第129話 ヒロインは新学期に臨む
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
バインツ侯爵閣下のお墓参りをした数日後、わたしは学園の始業式を迎えた。
昨日ブレイエス男爵邸から学園の貴族用女子寮に戻り、メイドさんの手を借りて寮内の自室を掃除した。その必要があるくらい、埃が溜まっていたのである。人手の入らない建物はすぐダメになる、とはよく言ったものだ。
そしてその翌日―つまり今日―学園に向かってぷらぷらと歩いていると。
「おはよう、エイミー!」「エイミー嬢、おはようございます」
元気にわたしの名前を呼ぶ声と、穏やかな挨拶の声がした。元気な声の主は、マーガレット・フォン・アルトムント伯爵令嬢。まぁ何と言うか色々と、紆余曲折を経て友だちになった間柄である。そしてもう一人、穏やかな声の主はイザベラ・フォン・リュインベルグ子爵令嬢。
そちらに振り返り、わたしは挨拶を返した。
「マーガレット様、イザベラ様、おはようございます」
その返事の何が気に入らなかったのか、マーガレットはぶすくれた顔をした。
「…エイミー、いいこと?あなたと私は、友だち同士なのよ?」
「ありがとうございます。そう仰って頂いて光栄です」
その返事も気に入らなかったようで、彼女はぶすくれたままわたしをジト目で睨みつけている。美少女が台無しである。
「…あのねぇエイミー?友だち同士なのに、様付けで呼ぶなんて無粋だと思わなくって?あなたも、私のことを呼び付けにしてくれればいいのに」
あ、成程。それで、彼女は機嫌を傾けたんだ。去年はあれほど序列についてやかましかった彼女が、変われば変わるものである。
「マーガレット様がそう仰って下さるのは嬉しいですけど、マーガレット様は名門伯爵家のご令嬢様で、わたしは新興男爵家の娘です。そのわたしがマーガレット様を呼び付けになんてできませんよ」
「…そ、それはそうだけど…アルトムント伯爵家もブレイエス男爵家も、同じラムズレット公爵家の直系寄子じゃない」
「アルトムント伯爵家はラムズレット公爵家の筆頭寄子で、ブレイエス男爵家は新参寄子ですよ?それに特殊な事情があったから、ブレイエス男爵家はラムズレット公爵家の直系寄子になることができたんです。それがなかったら、新興男爵家が公爵家の直系寄子にはなることはできませんよ」
わたしにそう言われて、マーガレットは溜め息を吐いた。
「それもそうよね…私の言い方だと、アナ様だって呼び付けにしていいことになっちゃうし…それはまずいわよね…」
それは大いにまずい。身分的にアナを呼び付けにできる人間は、あの神話級ド変態廃太子と、イキリクズ王子くらいのものだ。どっちも今じゃ学園にはいないけど。
圧倒的に身分が下だったのにアナを呼び付けにしていたクズ野郎が約一匹いやがったが、奴は積悪の報いで比喩でなく物理的に首が飛んだ。ざまぁみろ。地獄で礼儀作法を学び直してきやがれ。けっ。
◇◆◇
三人で学園に向かう途中、イザベラが意味深な話題を出した。
「マーガレットや私が帰省している間に何か騒動があったって聞いたんですけど、エイミー嬢はご存知ですか?」
ご存知もクソも、当事者だったんです。
「それは、多分先生から説明があると思います。…その前に、新規クラス分けで判っちゃうかも知れないですね」
わたしの意味深な言葉に、マーガレットとイザベラは顔を見合わせた。
「エイミーは、何か知ってるみたいね。ここでだけ、教えてくれるわけにはいかない?私もイザベラも、誰にも喋らないから」
「そうですよ、エイミー嬢。マーガレットも私も、貴族令嬢としての心得は仕込まれています。誰にも喋ったりなんかしませんよ」
彼女たちの発言に、わたしはニタリ、と音が立つように笑って見せた。アレンさんみたいな、マカーブルな表情ができただろうか?
「本当に?マーガレット様もイザベラ様も、拷問にかけられても口を割ったりしない自信がおありですか?」
…マーガレットは強気ながらも可憐な容姿を持つ美少女であり、イザベラも地味ながらぽややんとした魅力を持つ美少女である。…この美少女二人が拷問にかけられてる様子を見たい奴、挙手!はい!!
