第120話 ヒロインと悪役令嬢はチャラ男の謝罪を受ける
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
朝に目が覚めた時、わたしは自分がどこにいるのか判らなかった。…ここはどこ?わたしは誰?…使い古されたネタを脳内で飛ばしているうちに、わたしは自分がいる場所を知覚した。ここは、ラムズレット公爵家の王都邸内、その客室である。
わたしは、ラムズレット公爵家の王都邸にお泊りさせて貰っていたのである。
バカクズ太子がアナやわたしに対し、口の端に上すもおぞましい逆怨みと劣情を吐露していた確たる証拠をアレンさんが齎してくれたその日から、わたしはラムズレット公爵家の王都邸にて保護してもらうことになったのだ。
因みに、アナとわたしはそこから外出することをラムズレット公爵閣下から禁ぜられている。言うまでもなく、アナとわたしの安全のためだ。
なお、公爵閣下とアレンさんはあれからこの王都邸に戻ってきていない。二人とも、王城に行ったきり戻ってきていないのだ。そのせいかどうかは判然としないが、どこかこの王都邸全体にもピリピリとした雰囲気が漂っている。
そうこうしているうちに、この王都ルールデンに流れている奇妙な噂を、この王都邸に引き籠りを余儀なくされている―なお、わたしは大喜びで引き篭っている―アナとわたしも聞くようになっていた。
その噂とは、一年前に飲酒、賭博、買春などの非行の廉これあってシュレースタイン公爵領に預かりの身となったルートヴィッヒ王子殿下―バカクズ太子の弟君殿下に当たる方である―の非行が、実は冤罪であった、という噂である。
◇◆◇
ラムズレット公爵家の王都邸内に誂えられた四阿で、わたしはアナのティータイムのご相伴に与っている。今日のティータイムで話題に出たのは、そのルートヴィッヒ殿下にかけられた冤罪の噂であった。
「一度、シュレースタイン公爵閣下がルートヴィッヒ殿下に酒を勧めたらしい」
「殿下は、それを飲まれなかったんですよね」
「その通りだ。一口舐めて、涙目になって唾を何度も吐き付けたそうだ」
さもありなん。殿下は、今13歳だというからわたしたちの3つ下だ。そんな子供が、酒なんか飲める筈がない。わたしだって、この世界に転生してからは酒なんざ一滴も飲んだことねぇぞ。…飲みたくなった時はあったけどね。
「だとしたら、少なくとも飲酒は冤罪ですよね」「その通りだ」
また、ルートヴィッヒ殿下はカードや競馬、レスリング賭博などの賭博について、全くルールを知らなかったという。…そんなんで賭博なんかできねぇよ。
「最後に、買春の疑惑だが…」
これはもう論外の外。珍外も生え揃わないガキンチョが、娼婦なんか買わねぇよ。そもそも、ルートヴィッヒ殿下は鱒の書き方も知らねぇのと違うか?
「何だって、こんな粗雑な冤罪をみんな信じたんですか?ちょっと想像力があれば、こんなのすぐ冤罪だって判るじゃないですか」
「エイミー、お前はルートヴィッヒ殿下の非行の噂が流れたということの裏に、どのような意味があると思う?」
治癒魔法と魔力増強以外のネタをわたしに振らんで下さい。
「宮廷に巣食う魑魅魍魎どもが、そこに廃太子の意思を感じ取ったのだ。奴が、弟君殿下を排除したがっていることを宮廷貴族が勘付いたのだな。そして、当時宮廷内では奴を支持する派閥が圧倒的だった。無理からぬことだ、王太子だからな」
あ、とうとうアナもバカクズ廃太子に敬称つけるのやめちまった。しょうがねぇか、あの醜悪極まりない本性を目の当たりにしたらなぁ…
それはともかく、将来の国王、最高権力者たるを約束されたバカクズ廃太子の意を迎えんとして宮廷貴族がルートヴィッヒ殿下の排除に動いたわけか。酷ぇ話だ。一方的に冤罪で断罪されて、ルートヴィッヒ殿下はどれだけ辛い思いをしたことか…
