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第106話 ヒロインはアルトムントの迷宮攻略パーティーに参加する

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

わたしの実家であるブレイエス男爵家は、無事に国内屈指の名門貴族家たるラムズレット公爵家の直系寄子となった。それに伴い、わたしの立場も『婚約者をお持ちの貴顕の若様方を籠絡し、誘惑して堕落させる悪女』から『己が傷つくことも恐れず、ラムズレットのお姫様をお救いしようとした義侠心溢れる少女』に変わった。


このことを、アナは目論んでくれていたのだ。後者の評価は、「現状ではラムズレット家の寄子に限定されているものの、来年度新学期からは王立高等学園全体に必ずや浸透させる。アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットは忘恩の(ともがら)でも、食言の輩でもない」と、ラムズレット家の寄子諸侯の子弟たちに向けて、わざわざ彼女は宣告してくれたのである。


加えて、これまでは『エイミーガチコロがす勢筆頭』であったマーガレットが、三跪九叩頭する勢いでわたしに謝罪し、また感謝の言葉を述べてくれたことは大きかった。彼女と同様に、わたしがアナの幸せを望んでおり、そのためにアナとバカクズ太子との婚約が最大最悪の障壁となるためこれをブチ壊そうとしていたことを、彼女は理解してくれたのだ。


そして、これは決して表に出せない事情であったため、「そのようにお教え下されば良かったのに、とは言えませんね」とマーガレットがアナに言っていたこともわたしの印象に残った。賢人の周りには賢人が集まるものである。


…あれ?となると、バカクズ太子の周りに集まっていた者の一人であるわたしも…


バ カ ?


◇◆◇


アルバイトのスキマ時間、わたしは一瞬思い浮かんだ想像するだにゾッとする仮説を懸命に頭の中から追い出そうと頭を横にブンブンと振った。


ここは、例によって例の如く東部冒険者ギルド内のわたしの私室、所謂『治癒室』である。その日の傷病者の治癒のアルバイトが一段落ついたので、新しいS級治癒魔法のインスピレーションを求めてバインツ侯爵閣下の蔵書を当たっていたのだ。かつて発明したS級治癒魔法については、最優先使用権を除いてラムズレット公爵閣下に全権利を譲渡しちゃったからね。


それはそれと、わたしは決してバカじゃないよね?…あ、でも、あのアナと『裸足の付き合い』をした翌日、アナは風邪を引いて寝込んじゃったって言ってたけど、わたしは何ともなかったなぁ…ッ!


何ぞやは風邪引かない、アナは風邪引いたから何ぞやなんかじゃ決してない、となると風邪引かなかったわたしは何ぞや…つまりバカ!?


ち、違うよね、ね、わたしバカなんかじゃないよね!?


自ら導き出した口の端に上せたくもない結論から懸命に目を背けようと、わたしが今度は縦に頭をブンブンと振り始めた直後。


「エイミー様、アレン坊がお客人を連れてきやした」


扉の外側から、ヨハネスさんの声が聞こえた。


◇◆◇


アレンさんが連れて来たお客さんとは、アナのことだった。とにかく容姿や雰囲気で、いい意味で目立ちすぎる彼女は、学園の制服の上にフード付きのマントを羽織っている。今は冬なので、そんな格好をしていても違和感はない。


「おうアレン坊、そちらの御仁は一体(いってぇ)どちらさんでぇ」

「こちらは先日ギルド長さんにお話しした、アナスタシア様ってご令嬢様です」

「あぁ…エイミー様やおめぇが言ってた、淑女の鑑ってお方かい」


ヨハネスさんの声に、アナはぎょっとした顔を見せた。その後、アレンさんとわたしに咎めるような小声を出す。


「お、おい、エイミー、アレン、一体何を言っているんだ?私如きが淑女の鑑、だと?人を揶揄うのも、ほどほどにしろ」

「アナ様、それはなんぼ何でも自己評価が低すぎますよ。…ヨハネスさん、こちらはアナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット様です。アナ様、こちらはこの東部冒険者ギルド長のヨハネスさんです」