…えっと…いや…その…大変失礼致しました。
「ご…拷問…それは嫌すぎね…判ったわ、エイミー。ここでは何も聞かないわ」
「そ…その方がいいみたいですね…」
怖気を震う美少女二人に、わたしは笑いを吹き消して改めて向き直った。
「この件は、アナ様も大きく関わっていらっしゃるんです。アナ様のお許しがなければお話するわけにはいかないし、わたしに聞くくらいならアナ様にお聞きなさった方が判りみが早いと思いますよ」
「そ、そうなの…アナ様が…それじゃ、あなたの口から聞く訳にはいかないわね」
「わ、判りました。エイミー嬢、アナ様から直接お聞きしますね」
その返答を受け、わたしは二人に笑って見せた。アナみたいな、優しい笑顔を作ることができただろうか?
「判って頂いて、ありがとうございます」
そのわたしの声に、漸く二人は笑顔を取り戻してくれた。
◇◆◇
講堂でクラス分けが掲示されている。その周りの人だかりは、驚愕の事態に声も出すことができない様子であった。わたしが縁を結ばせて貰った人間は、皆Aクラスである。以下に、その席次を紹介させて頂こう。
1. アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット (貴)
2. アレン (特)
3. マーガレット・フォン・アルトムント (貴)
4. イザベラ・フォン・リュインベルグ (貴)
5. エイミー・フォン・ブレイエス (貴)
6. オスカー (平/貴)
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…何と言うか、えらいことになっている。Aクラスの上位5名まで、ラムズレット公爵家、またはその寄子の子弟ないし家中で占められているのだ。ちなみに、オスカーの身分が (平/貴) と記載されているのは、貴族出身だが勘当されているため現在では平民の身分だからである。…願わくば、一刻も早く勘当の解けんことを。
おまけに、Bクラスの席次が貼り出された横には、学園長の名前で以下の文章が貼り出されている。人だかりの驚愕は、その掲示によって齎されたものだ。
『以下の者、後述の理由により本学園の学籍を除かれる。
1. カールハインツ・バルティーユ・フォン・セントラーレン…急病死により
2. マルクス・フォン・バインツ…急病死により
3. レオナルド・フォン・ジュークス…急病死により
4. クロード・ジャスティネ・ドゥ・ウェスタデール…一身上の都合により
王立高等学園長』
◇◆◇
マーガレットが、愕然とした視線と声をわたしに向ける。イザベラに至っては、衝撃のあまり声も出ずに固まっているようだ。
「え…エイミー…これって…」
「…流行病があったんです。とりあえず、そういうことにしといて下さい」
その後ろから、硬質な美しさを持つ女性の声が挨拶を向けてくれた。変わらぬ、無骨な男言葉。それに続いて、柔らかく高めの男性の声。
「エイミー、マーガレット、イザベラ、おはよう」
「エイミー様、マーガレット様、イザベラ様、おはようございます」
アナとアレンさんが、わたしたちに挨拶してくれた。それに返すは、マーガレットとイザベラの狼狽を隠しようもない声。
「あ、アナ様、アレン君…おはようございます」
「あ…アナ様…アレンさん…これって…」
その一方で、わたしは挨拶を二人に返した。ついでに、いらんことも言った。
「アナ様、アレンさん、おはようございます。二人で一緒に登校するなんて、相変わらず仲がよくって、羨ましい限りですね。わたしも、アナ様にあやかって素敵な彼氏が欲しいです。マーガレット様、イザベラ様、そうは思いませんか?」
「な、何をいきなり言い出すんだ!あ、アレンは私の騎士なんだから、こ、行動を共にするのは当たり前のことだ!い、要らぬ邪推をするんじゃない!!」
「そ、そうですよ!そ、そんなこと…み、身分が違いすぎますよ!!」
二人とも、顔を完熟トマトみたいにして吃りながら言っても、説得力ありませんぜ。ケッケッケ!…この調子で、ガンガン外堀埋めてやる!!
