064 下着は渡さないッス!
一方的な騙しあいに勝ったことで興奮が高まるサンド。
手玉に取られたダーニャの姿を脳内で反芻しながら体をくねらせて身悶えしている。
一方のダーニャはと言うと。
「き……きってを……まもる……ッス……」
度重なるダメージと最後の一撃で息も絶え絶えとなり、もはや満足に動くことができない。
そんなダーニャにとどめを刺すべくサンドが向かってくる……はずだったのだが、途中でサンドは進む向きを変える。
コツコツコツと歩くサンドは先ほどまでダーニャがいた場所にたどり着くと、床に落ちていた何かを拾い上げた。
それはダーニャがキッテからもらったグローブの残骸。鞭の攻撃によりズタズタになっておりもはやグローブとして使うことはできないモノ。
「これ、お嬢ちゃんの大切なものなんでしょ」
そういうとぼろきれになったグローブをひらひらと振り始める。
「……か……かえす、ッス。それは……きってにもらった……大切なものッス……」
「こんなぼろきれになってもまだ大切だっていうのね。いいわ」
物わかりよく返してくれるのかと思いきや――
「これは私がもらうわ。いいわよね? よくないか。そうよね、これでいいって言われる程度のものはいらないわ」
「な……何を、言ってるッスか……」
「私はねえ、人のものを奪うのが大好きなの。特にその人が大切にしてるものがね。ほら、この鞭もそう。大切にされていたものを奪ったのよ。見てるとあの時の事を思い出して興奮してくるの。ハァッ、ハアッ」
手に持った鞭に舌を這わせて息を荒くし、恍惚とした表情を浮かべる。
「私はレグニアの一員だけれどね、特に他の国に興味があるわけじゃないのよ。反・魔法障壁派の子として生まれて、そういう教育を受けてきたからレグニアにいるだけで。皆のように熱意もあったもんじゃないわ」
「じゃあ……もうやめるッスよ……」
「でもね……レグニアの活動に熱意は無いけど、欲しいものはあるのよ。なんだか分かる?」
「……」
人の欲望には際限がない。そしてその欲望は人それぞれだ。彼女の欲望の方向性は独白によって判明している。人が大切にしているものを奪う。
ただ、今の会話だけで彼女が求めているものを導き出せるかと言うと……いつも頭脳プレーはキッテにお任せしているダーニャにとっては答えが出せるものでもなかった。
それゆえの無言。
そしてその無言を当然のようにとらえたサンドが笑みを浮かべて口を開く。
「答えはこの壁よ!
シャルルベルン家が250年もの間大切に守ってきた結界、マグナ・ヴィンエッタ。それを奪った時のことを考えたらっっっっっ!」
高らかと言い放って、息を荒くしたサンド。
目をつむって太ももをこすり合わせて身悶えし始める。
「ああっ、ああっ、す、て、き。欲しい、早く欲しい。もうすぐそこなのよっ! あはっ、アハハハハっ!」
もはや倒れたダーニャの事など眼中になく、恍惚とした目で天井を見上げている。
「だったら……なおの事……ここであんたを倒さないといけないッス……。
それで、そのグローブも返してもらうッスよ!」
よろよろと起き上がるダーニャ。
あまりに身勝手な目の前の敵をこのままにしておくわけにはいかない。
大切なものを取られたまま終われるわけもない。
そして、もっと大切なものを奪われるわけにもいかない!
キッテの事を考えると力が湧いてくる。たとえ体がボロボロでも関係ない。心から溢れ出すエネルギーが体を動かすのだから。
「ふぅん。お嬢ちゃん、まだ他にも大切なものを持っているわね?」
もはや奪う価値のあるものは無く、サンドの眼中には入っていなかったダーニャ。その彼女が立ち上がったのだ。
そこに宝の匂いを感じ取ったサンドは目を細めて相手の様子を観察する。
「キッテは渡さないッス!」
ダーニャは反射的にそう答えた。
隠すとか隠さないとか、相手が欲しがってるとかそうでないとかは関係ない。自分がどうしたいのかを心に従って口にしただけなのだ。
「あの子はお嬢ちゃんの後よ。まずはお嬢ちゃんの持ってるモノを奪うわ」
サンドの回答はダーニャの予想に足るものではなかった。
(?? 持ってるものッスか? 今は何も持ってないッス。持っているというか、着ているのは作業着と下着ッスが……下着ッスか!?)
体力が戻ってきて頭も回転し始めたとはいえ、思考はままならない。
元々思考に力を割くほうでもないのだ。戦いは反射神経。
「し、下着は渡さないッス!」
止める間もなく口から出る。
素直で愚直な所がダーニャの魅力でもある。キッテもそう思っているが、今それを発揮しても仕方がない。
「お嬢ちゃんの下着ねぇ……闇ルートで流せば買い手がいるかもしれないけど、別に興味はないわ」
「じゃあなんなんッスか……」
「教えてあげるわ。それはね……お嬢ちゃんの記憶よ。き・お・く。
お嬢ちゃんとあの当主の子との記憶。アルベールからの情報だと、確かあなたたちは幼馴染なんでしょ。それも小さなころからの。そんな二人の思い出。どれほどの重さがあるかと思うと、はぁはぁ!」
「記憶が欲しいんッスか? どうやって? そんな事できるわけがないッス」
「それができるのよ。そら、おとなしくしてなさいっ!」
サンドは槍のように高質化した鞭を、力をこめて床に突き立てる。
黒光りする金属製の鞭は難なく床へと突き刺さった。
奇妙な行動をとるサンドに対して、何が起こるのかと警戒しているダーニャ。
――ボゴッ
音と共にダーニャの足元の床が弾け上がり、できた穴からは伸びた鞭が現れてダーニャの足首に巻き付く。穴が開いたのは同時に五か所。
床の3つからは、両足、そして首を。天井の2か所からは両腕を縛られ、ダーニャは完全に拘束されてしまった。
「ぐっ、このっ、はなすッスよ!」
力の限り暴れるが拘束はびくともしない。
もともとサンドの鞭は圧倒的な拘束力を誇るのだが、それに加えてダーニャはこれまでのダメージで全力を出せてはいないのだ。
「はいはい。暴れない。もう逃げられないんだから観念しなさいな」
サンドはダーニャに触れることができる位置まで近づくと、ダーニャの口を閉じて口から息をできなくし、何かの薬が入ったアンプルを鼻に突っ込んで空気と共に中身を摂取させた。
「げほっ! げほっ! なんすかこれっ! げほっ!」
「秘密のおくすりよ。ほら、始まった」
むせこむダーニャの口から白いもやのようなものがあふれ出てくる。
「これがあなたの記憶。それが固まって小さな玉になるの」
白いもやの中からコツンと音を立てて床に落下したしたものがある。それは虹色の小さな玉。この玉が記憶の塊なのだ。
「どれどれ、うーん、ベッドの上でお嬢ちゃんが当主ちゃんを押し倒してる?」
「それはウソッス。そんな事、今までなかったッスよ」
「知らないのも無理ないわ。だって、今あなたの記憶から消えたんだから」
お読みいただきありがとうございます。
いいように手玉に取られるダーニャちゃん。
ここから逆転なるか!
次回は糸の棺クライマックス! お楽しみに!