わたしの紹介には、とアナはヨハネスさんに向き直り、マントのフードを外して美しい淑女の礼を執った。アナの、冒険者ギルドには不釣り合いな美貌に、ヨハネスさんや冒険者の人たちの視線が釘付けになる。


「ヨハネス卿、お初にお目もじ致します。ラムズレット公ゲルハルト・クライネルが第二子、アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットと申します」

「ラムズレット…ら、ラムズレット公爵家!?と、とんだ失礼を致しやした!この東部冒険者ギルドを差配致しおりやす、ヨハネスと申しやす!ラムズレット公爵家ご令嬢様には、お目にかかれて大変光栄でごぜぇやす!!」


ヨハネスさんは、理解が追い付くと同時に縮み込むようにして臣下の礼を執った。お父様やお母さんの時もそうだったけど、アナと連れ立って歩いていて知り合いと会うと、大体みんなこんな反応になる。あまりいい趣味ではないのだが、何だか越後の縮緬問屋の御隠居の一行の一人になったようで面白い。


待てよ…アナがご老公だとすると、アレンさんは何だろう?格さんか、助さんか。あるいは、クズレンジャーども5人をあっさり一蹴したから、両方でもいいな。わたしは…かげろうお銀ほどの色気も戦闘力もないし…うっかり八兵衛一択?


「…やだ!うっかりはやだ!!」

「え、エイミー!?いきなりどうしたのだ!?」

「え、エイミー様!?一体、どうなすったんですかい!?」

「ど、どうなさったんですか!?エイミー様!?」


◇◆◇


いきなり奇声を上げた理由を説明するのには骨が折れた。この世界で『水○黄○』の話をしたところで、理解できるのはアレンさんだけだ。


とまれ、正体を隠した王家のお姫様がお付きの者たちと国内を隈なく旅し、その諸地域で良民をいじめるならず者や悪い領主を懲らしめて回るという物語を読んだことがあり、その物語に出てくるうっかり者のヒーラーが自分にそっくりだった、という作り話で誤魔化すことにした。…アレンさんは元ネタが何か判ったようで、口元をひくつかせている。


「…成程、そのお姫様を私に(なぞら)えてくれた、というわけか」

「はい、そのお姫様が、アナ様そっくりの完璧令嬢なんですよ」

「…お世辞はよしてくれ」


そっぽを向いたアナの白皙の首筋が、僅かに赤らんでいる。満更でもないようだ。


どうやら、アナとアレンさんはわたしに用事があってここを訪ねてきたようだ。最初はブレイエス男爵邸に行ったものの、わたしがアルバイトに行って不在だったということでこの東部冒険者ギルドに来たらしい。


「どんなご用件ですか?」

「あぁ、お前もアルトムントで迷宮が新しく発見されたという話は聞いているだろう。その迷宮に挑んでみようと思ってな」


…知らんかった。そういえば、このギルドの中でも冒険者の人たちがそんな話をしていたような気がしたが…基本、わたしは治癒の仕事が入った時以外はこの『治癒室』に引き籠って、バインツ侯爵閣下の蔵書を読み漁ってばかりの生活だから、ぶっちゃけ世情にはめたくそ疎い。


そのことを言うと、アナは額に手を当てて呆れたような表情を浮かべた。


「…全く、アレンもお前も、何ぞやと天才は紙一重とはまさにこのことだな」


天才?風魔法を銃器に活用するという発想を具現化したアレンさんならその呼び名に値するが、わたしなんぞとてもとてもその域に達していないだろう。バインツ侯爵閣下ほどのヒーラーなら、その呼び名すら過小評価だが…


…となると、わたしは『何ぞや』、つまりバカってことになるの!?クズレンジャーどもと一緒にバカクズ太子の側に集まってたし、アナと違って風邪引かなかったし、天才と紙一重とか言われたし!


