第110話 ヒロインは取り巻き令嬢からお茶会に誘われる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
騎士様2人をオークの大迷宮の入口に残し、残りの騎士様3人はマーガレットとわたしの護衛に回って共にアルトムント伯爵家の本邸に戻った。
え?何故騎士様のうち2人がオークの大迷宮の入口に残ったかって?アナとアレンさんが高速周回をやってるからね。確かにアナもアレンさんも強いけど、高速周回なんかやったら疲れるだろうし、帰る途中で賊に襲われたりしたらことである。
そのことを勘案して、マーガレットが騎士様2人を残すことを提案したのだ。アナもアレンさんも、高速周回したいと言ったのは我儘なのだからそこまでして貰うのは申し訳ない、と言って断ったのだが、寧ろ残る騎士様2人が乗り気だったのだ。
「「アレン卿の強さには、心から敬服させられた。是非、その力の秘訣について私たちにお教え頂きたい」」
オークの大迷宮の入り口に残ることを希望した騎士様2人は、異口同音にそう言っていた。その一方で、帰路に立つマーガレットとわたしを護衛する人員も必要だったため、騎士様たちは二手に分かれたのだ。
アルトムント伯爵家の本邸に着いた後、わたしは湯浴みをして衣服を冒険者風のそれから部屋着に着替え、マーガレットの部屋でお茶とお菓子をご馳走して貰うことになった。目下、彼女がわたしに付けてくれたメイドさんに、彼女の部屋まで案内して貰っているところだ。
「エイミー様、お嬢様のお部屋はこちらでございます」
メイドさんがそう言って部屋の扉を開けてくれた。お礼を言いながら中に入る。そこでわたしを待ち受けていたのは…数多のメイドさんを従え、ドレスに身を包み、美しいカーテシーを執ったマーガレットの姿であった。
「エイミー嬢、わたくしの招待をお受け頂き、ありがとうございます」
◇◆◇
ちょ…おま…何でそこまで気合の入った歓迎の意を示してるんですか!?…いや、そこまで気合い入れて歓迎してくれるのは嬉しいよ、嬉しいですよ!?でもね、こちとら部屋着のローブを着て足首までのレギンス穿いてるだけで、おまけに裸足でサンダル履きなんですよ!?そんなにホスト側が気合入れてくれてるって判ってたら、せめて制服で来たのに!
わたしの狼狽を見て取ったマーガレットは、穏やかに微笑んだ。髪の色と合わせた、背中に大きなリボンの付いた青いドレスが愛らしい。
「エイミー嬢、どうかお楽に寛いで下さい。私がこんな格好をしているのは、ケジメをつけたいと思ったからで他意は全くないんです」
そう言ってマーガレットは、もう一度丁寧なカーテシーを執った。
「エイミー・フォン・ブレイエス嬢、これまでのわたくしのあなたに対する振る舞い、改めて心からお詫び申し上げます。また、あなたは謝罪は無用だと仰って下さいました。勝手ながら、お許し頂いたことと解釈し、そのことにお礼を申し述べさせて頂きます。ありがとうございました」
…そのことは気にしないで欲しい、って言ったと思うんだけどな…彼女の立場からしたら、わたしがやっていたことに嫌悪と反感、また侮蔑を感じるのは当たり前のことなんだから。…そのこと、前にも言ったっしょ?
「マーガレット様、わたしこそマーガレット様に不快な思いを数多させてしまったこと、この通りお詫び致します。お許し下さいましたら、幸甚に存じます」
そう言ってわたしもその場でカーテシーを執った。言うまでもないが、マーガレットのそれに比して拙い。彼女はわたしの行動に対し、愛らしい顔を引き攣らせた。
「エイミー嬢…あなた、面倒臭い人間って言われたことなくって?」
あなたが面倒臭いこと言ってるから、こっちも面倒臭いことするんです。
「も…もとより、それはあなたがアナ様のためにして下さったことでしょう?それこそ、許すも許さないもありません。それで、ささやかながらお茶の席を用意させて頂いたんです。お受け頂きましたこと、感謝致します」
成程。つまり、マーガレットはわたしと仲直り…というのも変だな、元々仲が良かったってわけじゃないんだから。要は、わたしと手打ちしたいってことか。もとよりこちらには異論はありません。
「マーガレット様、こちらこそご招待頂きありがとうございます」
わたしの返事に、マーガレットは野の花のような愛らしい笑顔を返してくれた。
◇◆◇
「このクッキー、美味しいですね。このお茶との相性が凄くいいと思います」
「お気に入って頂けて嬉しいわ。このお茶とクッキーの詰め合わせは、実は隠れたアルトムントの特産品なの」
それは知らなんだ。アルトムントと言えばオーク肉、と木霊が返ってくるくらい、オーク肉はアルトムントの特産品として有名だが、他にも特産品があったのか。
「今夜の晩餐は、オーク肉のフルコースを召し上がって頂く予定なの。だから、あまりお菓子を食べすぎないようにしておいてね」
オーク肉のフルコース…うわすっげぇ楽しみ!
