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第114話 ヒロインは不穏な気配を掻き消したかと思うと衝撃を受ける

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

アルトムントから帰ってきた日から1週間後、東部冒険者ギルドで毎日バイトしていたわたしは、何やら尋常ならざる雰囲気を感じるようになっていた。


「…エイミー様、エイミー様のお怒りも判りますが、ギルド長を許してあげて下さい。あんな痛ましいギルド長の姿、俺たち初めて見たんです」


冒険者さんたちが(こぞ)って治癒室に来ては、そうやって頭を下げて懇願するのだ。


彼らが言うことには、ヨハネスさんは毎朝ギルド長室に力なく溜め息を吐きながら入り、ギルドの事務員さんがお茶をギルド長室に持って行く度に、『俺ァそこまで重い罪を犯しちまったのか…オークホーデンをアテにして酒を飲めねぇ程に…』と啜り上げながら独白するそうだ。


…となると、ヨハネスさんはわたしにセクハラするためでなく純粋にオークホーデンを食べたくてアルトムント土産にリクエストしたのだろう。


そもそも、ヨハネスさんは女の子にセクハラするような人ではない。リクエストした時にニヤニヤと笑っていたように見えたのは、ただ単にオークホーデンに対する期待の笑みだったのだ。ヨハネスさんの魁偉な人相で笑っていたから、悪そうな笑みに見えただけのことだ。


花も恥じらう乙女に、よりによってオークのキンタ…ゲフンガフン、をリクエストしたのは確かにデリカシー絶無ではあった。アレンさんが一緒に行くことをヨハネスさんは知っていたのだから、彼に頼めばよかったのだ。


だが、荒くれの冒険者にデリカシーなんて求める方が無茶である。そもそもオークホーデンの正体を知らなかったことと言い、過失はわたしにもある。アレンさんに事情を説明し、恥ずかしいから代わりに買って欲しい旨お願いしてもよかった。


ヨハネスさんに悪意がなかったことと、わたしにも過失があったことを鑑みると、罪と罰の不均衡が甚だしい。例うなれば、『立ち小便に対するに去勢刑』だ。原因がオークホーデンなだけに。


改めて減刑の嘆願に来た冒険者さんを一瞥し、わたしは溜め息を吐いた。


「しょうがないですね…ギルド長室に行ってきます」


◇◆◇


ギルド長室の扉をノックすると、ヨハネスさんの「…誰でぇ」という力ない、弱々しい声が聞こえた。本来のヨハネスさんの声とは程遠い。


「ヨハネスさん、エイミーです。入ってもいいですか?」「…どうぞ」


普段ならギルド長室の執務机に大胡座をかいているヨハネスさんは、応接セットのソファに項垂れて座っている。意気消沈、という言葉の極彩色の見本である。


「ヨハネスさん、臨時の健康診断を行います。そのソファに、横になって下さい」

「い…いきなり、どうなさったんですかい?」「いいですから」


言われるままにソファに横たわったヨハネスさんに痛覚遮断を行い、その後で診断魔法を施した。これは、以前にも言っていた改良版の診断魔法、体内の脳や内臓の様子を診ることができる診断魔法である。脳や内臓に異常が見つかれば、そこが赤く光るようになっているのだ。


かつてかなり強く光っていた肝ノ臓や膵ノ臓の光は、今では目を凝らさねば見えないほどに弱くなっていた。これなら、過ごさなければお酒を飲んでもいいだろう。


「ヨハネスさん、今日からお酒を飲んでも大丈夫ですよ」

「…えっ!?ほ、本当ですかい!?」

「はい。でも、控え目にお願いしますね。一日一本まで、それ以上はダメですよ」


ヨハネスさんの顔が、途端に驚愕と歓喜に彩られた。


「…え、エイミー様!ありがとうごぜぇやす!あっしは決して、エイミー様にセクハラしようなんざ、そんな腐った性根は持っちゃおりやせんでした!でも、確かにオークホーデンを土産にリクエストしちまったのは、そう取られても致し方ござんせん!本当に、本ッ当に申し訳ねぇことでした!!」


嬉し涙まで流して、ヨハネスさんが私に土下座している。…ちょ、ちょっと、そこまでしなくてもいいですから!


わたしが慌ててそんなことやめて欲しい旨を伝えると、ヨハネスさんは「本当に、申し訳ねぇことでした」ともう一度言って立ち上がった。そして、封を切らないままだったお土産を執務机の棚から取り出す。


「こいつぁ、単品で食っても(うめ)ぇんですが、酒と一緒に食うともう最高なんでさ。ま、何と言いやすか、大人の味って奴ですかね。…おう!誰か入ってきてくれ!金出すから、酒買って来い!」


…誰も、今すぐ飲んでいいなんて言ってませんッ!!


