066 音の棺のスージェンと地の棺のウードゥ
――音の棺
棺の中。誰もおらず何もない空間。
そこに突如まばゆい光が床から吹き上がったかと思うと、それは徐々に弱くなり……そして、光は消える。
棺が静寂を取り戻した後……一人の女性がその場所に佇んでいた。
「音の棺……」
赤い口紅を塗った唇が僅かに動き、一言言葉を漏らす。
「私一人……」
体にフィットする青紫色のローブを着たその女性は、カツカツカツと靴を鳴らしながら棺の側面にあるコンソールへと向かう。
そして慣れた手つきで彼女、バルザック・シャルルベルンはコンソールにあるタッチパネルをたたき始める。
カタカタカタと指でリズミカルにパネルを押しているかと思うと、床からほのかな光が沸き上がり、空中へと映像が映し出される。
そこには氷の棺で相対するリューサルマとジョシュア、木の棺で相対するパーベックとキュゼート&バルバ、鋼の棺で相対するアルベールとディクト、糸の棺で相対するサンドとダーニャ、炎の棺で相対するイーヴとキッテ、金の棺で相対するチールとクララセントの姿があった。
「なるほどね。失敗してるじゃないジウグンド……。
リィンザーは……まだ無の棺を見つけれていないのね。
さて……そうなると私は……」
再びコンソールをいじりだすバルザック。
足元に光の渦が現れるとそれはだんだんと強くなって渦巻く光の竜巻となり彼女の姿を飲み込んでしまう。
そして一瞬の後、パシュッと言う音と共に光ごと彼女の姿も消えてしまった。
その光は棺と棺をつなぐ転移機能。
バルザックは別の棺へと転移したのだ。
――地の棺
「どうしてお前がここにいる。お前は音の棺にいるはずでは?」
「余計なことは喋らないほうが身のためよ? 生きていたいのならね」
ドワーフの女と人間の女が向かい合っている。
人間の女は金色に輝く髪と目を引くほどの赤い口紅を引いている。その姿はキッテの姉バルザック・シャルルベルンと相違ない。
そして彼女と相対するドワーフの女がこの棺を担当しているレグニアだ。
「はぁ? 余計な事ってなんだよ。暇なら手伝え。あたしゃ忙しいんだ」
それだけ吐き捨てるように言うと、くるりと踵を返した。
ここは地の棺。
大昔の地震で地盤が崩れて埋まってしまい、それ以来放棄された棺だ。
そんな場所にいるのは女のドワーフ。穴を掘るのには一日の長がある種族だ。
ドワーフの女はその小さな背丈と同じぐらいの大きなスコップを操りながら、土砂に埋もれた地の棺を掘り進めている。
彼女の身長は人間の子供くらいであるが横は太く、出るところは……いや、いろんなところがダイナマイトボディである。
掘り始めてからすでに丸二日が経っている。地上の入口から掘り進めてようやく棺の半分くらいまで掘り進めたところだ。
土いじりや穴掘りはお手の物とはいえ、さすがにこの量は一朝一夕で片付けられるものではない。掘っては土を運び出し、掘っては土を運び出し。掘り進めるにつれて地上への距離も長くなり、手間も時間もかかる。
そんなところにやってきた金髪の人間の女。
手伝えと言ったはずだが何もせずに、じっと自分の姿を見られている。
さすがに気も散るし気に入らない。
「おい、スージェン。手伝わないんなら帰れ。音の棺を空にしてたらまずいだろ」
たまりかねたドワーフの女は、体のいい理由をつけてバルザックを追い払おうとする。
「大丈夫よ、あの子たちは音の棺には来ないわ」
はやくどっかに行け。そんなドワーフの言葉を受けてもバルザックは、せっせと土を掘り返すドワーフの女の作業姿をじーっと見ている。
まるでドワーフ女の隙を探しているかのようだ。
「ふぅん。なら手伝いな。あたしゃ今、猫の手を借りたいくらい忙しい。気に食わないアンタの力を借りようってくらいね」
口を動かしながらもせっせと手を動かしている。やる気のない女と無駄な問答をしている間も惜しいのだ。
超神級守護結界機構にある10の棺。それらすべてを制圧して中央の棺に行き、コントロールを奪うことがレグニアの目的である。
そのためには、ここ地の棺の復旧も急務なのである。
「いいわ、ウードゥ、手伝ってあげる」
「へぇ、言ってみるもんだね。あのお嬢様があたしゃを手伝うなんて」
ウードゥと呼ばれたレグニアの女ドワーフは、そう答えながらも振り返ることなく手を動かし続けている。
――ポロン
どこから出したのか、スージェンは大きなハーブを奏で始める。
その姿は様になっており、国中を駆け巡る吟遊詩人というのが伊達ではないことを示している。
「ほら、音波で岩を破壊してくれ。あたしゃでもやれないことはないが、節約できる力は節約しておきたい」
――ポロロ、ポロロン
破壊の力を乗せた音波。それがスージェンの奏でる大型ハープの能力の一つ。
彼女の長く綺麗な指が奏でる音が、掘り返している途中の棺の中へと響き渡っていく。
「うぐっ! す、スージェン! お前…なにを……」
それまで軽快に土砂を掘り出していたウードゥだったが、音が聞こえた途端に苦しみだした。
――ポロロン、ポロロロロ
苦むウードゥとは対照的にハープは穏やかな音色を奏でている。
ゆっくりとした演奏が続く中、スージェンが口を開いた。
「掘り返す必要はないのよ」
「どういう、ことだ……」
「そのままの意味よ。あなたがここで血を噴き出して息絶えればそれで、ね」
「お、お前……、うらぎった、な……」
「いいえ。裏切ってはいないわ。私はいつもレグニアのために」
もはや目も合わせないスージェン。
ウードゥは最後の力を振り絞って体を起こそうとするが、すでに体は言うことを聞かない。
憎々しげに見上げるその目には呪うべき怨敵を前にしたような火が灯っている。
「ぐ、ぐぐぐっ! このっ、シャルルベルンの出来損ないめ!」
そしてその呪いに言葉を乗せた。
「黙りなさい!」
ハープの旋律が激しさを増す。
この場に渦巻く感情を表しているかのよに、強く、激しく。
そして――
――ポロ、ポローン
音が途切れた。
スージェンの目の前には、体から血しぶきをあげて倒れたウードゥの姿がある。
「そうよ、私はレグニアのスージェン……」
そうつぶやくと彼女は金色に染めた髪を指でくるくると巻く。
「…………次に行かないと」
無言でクルクルと髪を撒き続けていたスージェンだったが、ポツリとつぶやくと棺の奥へと消えて行った。
その姿がどちらを表しているのかはわからない。
レグニアのスージェンなのか、はたまた、シャルルベルン家の長女、バルザックなのか。
お読みいただきありがとうございます。
敵か味方か、謎のスージェン!
ある時はバルザックお姉ちゃん、ある時はレグニアのスージェン。果たして彼女の真意は。
そしてキッテのアトリエ検定上級者の方なら、イーヴ?? レオニードはイースンでは? となったかと思います。
初出から名前を変更したことをここにご報告いたします。
アイスン、スパルク、ヒートラみたいでしたからね(よくわからないたとえ
というわけでレオニードはイーヴ。分かったね?




