第105話 ヒロインは名誉を回復する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
公爵閣下は壇上の脇に立ち、寄子諸侯やそのご家族の注目をわたしたち三人に譲った。お父様もお母さんも、このように貴顕の皆様の注目の的になった経験はなかったため、緊張を隠そうとすることもできない。一方でわたしは…思ったよりも冷静でいられた。何と言っても、貴顕の方々の視線にヘイトが全くないのが大きい。
「エイミー嬢は、娘が王太子殿下に1対5の決闘を強要された際に娘の共闘者として立ち、のみならず両殿下や諸公子の暴挙に対し激烈な弾劾を加えてくれた。どのような形で共闘者として立ち、またどのような弾劾を加えたかは諸賢のご令息やご令嬢の方がお詳しいと思うが…」
公爵閣下の紹介を受け、講堂内に堪え切れぬ含み笑いが起こる。…もういい。わたしはお笑いヒーラー、エイミー・フォン・ブレイエスだ。いつかヒーラーの、またお笑いの世界で天下を取ってやる。持ちネタはS級治癒魔法、それにハンカチと靴下をはじめとするやらかし芸、そして罵倒芸だ。
そしてご令息様方、わたしの演芸をご覧頂けたら、制服裸足の美少女が拝めますぜ。制服裸足の美少女に罵倒されるのをご褒美と思し召し遊ばすのであれば、是非ご贔屓下さいませ。なぜ制服裸足かって?演芸の途中で靴下脱いで投げるから。
「そのエイミー嬢の忠義を嘉し、私はブレイエス男爵家をラムズレットの直系寄子として迎えることを決定した。ブレイエス家は当代取って二代目の新興男爵家、そのような家がラムズレットの直系寄子となることを肯わぬ者があるやも知れぬ」
直系寄子―その言葉に、諸侯が騒めいた。公爵閣下が言ったように、新興男爵家がこの国屈指の名門貴族の直系寄子になるのは異例中の異例である。
「だが、エイミー嬢は先にも言ったように衆に優れた忠義と義侠心の持ち主、また素晴らしい治癒力を持つ治癒魔法を自由自在に操る凄腕のヒーラーである。またブレイエス家当主のジークフリード殿は、王宮剣士団の副団長を務めるほどの手練の剣士だ。そして、ブレイエス家令夫人のシュザンナ殿は、そのエイミー嬢を育て、ジークフリード殿を支える良妻賢母の鑑である」
公爵閣下の言葉に、お父様の背筋が伸び、お母さんが僅かに顔を赤らめた。
「私はラムズレット派の領袖として、ラムズレット派が伸長する機会を逃すことはできぬ。況して、それが優れた人材であったれば尚更のことだ。諸賢には、寒門出に並ばれた屈辱を思うのでなく、共にラムズレットを支える、頼もしい仲間ができたことをこそ喜んで頂きたい」
公爵閣下のその締め括りに、その場にいた全員が拍手を以て応えた。
「では、エイミー嬢、一言挨拶をお願いしたい」
◇◆◇
はひぃっ!?なしてわたしよ!?お父様じゃないの!?
「ブレイエス家をラムズレットの直系寄子に、と私が考えたのは、君と会ったためだ。君は自らが傷付くことも厭わず娘を救うために行動してくれていたと、あれから聞いている。それだけでなく、君は自身が発明したオリジナルスペル、S級治癒魔法の最優先使用権を除いた魔法特許に関連する全権利を私に譲渡してくれた」
また講堂内が騒めいた。S級治癒魔法と言えば治癒魔法の最高峰、貴顕の皆様が驚くのも無理はない。しかもそれを発明して魔法特許まで取得したのは、王立高等学園の女学生に過ぎない小娘である。
「これほどの献身を示されて、そのご令嬢のご実家を直系寄子に置かねばラムズレットが鼎の軽重を問われても致し方ない、そう考えたのだ。そこで、君に挨拶して貰っても良いかご両親にお聞きしたのだよ」
言われて、思わずお父様とお母さんに驚愕の視線を遣る。二人ともニコニコ笑って、わたしに声をかけてくれた。
「エイミー、ブレイエス家は君の、娘の七光りでラムズレット公爵家の直系寄子になれたんだからね。君が挨拶をするのが筋というものだ」
「エイミー、あなたなら大丈夫よ」
子の心親知らずとは、全くよく言ったものだ。そりゃ光栄だよ、光栄ですよ。でも、それ以上にプレッシャーがマヂパネェんですけど!?つか、金髪の孺子の女房の実家でもあるまいに娘の七光りとか言うなし!
