表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/108

078 除霊士はナイスバディ、ではない

『ううっ、記憶が……。私は……作家……本を書いていました。たしか……すごく遠い昔』


「エミール、エミール……。うーん、聞いたことないなぁ。有名な著者の本なら大抵は目にしたことあるのに」


『!? お、思い出しましたぁ。あの、その、私、確かに本を書いてましたが、それは、そのですね、書籍化作家にはなれなかったんですぅ!』


 書籍化作家ぁ? 一体どういうことだ? 小説家になるうか?


「なるほど。書籍化作家……。あのねぐえちゃん。その昔のとある時代なんだけど、書籍化ギルドって言うのがあって、強い力を持ってたの。本を出版するには書籍化ギルドの許可が必要で、ギルドに承認された質の高い本だけが出版を許可されてたの。出版を許可された作家が書籍化作家って呼ばれてて、みんな書籍化作家になるために必死にネタを考えて執筆に明け暮れた、そんな時代。確か今から140年くらい前のことかな」


『そのとおりですぅ。私は書籍化作家になるために日夜書き続けて書き続けて、来る日も来る日も書き続けていて、気が付いたらなぜか本の中に閉じ込められていてこのありさま。それでも最初はここから出た時のためにネタを考えておこうと思って、ずっと構成を考えていたんですが……。10年、20年とたっていくうちにだんだんとどうでもよくなって、今はもうここから出てパリピみたいにバーベキューとかしたいし、ディスコで踊り狂いたいし! ちぇけらしたい! とにかく外に出たいんだYO!』


 キャラがブレブレだ……。ようは陰キャが溜りに溜って陽キャデビューしたくなった状態ってことか?


「えっと、理由は分からないけど、本に閉じ込められて、本から出たいってことだよね」


『いえ、本からは出れます。現にこうして体が漏れ出てますので』


「えっと?」


 キッテの言いたいことは分かる。俺もハテナマークだわ。


『それがですNE。体が移動できるのはこの本の周囲だけDE、外には届かないんですよNE!』


 聞いてる分には分からないが語尾がなんだかゾワゾワする。


 ふーむ。だとすると外に出るのは難しそうだな。なぜならこの図書館では本の貸し出しは行われていないからだ!

 貸し出しをやっているなら、この本を借りて持ち出すことで曲がりなりにも外を体験させてあげることも出来たかもしれないけど。


「とりあえず、行けるところまで行ってみる? 司書さんにも伝えないとだし」


『はい! ぜひお願いしますぅ!』


 記憶喪失のせいか、キャラが固定されていないエミール(書籍)を手に取って図書館入口へと向かう。


 上って下りて曲がってくねって。そうして入口へとたどり着いた時。


「おおうおう、しみったれたところだが金はありそうじゃぁねえか」

「そうでガスね兄貴、たんまりいただけそうでガス」


 おおよそ図書館と言う場所には似つかわしくない知性の会話をくりだす二人の男が、ずかずかと図書館内に入ってきたところに出くわした。


 ボロボロの野性味あふれる服とたらこ唇で、激しいセンター分けのロン毛(手入れされていなくて見苦しい)にニキビ面の男が一人。

 それともう一人は弟分だろうか、兄貴分より少し背の低い出っ歯でモヒカンの男。


 二人とも今から図書館で勉強しようという風体ではないことは間違いない。


「あの、図書館ではお静かに……」


 司書さんが止めに入った。けど、叡智を得に来たわけではないという明確な証拠もないし、悪党面だからという理由だけで入館拒否するわけにもいかない。


「うるさいでガスよ! 兄貴は仕事で来てやったんでガス」

「そうだぜ? お前たちが手を焼いているっていう霊を祓いにきてやったんだ」


「そ、そんな依頼は出してはいませんが……」


「なーに、手間が省けたと思やいい。オレ様の名前はゲズ。高名な除霊士だ」

「そうでガスよ。兄貴はシルキー湖の湖面に映る怪しい影や、シュンハの森にこだまする恐怖の声の事件を解決した一流の除霊士でガス」


「ですが、今はまだ他のお客様もおりますし……」


「ええい、引っ込んでな。すぐにでも除霊してやるからよ!」

「そうでガス。金の用意をしておくんでガスな。ガースガスガスガス」


「きゃっ!」


 あいつら! 立ちふさがる司書さんをドンっと突き飛ばして、ずかずか中へと踏み込んできやがった!