「それで、圧倒的大多数がルートヴィッヒ殿下の非行が確かにあったことを証言したため、国王陛下や王妃陛下も庇い切れなくなって殿下をシュレースタイン公爵閣下に預けた、ということだ」
「その、ルートヴィッヒ殿下を冤罪で断罪してしまったことが、公爵閣下やアレンさんがなかなか戻ってこれない理由に繋がるんですか?」
アナは満足そうな微笑を浮かべた。
「ご明察だ。今、両陛下や上級貴族はてんやわんやだろうな。アレンが持っている証拠は、奴を廃太子するに十分だ。だが、冤罪をかけられて経歴に傷が付いたルートヴィッヒ殿下を、そのまま奴に替えて再太子するわけにもいかぬ」
「それで、最近この貴族街が騒がしいんですね」
「その通りだ。シュレースタイン公爵閣下がルートヴィッヒ殿下をお連れしてルールデン入りしたというし、インノブルグ公爵閣下もここ連日王城に詰めておられるそうだ。三大公爵家揃い踏みだな」
アナはふ、と笑みを漏らして優雅な挙措でティーカップを手に取った。三大公爵家とは、セントラーレン王家をルーツに持つ、インノブルグ、ラムズレット、シュレースタインの三つの公爵家のことだ。この三つの公爵家の当主は、何れもセントラーレン王国の王位継承権を持っている。
「まぁ、最終的には奴を廃太子した後にはルートヴィッヒ殿下を再太子せざるを得ないだろう。三大公爵家はそれで意見を一致させる筈だ。自分以外の公爵が王位に就くくらいならそちらの方がまだしも、という理由だがな」
問題は、ルートヴィッヒ殿下の冤罪を偽証した宮廷貴族たちか。自分が冤罪を着せて追い落とした人間が舞い戻ってきて次期国王になるとか、到底受け入れ難いだろうな。どんな報復されるか、知れたもんじゃない。
「ことに、ウィムレット侯爵閣下やバインツ伯爵閣下、それにジュークス子爵様は生きた心地がしないだろうな。自分たちの嫡男が「ア・ナ・さ・ま?」…!そ、そうだったな。失言だった。エイミー、申し訳ない。許してくれ」
流石アナ、失言にすぐ気付いてくれた。あの糞クズメガネが、バインツ侯爵閣下のご実家の嫡男である筈がない。奴は、バインツ伯爵家と血の繋がりのある他人だ。
「と、とにかくだ。ウィムレット侯爵閣下やジュークス子爵様にとっては自分たちの嫡男が、バインツ伯爵閣下にとっては他人とはいえ自分と血の繋がりのある者がルートヴィッヒ殿下を積極的に貶めようとしていたのだ。あの者たちは、枕を並べて勘当―否、『急病死』してもおかしくないな」
次は、ちゃんとアナは正しい言い回しを使ってくれた。そう、それでいいんです。
「ウィムレット公子だけは何とか寛大な処置を施して欲しいものだが…」ティーカップをテーブルの上の置き皿に置きながら、アナがそう言ったところに。
「お嬢様、エイミー様、お話の途中失礼致します」
不意に、オーベルシュタインさんの声が響いた。わたしは言うに及ばず、アナの背筋までもがぴん、と音を立てたかのように伸びる。
「お客様がいらっしゃいました。わたくしのお見受け致しましたところでは、ウィムレット侯爵家のご嫡男様でいらっしゃいますが、『自分はもうウィムレット家とは縁のない者だ』と仰っておられます。お嬢様に、一言お詫びを申し上げたいと仰っておられましたが、お会いになられますか?」
アナはわたしと顔を見合わせ、そしてオーベルシュタインさんに視線を戻した。
「お会いしよう。イライザ、こちらにご案内してくれ」
◇◆◇
オーベルシュタインさんに案内されて四阿に着いたチャ…もとい、ウィムレット公子様は、アナとわたしを見るなり臣下の礼を執った。…ゔぁっ!?
「ウィムレット公子様、侯爵家ご嫡男であられる御身が、そのような礼を王家の方々以外に執られてはなりませぬ。どうか、お直り下さい」
そ、そうだよ!名門侯爵家のご嫡男様がアナに対してならともかく、何で新興男爵家の、それもつい最近まで非嫡出子だった小娘にまで臣下の礼を執ってるのさ!?
