこちらが望む行動を取らせる、言うなれば『操り人形』にしてしまった方がいい。…お父様の仰ることに、私は反論できなかった。事実、彼女のジュークス子爵様ご夫妻への謝罪の儀は、それで上々の首尾を収めたのだから。


だが、私は彼女に対し強い罪悪感を禁じ得なかった。彼女の行動が、結果として一人の淑女の破滅を招いてしまったのだ。淑女ではないにしても心優しい少女である彼女が、どれほど傷付き、罪悪感に苛まれるであろうか。


私は、彼女を親友だと思っている。彼女は、私を親友だと思ってくれているだろうか?そうであれば、この上なく嬉しいが…


その親友に対し、このような惨い仕打ちをしなくてはならない時もあるのだ。貴族とは、何と因果な存在であろうか。


エイミーは、眼鏡越しの視線を馬車の外、夜闇の彼方に何となく向けている。


…昨日のこと、詫びさせてくれ。先にも言ったが、お前の罪は私のために為されたものであり、即ち私の物である。お前の罪を、私にも背負わせてくれ。


◇◆◇


宮廷魔術師たちは、魔術師塔と呼ばれる建物を職場にしている。そこの最上階、宮廷魔術師長室が今日エイミーと私が招待された場所だ。


エイミーは、魔術師塔の威容を目の当たりにして呆然と呟いた。


「ここの最上階に、バインツ侯爵閣下がいらっしゃったんですね…」


バインツ侯爵閣下は、エイミーにとってどこまでもとびきりの畏怖と尊崇と敬慕を捧げるに足る恩師なのだ。最近、「ちょっと閣下に幻滅することがありました」と言ってむくれていたが、だからと言ってその尊敬がなくなるわけではない。


今日エイミーと私がここに来た理由。それは、そのバインツ侯爵閣下のご子息に当たる、そして現在この魔術師塔の最上階の主であるお方からご招待を頂いたためだ。現宮廷魔術師長、クラウス・フォン・バインツ伯爵閣下。


かつて、あの思い出したくもない昨年の卒業進級祝賀パーティーで、私はバインツ伯爵閣下の嫡男だったあの糞クズメガネに耳が腐るような侮辱を向けられたことがある。それに対し謝罪をしたいから、魔術師塔に出向いて欲しいとのことだった。


謝罪したい件は、それだけではないと伯爵閣下は仰っておられた。先出の侮辱に対し、エイミーが激昂して奴をはじめとするクズレンジャーども―何故レンジャーなのかは未だに判然としないが―を激烈に糾弾―そういうことにしておこう―した際に、一人を除いて奴らはそれを逆怨みし、その報復として彼女と私を穢すべく、おぞましい密談を繰り広げていたのだ。


そのことを併せて謝罪したい。そう、魔術師塔からの使者は伝えてきた。


本来なら謝罪する側が出向くべきだが、プロジェクトが佳境に入ってきたため30分の休憩を取るのも惜しい。重ね重ね恐縮だが、魔術師塔までおいで願いたい。使者は、その伯爵閣下の言葉も言付かっていた。


◇◆◇


魔術師長室の応接間で、エイミーと私は並んでこの国最高峰の魔術師と向き合っていた。長身痩躯、伸ばした黒髪をうなじで束ね、眼鏡の奥には茶色の瞳が強い知性の光を宿している。線の細い端正な作りの容貌は、あの糞クズメガネが成長したらこうなっていたに違いない、と容易に想像させた。


エイミーの眼鏡の奥の瞳には、感情を殺した光がある。反発を、懸命に押し殺している光だ。…無理もない。糞クズメガネだけならまだしも、眼前の人物は自身の妻に対して最低最悪の侮辱を加えたのだ。


「まずは、アナスタシア嬢とエイミー嬢に謝罪させて頂きたい。あの愚か者が、非礼の上にも非礼を重ねてしまい、本当に申し訳なかった」


そう言って、伯爵閣下は罪人の礼を執った。


「伯爵閣下、お直り下さいまし。わたくしもエイミー嬢も、結果的に実害はありませんでした。わたくしやラムズレット家に対する侮辱に関しては、十分に公子は罰を受けたと、こう愚考致しおります」