「大丈夫ですか司書さん!」


 突き飛ばされて尻もちをついた司書さんに駆け寄る俺たち。


「え、ええ……」


 どうやら大丈夫そうだ。

 大事が無くって一安心だけど、こいつら! 勝手な事ばかり言って自分の都合を押し付けて、レディーに手を出すなんて許されない卑劣な奴らだ!


 もちろんキッテも思いは同じ。

 司書さんのためにポーションを取り出しながらも、男たちを睨みつけている。


 そんな俺たちの事など眼中にないと言わんばかり。


「兄貴ぃ、いつもの手際、見せてくだせえでガス」

「おうよ、この後もう一件の除霊があるからな。ちゃっちゃと済ませてやるぜ」


 男たちは懐から何かの筒を取り出すと、筒の栓を抜いて、中に入った液体をあたりにぶちまけ始めた。


「お、おやめください! 本にとって水や湿気は大敵なんです!」


 キッテの治療を振り切って立ち上がった司書さんがゲズの腕に抱きすがる。


「なにを! 大悪霊かもしれんのだぞ! 本なんか安いもんだ。命より高価なものはない!」


 ――バチン


「あうっ!」


 野郎! 邪魔をした司書さんの頬をはたいて振り払いやがった!


「司書さん、しっかり!」


 ぐぬぬ、キッテ! 司書さんは任せたぞ! キッテの怒りも含めて俺の怒りをくらわせてやる! って!? あれ!?


『許さない。ゆるさない。ゆるさない。ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ!』


 怒りに燃えた俺の横で、エミールからどす黒いオーラが吹き上がっている。

 あまりのオーラの量に俺の怒りは不安と心配へと変わってしまう。


 俺の心配をよそに、本からはさらに黒いもやが溢れ出して……ぶわぶわと増幅されていく。


「おおっ! 出やがったな悪霊!」

「あ、兄貴ぃ、本物でガスよ!」


「馬鹿野郎! 霊なんかいるわけねえ! どうせまたいつもと同じで羽虫かなんかだ! 殺虫液をくらえ!」


『キルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキル』


 もはや何を言っているのか聞き取れない音を出している黒いもや(エミール)が男たちを包み込む。


「うおっ! このっ! 悪霊が!」

「離れるでガス、離れるでガス!」


 吸うだけで人を殺せそうな毒々しい煙に巻かれた男たち。


「え、えみーる?」


 そんな様子を見ていたキッテが素っ頓狂な声を上げる。

 なぜなら一撃必殺の暗殺黒雲が一瞬にして透明化し、すうっと消えてしまったのだ。


「な、なんだ脅かしやがって!」

「さすが兄貴でガス。気合だけで除霊したでガス」


「そうだろうそうだろう。俺は高名な除霊士だからな、って、ぱうっ!」

「どうしたんでガスか兄貴? ぱうっ!」


 二人の様子が……。なんだか白目をむいて口から泡を吹き始めた。


 動きが止まって、いったいどうなってるんだ、と思った矢先に急に二人が動き出して――


「ひゃっはぁ! 全裸祭りだ!」

「そうでガス、兄貴、服なんか着てらんないでガス!」


 な、あいつら服を脱ぎ始めたぞ! あ、おい、わいせつ物を見せびらかすんじゃない!


 阿鼻叫喚の地獄絵図の始まり。

 誰にも需要があるとは思えない男たちの全裸ショーに、この騒ぎを見ていた主に女子たちが悲鳴を上げる。


 と、とにかく力づくでもあいつらを何とかしなきゃいけない。乙女のキッテの目にあの汚物を入れるわけにはいかないから、俺がなんとかしなくては!


「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ! 変態よ! 不潔よ! おかされるわ!」


 えっ?! 誰?


 たまたま近くにいた女子。体が常人の倍くらいあるガタイのよい女子。筋肉持ってますよっていう顔をした、三つ編みにピンクのワンピーススカートをはいた、きっとどこにでもいるような背が高くてパワーがあって、男子じゃ到底力で叶いそうもない女の子。


「汚いもの見せないでよ! 乙女の目が腐るじゃないの! このクソゴリラ男っ!」


 左手で目を覆っているその女子が、ビキビキと血管を浮き上がらせた右腕の渾身のアッパーを繰り出す!


