第117話 (カールハインツ視点) チャラ男は良心と引き換えに瀕死の重傷を負う
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
方便…その意味が判らず、呆けた顔を元に戻すこともできないレオに、マルクスが苦笑しながら説明を加えた。
「レオの言う通り、あの毒婦を断罪・追放しようとした私たちの行動は正義であり、正義が責められて謝罪しなくてはならないのは理不尽です。ですが、あの邪悪な賎民の前に一敗地に塗れてしまった以上、我々はあの奸婦に謝罪しなくてはなりません。それが、決闘の条件だったからです」「だがッ!」
「まぁ落ち着いて下さい。その謝罪する対象者がいなくなってしまえば、無理に謝罪する必要などないのではありませんか?」
マルクスが眼鏡を直しながら暗い嗤いを伴って発した言葉に、レオは暫く考え、そして喜色を示して大声を上げた。
「…!そういうことか、あの魔女を殺してしまえばいいということだな!」
「別に、生物学的に殺す必要はありません。貴族令嬢としての、致命傷を与えてやる。それだけでいいんです。そうすれば、私たちが手を下さずとも奴は勝手に『急病死』してくれる…どういうことか、レオも判りますね?」
マルクスの声に、レオもその腫れた顔に嗜虐欲と好色に満ちた嗤いを浮かべた。ズボンの前は、既に何やら膨らんでもいる。
「…成程、ただ殺すよりそっちの方が楽しめそうだな」
「…ですが、あの女は恐ろしく慎重で用心深く、私たちが付け入るような隙はまずありません。奴を単独で狙っても、返り討ちに遭うのは必定です」
…全くその通りだ。忌々しいことだがな。よほど奴の心身に衝撃を与えねば、そのようなことはできないだろう。
「…だが、今やあの女にはアキレス腱ができました。何のことか、判りますね?」
…レオは何のことか判らないと見え、首を捻っている。しょうがない、答えを教えてやろう。俺は、いつしか三日月型の口を作っていたマルクスに声をかけた。
「マルクス、そのアキレス腱とはあの唾棄すべき裏切り者のことだろう?」
「ご賢察です、殿下。あ奴は私たちばかりでなく、殿下に対しても聞くに堪えぬ不敬の言辞を弄しおりました。不敬の大罪、己の純潔を以て贖わせてやりましょう」
レオが彼の表情に浮かべていたものと類似したものが、いつしかマルクスの眼鏡越しの眼光から滲み出ていた。
「あの、私の祖父の最後の弟子を僭称する裏切り者は、貴族令嬢としての嗜みはほとんどありません。男性の前で、恥じらいもなく素足を晒していたことからも明白です。奴なら、かの悪女とは比較にならぬほど容易に拐かすことが可能でしょう」
流石はマルクスだ。 “賢者” の加護に恥じぬ慧眼である。
「まずあの穢らわしい裏切り者を拐かして、奴を餌にして本命の姦婦を誘き寄せるのです。二人とも手中に落としてしまえば、後は煮るなと焼くなと思いのまま」
「そして、存分に堪能した上で二人ともならず者に下げ渡す、と」
「ご明察にございます。流石は殿下」
その会話に、レオが割り込んだ。
「ならば、俺も楽しませて貰う権利がある筈だ。奴は、こともあろうに俺が “ならず者” の加護を授かっているなどと、到底許容できぬ暴言を吐きやがったからな」
「私も “愚者” の加護を授かっているなどと、下劣極まる暴言を向けられました」
「ならば、あの裏切り者は俺とマルクスの二人がかりで懲罰を与えてやらねばな」
三日月型の口を崩すことなく、マルクスが言葉を発する。
「サイズ的に、私が後ろ、レオが前でしょうね。でもくれぐれもお忘れなく。全ての穴の『貫通式』は、殿下のお役目ですよ」
「マルクスの精忠は、賞賛に値するな。流石は未来の宰相だ」
俺とマルクス、そしてレオが会心の嗤いを交わし合っているところに。
「みんな、ちょっと待ってよ」オスカーの引き攣れた声が聞こえた。
◇◆◇
オスカーの、女性よりも女性的な美貌も、声と同様に引き攣っている。
「殿下もマルクスもレオも、自分が何を言っているか判ってるの?女の子を誘拐して、酷いことをしようとしているって、そういう自覚があるの?」
…はぁ?オスカー、お前は何を言っているんだ?
「幾ら何でも、それだけはしちゃダメだ。殿下たちは、男が一番女の子に対してしちゃいけないことをしようとしているんだよ」
…おい!オスカー、お前何か悪いものでも食ったのか!?
「お、オスカー、いきなり何を言い出すんだ!?お前も、あの魔女には煮え湯を飲まされ続けてきたじゃないか!?」
「そ、そうですよ、その報いをくれてやる、それだけのことなんです」
そうだぞ!お前が弓技で奴に後れを取って、『加護持ちが加護なしの後塵を拝するとは、一体ウィムレット公子は何をやっておられたか』と鼻で嗤われて、奴の後ろ姿を憎々しげに睨んでいたこと、俺はよく知っているぞ!
「そのことなんだけど、考えてみればアナスタシア嬢の言うことが全く正しいよね。何だって、 ”弓王” の加護を持っている僕が、それを持っていないアナスタシア嬢に負けるのさ?彼女のそれだけの努力は尊敬に値するけど、それ以上に僕の怠惰っぷりは弁解の余地がないよ」
お…おい!お前、奴の言うことが正しいと思うのか!?奴は、人の心を傷付けるような言い方しかできない女なんだぞ!