「…本当は、あ奴はバインツ家とは(えん)所縁(ゆかり)もない不義の者なのだがな…アナスタシア嬢、寛大なお言葉痛み入る」


伯爵閣下はそう言って罪人の礼を解いた。次は、エイミーの番だ。彼女はソファから立ち上がって両膝で跪き、両手を床に置いて深く頭を下げた。


「わたくしことエイミー・フォン・ブレイエスは、昨年の王立高等学園の卒業進級祝賀パーティーで、伯爵閣下の奥方様並びに公子様に対し非礼これ甚だしき挙を為してしまいました。その儀につきまして、その罪を謝させて頂きたく、この通りお願い申し上げる次第にございます」


ソファに座したバインツ伯爵閣下は、あの糞クズメガネそっくりの所作でかけていた眼鏡の位置を直した。


「エイミー嬢、謝罪は不要だ。あなたが仰る通り、あの愚か者は私の息子ではない。あれを産んだ女が、私を裏切って何処ぞの馬の骨とまぐわってできた、言うなれば出来損ないだ。…貴婦人の名に値せぬ淫売が!梅の毒に(あた)って腐れ死ね!!」


口角が痙攣するのを知覚した。罪人の礼を解かぬエイミーの両肩が震えている。


「夫を裏切った挙句殺そうとまでしたのだ、然るべき罰を与えるべく娼館に売り飛ばしてやろうと思ったが、周りが止めるのでやむなく追放に留めた。我ながら、寛大なことだ。…エイミー嬢、あ奴らは既にバインツ家から除籍してある。そのことがあなたの心の慰めになれば幸いだ」


私は顔面の筋肉が仕事をしようとするのを、懸命に押し留めていた。エイミーも、罪人の礼を解くことができない。罪悪感の強さ故ではなく、その顔に浮かんだ表情を眼前の人物に見せるわけにはいかないのだ。


「エイミー嬢、あなたは私の父を大層尊敬してくれていると聞いた。私も、ヒーラーとしても魔法学者としても、父を尊敬している。いずれ父の思い出話をしながら、あなたとお茶を飲みたいものだ」

「…その機会があらば、是非お願い致します」

「楽しみにしている。では、申し訳ないがそろそろ仕事に戻らねばならぬのだ。これでご無礼させて頂きたい。…アナスタシア嬢、あなたのお父上からのご招待、確かに承った。今夜20時に、お邪魔させて頂くとお伝え願いたい」

「…承知致しました。確かに、父にお伝え致します」


そう言って、伯爵閣下は倉皇と応接室を出て行った。それを確認し、私は傍で罪人の礼を執ったままのエイミーに声をかけた。


「エイミー、もう直っても大丈夫だ」


その私の声に応じて、顔を上げたエイミーの形相は…凄まじいものであった。


◇◆◇


馬車に乗り込むなり、エイミーは溜まりに溜まった鬱憤をブチ撒けた。


「もう、何なんですかあの野郎!どれだけ歪みねじくれた性格してたら、自分の奥さんのことをあんなに酷く言えるんですか!?大体、顔の造りだって細かい所作だって、『あいつ』にそっくりじゃないですか!それにそのクズい性格!何をどう考えたって、『あいつ』はお前の息子だっての!!」

「…エイミー、気持ちは判るが落ち着け。性格はあんなだが、伯爵閣下はこの国随一の魔術師であり、また魔法学者としても史上最高クラスだ」

「それが余計ムカつくんですよ!何なんだよあの完全無欠のDV野郎!『あいつ』がバインツ侯爵閣下の孫だってこともムカついたけど、あの野郎がバインツ侯爵閣下の息子だってことの方が、余計に腹立ちます!!」