ふと最上座、公爵閣下の二つ左の席、エリザヴェータ様を公爵閣下とサンドイッチするように挟んでいたアナと目が合った。彼女は、その類稀な美貌に悪役令嬢の悪い笑みを浮かべている。…あなたが公爵閣下に、わたしに挨拶させるように進言したんですね!?…何て、根性悪な真似を!
…畜生、アナのことだから、またわたしがやらかしたらそれをネタにいじるつもりなんだ!この恨み、いつか晴らしてやる!アレンさんと二度と会えなかったらどうしようって言いながら、泣いてたことをバラしてやる!制服裸足で!大事なことだから何度でも言うけど、制服裸足で!!
ついでに、わたしとアレンさんが話してたところに嫉妬して、彼の耳を思いっ切り、それも爪を立てて抓り上げたこともバラしてやる!!
◇◆◇
俎上の食材の気分でわたしは壇上に立ち、貴顕の皆様の注目を一身に浴びた。
「…ラムズレット公爵閣下よりご指名を賜りましたので、僭越ながらご挨拶させて頂きます。わたくしは王立高等学園にて、ふとしたことからアナスタシア様の知己を頂き、親しくお声がけを頂くことも幾度かございました。その際に…公爵閣下、不敬の言辞を弄しても宜しゅうございましょうか?」
公爵閣下に視線と言葉を向ける。公爵閣下が鷹揚に頷いてくれたので、改めて正面に向き直って言葉を発した。
「…公爵閣下、ありがとうございます。その際に、かのバカクズ太子とその取り巻きどもが、アナスタシア様に惨い仕打ちを致しおるを知ったのでございます。奴らは、寄って集って頭の悪いガキでもあるまいに、男が5人がかりでアナスタシア様を、一人の女の子をいじめていやがったのでございます」
流石にわたしの醜態を目の当たりにした若様方やご令嬢様方は反応を見せない。だが、そんなことはなかった寄子諸侯様方や令夫人様方は、驚愕の視線をわたしに向けている。…無理もねぇやな、不敬罪待ったなしの発言なんだから。
「わたくしは、アナスタシア様を心より尊敬致しおります。故に、アナスタシア様の婚約者に値しないあの愚物からアナスタシア様をお救い申し上げたくて、解放されて頂きたくて、わたくしなりに取れる行動を取らせて頂きました。それが、あの愚物及びその取り巻きどもを篭絡し、誘惑して堕落させることだったんです」
マーガレットをはじめとするアナの取り巻き令嬢たちが、気まずげに顔を伏せる。気にしないで下さい、あなたたちは事情を知らなかったんですから。
イザベラだけはどういうことなのか判らなかったのか、きょとんとしている。
「その過程で、若様方やご令嬢様方には甚だお見苦しいものを多々お見せしてしまいました。この場をお借りして、お詫び申し上げるをお許し下さい」
「それは違います、違うんです!」
…正直驚いた。いきなり、マーガレットが大声でわたしの挨拶を遮ったのだ。
「エイミー嬢、事情は粗方アナ様…アナスタシア様からお聞き致しました。わたくしたちは、アナスタシア様と親しくして頂きながら、そのような事情に気付かなかったのです。その一方で、あなただけがアナスタシア様がそのように辛い思いをなさっていたことに気付くことができたんです」
「マーガレット、エイミー嬢のご挨拶の途中だ。控えなさい」
マーガレットの横にいた、額が広く恰幅のいい中年男性が嗜める声を彼女に向けた。きっと、彼がマーガレットの父親であるアルトムント伯爵閣下なのだろう。
「はッ…エイミー嬢、遮ってしまってごめんなさい!それ以上に、これまで酷いことを言ったりしたりしてしまって、本当に…本当にごめんなさい!!」
「マーガレット様」
わたしはマーガレットに声をかけた。先にも言ったが、わたしは彼女に対して思うところは更々ない。彼女がアナを大切に思っていたことは、わたしだってよく判っているし、それに彼女にはわたしに辛く当たる正当な理由があったのだから。