「エイミー嬢が、そのことに気付かせてくれたんだ。僕のことを、アホだのクズだの卑怯だのチャラ男だの酷いこと言って…チャラ男ってのはまぁ自覚あるけどさ」
そ、そうだぞ!寒門出の分際で、侯爵家の嫡男に対しそのような悪罵を吐き散らかす女、どのような仕打ちを受けても当然ではないか!
「でも、姉上に言われたんだ。『その、エイミー嬢の言うことは全く正しいわ。オスカー、あなたはそう言われて当然の、醜悪で愚劣なことをしていたのよ。アナスタシア嬢を、一人の女の子を5人がかりで寄って集っていじめるなんて、男として以前に人として最低よ』って」
姉…そう言えば、オスカーの奴は半端ないシスコンだった!かつて、「美人で、学業も魔法も剣技も体術も優秀で、おまけに優しくて、僕にはとても勿体無い姉上だよ」とか言っていやがった!…あの魔女と似た雰囲気があって、俺には到底受け入れられない女だったがな!!
「言われて、目が覚めた思いがしたよ。僕のやっていたことは、本当に卑怯でクズなことだった。…エイミー嬢に、アホクズチャラ男と呼ばれてもしょうがない…いや、寧ろ当然だよ。姉上も、『私だったらエイミー嬢よりも、もっと酷い罵り言葉を使っていたわ』って言っていたし」
ば…バカなことを言うな!お前の姉なんか、二十歳を過ぎても嫁ぎ先もない嫁き遅れじゃないか!そんな女に諭されて、納得させられてるんじゃない!!
「その時、僕は自分が情けなくて泣いちゃったよ。それも情けないことだけどさ。でも、姉上はそんな僕を抱き締めて『誠心誠意、アナスタシア嬢やエイミー嬢に謝りなさい。そうしたら、彼女たちはきっと許してくれるわ』って言ってくれた。やっぱり、姉上は僕には勿体無い姉上だよ」
…オチが姉自慢かよこのシスコンがぁッ!!
「だから、僕はアナスタシア嬢に対して、本当に誠心誠意謝罪するための、そういう話し合いだと思ってここに来たんだ。ところが、蓋を開けたら…」
オスカーは、俺やマルクス、そしてレオに苦い怒りと軽蔑、そして悲しみの視線を向けた。…貴様ァッ!将来の国王たる俺に対して、何て視線を向けやがる!?
「殿下もマルクスもレオも、みんなアナスタシア嬢やエイミー嬢に酷いことをするための相談をしている。…そんなの、やめようよ。ちゃんと、アナスタシア嬢に酷いことを言ってしまったことを、誠心誠意謝罪しようよ。そして、これまで加護に胡座をかいて怠けてきたことを反省して、それを取り戻すための努力をしようよ」
◇◆◇
どがあぁっ!!
オスカーの女性的な美貌に、レオの剛拳が叩き込まれた。凄まじい衝撃に、奴の華奢な体躯は到底抗すること叶わず、たまらず廃屋の埃が溜まった床に倒れ伏す。
「オスカー…この、裏切り者があぁッ!!」
激怒の咆哮を上げ、レオはオスカーの胸倉を掴み上げてその鼻先に渾身の頭突きを喰らわせた。裏切り者の鼻骨が折れ、瞬く間に顔面が血塗れになる。
「貴様ぁっ!あの魔女に謝罪しろだとぉッ!ふざけるなッ!!」
逆上したレオは、オスカーに馬乗りになってその顔をひたすら殴り続けた。あっという間に奴の顔は無惨に腫れ上がり、周囲には血飛沫が飛ぶ。…ふん、いい気味だ。裏切り者には、当然の末路だ。そのまま殴り殺されてしまえ!
「…や…やめ…お…ねが…」
弱々しく哀願する裏切り者の声に構うことなく、更なる一撃をレオが加えようとした、まさにその瞬間。
「ぐわあぁぁっ!?」
いきなり、レオが強烈な力で殴られでもしたかのように吹っ飛んだ。…と思うと、途端に煙幕が巻き起こり、視界が完全に遮られてしまう。…な、何だ!?何事が起こったんだ!?そう思ったすぐ後に、俺の腹部に凄まじい衝撃が走った。
「がああぁぁッ!!」
巨大なものを高速で叩き付けられたかのような、その激烈な衝撃に、俺はたまらず頽れ地に伏すハメに陥った。と、僅かに離れた場所で「ぎゃああぁぁッ!!」というマルクスの悲鳴が聞こえる。
…な…何なんだ…一体、何が起こったんだ…!?
…そう思って間もなく、俺の顔に衝撃が走った。打ちどころが悪かったのか、急速に薄れ行く意識の中で。
「…お前ら、つくづく救いようがねぇな。…このクズどもが!」
その、男にしては細く高い、あの憎むべき賎民の声が聞こえたような気がした。
チャラ男をシスコンにしちまいました。
だって、そっちの方がチャラ男の改心の理由がつけやすいし…
でも、そうしたら元ネタの乙女ゲーで、
チャラ男の攻略難易度がべらぼうに跳ね上がりそうな…
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