「…やだあぁぁっ!うっかりもバカもやだああぁぁッ!!」

「お、おい!エイミー、いきなりどうしたんだ!?」


◇◆◇


「…何を言い出すかと思えば…あれほど素晴らしい治癒魔法を発明した凄腕のヒーラーが、バカなわけがないだろうが…エイミー、お前もアレンと同じ『天才』の方だ。私はそのつもりで言ったんだぞ…お前は、つくづく紙一重でポンコツだな」


アナはもう一度額に手を遣り、心底呆れ果てたような声を上げた。天才と評して貰えたのは素直に嬉しいが、それよりもアナの百面相はなかなか面白くて、そして女性の目から見ても快活な魅力に溢れている。


…ポンコツという評価は心外この上ないけどな!


それにしてもアナは、バカクズ太子の婚約者をやらされていた時には、常に冷徹な無表情を崩すことがなかった。あれは、相当無理をしていたのだろう。やっぱり、あんな婚約ブッ潰してしまって正解だったのだ。


「あぁ、それで話を戻すぞ。そのアルトムントの迷宮に行くのに、アレンに護衛を頼んだんだ。そうしたら、アレンはその迷宮をとうに攻略済みで、おまけに『高速周回』…というのか?何度も繰り返し踏破していたから、自分の身を守ることができたら問題なく踏破できると言っていた」


成程。それで、アナはアレンさんのことを紙一重と言っていたのか。普通なら、冒険者としての実績になるから迷宮を発見して踏破したらギルドに報告する。況してや、ギルドに報告してもいない迷宮を高速周回するなんて常識外れにも程がある。


別に、高速周回は特に変わったことではない。レベリングの手法としては、魔力枯渇からの超回復という魔力増強のための手法と同様にポピュラーだ、とヨハネスさんが教えてくれたことがある。


「それでな、お前も攻略に参加したらどうかと思ったのだ。無理にとは言わないが是非一度お前もアルトムントに来て欲しい、とマーガレットも言っていたしな」


マーガレットが?…やっぱり、彼女はわたしを目の敵にして辛く当たってたから、彼女も何となく引け目とか負い目とか、そういうのがあるんだろな。そういうのを、払拭したいんだろう。わたしは全然気にしてないけど、それで学園に友だちができるのならそれに越したことはない。


「ラムズレットのお嬢様、お話の途中割り込んで失礼致しやす」


そこに、ヨハネスさんがお茶を持って会話に入った。


「エイミー様、せっかくお嬢様がこう仰って下さってんだ、行ってきなすったら如何ですかい?エイミー様はレオンの野郎と同じで、治癒魔法と魔力増強には目がねぇがレベリングや冒険者ランクには全く無頓着でいなさりやすからねぇ」


そう言ってテーブルの上にお茶を置いてくれた。アナが「ありがとうございます、頂戴致します」と言ってティーカップを手に取り、お茶を一服喫する。その所作は、まさに『優雅』という単語の具現化だ。


ヨハネスさんの言う通り、レベリングや冒険者ランクのアップも必要なのだろう。それに、戦地や迷宮内での治癒魔法の発動にも慣れておく必要がある。


「アナ様、そういうことでしたら宜しくお願いします」

「あぁ。では、早速話を詰めよう。アレンも参加してくれ」


アナとアレンさんの会話に加わりながら、わたしはヨハネスさんに声をかけた。


「ヨハネスさん、そういうことで暫くアルバイトをお休みさせて頂きます。すみませんけど、宜しくお願いします」

「へい、畏まりやした。エイミー様、お土産楽しみに待っておりやすぜ」


ヨハネスさんの、満面の笑みとともに発せられたその言葉の意味を、わたしはアルトムントから帰る直前になって誤解し、そして怒り狂うことになる。


だがそれは、また別の物語である。

一条三位を出せなかったのは残念でした。


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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