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第126話 ヒロインは亡師のお墓の前で懺悔する

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

アナは、バインツ侯爵閣下の墓前で美しいカーテシーを保ったまま、閣下が著された氷魔法に関連する論文についての話を続けている。


「あの論文は、わたくしの氷魔法の修得・上達に当たり、大きな示唆を与えて下さいました。改めて、お礼申し上げます」


…その閣下の論文って、一体アナが何歳の時に読んだんだよ?氷魔法の修得って言ってたから、まだ彼女がガキンチョの頃ってことになるんじゃないか?…つくづく、アナは過酷な努力を続けてきたんだな。


「本日は、お目もじ叶いましたること、誠に光栄に思いおります。向後も、エイミー嬢をお見守り下さいまし」


そう言ってアナは淑女の礼を解き、最後に最敬礼を執った。そのまま後退り、最後にわたしに声をかけてくれる。


「エイミー、待たせたな。お先に失礼させて貰った」


とんでもない。アナには、是非生前の閣下にお会いして欲しかった。そうしたら、どれほど彼女の識見にいい影響を与えただろうか?


わたしはアナと交替するように、閣下の墓前に立った。…ヨハネスさんが大トリなのは譲れませんよ。ヨハネスさんは、閣下の無二の親友なんですから。


私は閣下の墓前で、120度に腰を折って最敬礼した。…淑女の礼は執らないのかって?アナの完璧無欠の美しいカーテシーの後で、わたしの拙いカーテシーなんぞ閣下にお見せするわけにはいかない。そんなもん、ついさっきまで名画を鑑賞してた人に、ガキンチョの落書きを見せるようなもんだ。


「閣下、ご無沙汰しております。多事多端のため、今日までお墓(まい)りができなかったこと、お詫び致します。申し訳ありません」


それから、わたしは諸々の事を報告した。王立高等学園に入学したこと、S級治癒魔法を確立し、それで魔法特許を取得したこと、アナの知己を得たこと、実家のブレイエス男爵家がアナの実家のラムズレット公爵家の直系寄子になったこと…


「今日はそれらの報告の他に、懺悔に参りました」


◇◆◇


アナとヨハネスさん、それにアレンさんが示し合わせたかの如くわたしに視線を向けた。その表情も、一様に驚きを隠せない。


「アナスタシア様は、当時王太子だったカールハインツ廃太子殿下の婚約者でいらっしゃいました。そしてカールハインツ殿下は、アナスタシア様に対して酷い仕打ちをしていました。事あるごとに怒鳴り付けたり、アナスタシア様の挨拶を無視したり、聞くに堪えない酷い悪口を言ったり…」


静かな墓地に、わたしの独白する声ばかりが聞こえる。


「カールハインツ殿下には、四人の取り巻きがいました。彼らも、殿下の尻馬に乗って、いい歳こいた男たちが五人、寄って集ってアナスタシア様を、一人の女の子をいじめ続けていたんです」


「ぐっ…」と、詰まったような声が、わたしの左斜め後ろから聞こえてきた。少し時間が経って、「アレン…済まない…ありがとう」と、アナの小さな涙声が聞こえてくる。…お、アレンさん、何かイケメンムーブやりましたね?ナイスです。


…それにしても、余程辛くて苦しくて悲しい思いをさせられ続けてきたんだろな。その時の気持ちを思い出しただけで泣けてくるなんて。…やっぱり、反省して改心したからと言っても、伝説級ド変態廃太子だけじゃ足りねぇな。奴は、神話級ド変態バカクズ廃太子にしよう。一回死んだだけでは、その大罪は昇華されねぇよ。


…え?かえって呼び方が酷くなってるって?細けぇこたぁいいんだよ。


「アナスタシア様は、お強い方でいらっしゃいました。そんな中でも、懸命に耐えていらっしゃったのです。でも、それでも殿下のお傍にいるのも辛い、とわたしに溢され、涙を流されたことがございました」


アナの慌てた雰囲気が、わたしの左斜め後ろから漂ってくる。「え、エイミー…!それは、言わないでくれ!」と、小声で、しかして鋭く咎める声が聞こえてきた。


「その、寄って集って五人がかりでアナスタシア様をいじめていた取り巻き連中の中に、閣下のお孫さん、マルクス・フォン・バインツ公子がいたのです」


わたし以外の三人が、息を呑む様子を感じ取ることができた。


◇◆◇


きっと、わたしはアナやヨハネスさん、それにアレンさんの驚愕の視線を集めているに違いあるまい。無理からぬことだ。ずーと、奴の事を糞クズメガネと呼び続け、奴はバインツ侯爵閣下の孫なんかではない、血の繋がりがあるだけの赤の他人だと言い続けてきたのだから。