「謝罪の儀はご無用にお願い致します。わたくしがやっていたことは、マーガレット様に誤解されても致し方ない―寧ろ、誤解されて当たり前のことだったんです」
「エイミー嬢…あんな真似をしてしまったわたくしを、許して下さるんですか?」
「許すも許さぬもございません。マーガレット様がアナスタシア様を大切に思っていらっしゃること、わたくしがアナスタシア様を大切にお思い申し上げることと全く変わりないとわたくしは愚考致しおります。わたくしの思いとマーガレット様のお思いを同列に論ずるは、マーガレット様に対して失礼千万とは存じますが」
「え…エイミー嬢…」
マーガレットは、最早ぼろぼろと大粒の涙を溢している。いやそんな、泣かんといて下さい。こっちが困ります。
「先にも申しましたが、真にお詫び申し上げるべきは若様方、ご令嬢様方にお見苦しいものをお見せしてしまったわたくしだけです。この通り、お許し頂ければ幸甚に存じます。この謝罪を以て、ご挨拶とさせて頂きます」
こう言って、わたしは壇上で頭を下げた。それに対する拍手が生まれる前に。
◇◆◇
「わたくしから、エイミー嬢のご挨拶に補足を加えさせて頂きたく存じます。ラムズレット公爵閣下、ここにお集まりの皆様、お許し頂けましょうか」
アナが美しい繊手を挙げて発言を求めた。
「アナスタシア、構わぬよ。続けなさい」
「ありがとうございます。…ここに居並ぶ諸賢にお伝え致します。エイミー嬢は、わたくしのために自ら悪評を被るを厭わず、わたくしを救うために尽力してくれました。その過程で、彼女はストレスにより肌と髪にトラブルを抱え、また骨と皮ばかりに痩せ細ってしまったこともございます」
あぁ、そんなこともあったなぁ…あの時にアナが寄越してくれたヘアケア製品とスキンクリーム、それにテールスープはほんと嬉しかった。…いかん、あの時を思い出すと未だに視界が滲んでくる。
その視界の滲みを、続く彼女の言葉が爆轟的に増強させた。
「それらを確認致しました際、わたくしは何と惨い仕打ちをエイミー嬢にしてしまったかと、後悔と自己嫌悪、またそれらに倍するほどの彼女に対する罪悪感に苛まれたことを、強く記憶致しております」
…違う、それは違う!後悔と自己嫌悪、更には罪悪感なんて、わたしがずっとアナに対して感じ続けていた感情なんだ!わたしは、ただあなたに対する贖罪のこれ叶うを乞い願っていただけなんです!あなたがわたしに対してそんな感情を抱く必要なんか、どこにもないんです!
「自らを犠牲にしてまで他者を救うことができるエイミー嬢こそ、聖女の称号に相応しいとすらわたくしは愚考致しました。わたくしは、彼女に対し心からの尊敬を払いおります。わたくしにご同心下さる諸賢には、エイミー嬢の高潔な精神に対し、尊敬の拍手をお送り下されましたら幸甚に存じます」
アナはそう言って彼女自身がわたしに拍手を向けてくれた。それに続くは穏やかな笑みを浮かべた公爵閣下とエリザヴェータ様にフリードリヒ公子様、またお父様とお母さんの拍手、滂沱の涙を流しながらのマーガレットの、目尻に涙を浮かべながらのイザベラの、また寄子諸侯とそのご家族皆様の万雷の拍手。
…一体何なんだよ!人をおちょくるのも、大概にしてくれ!アナは、わたしのやらかしを期待して、わたしに挨拶をさせようとしたんじゃねぇのかよ!?こんな、こんなことあなたにされたら…!
こっちまで…こっちまで…泣けてくるじゃないですか…!!
元祖娘の七光りの名前は、中学校の先生に使ってしまいました。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。