鬱憤を爆発させて落ち着いたか、エイミーは馬車の天井を仰いで溜め息を吐いた。


「バインツ侯爵閣下やアナ様みたいに、素晴らしい能力と優れた人格を両立させた人ばっかりじゃないってことですね…」

「バインツ侯爵閣下と私を同列に置くのはやめてくれ…畏れ多すぎる…」


そのままぼーっ、と眼鏡越しに天井を仰いでいたエイミーが、視線を私に戻した。


「…アナ様も、あの野郎の戯言聞かされてムカつきましたよね?公爵閣下にあの野郎の事付けをお伝えしたら、二人でストレス発散しませんか?」

「それは…確かに憤ろしい思いを禁じ得なかったが…何をするのだ?」

「わたしが、アナ様の御意を受けてクズレンジャーどもを籠絡してた時に使ってたストレス発散方法です。すっきりすること、請け合いますよ」


それで髪肌トラブルも激痩せもぶり返さずに済んだ、そういう側面があるんです。エイミーはそう言ってどこか悪戯っぽく笑った。


◇◆◇


お父様にバインツ伯爵閣下からの言付けをお伝えした後で、エイミーに連れられて彼女がアルバイトしている冒険者ギルドに行った。彼女はそこでヨハネス卿を捕まえ、「ヨハネスさん、前にやっていたアレ、またやりたくなったんで使わせて頂いていいですか?」と訊いた。


「そりゃぁ構やしやせんが…またクズ野郎が出て来やがりやしたか?」

「そんなところです。いじめられたのは、アナ様でもわたしでもないんですけど」


ギルド内の鍛錬場と思しき場所に案内される。そこで、ヨハネス卿はエイミーと私に手袋を差し出してくれた。


「ラムズレットのお嬢様、おっ始める()ェにこいつをお着け下さい。こいつを着けねぇと、ブッ叩いた時の衝撃で手が痺れて棒っ切れを落としちまうんです」


棒っ切れ?何をするというのだ?私のその疑問をよそに、エイミーは制服の上着とチョッキを脱ぎ、ブローチとリボンを外してブラウスの第一ボタンを外し、そして袖を肘下まで捲っていた。外した眼鏡を、始業式の日に私が手ずから渡した眼鏡入れに入れて、私に差し出す。


「アナ様、申し訳ありませんがこれを持ってて下さい」


眼鏡を私に預け、ヨハネス卿から丸棒を一本受け取ったエイミーは、鍛錬場の片隅にあったものに正対した。それは、彼女の膝丈程度の二本の土台に、私の腕よりもやや細い太さを持つ棒切れが束ねられ、堅固に(ゆわ)え付けられている。


それに正対したエイミーは、瞑目して息を静かに吐き出し、その後で静かに、しかし深く息を吸い込んだ。…その、数秒後。


「きええええええぇぇぇぇぇぇッ!!」


その細く小さな身体のどこから出るのかと疑問に思うような大声を上げ、エイミーは固定された棒切れの束に向かって手にした丸棒を振り下ろした。ばしっ!びしっ!と丸棒と棒切れが衝突して大きくも乾いた音を立てる。エイミーは、(ましら)のような絶叫を上げながら丸棒を棒切れの束に叩きつけていた。


…やがて声と体力の切れ目が来たのか、彼女は苦しげに天井を仰ぎながら肩で息をする。苦しげながらも満足げに可憐な美貌を笑ませ、彼女は私に声を向けた。


「ぜぇっ、ぜぇっ…はぁっ、はぁっ、こ、こんな感じで、叫びながら、ぼ、棒切れの束に、丸棒を、叩きつけるんです」


成程。大声を出して、思い切り棒っ切れで何かをブッ叩くのか。これは確かに、いいストレス発散になりそうだ。私は彼女に眼鏡を返し、制服の上着を脱いだ。

罪人の礼を解いた時のヒロインの形相は、原作コミカライズ26話の

第17頁最終コマのヒロインの形相に眼鏡をかけたものをご想像下さい。


…あの形相、めたくそ便利ですね。フリー素材にならねぇかな?


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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