でも、どれだけ否定しても奴が閣下の孫であることは動かせない事実なのだ。そして、わたしは前世では結婚したこともなく、子供も持ったことはないから判らんが、孫というのはもうめたくそに可愛いものらしい。


わたしはその、閣下にとって目に入れても痛くない孫を、事もあろうに堕落させ、破滅させるための行動を取っていたのだ。挙句の果てには面と向かって、『お前なんかバインツ侯爵閣下の血を、一滴も引いていないんじゃないか』とまで言い放ったこともある。それも、貴族令嬢たる身であれば口が裂けても発してはならないに違いない、汚らしい表現で。


そのことを閣下の墓前に報告し、そしてわたしは言葉を続けた。


「こんなことをしたのは、無論理由がございます。アナスタシア様は、カールハインツ廃太子殿下の、当時は王太子であった人物の婚約者として、全ての分野において日々死に物狂いの努力と精進を重ねていらっしゃいました。そして、全ての分野において、生来持っていらした優れた才能を開花させられたのです。アナスタシア様は、わたしに言わせれば淑女の鑑です」


アナの、困惑と羞恥、そして何かしら嬉し気な視線を感じられた。「…わ、私のような者を…過大評価が過ぎるぞ…」と、小声が聞こえてくる。


「わたしは、アナスタシア様を尊敬しております。ヒーラーとしてはわたしの方が上かもしれませんが、貴族令嬢としてはわたしはアナスタシア様の足元にも及びません。そのお方を、一人では敵わないからと言って衆を恃んでいじめていたマルクス公子を、閣下のお孫さんを、どうしても許せなかったのです」


アレンさんが、小声で驚愕を漏らした。「…ヒーラーとしては自分の方が上かもしれないとか…エイミー様に並ぶヒーラーなんて、バインツ侯爵閣下が身罷られた今ではどこにもいないんじゃないんですか…?」…だって?過大評価はやめて下さい。ケツの穴が痒くなってきます。


「マルクス公子は、アナスタシア様に聞くに堪えない侮辱を繰り返し、アナスタシア様に決闘を申し込まれました。そして、その決闘に他の取り巻きたちやカールハインツ殿下が共闘を申し込んだのです。閣下、信じられますか?女の子一人に対し、いい歳した男たちが五人がかりで決闘の相手になろうとしたんです」


本当はアナが決闘を申し込んだのは腐れクズ脳筋だけど、まぁ似たようなもんだ。


「それで、今日アナスタシア様と一緒に閣下へのご挨拶に来てくれたアレンさん、ですね。彼が、アナスタシア様の代理人として立ってくれたんです。そして、殿下とその取り巻きたち五人を、ボコボコに瞬殺してくれたんです」


わたし以外の三人が、クスクス笑いを発するのが聞こえた。…ムカつく。「エイミー様、一番大事なところを端折(はしょ)っちゃいけやせんぜ」とヨハネスさんが茶々を入れる。…そんなに、強制断酒させられたいんですか?


「一人の女の子に対して五人がかりで決闘の相手になろうとした挙句、たった一人の人間にボコボコにされた殿下とその取り巻きたちは、面子丸潰れになりました。彼らは、そのことで王太子や嫡男の地位を停止されたそうです。反省しなかったら廃太子や廃嫡もあるって、みっちりと釘を刺されたそうです」


その辺は、アレンさんが教えてくれた。


「でも、殿下とマルクス公子、それともう一人は全然反省しませんでした。事もあろうに、その報復だと言ってアナスタシア様に…酷いことをしようとしたんです。その結果、その三人は『急病死』することになってしまいました」


奴らがちゃんと反省していれば、そんなことにはならなかったんだ。それは判っているが、何とも後味悪い。バインツ侯爵閣下のご令息でいらっしゃる現バインツ伯爵閣下も、ジュークス子爵様も自分の息子を手にかけるハメになっちまったし、アレンさんの()(なまぐさ)い手袋の厚みもますます増しちまった。


「…でも、どんな理由があろうともわたしが閣下のお孫さんを破滅させる、その一端を担ってしまったことは事実です。もしもそのことで、閣下がわたしを許せないとお考えでであれば、どうか罰をお与え下さい。破門されても、閣下に祟り殺されても、決して恨みには思いません」「…エイミー様」