「ラムズレット公爵ご令嬢様、ブレイエス男爵ご令嬢様、私はもうウィムレット侯爵家の者ではございません」
…ってことは、ウィムレット侯爵家を勘当されたってことか。
「私の身分は、無位無官の平民オスカーと、そう思し召し下さい」
「…そうか。ならば、そのように接させて頂こう。オスカー卿、卿は私に謝罪したい旨仰っていたと家中より聞いたが、事実か?」
「はい。王立中等学園、王立高等学園にてラムズレット公爵ご令嬢様に対し奉り為したる数多の無礼につきまして、お詫び申し上げるをお許し下されたく、この魯鈍の身にて御目とこの場を汚しおります」
臣下の礼を執ったままウィムレット公子様―あ、違った。何て呼べばいいんだ?―が、アナに対して謝罪の言葉を述べている。
「先に申しましたる通り、これまでの数多の無礼、謹んで謝罪させて頂きます。もとより赦されるなどとは考えおらず、望んでもおりません。ですが、この愚か者の痩せ首がお気晴らしとなるのでございましたら、謹んで差し出させて頂きます」
えぇと…どう反応したらいいの?確かにわたしもアナに対する彼―取り敢えずそう呼んどくか―の態度には不愉快極まりないものを感じていたけど、首取るほどじゃねぇしなぁ…おまけに罪を悔いて償おうとしてるんだろ?だったらなぁ…
「オスカー卿、その謝罪を、謹んで受け入れさせて頂こう。卿が反省なされたというのであれば、私はその言を信じよう。何れ卿がかつての地位を取り戻されるべく、懸命の努力をお続けあるを期待する」
「…!…も…勿体ない…お言葉…ありがたく、ちょ…頂戴致します」
臣下の礼を執ったまま顔を伏せているためその表情は見えないが、時折漏れ出る嗚咽が答え合わせになっている。…何だよ、アナはわたしのことを「優しい」って言ってくれるけど、アナの方がよっぽど優しいじゃねぇか。わたしだったら、衆を恃んで自分をいじめてた奴にこんなこととても言えねぇぞ…少なくとも百言二百言くらい嫌味かましまくって、『ざまぁww』って言うわ。
彼は服の裾で目を擦り、改めてわたしに向き直って臣下の礼を執り直した。
「ブレイエス男爵ご令嬢様にも、謹んでお詫び申し上げます。かつての私の、ラムズレット公爵ご令嬢様に対する数多の無礼にて御目を汚しましたること、赦しを頂くことを考えても望んでもおりません。ですが、何卒謝罪だけはさせて頂きたく、お願い申し上げます。また、過日は瀕死の重傷を負っておりました私を治癒して下さいましたこと、誠にありがたく、心からお礼申し上げます」
えぇと…マヂどう反応すべきなの?彼がアナに謝罪して、彼女がそれを受け入れたのなら、わたしがどうこう言うこっちゃないよね。…にしても、どう呼びかけたらいいんだ?平民の男性に対する呼びかけ方…!あった!ヨハネスさんやアレンさんに対するのと同じように、呼びかけたらいいんだ!
「…オスカーさん、どうかお直り下さい。あなたの謝罪を、アナスタシア様がお受け入れになった以上、わたしがどうこう言う筋合いはありません。それに、眼前に傷付き病みたる人がいれば、これを癒すのはヒーラーの宿命です。わたしはヒーラーとしてやるべきことをやっただけのこと、お礼などはご無用に願います」
「…あ、ありがとう、ございます…!」
やっぱり顔を伏せて臣下の例を執っているが、声を詰まらせていることからその表情は推して知るべし、だ。わたしはアナに視線を向け、殊更に明るい声を発した。
「アナ様、手打ちのお茶会しましょうよ」
彼女は一瞬面食らったような顔を見せたが、すぐに笑顔になって「そうだな。エイミー、いいことを言ってくれた。…オスカー卿、席に座して頂きたい。手打ちといこうではないか」と、オスカーに向けて言葉を発した。
チャラ男の謝罪シーンは、原作にちょっと手を加えてみました。
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