「ありがとうございます!とても楽しみです!」
諸賢もそうだとは思うが、何を隠そうわたしは美味しいものには目がないのだ。しかも、オーク肉にはいささかの因縁がある。文化祭の時、アレンさんがオーク肉の串焼きを売る屋台をやっていた。
ものすげぇ食べてみたかったのだが、その当時クズレンジャーどもとベタベタ引っ付いていたわたしは、バカクズ太子に引き摺られるようにその場を離れるハメに陥ってしまったため、結局食べることができなかった。
そのことをマーガレットに言うと、同情するような苦笑の後に。
「それは災難だったわね。今日用意するのは、アレン君に食べさせて貰ったものよりも上のランクの特上ロース肉なの。たくさん召し上がってね」
何でも、アレンさんが用意したオーク肉は上ロース肉だったそうである。
「流石のアレン君も、特上ロースまでは用意できなかったって言ってたわ」
「そうだったんですか…この刺繍、とても綺麗ですね。これも、マーガレット様が手掛けられたものなんですか?」
そういえば、彼女のグループは文化祭で刺繍の展示をしていた。その美しさに惹かれ、見ようと思ったら彼女に追い払われちまったんだよなぁ…あれは落ち込んだ。あの時、アナもいたからクズレンジャーどもに追い払われた後で、彼女がアナをグループに入れたんだろな。
「あ、そうね…そういえば…文化祭の時は、本当にごめんなさい」
「お、お気になさらないで下さい。わたしこそ、失礼なことを言ってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
マーガレットを、アナの金魚のフンなどと言ってしまったこと、あれは今なお自己嫌悪の材料として残っている。でもあの時は、それが最適解だと思ったんだよ。
クズレンジャーどもに対する周囲の評価を地の底まで引き摺り落とし、廃太子や廃嫡に追い込むためにはまずわたし自身の評価を最悪にする必要があると思ったのだ。そうすれば、クズレンジャーどもも『あんな悪女に誑かされるとは、将来の国王 (国家の柱石) たる資格がない』とか言われるようになる、と思ったんだよ。
でも、そのせいでマーガレットはブチ切れてわたしを剣技の授業でボコして反省室送りになったし、わたしはボコされて痛い目見たし、アナはクズレンジャーどもに意味不明な理由で冤罪着せられそうになっちまった。何もいいことなかった。柄にもないクズムーブはやめましょう。
◇◆◇
お茶とお菓子を楽しむ筈のお茶会が、どんよりと暗い雰囲気になってしまいかけたのでわたしは慌てて話を変えようとした。マーガレットも、渡りに船とばかりにわたしの話に乗ってくれた。
「あ、あの、よかったらマーガレット様がお作りになった刺繍を見せて頂きたいんですけど、宜しいでしょうか?」
「そ、そうね。せっかくだから、たくさん見て行ってね。私が文化祭の時に作った刺繍も、ここに持って帰って来ているのよ」
マーガレットが見せてくれた色とりどりの花の刺繍は、本当に美しかった。わたしは刺繍なんて碌にできないので、こういうものが作れるのは本当に羨ましい。何しろ、わたしは治癒魔法と魔力に才能を全振りした女なのだ。
「エイミー嬢は、刺繍をやったことはないの?」
「ちょっとくらいしかできないんです。マーガレット様に見せて頂いたものも、すげぇ綺麗だな、ってくらいしか感想がなくって」
「貴族令嬢として、ある程度刺繍もできるようにしておいた方がいいわよ。貴婦人が殿方に想いを伝えたり、自分の騎士に対して全幅の信頼を示す時には、自ら家紋を手縫いしたハンカチを手渡すものなんですから」
うん、それは知ってる。だから、わたしもブレイエス家の家紋だけは何とか手縫いできるようにしている。でも、お世辞にも上手とは言えない代物だ。わたしからハンカチを受け取る殿方や騎士様は、何とも不憫なことだ。
「それでね、文化祭の時にアナ様が作られた刺繍が、果物とケーキだったの」
「そうだったんですか。その時アナ様は、お腹が空いておられたんでしょうか?」
わたしがそう言うと、マーガレットはさもおかしそうに噴き出した。
「それで、アレン君が私たちの展示を見に来てくれたんだけど、彼がアナ様の展示を見た感想が『刺繍の良し悪しは私には判りませんが、アナスタシア様の刺繍を拝見していたらお腹が空いてきました』だって」
そこまで言って、堪えきれずにマーガレットは笑い声を漏らした。わたしも思わず噴き出してしまう。確かに果物とケーキの刺繍は、食欲全開だ。
「アレン君が展示室から出て行った後で、アナ様は『他のものを題材に選べば良かった…これでは、私が甘いものにしか興味がないみたいではないか…穴を掘って埋まりたい思いだ…』って、頭を抱えて仰っておられたわ」
…いいネタを教えて貰った。アナにやらかしや下手なカーテシーの件でいじられたら、このネタで反撃してやろう。
◇◆◇
…それはそれと、アナがその食欲全開の刺繍を見られちまった人物のことである。
アナは、確実にアレンさんに心を寄せている。それは、あの決闘騒ぎの後のアレンさんに対する態度を見たら一目瞭然だ。だが、先にも言ったように、彼女には残酷な話だがその想いは決して実らない。
それでも、それでも、何とかしてあげられないだろうか?アレンさんがアナと結ばれるために足りないものは、ただ一つ身分だけだ。彼が公爵家令嬢を娶るに足るだけの身分を手に入れたら、二人の間の障壁は綺麗に掻き消える。
意を決して、わたしはマーガレットに声を向けた。
「マーガレット様、アナ様とアレンさんのこと、何とかしてあげたいんですけど、何とかならないでしょうか?」
わたしのその言葉に対し、マーガレットはその愛くるしい美貌を切なげに、そして痛みを堪えるように歪めた。
「良かれと思ってやったことが、実は悪手だった」
筆者の人生、そんなんばっかりです。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。