その様子に、覿面にマーガレットとイザベラが狼狽から立ち直った。興味津々の様子で、その話に食いついてくる。
「アレン君がアナ様の騎士ってことは、ハンカチをアレン君に渡したんですね?」
「きゃっ!アレンさん、そのハンカチ見せて下さる?」
「は、はい。こちらになります」
食い気味の美少女二人に迫られてやや引いた感のあるアレンさんが、ブレザーのポケットから丁寧に折り畳まれたハンカチを差し出した。かつて、ラムズレット公爵家の王都邸でも見せて貰ったのだが、こうしてみると実に美しい刺繍である。アナは刺繍もいけるんかい、つくづく完璧令嬢やな…
「アレン君、おめでとう!これで、名実ともにアナ様の騎士様ね!」
「アレンさん、おめでとう」「あ、ありがとうございます」
…アレンさん、騎士で留まらせるつもりはありませんよ…アナの幸せのためには、彼女が想いを寄せる人―つまりあなたと結ばれる必要があるんですからね…
◇◆◇
始業式は、恙なく学園長の長ーくありがたーい訓示を以て終わった。
その後、本来ならクズレンジャーどものアナに対する謝罪がある筈だったが、クズレンジャー五人のうち三人は『急病死』してしまっており、一人はウェスタデールに強制送還されてしまっており、また最後の一人は既に彼女に謝罪している。
死者が生者に謝罪することなどできず、ウェスタデールからこのルールデンまで謝罪することなどかの某水色タヌキ型ロボットの秘密道具でも使わない限り無理だ。それに、一度謝罪した者にもう一度謝罪させるのは、一事不再理の原則に悖る。
そこで謝罪イベントがパァになった代わりに、ラムズレット公爵家が学園に依頼して一つのイベントを用意して貰ったのだ。
かの卒業・進級パーティーでも司会進行を務めた先生が、壇上に登ってよく通る声で三名の生徒の名前を呼ばわった。
「それでは、今から名前を呼ぶ生徒は壇上に上がって下さい。アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット嬢、エイミー・フォン・ブレイエス嬢、アレン君」
「「「はい」」」
名前を呼ばれて、アナ、アレンさん、それにわたしが壇上に登る。そこで、アナはアレンさんとわたしに向き直り、一息つくと美しくもよく響く声で宣告した。
「アレン卿!エイミー・フォン・ブレイエス嬢!お前たち両名は、我がラムズレット公爵家の名誉を守るために、私の代理人ないし共闘者として立候補し、またアレン卿は決闘にて見事勝利してくれた!またエイミー嬢は、私の苦衷をよく察し、自身が傷つき悪評を被るをも厭わず私を救うための行動を取ってくれた!」
壇上から見える表情の多くは不思議そうだが、マーガレットやイザベラをはじめとするラムズレット閥の子弟たちは納得面である。
「ラムズレット公爵家はその義侠心に感謝し、また報いるべく、アレン卿とそのご家族をラムズレット公爵家の庇護下に置き、またエイミー嬢のご実家のブレイエス男爵家をラムズレット公爵家の直系寄子とするを決定し、ここに宣告する!」
美しく朗々たるアナの声を、アレンさんは臣下の礼を執りながら、またわたしは拙い淑女の礼を執りながら聞いている。
「既にアレン卿に対しては、我がラムズレット公爵家の家紋を私が手ずから刺繍したハンカチを受け取って貰った。残念ながらエイミー嬢には騎士の心得はないため、そうするわけにはいかないが…」
講堂内に笑いが起き、わたしの拙いカーテシーが更に崩れた。…人をいじって笑いを取るのはやめて下さい。そんなだから、悪役令嬢とか言われるんです。
「その代わりに、これを手ずから用意した。受け取って貰えればありがたい」
「ありがたく、頂戴致します」
カーテシーを解いて跪き、差し出されたものを恭しく両手で受け取る。何ぞこれ?
…布製の眼鏡入れだ!表は蒼氷色のフェルト地に薄金色の糸でラムズレット公爵家の家紋が刺繍され、裏は緑色のフェルト地に桃色の糸でブレイエス男爵家の家紋が刺繍されてる!…うわめっちゃ嬉しい!!
何が嬉しいって、フェルト地の布の色と刺繍に使った糸の色で、アナがわたしへの友情を示してくれたことが一番嬉しい!!
ありがとうございます、この眼鏡入れ、一生モンの宝物にします!!
…そこに、三人の拍手が響いた。マーガレットとイザベラ、そしてオスカーだ。
やがて…それに釣られるように、講堂内が拍手で満たされた。
でも…アナが手ずから作ってくれたこの眼鏡入れに刺繍されたブレイエス男爵家の家紋…わたしが刺繍したブレイエス男爵家の家紋より遥かに上手なんだよなぁ…
だ、だって…取り巻き令嬢たちもゲーム中で
ヒロインいじめの実行犯やってたから、
カタルシスを開放するために拷問されててもいいですよね… (ガクガクブルブル)
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