◇◆◇


ヨハネスさんの強制断酒が解かれたことにより、東部冒険者ギルド内を覆っていた異様な雰囲気は無事に雲散霧消した。従来の明るさと活気を取り戻したのである。


…やがて、冬の寒さも少しずつ和らぎ、春の足音が僅かずつ近づいて来たある日。


その日は、何故か判らんが妙に肌寒い日であった。3月になったというのに雪がちらつき、寒気が肌を刺す。わたしも靴下では足が寒くてやってられないので、タイツを穿いていた。何となく自分のアイデンティティを失ったような気がせんでもないが、泣く子と寒さには勝てねぇ。


タイツ姿のわたしを見たヨハネスさんが、「ラムズレットのお嬢様がまたいじめられた時に、クズ野郎どもに投げ付けることができやせんぜ」とか言って揶揄ってきた。うるせぇまた強制断酒させるぞ。


その日は幸いにしてケガ人が出なかったため、わたしは例によって例の如く『治癒室』に引き籠もってバインツ侯爵閣下の蔵書を読み耽っていた。以前に発明したものとは、また別なS級治癒魔法の術式を考えにゃならん。


…あ、それからあの『メ○ゾー○ではない○ラ』ことA級炎魔法もどきの魔法特許申請も出さなくちゃ。…でもあれは、治癒能力未発動状態のE級治癒魔法の触媒作用を活用してる点であのS級治癒魔法と原理が被ってるから、特許申請が承認されねぇかもだな。…まぁいいや。出すだけなら大した手間はないし、出してみよう。


まぁこんな感じで、結構やることはあるのだ。まずヒーラーとしては、新しいS級治癒魔法の術式なんだけどね。他のことは、あくまでも片手間だ。…そこに!


がんがんがんがんっ!!


不意に『治癒室』の扉を激しくノックする音が聞こえた。思わずビクゥッ!と身体が震え、同時に腹が立って「…な、何ですかッ!」と返事する声も荒くなる。


「え、エイミー様、申し訳ございやせん!で、ですが、アレン坊の奴がケガ人を連れて来たんでさ!(ひで)ぇ重症です!すぐに、治癒してやって下さい!!」


◇◆◇


…アホクズチャラ男!?…余程酷く殴られ続けたと見え、本来であればわたしなんぞよりも美しいその顔は、無惨に腫れ上がっている。その傍らで、アレンさんが苦しげに肩で息をしながら途切れ途切れの声を発した。


「はぁっ、はぁぁっ…え、エイミー様、うぃ、ウィムレット公子様を、ぜぇっ、ぜぇぇっ…ち、治癒して、はぁぁっ…さ、差し上げて、下さい」


中性的で、端正な童顔のアレンさんが苦しげに喘いでいる姿はなかなか色っぽいが、そんなことを言っている場合ではない。


…何が起きたんだ!?何で、アホクズチャラ男がボコボコに殴られたんだ!?聞きたいことは山ほどあったが、とにかくこいつの治癒が急務だ。


痛覚遮断と診断を施し、同時に血の気が引く思いがした。確かに顔の傷も酷い。S級治癒魔法の発動が必要だ。だが、問題は頭の中だ。頭部に強い衝撃を受けた際には、何よりも脳挫傷を疑わなくてはならない。わたしが改良した、体内を診断することができる診断魔法は、脳の部位を強く光らせていた。…こんな強い光、わたしがこの改良診断魔法を編み出してから初めて見たぞ…


「も、申し訳ありません。こうなる前に、止めなくてはならなかったのですが」


アレンさんが痛恨の表情で詫びる。だが、先にも言ったように話は後だ。案の定、脳挫傷を起こしているのだ。ひょっとしたら、脳出血も併発しているかもしれない。これは、S級治癒魔法の高速発動、それも長時間の継続発動が必要だ。どれくらい必要かは…判らない。


わたしはアレンさんとヨハネスさんに対し、妙に冷静な声だけを向けた。眼前の患者の症状は確かに重篤だが、ヒーラーがわたわたしていては仕事にならない。


「アレンさん、話は後でお聞きします。…ヨハネスさん、『治癒室』の机の傍らに、ポーション瓶が沢山入った鞄があります。それをここに持って来て下さい」

「へ、へい!畏まりやした!」


想定の数倍程度の魔力障壁で患者の全身を覆う。頭部に強い衝撃を受け続けたことにより、脳だけでなく心ノ臓の動きにも悪影響が出ているのだ。次いで魔力障壁内と患者の浄化と消毒を済ませ、これまでやったこともないような高速でE 級治癒魔法を包んだ魔力障壁のピンポン玉を大量生産していく。


やがて、10秒にも満たぬ時間で魔力障壁内がE級ピンポン玉で満たされたのを確認すると、わたしは魔力最大出力でA級治癒魔法を高速発動した。


「うわっ…!」「エイミー様、ご指名のもの、持って(めぇ)りやした…わぁっ!」


巨大な魔力障壁の直方体内を覆い尽くす強大な癒しのオーラが強烈な光を放ち、それによって瞬間的に盲目を強いられたアレンさんと、ちょうどわたしがお願いしたものを持って来てくれたヨハネスさんが悲鳴を上げた。


それに構うことなく、わたしはA級治癒魔法を発動し続けている両手を少しずつ近づけ、そして合わせた。そして、右手から放出していた魔力を左手に委ね、左手から倍の魔力を放出する。そうすることで、右手を自由にしたのだ。


本来であれば、両手を使って発動するべきA級治癒魔法を左手だけで発動したのだ。無茶な行動であり、その無茶の代償として鈍くも強い痛みと耐え難いほどの倦怠感が左腕全体に感ぜられる。


だが、こうせねばこのS級治癒魔法の連続発動ができないのだ。その理由は後述させて頂くが、取り敢えず自由になった右手で改良診断魔法を発動する。…チッ!


通常であれば、このS級治癒魔法一発で完治するか、そうでなくとも容態が劇的に改善する筈だのに、未だにS級治癒魔法の高速発動、それも長時間の連続発動が必要な現状は変わっていない。…畜生が!!


一体このアホクズチャラ男、何をやらかしてこんなに酷く殴られたんだ!?


…だが、詮索は後だ。とにかく、こいつを治癒しなくてはならない。

ヒーラーとしてのヒロインに、ちょっとピンチを与えてみました。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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