「ぐぎゃあ!」

「げぱぁ!」


「もうっ! 今日はサイテーの日よっ!」


 女子はパタパタと女の子走りをして図書館から出て行ってしまった。


 呆然となる俺たち。


「王宮騎士団だ! おとなしくしろ!」


 そして騒ぎを聞きつけた王都の警護にあたっている王宮騎士団が到着して、全裸の男たちをお縄にかけた。


「おい、なんだ! なんでオレが捕まらないといけないんだ! って、い、痛てえ、なんだアゴがやたらと痛てえぞ?」

「兄貴、なんでフルチ〇なんでガス?」

「お前も同じじゃねえか!」


「おい、黙って歩け!」


 そうして、恥部を露出した男たち二人は情けない姿のまま連行されていった……。


『本の敵は滅び去った! 除霊士だかなんだかしらないけど、取りついたら簡単に操れたからね!』


 やっぱりエミールの仕業か。

 まあ、よくやったぞ。 俺たちの怒りを代弁する華麗な解決だった。うんうん。


 さて、残る問題は図書館内の惨状だけど……。


 ゲス野郎たちは退場したものの、先ほどまで好き勝手やってくれた事まで元に戻ってはくれない。

 辺りには謎の液体がぶちまけられて異臭を放っており、一部の本棚と本にはその液体が付着してしまっている。


「ひどい! 図書館にある本はみんな貴重な本なのに!」


 キッテの怒りが爆発する。

 本への感謝、敬意、称揚はどの子よりも大きいキッテだ。こんなことをされて黙っているはずもない。


 そしてそれはおなじみのあの現象を引き起こす。


「ご先祖様の本が光ってる!」


 久しぶりのこの展開。

 偉大なるご先祖様、テレッサ・シャルルベルンが書き記した叡智の結晶であり超技術の体系が記載された書、テレッサ大百科が光始めたのだ。


「やっぱり! これで撒かれた液体の除去も、湿気採りも完ぺきだよ!」


 そう言って、カバンの中から取り出した材料でてきぱきと調合を行って、貴重な図書が痛んでしまうのを防いだキッテ。


「すごいわ……もう読めなくなってしまったと思った本も元通りに。こんなことができるなんて……」


 驚いている司書さん。


「驚きよね……。嫌な臭いも全く無くなって……元の本と紙の落ち着く匂いに戻ったわ……」

「ええ。図書館が元に戻ってよかった。あの子、すごいのね」

「知らないの? キッテって子よ」

「あぁ、最近よく名前を聞くわ。あの子がそうなのね。今度アトリエを覗いてみようかしら」


 と、周りの方々もキッテを褒めてくれている。

 キッテの事が伝わって、相棒である俺も鼻が高いぜ!


 その後のこと。


 多めに作った余りを司書さんに手渡すとお代を払うと言われたんだけど、キッテは「大切な本のためだから」とそれを固辞した。


 それでも、司書さんとしても守るべき本を守った上に元に戻してもらっておいて、それはできないと言い張るもので、「じゃあこれを使い切ったらアトリエに買いに来てください。お客様のお越しをお待ちしています!」と丸く収めていた。


 一件落着だ!


『すごいですぅ』


 これは、円満解決後のエミールの発言。


「えへへ、照れるね。そういえば、名前言ってなかったね。私はキーティアナ。偉大なご先祖様、テレッサ・シャルルベルンの子孫で錬金術師だよ。それでこっちは相棒のぐえちゃん!」


『え、ああ、ご丁寧にどうもですぅ。でも私がすごいと言ったのはそっちの本でしてぇ……』


「テレッサ大百科のこと?」


『はい。私も物書きの端くれ。長い間、図書にまみれてきましたけど、その本からは圧倒的なPOWER(ぱぅあー)を感じます。よければそちらに乗り移らせてもらえると』


「そっか! ご先祖様の本なら図書館の本じゃないから持ち出し可能だね!」


 こうして140年前の書籍化作家を目指す幽霊のエミールはテレッサ大百科に乗り移ることになり……アトリエに仲間が増えたのだった!

お読みいただきありがとうございます。

急な仲間の増加! 作者の意図を感じる!(作者談

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