ヨハネスさんの声は、これまで一度も聞いたことがないくらい険しかった。


◇◆◇


ヨハネスさんが殊更声を荒げたり、怒りの形相を示していたわけではない。だが、ヨハネスさんは明らかに怒っていた。


「エイミー様があいつの、レオンの気持ちを(おもんばか)っていなさるのはよく判りやす。ですが、エイミー様の今のお言葉は、あいつに対する侮辱ですぜ。エイミー様にそんなおつもりがねぇのは重々承知しておりやすがね」「…侮辱…ですか?」

「そうでさ。あいつぁ血の繋がりに惑わされて、善悪の判断も付かねぇ奴じゃござんせん。寧ろ、てめぇの息子や孫がそんな真似しやがったら誰よりもブチ切れる奴です。多分、そのあいつの孫ってぇクズ野郎がラムズレットのお嬢様を、クズ仲間でつるんでいじめてたって判った時点で勘当してたでしょうね」


そこで、ヨハネスさんは怒りを緩めてくれた。


「エイミー様は、正しいと思って行動なすったんでしょう?その行動は、実際に正しかったとあっしは思いやすぜ。きっと、レオンの奴もエイミー様の行動を正しいって言いやすよ。だから、そんなこと仰るのはよしになさいやし」

「その通りですよ、エイミー様。ギルド長さんの仰る通りです」


アレンさんが、ヨハネスさんの言葉に賛同してくれた。


「あいつらは、エイミー様に罵倒…もとい、糾弾された時点でちゃんと反省しなくてはならなかったんです。それをしなかったんだから、あいつらが『急病死』するハメになったのは自業自得です」

「その通りだ。エイミー、ヨハネス卿やアレンの言うことは正しい」


アレンさんだけじゃなくって、アナもヨハネスさんの言うことに賛同している。…アレンさん、罵倒とか言わんとって下さい。


「オスカー卿は、過去の自身を反省して怠惰によって失われた時を取り戻そうと志した。だから、私は彼のその志に敬意を表したのだ。一方であの者ども…糞クズメガネや腐れクズ脳筋、また伝説級ド変態廃太子は…」


アナはそこで言葉を切った。…違いますよ、『神話級ド変態バカクズ廃太子』です。過去の罪を後悔し、反省して改心した程度で奴の罪は消えやしません。


「全く反省せず、しかも私やお前に対して逆怨みと劣情をすら向けた。そのような者に対し、血縁であっても…否、血縁であったればこそ、決してバインツ侯爵閣下はお赦しにならないだろう。…ヨハネス卿、そういうことですね?」

「へい、ラムズレットのお嬢様、そういうことでさ。エイミー様、だからそんなことは言いっこなしになさんし」


皆に諭されて、わたしは反省した。糞クズメガネの所業は、到底赦されないものだ。幾ら孫だからって…否、孫だからこそ、そんなことをした奴を、確かにバインツ侯爵閣下は決してお赦しにならないだろう。


「そうでしたね…アナ様、ヨハネスさん、アレンさん、申し訳ありません。確かに、わたしがさっき言ったことは閣下に対する侮辱と取られてもしょうがないですね。こんなじゃ、閣下の弟子失格ですね…」

「そんなに自分を責めなくてもよござんすよ。実際、あいつは孫が産まれた時にぁそれはもう、喜んでおりやした。エイミー様がさっき仰ったようにお考えなさるのも、致し方ねぇことでござんす。その、てめぇの孫がそんなクズになっちまったって知ったら、ブチ切れるより寧ろ悲しむかも知れやせんね」


空気が、何やら暗いものになってしまった。アナがヨハネスさんに声をかけたのは、それを払拭しようと思ったための行動だろう。


「…ヨハネス卿、卿はバインツ侯爵閣下を愛称でお呼びになっていらっしゃいました。親密なご関係でいらっしゃったようですが、卿と閣下はどのようなご関係だったのですか?もし宜しければ、お教え下さいまし」

「ふふん…ラムズレットのお嬢様、よくぞお聞き下さいやした。何を隠そう、レオンの奴…バインツ侯爵閣下とあっしは、幼馴染にして親友だったんでさ」


ヨハネスさんは、ドヤ顔でアナの質問に答えた。…これじゃ、ヨハネスさんじゃなくってドヤネスさんじゃないですか…

尊敬する人の身内がクズだったら…皆さんはどうされますか?


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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